0-4.誘拐・説明・【訓練】
ゲーム内で暗殺をするための訓練というものは、恐ろしく過酷だった。
最初の二週間は筋トレに剣術。少し慣れたら、射撃訓練がメニューに追加される。
ミスレニアスでは、銃器や車両を製造しているグループが存在すると聞いたことがある。それを使用しての戦闘も考えているのだろう。
俺は銃が好きなので、射撃訓練が癒やしの時間となり、他の人間よりかは良好な精神状態を保っていた。VRFPSとは微妙に感覚が違って手こずったが、すぐに慣れてしまう。
奴らが直接暴力を振るうようなことはなかった。しかしながら、訓練には命の危険やノルマが付きまとっている。
着衣水泳で溺れた少年を引き上げたり、射撃ノルマが達成できない少女につきっきりで指導しているうちに、俺は慕われていく。
良心で助けている部分もあるが、こういった状況では肉壁を確保する意味合いもあった。
ある程度射撃を学んだ段階で監視を撃ち殺そうとも考える。だがそれも相手は想定済みだ。
必ず訓練する人数の三倍は戦力を揃えていたので、行動に移せず終わる。
二ヶ月目からは、船で移動して雪山での行軍訓練が開始。
今まで数人だった死者が、爆発的に増えた。
分隊規模の人数で吹雪く山を越える。素人だけのグループには、あまりにも無謀な行為。
途中、歩けなくなった人間をバックパックと背中の間に挟んで運んだが、背負って歩ける人数と、歩けなくなった人数が合わない。
全滅するよりはマシだと自分に言い聞かせて、衰弱が酷い順に捨て置いた。
これを俺の独断ということにしなければ、責任のなすりつけ合いが大きな内紛を生む。
現に、他のグループはそれで壊滅した。
十二人だった俺のグループは、四人になって帰還する。
これも全て、反撃の機会を窺うため。
このやり方を続けていると、俺の肩を持つ人間とそうでないもの。そして、関わろうとしないもので割れた。
運動不足で衰えていた俺だが、人並み以上にトレーニングの成果が出やすかったのが身を救った。
なんとか二ヶ月生き抜いて、食堂で美味くも不味くもない謎の煮物をかっ食らう。昼飯にしては量が少ない。
五十はいたであろう誘拐されてきた人間は、両手両足の指で数えられるほどになっていた。
これほど過酷な訓練はゲームで無意味だと思うかもしれない。しかし、ミスレニアスには疲労や温度の概念があり、あらゆる行動に簡略化されたリアリティが含まれている。
料理の場合、加熱などの時間は短く設定されているが、塩を入れる量や混ぜ方でも結果は変わってしまう。
ゲーム内のステータスだけでなく、知識と経験が反映される世界となっているのだ。
雪山を行軍すると聞いたときから、ゲーム内での暗殺者育成以外の目的があると踏んでいた。
並のプレイヤーが踏み入れられない場所に行く必要があるから、こんな訓練をしているのではないかと。
わざわざ少年少女を多く集めたことも引っかかる。十代でないと駄目な理由もあるはずだ。
俺のようにある程度年の行った人間は、そいつらのリーダー用に連れてこられた可能性が高い。
推理を繰り広げながらパッサパサのパンを煮物に沈め、ふやかしたものを頬張った瞬間、全てがひっくり返った。
遠くから軽快なリズムを刻む銃声。訓練で使った9ミリ拳銃弾や、M4カービンの5・56ミリ弾でもない。
こんな聞こえ方をするのは、45口径の拳銃ではないだろうか?
加えて、この施設には存在しないタイプのマシンガンの音もする。
これが祝砲だと知るまで、ほんの一瞬の出来事だった。