4-2.小学校中退の苦難
腹も膨れ、酒のせいで夢見心地。
看板娘のセージに「相席でもよろしいでしょうか?」と聞かれ、よく考えずに返事をしていたと思う。
目の前に二人が案内され、へそ出しルックの少女に顔を覗き込まれた。
「あ、やっぱりそうだ。バスで一緒になって、セントラルタウンで対戦してた才能あふれる人。ほら、覚えてない? 昨日【ウミネ】のおっぱいめっちゃ見てた人だよ」
「も、もう。人のこと変な覚え方しちゃ駄目だよ」
ん? おっぱい?
視線をちょっと上げると、酔いが少し覚める。重力に負け、程よく垂れたお胸様。ローブの上からでも分かるこれは、紛れもなく先日に会った凸凹コンビの片割れ。
ということは、隣に視線を移すと――同性のような安心感のある胸があった。
「その凸凹感。間違いなくあのときの二人だな」
板娘は【アイラ】と表示されていて、翡翠色の髪なので印象が少し違う。
一方の海音は特に髪色をいじっていない。少し茶色っぽい髪は本人と同じだ。
「そういうサネツグこそ、隠しきれないBLの才能がドバドバ流れ出てるよ!」
ミスレニアスの暗黙のルールで、旅人同士は頭上表示を見ていきなり名前で呼ぶのが基本。急造パーティーを組むことが多いので、自然とそうなったらしい。
「び、びーえるぅ? 俺のどこにそんな要素が――」
レンとのあれこれを思い出すと、どうにも完全否定できない。しかし、レンは美少女度が高いのでボーイ度は少し低いはずだ。
「ま、まぁいいや。立ってないで座ったらどうだ?」
アイラの方はどっかりと座り、ウミネは「失礼します」と言ってから腰を下ろす。胸から良識とかが分泌されるのだろうか?
「早速だけど、フレンド登録しない? 女の子にモテまくりのレン。あれを落とす逸材とお近づきになりたいし。セントラルタウンの路地裏でイチャイチャしてるの見てたら『もうたまらん』って感じで」
「随分とメチャクチャな動機だなおい。そしてどっから見てた。全然気づかなかったぞ」
ウミネが呆れた様子で言う。
「いきなりいなくなった思ったらそんなことを……。駄目でしょアイちゃん。ちゃんと断ってから覗かなきゃ」
ははーん、さてはこのウミネちゃんとやらも結構アホだな。アイラの数百倍頭が良さそうだが、どっか抜けてるところもある。
「ということでよろしく!」
光球を額に押し付けられ、半ば強引にコードを送りつけてくる。一応、殺し殺されの瀬戸際を歩いているので、あまり巻き込みたくないのだが。
クグツが脳内でため息をつき、コードを返すように促す。
「そいつらも面識がある時点で保護対象行きだ。交換しといてやれ。ウミネちゃんおっぱい大きいし」
「お前下心のほうがメインだろ。人のこと言えないけど」
光球をウミネの方に飛ばし、渋々アイラにも飛ばした。
「あ、私もいいんですか? では」
ウミネは照れながらも指で弾いて玉を飛ばす。指先の筋肉が衝撃を生み、その僅かな振動でもたわわな物体を揺らす。
(うっひょ)
「あたしが先に飛ばしたのに、なんでウミネに優先なのかなぁ……?」
「おっぱい……かな。あと可愛さ?」
酔いが十分回っているので、言葉のオブラートは溶け切っている。
「ほう……。あたしはお呼びじゃないと」
アイラが机に手を突き、立ち上がって俺の座っている方に来た。
「この胸じゃ不満か? ほらほらぁ!」
正面から板胸が迫り、後頭部に拳を回してゴリゴリされる。
「ぬぅおぉぉぉぉ! 俺は洗濯物じゃない!」
「減らず口めぇ!」
洗濯板と拳による挟撃は地味に痛く、逃れようと首を捻る。すると、レンとロッタの二人がドリンクだけをテーブルに置き、変装してこちらの動向を伺っている。
ロッタはブルースブラザーズみたいなサングラスと帽子で顔を隠し、レンは何故か女装していた。
変装のため無理やり着させられたのか、頬を染めてもじもじしている。スカートを押さえ、中身を気にしている様子。
その姿は実に煽情的で、酔っていたのもあり、顔とかに熱いものが集まってきた。
「わっ、赤くなってる。あ、あたしでそんなになっちゃったの?」
「ちょ、ちょっとアイちゃん!? ちっちゃくても男の人は反応しちゃうこともあるんだから!」
「なんか酷いよウミネ!」
ぱっと手を離し、照れくさそうに席へ戻る。
赤面の理由が女装姿のレンだと知られたら色々と厄介なので、あえて黙っておく。
「あはははは。いやぁ、あたしにも需要あるんだねぇ。てっきりサネツグは男同士にか興味ないのかと――」
後頭部を掻いて、誤魔化すようにメニューを必死に読み始める。
すまんな、本当の需要は向こうのテーブルにあるんだ。それに、もしウミネに同じことをされていたら、脳の血管が破裂して死に至っていただろう。
「待ってアイちゃん。この人がアッチ側で、男の子みたいな胸だから反応したのかもしれないよ。一石二鳥!」
「なんか複雑ぅ。自分でやっておいて恥ずかしくなってきた……」
