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5-1.恨むなら俺

 本来一人と腕輪一つで向かうはずの事務所への道は、随分と大所帯になってしまった。クグツは静かなままで、まだ帰ってきていない。


 空はわずかに夕焼けを残すだけで、ほぼ夜に染まっている。


「サネツグ、見られているような気配を感じるか?」


 アキラの言葉に俺は首を横に振り、それを否定した。


「あの、気配とかそういうあやふやなものは、あてになるんですか?」


 俺以外の総意を、ロッタが代弁する。


「人体のあらゆる動きから、電気信号が放出されている。そして、他人のそれを感じ取るのは体毛の役目。勘は、今までの経験と遺伝子の記憶が作り出す警告。もちろんそれだけじゃ説明しきれないけど、結構当たるもんさ」


「うーん。そういうものなんですかね……」


 ロッタは不服そうにして、顎を指で弄っている。


「ミスレニアスでは、人間は電気信号そのものとなる。現実よりも、僅かな違和感を検知しやすい」


 唐突にクグツが戻ってきたので、ロッタは「ひゃっ!」と言って驚き跳ねた。


「お、戻ってきたか。なんか収穫あった?」


 腕を持ち上げてみると、彼は軽く震えている。


「ありまくってニヤニヤが止まらねえ。使えそうな物が手に入った――が、その話は後だ」


 マイはクグツを覗き込んで、難しそうな顔をした。


「やっぱ、顔の場所が分からない」


 アキラが閉じていた事務所正面の扉を開け、中のホールに足を踏み入れる。その場で待つよう彼は言って、クグツを連れて上の階へ行ってしまった。


「ところでサネツグ……」


 レンがキスしそうなほどほど近くまで顔を寄せ、マイを指差した。


「誰、この子!」


「近い近い近いッ! 妹だよ妹! プレイとかじゃなくて、一応血が繋がってるっぽい方の!」


 すっかり忘れていたが、マイが送り込んだモンスターで死にかけた。そのことは、悟られないように――


「ごめんなさい。お兄ちゃんと二人に謝らないと」


 レンとロッタの目を見て、頭を下げる。全部説明させるのも酷なので、俺から成り行きを話した。


「――ってなことがあってな。俺を殺して、成果を挙げなきゃならねえって状態だったはずだ。恨むなら、俺を恨んでくれ」


「じゃあ、そういうことにしておきますね。悪い子は私の下僕です!」


 ロッタは無い胸を張り、何も気にしない様子でそれを受け入れた。


「うん、まあ。そういうことなら。でも妹で良かったぁ。恋のライバル出現かと思ってヒヤヒヤしたよ……」


 レンも特に嫌な顔を見せず、いつもの調子だ。


 生き死にが関わった問題をあっさりと流され、俺は妙な恐ろしさを感じた。二人が優しい心の持ち主なのは、なんとなく分かっている。しかし、それとは違う深さも兼ね備えている気がした。


 唐突にマイが左腕に抱きついてきて、得意げな顔をする。


「妹ルートも完備。油断はできない。そもそもお兄ちゃんは、妹系のエッチなゲームが好き――」


「ドゥワァァァッ!!」


 大声で掻き消し、言葉の最後を聞こえないようにする。


「妹系の――」


「――エッチな……ゲーム」


 レンが前半を言い、ロッタが後半を言う。バッチリ聞こえてしまったようだ。


「妹がいるのにそういうものを持っているなんて……。あ、マイさん、危ないから離れないと」


 ロッタは俺からマイを引き剥がし、庇うように抱きしめる。

 一方のレンは身を震わせ、何かの覚悟を決めた様子だ。


「分かったよ……僕、男だけど頑張って妹になるわ!」


「まずは口調から!? いや、そういう問題じゃないっての!」


 俺の腹に強めに腕を回し、離れようとしないレン。そのまま下にずり落ちて、顔の位置がどんどん危ない場所に持って来るのはこいつの常套手段。


「おぉ、何かに目覚めそう」


「だ、ダメですよマイさん!?」


 ロッタは妹の視界を両手で覆い、アイラのような人間にならないように阻止する。

 いつの間にかアキラは階段の上から腕組をしながら立ち、こちらを見下ろしていた。


「た、助けてくれぇ。ヒーロー!」


「これもまた愛。ヒーローはそれを否定しない。続けたまへ」


 こうなったら奥の手だ。


「クグツ、例の動画を出してくれ!」


「しょうがねぇな」


 竜の肝臓で撮影した、レンの女装姿。随分と恥ずかしがっていたので、脅しとしては十分なはずだ。

 動画ウィンドウが俺の手元に飛んできて、後は矢印のマークに触れるだけで再生できる。奇妙な格好のロッタを映さないよう、縦長に編集されていた。


「これを見ろぉ! 言うことを聞かねえと、バラ撒くぞ! さっきパソコンも買ってきたことだしなぁ、まずは掲示板かぁ?」


 ロッタはハッとした顔で、口を押さえた。


「あのときの変装、バレてたんですね!」


「逆に目立つわあんなの! 黒い帽子にサングラスって!」


 頭頂から足先まで真っ赤になったレンがカタカタと震え、腰を抜かす。


「み、見られてた。あんな……恥ずかしい格好」


「この格好してくれるなら、妹扱いしてやってもいいぜ?」


 今の彼にとっては、否定より肯定のほうが効果がある。再生して、しっかりとその映像を見せつけた。


「いやぁぁぁ! 見せないでぇ! でもちょっとぉ、見られて興奮するぅぅぅ!」


 効いてるか怪しくなったが、レンは部屋の角に逃げ、顔を見られないようにする。後ろからでも、耳は真っ赤なのがよく分かった。


「お兄ちゃん……こんなにも外道だったなんて……」


 妹の呆れた声。一方ロッタは図星を突いてきた。


「あれはですね、恥ずかしがるレンを見て、自分もちょっと興奮してるんですよ。だから、外道で変態なんです」


「私のお兄ちゃんは格が違う。悪い意味で」


 うちの妹はすっかりロッタと打ち解けたようで何より。うん、こういう展開を望んでの行動だということにしておこう。


 それを聞いたレンは、まだ赤い顔でゆっくり振り返った。


「そうなんだよね。サネツグは僕をいじめるのが好きなんだよね。もっと……いじめてもいいよ?」


「ほう。掲示板――拡散――好奇の眼差し――それがお望みか」


「いじわるー!!」


 階段の上から見下ろしたままのアキラと、その近くで浮遊するクグツ。二人は何か話しているようだ。


「やっぱお前はクグツだ」


「何をおかしなことを?」


 アキラの声は腕輪にしか届かないほど小さなもの。俺には、何を言っているか聞こえない。


「本人はもっと荒っぽい性格をしている。だからクグツという別人がここにいると感じた。良心回路でも積まれたか?」


「うるせ」


 アキラは口角を上げ、小さく、短く、心から笑った。

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