少女には午後のお茶を
手短かな挨拶を終え、アイザックはセリルへと席に着くよう勧めた。
客用のソファーは、薄い革へとはちきれんばかりに綿の詰められた、いかにもな高級品だった。
据わりの悪さに落ち着かないでいるセリルへと、部屋の奥からアイザックが尋ねる。
「君、好きな紅茶の葉はあるかい? 私は貴賎、役職、好悪、人魔を問わず、客人へと淹れたての茶を振舞うのが趣味でね。さすがに舶来物の幾つかは足りないが、ほとんどの茶葉は揃えている自信はある。お求めの品があれば、是非ともご馳走させて頂くよ」
壁の一角には、無数の円筒形をした缶や、白磁のティーポットやカップなどが並んだ戸棚。
また、年季の入った薬缶を乗せた、小振りのコンロまで備えられた、専用のスペースが設えられていた。
軽やかな口笛を吹きながら、嬉々として準備を進める相手に、セリルは唇を薄く噛んで目を伏せる。
紅茶という存在を、彼女はもちろん知ってはいた。
だが、生まれて一度もそれを飲んだことのなかった彼女には、彼からの問いへの答え方が分からなかった。
セリルは最も無難な返答を求めて、懸命に思案を巡らせる。
と、揃えた膝先へと落としていた視線の先に、皿へと乗せられた白いカップが割り込んでくる。
小さく身を引いて顔を上げる彼女に、アイザックは吊り上げた唇の端から白い歯を覗かせつつ、同じカップが前に置かれている、対面の席へと腰を下ろした。
「どうやら特に指定はないみたいだから、勝手に用意させてもらったよ。そのお茶は、私が独自にブレンドをしたオリジナルでね。初めての相手には、名刺代わりに振舞っているんだ。顔形や声だけじゃなく、更に味でも覚えてもらえれば印象に残りやすいし、何よりどこか、素敵だろう?」
抑揚の効いた声でそう尋ねた彼は、相手の反応を待たずカップを手に取り、口を付ける。
舌鼓を打つ相手を窺いつつ、セリルはおずおずと自らの分を持ち上げる。
滑らかな肌触りをした器の中には、香り豊かな湯気を棚引かせる、琥珀色の小さな水面。
「心配せずとも、妙な物は入れてないよ。君をどうにかしたいのであれば、別に回りくどい真似をする必要は皆無だからね。それとも、ミルク入りの方がお好みだったかい?」
手元を凝視したまま固まる客に、部屋の主はにこやかな笑みを向ける。
正面に浮かぶ、不自然なまでに陰のない微笑みを、セリルは視界の端で軽く睨む。
音もなく息を詰め、細い取っ手を握り締めた彼女は、小刻みな波紋に揺れていた赤く半透明な液体を、唇の間へと流し込んだ。
口中へと温かな触感が広がった直後、鼻腔へとより強く、濃い薫香が立ち上る。初めに舌先を襲った仄かな苦味は、しかし、すぐに深みのある柔らかな甘味に包まれていく。
セリルには、この紅茶の質が良いのかは分からない。
だが、これがとても美味しい飲み物であることは、知識も経験もない彼女にも、すぐに理解できた。
予想を上回る味の良さに、セリルは驚きから小さく見開いた目で、カップを再び覗き込む。
そんな様子を満足げに眺めていたアイザックは、半分ほど残した紅茶をテーブルに置き、おもむろに彼女へと話を振った。
「ところでセリル君。確か君は、今日が学園初日だったね? 教室や授業、それから先生達や他の魔女達の雰囲気は、どんな感じだったかい?」
突然の質問に、不意を突かれたセリルはハッと顔を上げる。
戸惑いを露わにする彼女を、アイザックは微笑を頬に刻みながら、静かに見詰める。
穏やかそうに細められた目蓋の合間から覗く、薄ら寒ささえ覚える、冷徹なまでの鋭い眼光。
肌を裂き、心の内を見透かすかのようなその視線に、セリルは嘘や誤魔化しが通用しないことを、直感的に確信する。
緩いため息を漏らした彼女は、凍り付いていた腕をゆっくりと下ろし、頭を小さく左右へと振った。
「……よく、分かりません……でした…………全部」
膝上に乗せた紅茶へと視線を落としたまま、セリルは囁きに似た声を零す。
伏目がちに、ためらいながら答えを返す彼女に、アイザックは目を剥き、喉奥からくぐもった響きの笑い声を漏らした。
「よろしいよろしい、素直でよろしい! 全てが理解できなかったということは、逆を言えば自らが今、依って立つ場所を確かに築けている証拠! あとは、その場を広げるも壊すも繋げるも裏返すも、君自身の意思と力次第というだ!」
長い両腕を翼のように広げ、アイザックは朗々とした声を部屋へと響かせる。
唐突に彼が振るった、謎の熱弁の真意は掴めない。
しかし、相手が身に帯びるどこか喜ばしげな気配に、セリルは恐る恐る口を開く。
「……あの、私、『処分』されないんですか……? 頭も悪くて、役に立たないって、分かったのに……」
「処分? 何故? あれは『魔女の選別を目的とした個体値確認のための作業』でなく、『魔女である少女の汎用性及び可能性を高めるための教育』だ。まあ、テストの出来や生活態度によっては、その都度『処罰』の方は下されるかもしれないけどね。君は真面目でおとなしそうだが、油断は禁物だよ」
愉悦に満ちたアイザックの含み笑いには、やはり陰や後ろ暗さは感じられない。
どこか空恐ろしさの漂う彼の笑顔に、しかし嘘偽りはないと確信したセリルは、相手に悟られないように胸を撫で下ろした。
「それに君にだって、今回私の所へとご足労を願った本当の理由は、もう知っているだろう? ひょっとして、アクタやステラ、他の魔女達から何も聞いていないのかい? だとしたら、それはそれで問題だが」
訝しそうに眉間へと皺を刻むアイザックに、セリルは急いで首を横に振る。
今日の面談の目的については、既に彼女も伝え聞いていた。
商会の長による、契縛直後の魔女との個別面談。
それは、魔女が自らの有効的な『活用』と『運用』の方法を、自身の所有者へと直訴するための場だった。




