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ミスレニアス・トラベラーズ  作者: カブメント
ミスレニアスの生活
45/60

4-1.孤独でもないグルメ

 スピーナ通りから横道に入って少し。地図に表示された赤い点と自分の位置を示す矢印は目と鼻の先。

 壁から突き出すよう設置された大きな角の装飾品。それが印象的な平屋は、間違いなく龍の肝臓だ。

 店を後にする客は満足そうな笑みを浮かべていて、料理の質に期待できる。


 期待に胸を膨らませ、厚めの木の扉を開く。店内は程よく賑やかで、ダイニングバー形式だ。


「匂いからしてなんか美味そうだな」


「だろ?」


 店内の洒落た机や装飾を見回していると、看板娘らしき人物が駆け寄ってくる。


「いらっしゃいませ! お一人様ですか?」


「一応……一人か」


 彼女の頭上にハテナマークでも見えそうだったが、営業スタイルでそれをかき消した。実際に見えていたのは【セージ】というプレイヤー名。


「現在、カウンター席は満席でして……テーブル席でもよろしいでしょうか?」


「いっぱい頼むからそっちの方がいいかな」


「かしこまりました、ではこちらへ」


 案内された席へ腰掛け、メニューを渡される。見たことのない言語で書かれているが、無意識にその意味を理解していた。


「お決まりになりましたらお呼び下さい」


 彼女は水の入ったコップを置き、別の客の対応へ向かう。


「どれがオススメなんだ?」


 腕輪からはどう見えてるか分からないので、メニューの近くに左腕を近づける。


「視界は共有できるようにしてある。特に位置に気を使わなくても見えるぞ。とりあえず【ペルグランデ・タウルス】のステーキは欠かせない。肉料理は【ネリン】の実で作った果実酒がよく合う」


 聞いたこともない食材。それが無数に存在するミスレニアスの魅力に引き込まれていく。


「ステーキか、いいな。でもこれから出かけるのに酒飲むってのはどうなんだ?」


「毒消し噛めば一発で酔いが覚める。気にせずぶっ潰れるまで飲めるぞ」


 それならば頼んでしまおう。昼過ぎから酒が入る気持ちよさは中々のもの。


「他には……」


 見慣れない食材が多いメニューの中に、味が想像できそうな「ミスレニアスハーブのペペロンチーノ ベーコン添え」がある。とりあえずこれも頼んでおこう。一般的なペペロンチーノに、この世界特有の香り付け。どんな化学反応が起きるのか期待大だ。


「お、今日は【ガラルサボテン】のソテーがあるじゃないか。それも頼んでおけ。美味いぞぉ」


「サボテン? なんか水っぽそうだが――」


 彼の料理のセンスは優れている。その口が賞賛するのだから、きっと美味なんだろう。


「すんませーん」


「はーい、ただいま!」


 何をするにもテキパキと動き回る看板娘。素早く静かに近づき、注文を聞く体制に入る。


「ペルグランデ・タウルスのステーキにネリン酒の一番量が多いやつ。それに、このペペロンチーノとガラルサボテンのソテーで」


「はいかしこまりました。ステーキの焼き加減はレアがおすすめですけど、どういたしましょうか?」


「じゃあレアで」


「はい、ではしばらくお待ち下さい」


 注文を厨房へ持ち帰るのを見届け、コップの水に口を付ける。水すらも現実世界より美味く設定されていて、戻りたくなくなる。

 一つ戻りたい理由があるとすれば、ゲームがやれないということだ。


「なぁ、クグツ。こっちはゲーム機とか売ってるのか?」


「買いに行くか? 向こうに付いたらしばらく待つかもしれないしな」


「やったぜ。最近ゲームやってないから溜まってたんだ」


 今がそのゲームだなんて野暮なことは誰にも言わせない。生活感が強すぎて、ゲームだという意識が薄い。


「お待たせいたしました。お先にステーキとペリン酒です」


 それでも一応ゲーム。調理時間はあっという間だ。しかしそれよりも、出てきたステーキの厚みにたまげる。俺の拳と同じ程度だ。

 そしてネリン酒は木製の大ジョッキに注がれている。


 ナイフとフォークを持とうとした瞬間、残りの料理も出てきた。


「ペペロンチーノとガラルサボテンのソテーです。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」


「うん。ああそれと、ここ後払いでいいんだよな?」


「はい。メニュー画面の取引を選択していただければ、ちょうどの金額が出せるようになっています。ミスレニアスでは、店舗型のお店は後払いが基本ですので。会計は私にお声掛け下さい」


 初心者を察してか、丁寧に説明してくれる。これだけでまた来たくなるような店だ。この人可愛いし。


「まだこっちに来たばっかりだから助かるよ。他のゲームとちょっと勝手が違って」


「いえ、どういたしまして。ではごゆっくり」


 テーブルの上に視線を戻す。とりあえず、ステーキとネリン酒の組み合わせを試してみよう。


 大きな肉の塊にナイフを入れる。一定の抵抗感はあるものの、筋なんかに当たることはなく、きれいに切れた。断面は鮮やかなピンクで、牛肉とは少し色味が違うようだ。

 プレートの上に小皿があり、岩塩とハーブをバターで練ったものがある。岩塩を少しだけ付けて食べると、果実を思わせる爽やかで旨味のある肉汁が溢れ出た。


「こんなの初めてだ……気が遠くなるほど美味い!」


「ここは特に調理が上手な店だしな。――ああクソッ、美味そうだな。この姿だとタバコすら吸えない」


 クグツの愚痴は聞き流し、ネリン酒でその旨味を流し込めばなんとも言えない幸福感。甘味とコクにほのかな酸味。その全てが絶妙なバランスで、喉を鳴らして飲むのにちょうどいい。木製のジョッキは酒に良い風味を与え、クセになる香りが鼻を抜けた。


 ペペロンチーノを軽く巻いて口に運ぶと、奥深いハーブとガーリックの風味が広がる。味の濃いベーコンがアクセントになっていて、これまた美味。


 最後にガラルサボテンだ。ウチワサボテンを一回り大きくしたような感じ。ナイフで切り、恐る恐る舌に乗せた。


 すると、植物とは思えない旨味に、外側のしゃっきり感と中身のとろみが伝わってくる。醤油のような味付けがされていて、それが素材の味を引き立てていた。

 最初は未知の味わいに困惑したが、慣れてくるとその味はとても魅力的。中毒性が妙に高い。


 気がつけばほとんど食べ終わっていて、いざそうなると名残惜しくなってしまい、ペースを落とす。


 ネリン酒が少し回ってきて、いい気分だ。洒落た店内を眺めながら、じっくりと酒を味わった。

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