3-8.POWER to TEARER
飲まれた意識は虚無を漂い、俺の知らない人物達の影像がそこにはあった。これは、クグツの記憶が断片となって俺に流れ込み、見せているもの。
会ったこともないはずの彼らの姿を見ていると、どうにもやりきれないものがこみ上げてきた。アイツの感情の絞りカスが俺をそうさせているのだろう。
他のどの影よりも近くに現れた、少女の影。俺の前に立ち、こちらを向いているだけ。
それが愛おしくて、右手を伸ばそうとすると、自分の手がよく見えた。
この手は、あの子を取り戻すため――
いいや、違う。
この手に通うのは、真っ赤な俺の血液。彼女を取り戻すのは、アイツの役目。
「これは全てを引き千切り、砕くための手。勝利を掴む爪牙。誰のものでもない、俺の力だッ!!」
虚無から自分を引き戻し、眼前まで迫っていたトカゲを左拳で殴り飛ばす。伸ばそうとしたはずの右手には、刀が握り締められていた。
身体に芯が一本通った感覚があり、今ならどこまでも無茶ができそうだ。追撃しようと走り出すと、地面に剛爪を突き立てているかのように踏ん張りが効く。
刀を両手に持ち替え、斜め下から切り上げる。硬い表皮を切り開き、大きく仰け反らせた。
さらに首の付根にソバットを食らわせ、空中に弾き飛ばす。
これがクグツの中に眠る破壊衝動の一部。それを無理やり押さえ付け、自分の破壊衝動で塗り潰し、乗りこなす。それだけで大きく精神を疲弊させた。
少し気を抜いただけで、自分が何処かへ持っていかれそうな感覚は拭えない。
俺自体のステータスはまだまだ低いせいか、トカゲのHPを二割削ったほどで留まる。あくまで俺のステータス依存。そこにクグツの戦闘センスと、ある程度のステータス補正が入っている状態だ。
電気オオトカゲは背にある突起で電気を生成し、口に含む。吐き出されたそれをあえて身体で受け、痛みで己の存在を確かめた。
そして、それを放電するため、地面を殴って四散させる。
そのおかげで頭が少し冴え、身体と心の差異が消えたので、首の下に潜り込んでひたすら斬撃。
「クソッ、刀が邪魔だァッ!!」
クグツと鞘を投げ捨て、トカゲ頭を拳で幾度も殴り、蹴りを織り交ぜる。本能と理性がせめぎ合う今の状態は、絶妙な心地よさがあった。
攻撃を当てるたび大気が震える音がして、それも俺の気分を沸き立てる。
全身のバネを使ってエネルギーを貯め、右拳に束ねて解き放つ。
人間業を超えた一撃でトカゲを突き飛ばし、数十メートル先まで転がっていった。
だが、巨体の癖に受け身を取り、体勢を立て直す。
HPを半分以下まで削り、もう少しというところで思わぬ行動に出た。
トカゲは身を翻し、俺から遠ざかっていく。そして、部屋の隅にいた比較的大きいヘビ型モンスター。それを口だけで段階的に飲み込んだ。
結果、HPが七割ほどまで回復してしまう。
捕食する姿を見た俺は、妙案が思い浮かぶ。俺とクグツの思考が混ざり合い、導き出した答えだ。
様子を青ざめた顔で見ていたカネサダに歩み寄る。
「ヒッ、来るなぁ……」
コツコツとブーツを鳴らし、恐怖を煽った。その様子を少女は黙って見ているだけ。
弟のハイセンスな服の襟を掴んで持ち上げた。感覚的には、漫画雑誌一冊よりも軽く感じられる。
「な、何をするんだ? もう許すからやめてくれ!」
「そんなのはどうでもいい。思いつきを実行するためにお前を使うだけだ」
回復して戦意を取り戻したトカゲは、優先度の高い俺へ向かってくる。
小さい溜めの電撃を吐いてくるので、カネサダを盾にした。
「お前、軽くて使いやすいな」
弟に当たった電撃が少し伝わり、手が痺れる。軽くて便利だが、盾としては二流だ。
「ウワァァァァ!!」
「大袈裟だな。大したダメージじゃないだろ」
一時それを置いて、もう一度トカゲのHPを削りに殴り掛かる。高速の爪攻撃があったが、クグツの経験と本能が流れ込んできているので、自らの反応速度を超えた回避が可能だ。
腹の下に潜り込んで、拳のラッシュ。分厚い皮膚の内側に衝撃を届ける特殊なパンチ。教わるだけでは理解できなかった部分が解消され、自分の技術として刻まれる。
回復行動をしたHPの減り具合に近くなるので、蹴り上げてダメージを稼いだ。
急いでカネサダを回収して、トカゲの頭の近くに投げ捨てる。
「助けて、兄さん……」
昔の俺の顔はそんな感じだっただろう。そのとき、誰も手を伸ばしてくれなかったのをよく覚えている。だから、俺は一人で立ち上がった。
いつも最後には一人になる。それが俺の運命。
お前は一人で立てるか?
――。
腹を空かせたトカゲは目の前の餌を貪り、飲み込むために上を向く。
俺の走力をクグツが補い、地面を割って蹴り飛ぶ。そのまま腹のど真ん中に、全力の飛び蹴りを食らわせた。
トカゲは後ろにひっくり返り、はじけ飛んで雷の魔石と革だけを残す。弟は棒状の金属だけというしけたドロップ。
彼の痕跡はその鉄片一つだけ。
気が抜けると、思考と身体のちぐはぐさが気になり、ひどい吐き気がしてくる。目眩もしたので、膝を突いてしまう。
全身を包んでいたような力の源が抜け落ち、症状は軽くなったが上手く立ち上がれない。
遠くで刀が鞘に収まる音がする。それが滑るように飛んできて、俺の前で自立した。
「立てるか?」
クグツにしては少しばかり穏やかな口調。自らを杖として使わせるため、俺の目の前まで来ているのだろう。
しかし、俺は一人で立ち上がった。
一人で立ち上がらないと、誰かを巻き込んで倒れてしまいそうな気がする。
自身にムチを打ち、膝に力を集めて立ち上がった。目眩がぶり返したが、なんとか耐え忍ぶ。
フラフラになりながらも、必死にドロップ品はかき集める。これがゲーマーとして染み付いた性なのだから仕方がない。
カネサダのドロップアイテムは《古代の鍵:23》と表示された。鍵と呼ぶには箱状で少々太い。これが古代の遺物だというなら、ある意味妥当なデザインなのだろう。
アイテムを拾い終わって視線を上げると、眼前に生きるものはない。なぜならそれは、全て俺が消したからだ。
衝動と欲望を乗りこなすと、こんなにも清々しい景色が見えるのか。




