1-1.輸送機の中で
サテライトを目指し輸送機は青空を征く。
俺は薄暗く無骨な機内でうとうとしていた。この眠気は、不眠不休で動ける腕輪を外された反動かもしれない。
今現在乗っているのは、プロペラ四基で飛行する灰色の軍用機C-130。簡素な作りの赤い折りたたみ椅子に腰掛けている。最初はうるさく感じたプロペラ音は、慣れてしまえば子守唄だった。
日本のサテライトは、八地方区分に従って作られた全八ヶ所。そのうちの関東サテライトへ向かっていた。
災害に強いとなると北海道サテライトなのだが、それが倒壊するレベルの災害が起きたとしたら、とっくに日本近辺は滅んでいる。最悪日本が水没しても、サテライトの人間は助かる可能性が高い。それほどに頑丈で安全な施設だ。
戦争でも起きた場合、優先的に守られるであろう施設が関東サテライト。何かと優遇されていて、なんだか裏に黒いものを感じる。
「そろそろ着きますよ、サネツグさん」
落ち着いた声をした品のいい老紳士。名は【ルイス】という。見た目は年をとっているが、俺なんかよりもよっぽど身軽だ。
右斜め前に座った彼から視線を左にやると、クグツは床に寝そべって動物動画をひたすら見ていた。
「もうそんな時間かぁ」
動画を見ていたPDAをポケットに入れて、足の勢いだけで飛び起きる。
「社長、どうやら下にディモの手下が集まってるみたいで……」
副操縦士の男がコックピットの方からこちらを覗き込んで言った。クグツは毎度呼び名が変わってややこしい。
「あーやっぱり? まぁ、対空装備は大したことないだろう」
そういうことを言うと、大抵「お約束」が待っている。
何かをぶっ叩く音が数回反響した。耳が痛くなるほど騒々しく、思わず飛び上がる。
「大したことない対空装備でこれか?」
皮肉交じりでクグツをじっとり見るが、彼は気にする様子はない。それどころか、大笑いしながらパラシュート入りのリュックを投げ渡してきた。
「飛び降りるぞ」
破天荒でいい加減なのは彼だけでなく、我らが【ブルズアイ】の仲間は大体こんな感じだ。この組織名もそう安々と出す訳にはいかない。ディモの仲間はどこかに潜んでいて、俺達を狙っている。
「サネツグはこれも持ってくれ」
クグツが機内の片隅にある、ブリキで長方形のケースを開ける。すると、中から黒々としたロケットランチャーのパンツァーファウスト3が出てきた。
「着弾の感じからして対空自走砲だ。コイツでぶっ壊してくれ」
「マジかよ俺がやるのか?」
「最後の実戦訓練ってやつよ」
俺は腰に二挺のM9A3ピストルを装備し、キーモッドカスタムのM4カービンをスリングでぶら下げている。それに加えてロケットランチャーを持つとなかなかの重量だ。
そうこうしているうちに、ルイスもパラシュートを背負い、独特の機構を持つルガーP08の動作を確認していた。スネイルマガジンと呼ばれる、ドラム型の大容量弾倉を装着して満足気だ。
わざわざ古い銃を使うのには、彼らなりのこだわりがあるらしい。だからといって、拳銃だけで戦うのはどうかしていると思うが。
「サネツグ、ルイス。準備はおっけぃ?」
穏やかなルイスの表情は一変して、熱気を帯びたものになる。鋭い目つきで笑みを浮かべながら親指を立てた。それに俺も続く。
あれから機体に何発か食らっているが、幸い芯を捉えた着弾はしていない。だが、いつ燃料漏れを起こしてもおかしくはなかった。
「おっとと。その前に――」
芝居がかったクグツの言い回し。そのままコックピットの方へ、ゆらゆらと歩いていった。
するりとガバメントを抜き、機長の胴体に二発、頭に一発撃ち込む。さらに頭を殴って検死した。こういうとき、45口径だと貫通しにくくて良いらしい。
「おめでとう、新人副操縦士くん! たった今から君はこの輸送機の新機長だ! 我々の基地まで安全飛行で頼むよ」
そう言って、元機長を椅子から引きずり落とす。
どうして殺されたかは、元機長が一番よく知っているはずだ。なぜなら彼は、ディモが送り込んだスパイなのだから。
新機長だけは、そのことを知らなかった。
慌てふためく新機長の肩に手を添え、クグツは穏やかに接する。
「はいはい落ち着いて。コイツはスパイだった。だから、殺された」
状況をなんとか飲み込んで、新機長は震える首を何度も縦に振る。
「おお!? すまない、機材が血で汚れていちゃあ嫌だよね」
手品のようにハンカチを取り出し、血で汚れた計器類と座席を念入りに拭き取った。
「ようし新機長、落ち着いたか? 君は仲間だ。んでもって、こっちで血流して倒れてるのが悪いやつ。ビビる必要はない」
俺達の位置情報を逐一敵に送っていた元機長。まさか、自分が乗っている状況で輸送機が撃たれるとは思わず、内心ヒヤヒヤだっただろう。もう、ヒヤヒヤするための器官は機能していないが。
そして、わざわざこの策に引っかかったのにも理由があった。俺達を狙うために派遣するであろう戦力は、ディモの所有している揚陸艦から来ている。その艦の位置はこちらが把握していて、別の仲間が突入しやすいように戦力を分散するというわけだ。
サテライトに行くついでに、囮と最終戦闘訓練。嫌になるほど無駄のない組織だと痛感する。
クグツは戻ってきて、ベルト給弾式の汎用機関銃MG3を別のケースから引っ張り出す。さっさと百二十連ボックスマガジンをくっつけて、後部ハッチを開けるように新機長に促した。
鉄扉の隙間から光が差し込み、それが眠気を取り払ってくれる。
三人でパラシュートの調子を互いに点検し、通信機とゴーグルを付け、完全に開ききるまで壁にしがみつく。本来は安全帯やら何やらを使うのだが、ごちゃごちゃと抱えて飛び降りるのがブルズアイ流なので、逆に引っかかって危ないんだとか。
完全にハッチが開いて数十秒。通信機越しに、新機長の声が聞こえてきた。
「敵対空自走砲の上空到達まで十秒前……ゴー、ヨン、サン、ニー……」
最後の「ゼロ」にタイミングを合わせて、クグツ、俺、ルイスの順で飛び降りる。
誘拐される前の俺に、銃を抱えてエアボーンをすることになると言ったら、指を指して笑うだろう。しかも、わざわざVRMMOプレイするためだと知れば、笑いすぎて呼吸困難になるかもしれない。
だが、これこそが俺流の冒険の始まり方だった。