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0-5.蛇目とガスマスク

 食堂の扉を蹴破って、赤いバンダナで口を隠した蛇みたいな瞳孔の男と、ガスマスクの男が乗り込んでくる。

 蛇目はコルトガバメントの二挺拳銃で、ガスマスクはガリル・エースの7・62ミリモデルを携えていた。


 蛇目の男が「これで誘拐された連中は全員か!」と叫ぶので、俺は前に出て「そうだ!」と答える。


 ガスマスクは、昭和と平成を跨いでいそうな変身ポーズを決めながら言った。


「俺達が来たからにはもう安心だ! ここから動くんじゃないぞ!」


 只々、唖然とそれを見るしかない少年少女。


 不意に、ガスマスクの後ろに黒い影が迫った。

 マスクのレンズ越しに視線が合い、俺が声を出す前に彼は危険を察知する。


 小さくその場で回り、目出し帽男に弾丸を三発撃ち込む。倒れる前に、腹と胸と頭を貫いた。

 続いて二人が通路の曲がり角から飛び出すが、ライフルの弾は切れてしまったらしい。

 銃からぱっと手を離すと、ガスマスクは人間離れした低い姿勢の走りを見せ、距離を詰める。

 左側の敵の腹に拳をめり込ませると、くの字になって壁に打ち付けられた。

 もう一人のライフル銃をはたき落とし、背負投をして頭から叩きつけると、小気味のいい頭蓋骨が割れる音がした。


「想定より敵が多い。ボス、この先どうするよ?」


「だからボスじゃねえって言ってんだろ」


 ボスと呼ばれた蛇目は、銃を腰のホルスターに収めて手で頭を掻いた。


「つっても、今はあんたぐらいしかボスをやれないだろ」


「はぁ……好きに呼べ。とにかく、ファルス野郎をしっかり逃がす。それ以外は殺すのに変わりはない」


 今、アイツを逃がすと言ったのか? 俺と同じ発想をしているのは好感を持てるが、逃がすというのは聞き捨てならない。

 そいつに掴みかかり、その理由を問う。


「なんで逃がすんだ!? 俺は、あのツラに一発ブチ込まなきゃならない!」


 俺より少しばかり大きい程度だが、押しても引いてもびくともしない。石像と相撲を取っている気分だった。


「まあ落ち着けって。どうせ殺るんなら、一番歪んだ顔を拝みながらだ。俺もちょいと恨みがあるからよ――ねっとりじっくり追い込むのも悪くないだろ?」


 その声色と瞳から、性根の悪さと明確な恨みが伝わってきた。


「そういうことなら……協力させてくれ。何かできることはあるか?」


 蛇目は部屋の人々を見渡し、少し悩んでいる様子だ。

 一方、ガスマスクは戻ってきて銃のマガジンを入れ替える。


「じゃあ、とりあえずそこの死体から銃と弾持ってこい。それから、俺を武器庫まで案内してくれ」


「分かった!」


 7・62ミリで貫かれた方の死体のM4カービンは、酷く血で汚れている。

 最悪、血が中で固まって動作不良を起こす。

 その銃からは、汚れていないSTANAGUマガジンだけ抜き取った。

 弾丸を大量に奪われることを恐れてか、銃に装填されている分だけしか持っていない。


 壁に打ち付けられた方の銃身はひん曲がっていて、背負投を食らった男の銃だけがまともに動作する。

 収まりが悪いが、二本のマガジンをズボンのポケットにねじ込んで、蛇目を手招きした。


「んじゃ、こっちの方は頼む」


「はいよ」


 蛇目に言われてガスマスクは小さくうなずき、扉を閉じて寄りかかった。


 M4を抱えて走っても息切れ一つしなくなったのは、この施設のおかげだろう。しかしながら、それも今日で終わりだ。


 正直この二人も胡散臭い部分もある。

 しかし、助けようとする振る舞いや、ヤツらへの恨み。それらを加味すると、協力したほうが俺にとって良い方に転がる。そんな気がした。


 武器庫の別館までのルートは実質一つしかない。正面の出入り口から出て、建物の壁沿いに裏側まで行くとたどり着ける。それ以外は、変に頑丈な扉なんかがあって突破できる保証はない。

