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グランドマスター

「どうぞどうぞ、お入りなさい。君が、セリル君であるならね」


 ささやかなノックの音へと被せるように、張りのある男声が室内から響く。

 不意を突かれたセリルは、右手を掲げた恰好のまま、扉の前で(すく)み上がった。

 

 思わず後ずさろうとする足を踏み締め、彼女は固まっていた右腕を胸元へと引き寄せる。

 即座に動揺を押し殺したセリルは、素早い深呼吸を挟み、花弁の形をしたドアノブへと手を掛けた。


 重厚な扉を押し開いた先には、広々とした個室があった。

 奥行きのある部屋の両側は、古めかしい背表紙が全ての段に隙間なく並べられた、天井まで届く巨大な書架で占められている。

 向かい合う本の双璧の間には、虹色をした幾何学模様の絨毯(じゅうたん)が敷かれ、その上には切り株の輪郭をした幅広の机が置かれている。

 部屋の中央近くに位置しているその応接テーブル越しには、横長の執務机が鎮座している。

 出入り口を正面に据え、全面ガラス張りの壁を背にしたそこには、この部屋の主らしき人の姿があった。


「やあ、いらっしゃい! 君が、今度ここへと新しく入ったセリル君だね! 写真ではお顔は拝見していたが、やはりこうして実際に面と向かってみると、幾分と印象も違って見える! 君に対する私の心象がどう変わったかについては、まあ、この際触れずにおくとしよう。雄弁は銀だが沈黙は金だ。それが、お互いが男女である場合は特にね」


 革張りの椅子から立ち上がったその男性は、素早く客の下へと向かう。

 出会いがしらに饒舌(じょうぜつ)を振るい、忙しない足運びで接近してくる相手を、セリルは棒立ちとなって待ち受けた。


 豊かなオールバックの銀髪に、顎を縁取(ふちど)る整えられた黒の髭。

 細長の顔は肉付きが薄くて彫りも深く、どこか老人めいた痩せ方をしている。

 しかし、色素の薄いその肌はハリツヤを備え、溢れる生気に爛々と輝く両目と共に、その男性を年齢不詳の人物へと仕立てていた。


 上背(うわぜい)のある細身は、詰襟のシャツにベスト、スーツパンツで覆われている。

 一見して品のある彼の正装は、しかし、袖の折り返し部分やネクタイの生地、ベルトの柄などに一風変わった模様が入れられていた。

 そうした掴みどころと落ち着きのない、どこか浮世離れな風貌をした男性は、あっという間にセリルの前へと到着する。

 

 倍以上はあるかという高みから見下ろす相手を、セリルは息を詰めて見つめ返す。

 身じろぎもせず、上目遣いで自身を凝視する彼女に、その男は対照的な砕けた身振りで、白の手袋に包まれた左手を差し出した。


「まずは、自己紹介を。私はアイザック。この書斎の持ち主にして、このウォーディントン商会の代表責任者を務めてもいる。それから、君のマスターでもあるアクタの雇い主でもある。つまり、君にとって私はマスターのマスター、グランドマスターということになる訳だ」


 セリルを始めとした魔女達の捕獲と管理、その全てを主導する最大にして最強の敵対者。

 そう名乗った銀髪の男は、背筋を凍らせるセリルへと、屈託のない笑みを浮かべてみせた。

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