ウミネのアイラに対する発言にはピリッとした僅かな毒が含まれている。しかし、仲が良すぎてほとんどの言葉が悪口にすらならないとも感じられた。
(あゝクソッタレ。可愛いなぁ。何だよあの格好。スカートっておい……フリルっておい……)
誰にも悟られぬよう、横目でレンの姿を頭に焼き付ける。クグツにはバレているだろうが、まぁ問題ない。
あの恥じらいに満ちた瞳で見つめられたら、いつもと立場逆転は間違い無し。
「安心しろ。しっかり最高画質で録画している」
今までで一番ダンディな声が脳内で反響した。
「ナイス!」
この映像は色々使えるぞ。撮影は彼に任せ、向かい側の二人に視線を戻す。いつの間にか店員を呼びつけ、注文を済ませていたらしい。
「アイちゃん、そういえば課題は終わったの?」
「うへぇー。今それ言う?」
課題――ミスレニアスが登場してから教育も様変わりした。この世界へのログインは世界に貢献すること。なので、通学よりも優先される事項だというお触れが出た。若年層が喜び勇んでこちらに来る理由だ。かといって教育の質が落とされたわけでなく、効率化された自習形式の課題が出されている。それに、定期的に現実での授業があるとかないとか。
「あ、そうだ。サネツグならジンセーケイケン豊富そうだし、ちゃちゃっと解いてくれるかも」
「ダメだよ自分でやらなくちゃ」
ウミネの言葉を受け流し、存在感のある羊皮紙を渡してくる。ミスレニアスの言語で書かれたそれを注視すると、未知の言語――正確には日本語と数式の羅列が表面に表示された。計算問題と文章問題が入り乱れている。
(あっ、これダメなやつだ。全然分かんねえ……。てか俺、小学校中退したんだったぁッ!!)
書面上は中学まで行っているが、弟が小学校に上がった辺りから俺は重病ということにされ、ほとんど学校には行っていない。
俺の豊富な人生経験といえば、裏に生きる連中と交渉する度胸とか、そいつらと両親の会社を乗っ取るために立ち回ったりすること。計算は金勘定以上のことはできない。
なんとかヴァカなのを誤魔化さなければ。
「おい、クグツ! 俺の見てる問題を解いて答え教えてくれ。AIなんだから余裕だろ?」
「バカヤロウ! その機能に演算能力を割いたら映像の画質が落ちるだろうが!」
それなら仕方ない。こうなったら「いかにもそれっぽくて大人な返しをする」作戦で行こう。
「どう、解けそう?」
「ととと、と、解けるけど……。やっぱウミネちゃんの言う通り、自分の力でやらないと」
アイラは「ぶーぶー」言いながらも俺が解けないことに気付いていない。
しかし、ウミネは額の汗や泳ぐ視線からそれを感じ取り、勘ぐるような視線を向けてくる。
(何か言ったらめっちゃおっぱい揉んでやる……)
「ぴえっ!」
反撃のごとく送った邪念の篭もる視線にウミネは怯え、珍獣のような鳴き声を出す。
「んー? 変な声出してどしたの?」
「な、なんでもないよ」
「そう? ならいいけど」
アイラは変に追及しないので助かる。ウミネに「それでいい」というアイコンタクトを送った。
二人が頼んだ料理が配膳され、これまた美味そうなもの。アイラは鶏肉と見たこともない豆の煮物。ウミネはオムライスだ。
笑顔でそれを頬張る二人と、依然として俺を監視し続ける二人を横目にメールなんかの確認をする。
地域別に纏められた仲間の所在地や、新しいエニアスの目撃情報が届いていた。エニアスは未開拓地での出現を続けていて、相も変わらずその意図がまるで読めない。
クグツがメールを作って本部に送っていたのか、鍵についての返信もあった。
古代の鍵シリーズを持っていると、特殊な古代武器や換金用の旧ミスレニアス硬貨の大量入手が期待できるダンジョンに入れるので、人気のアイテム。
未知のエリアやクエストへ繋がるが、鍵に対応した扉のヒントが少なく、発見済みのものは情報屋がある程度握っているとのこと。
ふと視線を戻すと、アイラは口に食べかすを付けたまま咀嚼している。それをウミネが取ろうとしたのだが、無意識に顔を近づけた後、慌てて布を取り出してそれで拭いた。普段、どういう距離感なのか何となく分かる。
ネリン酒を飲み干し、その余韻を楽しんでから毒消しの丸薬を噛んだ。独特の甘みにミント系とは違ったタイプのスッキリ感。
酔いは嘘のように覚め、むしろ飲む前より頭が冴えている。
食器を片付けに来た店員に【ペタの葉】を煎じたペタ茶を二人は頼んだ。聞いたこともない名前だったので、好奇心で俺もそれを注文する。
食後の定番ドリンクで、熟す前の酸っぱいネリンの実を搾ったものや、砂糖を加えて飲むという。
大きめのティーカップで出されたペタ茶。外の世界では嗅いだことのない芳しい香りで、例えようがない。だが、コーヒーや紅茶のような嗜好品の分類であることは理解できる。
砂糖を入れ、ネリンの実を搾って飲むと口の中が洗われるようだ。砂糖の後味すら残さない。
ペタ茶にはリラックス効果もあり、穏やかな気持ちで時間というものを堪能した。