 それを見越して、敵が集中している可能性もある。

 一応、蛇目がへっぽこだったら困るのでルートの確認をした。


「早くて敵が多そうな方でいいか?」


「大歓迎!」


 言葉の最後に音符でも付いていそうな返事。


 そのまま一直線で下の階にあるホール前まで来たが、ここからが問題だ。

 ファルス野郎がほとんどの戦力をそこに集中させ、俺を誘拐した重装のやつらまでいる。

 数は数十人。圧倒的に不利。


 迷いなく蛇目は突っ込んで、俺は慌てて頑丈そうなコンクリートの植木鉢へ身を隠した。

 いきなり突っ込んでいくものだから、射線が交差して同士討ちを始める。

 針のような武器を抜き、ファルス野郎の胸に突き刺した。

 逃がすと言っておきながら何事かと思ったが、意外とやつの足取りはしっかりしている。急所は外したらしい。

 そのまま重装の一人に抱えられて何処かに逃げていった。


 それを横目に、二挺のガバメントに手を掛けて近い順に薙ぎ倒していく。

 防弾ベストやヘルメットの隙間を正確に撃ち抜き、格闘術を混ぜながら踊るように戦った。


 一方の俺は、アクション映画の雑兵の気分を味わっている。

 蛇目の視界外で、誤射しないほど離れた相手をチクチク狙う。恨みを募らせた相手だけあって、罪悪感より心地よさが大きく勝った。


 こちらを脅威に感じて撃ってきたら、ひたすら植木鉢に隠れる。

 そうしていると、いつの間にか蛇目が倒しているので、次の倒せそうな獲物を探す。これの繰り返ししかできなかった。


 銃撃戦は五分もかからずに終わる。

 隠れていた植木鉢は、土とコンクリ片の塊に変わり果てていた。

 ホールは死体と血で彩られ、静けさに支配される。

 緊張で乱れた呼吸を整えて建物を出ると、小型船が遠くで白波を立てていた。


「第一目標は達成だ」


 蛇目が手に持って眺めている針のような武器は、先端が欠けているように見えた。


「一体何をしたんだ?」

「発信機を埋め込んだ。二個入り込むようになってるからよ、一個摘出して油断したところをって感じだな。止血剤も入ってるから死なんだろう」


 俺は、ほとんど見ているだけだった。

 長々と共同生活していると、愛着が湧くような子もいる。

 それを苦しめたやつを、見逃すことしかできない。

 悔しさを力に変え、M4のグリップを強く握りしめて耐えた。

 俺の感情を察したのか、隣に立っていた蛇目は口を開く。


「なぁ、あいつらと戦う気はあるか? 現実でも、ミスレニアスでも。……もちろん、命がけの復讐だ。無理にとは言わんが、こっちも人手不足でな」


「俺が?」


 唐突な提案に驚きを隠せなかった。

 一応俺は、そこらにいる普通の人間だ。

 素手で武装した二人を葬ったり、弾丸の雨に突っ込むような真似もできない。


 そんな人間が他人の無念を晴らすため、命を賭して戦う。


 他人……いや違う!


 蛇目は、黙り込んで震える俺に困惑している。


 俺は昔のゲームを買い込んでいて、まだ手を出せていない。

 それが最高のストレスになっていた。

 楽しみにしていたアニメもある。しかも、序盤を見た段階で誘拐されたのだ。生殺しというレベルではない。


 俺が復讐鬼になるには十分な動機を持っている。

 怨みを叩きつけるために、あの子達の苦しみや死を正当な理由として隠れ蓑に使う。

 かつて、冷血だのなんだのと家族に罵られた俺らしい考えだ。


「あのクソッタレを地獄に送れば良いんだろ?」


「そうだ。それだけで金がいっぱい貰える。この世で一番気持ちがいい仕事だ」


 復讐ついでに金儲け。悪くない。


「俺は、あいつらと戦う。ここで死に、苦しん子どもたちのために」


 蛇目は俺の瞳を覗き込み、何かを見透かす。意地の悪そうな表情だ。


「本音は?」


「あいつらのせいでゲームやれなかった! アニメをリアルタイムで楽しめなかった! それだけだ!!」


 口ではそう言ったものの、俺を慕って死んでいった子の顔がチラホラと頭に浮かんで離れなかった。


 赤いバンダナ越しの口が「ニッ」と笑って右手を出してくる。

 握り返せば、蛇目とガスマスクのお仲間。俺は迷わず強く握った。

 そうと決まれば、この男を武器庫まで送り届ける必要がある。

 それが最初の仕事だ。

 身を翻し、武器庫まで走った。


「おうおう、随分と調子いいな」


 彼のからかうような言葉を受けながら、何だか吹っ切れた気分で突き進む。


 武器庫の方を守っている連中がいたが、地面に伏せた状態で俺が弾幕を張り、蛇目が近づいて仕留める。

 今度は、自分が放った弾丸が敵を貫く瞬間を見逃さなかった。


 何度も盗み見て覚えたパスコードを入力して武器庫の扉を開く。


 蛇目は武器に目もくれず、複数ある小さなジュラルミンケースを見つけて手に取った。

 中には無線イヤホンのような装置が入っていて、PDAに映し出された写真と見比べている。

 何個かそれを取り出してポケットに入れ、一つはケースのまま持つ。俺も一ケース持たされた。

 何としてでも持ち帰りたいらしい。


 用事を済ませると、ポーチから円筒状の何かを取り出し、大量に残されたケース近くにセットした。

 それのピンを引き抜くと、彼は不敵な笑みを浮かべる。

 その隙に、俺は三連マガジンポーチを拝借してベルトにぶら下げた。


「よっし逃げるぞ」


 言われるがままにケースと銃を抱えて、逃げ出す。

 走って武器庫から離れると、蛇目がこれまた円筒状のスイッチを押した。

 しかし、特に爆発なども起きず拍子抜けする。


「そのスイッチは?」


「燃料を気体にして、バラ撒くためのものだ。んでもって、ここをひねると……」


 手のひらサイズの装置をひねり回した瞬間、衝撃波が空気を切り裂き、武器庫の隙間という隙間から火を吹いた。


 爆炎が少し収まると、中にあった弾薬がバチバチと音を立て爆ぜる。

 間近での爆発の迫力は凄まじく、感動すら覚えた。


「室内で使うんなら、やっぱこれよ。見てて気分がいい」


 蛇目は高らかに笑い、名残惜しそうにしながらもその場を後にする。

 俺は少しだけ、ゆっくりとそれを眺めていた。


 終わりを十分に噛み締め、立ち去る。

 正面の出入り口まで戻ると、港の方に灰色の中型船が見えた。

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