3-7.欲望を喰らう獣
ナイフ片手に対峙するは仮面の少女。レイピアにナイフで挑むのは無謀にしか見えないが、対ライフルも想定されたナイフ戦闘術。むしろ装備を外して身軽なので、俺が有利になったとも言える。
こちらが走り出すと同時に相手も走り出し、すれ違いざまの攻撃をそれぞれが回避する。しかし、俺の本命は脚を引っ掛けて転ばせること。攻撃する時、速さのために身体を浮かせる癖を狙った策だ。
それは見事に決まり、空中できりもみ回転しながら床に激突する――と思い込んでいが俺は浅はかだった。その体制からでも彼女は持ち直し、俺の背中を狙う。
すぐさま振り返って逆手のナイフで受け流し、腕を絡め取って投げ倒そうとしたが、するりと抜けられてしまう。
「するするするする避けやがって。全身にワックスでも塗ってんのか?」
「塗ってない」
比喩表現や、冗談というものが理解できない相手と話すのは疲れる。疲労度的には、左腕にいるクグツよりかはマシだろうけど。
今一度距離を詰め、ナイフでレイピアの突きを捌く。打ち合っているうちにナイフを弾き飛ばされてしまい、腹の中心に渾身の突きを貰ってしまう。
鉄の棒が奥までずっぷり突き刺さり、前回の攻撃よりも確実に内蔵を傷つけ、ほぼ満タンまで回復していたHPは半分以下になる。
「グがァッ! ゲホッ! う……うう……」
腹から喉へ血が上っていく感覚も完璧だ。ワイルドオプスの破壊表現に、ブルズアイの痛覚再現能力。素晴らしい。
腕輪は小気味がいい歓声を上げた。
「おぉ、痛そー!」
腹を抑えながら地面に倒れ込んでしまう。内蔵を剣が貫く痛みとはこういうものか。
「あっけない。痛くて立てないのね。これで最後だから、一つ教えてあげる。調整されているのは、あなただけじゃない。だから、私も強くて当然。お互い、最悪の生まれよね」
うつ伏せで姿は見えなくても、徐々に足音が近づいてくるのが分かった。とどめはどこだろう? 頭か肺か心臓か。それとも、脊椎を器用に打ち砕くかもしれない。
足音が俺のすぐ近くで止まる。レイピアに勢いをつけるため、後ろに引いた腕が風を切る音がした。
「最悪? 最高の間違いだろ」
血に塗れた右手を伸ばし、彼女の重心が乗っていた左足首を掴んで引きずり倒す。後頭部を打ち付け、視界がチカチカしている状態でありながらも、情況を理解しようと必死になっていた。
「はっはっは、ツメが甘いんだよ」
痛む腹を勝利への欲求で塗り替え、立ち上がる。
予備のナイフで仕留めてしまおうと振り下ろしたが、そう容易い相手でもない。
すぐに立ち上がり、もう一度ナイフとレイピアの打ち合いになる。暴れるように、正確に連撃を繰り出し、今度はこちらが優位に立てた。
少女は後ろに大きく飛んで、俺の腹を見て言った。
「なんで立てるの? こんなにも痛いのに」
息を荒くし、今にも膝をつきそうな彼女へ答えてやる。
「勝つための調整。勝つための幼児期教育。この身に刻まれた闘争本能。俺はそれを誇りに思っている。だからこそ痛みに打ち勝ち、立ち上がれる」
「そんな状態で立ち上がれるなんて変よ。きっと、あなただけ痛く感じないようにプログラムを――」
「そんな不公平なシステム、ミスレニアスが許すわけないだろう。俺はただ単に、勝利という欲望で全身を塗り替えただけだ!」
腹から大量の血とHPを滴らせ、獣の如く突進して彼女の剣を叩き折った。トドメを刺そうとした瞬間、クグツが脳内で語りかけてくる。
「そいつを泳がせるってのはどうだ?」
すんでのところで刃を止め、彼の声に耳を傾けた。
「ここへ来た理由と拠点の情報が欲しい。それに、次に別の仲間を連れてくるかもしれない」
「仕留め損なうんだぞ。それでもいいのか?」
「呼び水というやつだ。多少は必要になる。それに、こんな小娘殺したくないだろ?」
勝利の二文字だけだった俺には女子供も関係ない。しかし、クグツの失った仲間の一人に、この少女に近い背格好の人物がいたと聞いたことがある。娘や妹という表現では表せないほど大切にしていたらしい。
そのせいか、妙な情を感じているのだろう。俺を止める声に、どこか必死さを感じる。これが鬼の目にも涙というやつだろうか? 腕輪の身体では涙は出そうにないが。
「分かった――」
突き付けた刃を彼女から遠ざけ、ナイフを収めた直後、唐突で強烈な咆哮に身が縮こまった。、前後左右に上下。その全ての石壁を震わせる。生物の声にしては妙にノイズ混じりというか。バリバリと耳障りな音が混ざっている。
天井の明り取りから山吹色のトカゲが頭を出し、俺達の近くに落ちてきた。背中の突起から放電を続け、表皮に纏わせている。
「なんだぁ? 今度は電気トカゲかよ!」
少女は首を傾げ、予想外という素振りを見せた。
「二体とも倒したんじゃないの?」
一体でも苦戦したというのに、もう一体おかわりとはやっていられない。しかも、今度は敵の人間が二人いる状況で俺には仲間がいない。
「やっぱ隠し玉頼むわ。ちなみにどんなの?」
クグツに仕込まれた隠し玉。今のステータスでも使えるということは、何か酷いデメリットでも用意されていそうな予感。
「俺の加工した情報をお前にインストールする。一つのアカウントに、二人分の戦闘力を叩き込むシステムだ。俺の欲望に飲み込まれたらサネツグとしての精神は消滅する。そうなったら、代わりにオレが制御して戦ってやるから安心しろ」
「安心要素一つもねえよ。初回闇落ち変身とか失敗フラグだろ。まぁ、負けるよりマシか。それで、どうすればいい? 変身ポーズとかした方がいいのか?」
少女に注意を払いつつ、腕輪を顔の高さまで持ち上げた。
「刀にお前の命を捧げろ。それがインストールの合図だ」
命――それすなわち血液。
腕輪が刀の形に戻り、俺の拳に勝手に収まった。本来ステータス不足で抜けないはず刀身は、抵抗なく抜ける。
武器としてではなく、道具としてなら抜けるのだろうか? その刀身は濡れた女の髪のように美しく、婀娜な佇まいをしている。
鞘を腰のベルトに挟み、刃を左手で握って思い切り引いた。
冷たくも熱い感覚が手の平を走り、刀身が血で染まる。痛みがどうでもよくなるほど、それが妖しく映る刃に魅了された。
静かに体の奥から何かがこみ上げてくる。そのうねりが大きくなってくると、無数の人影がこちらを見ているような感覚がした。
「誰だ!? お前達は――」
意識がこの場から消え失せ、無に投げ出される。俺はあっさりと飲み込まれて――




