3-3.森の遺跡
歩き進んでいくと、いつの間にか森の雰囲気が変わっていた。高い木々と大ぶりのメヒシバのような草ばかりだったが、南国植物のようなものが入り混じってくる。
木が生えている間隔もまばらになり、周囲は徐々に明るくなっていった。
「そろそろダンジョンです」
ロッタがそう言った頃には、苔むしたねずみ色の建造物が見えてくる。
その辺に散らばっている人間の顔をした彫刻品や、特徴的な建築様式。誰がどう見てもインカの文明をモチーフにしている。
しかし、ミスレニアスの遺跡は、地球上に残されたものよりも保存状態がいい。居住区画は数キロ先まであり、普通のゲーム感覚で探索していたら何日かかるか分からない。
中央では巨大な石垣の建物が「私がダンジョンです」と言わんばかりに存在を主張していた。
「あのデカイ建物がメインか」
「はい。このダンジョンは、効果値の高いアクセサリーがよく手に入るので選びました。敵も結構強いので、少しリスキーですけど」
この二人がパーティーメンバーにいるのなら、それも大した問題ではない。即死にさえ気をつければ何とかなるだろう。
遠くの方に見える、変な仮面を被った人型モンスターなんかを無視して、巨大遺跡の中へ入っていく。
中に入ると、石の扉が下りてきて帰り道を塞いだ。真っ暗だった遺跡内は、俺達の侵入に気づき燭台に火を灯す。内部は湿度が高めで、背中を撫でるような冷たいそよ風が吹いていた。
外部と直結している部屋は広く、中央には祭壇がある。正面奥に顔が描かれた巨大な扉。左右に四ヶ所の通路が見えた。
「四種類の何かを集めて、真ん中の祭壇に乗せろってダンジョンだろこれ? すんごい分かりやすい構造してるな」
「やっぱそうだよねー。僕も始めて来た時もそれ思ったよ」
ロッタが死んだ魚の眼で食い気味に言う。
「私はそれに気づくのに三日掛かりましたけどね」
俺とレンは何事もなかったように攻略の算段を立てる。
「どのルートで行く? 手分けした方がいいのか?」
「僕は一人で行動して、サネツグとロッタは一緒に行ったほうがいいと思うよ。状態異常攻撃持ちとか多いから。脱出方法が分かりにくい落とし穴とかあるし、本当はサネツグと一緒に行きたいけど」
「そこでナニする気だ」
照れ顔になって脇腹を突っついてくる。それが全ての答えになっていた。こうも包み隠さない好意を向け続けられると、いつかこっちから手を出してしまいそうだ。
イチャイチャしていると、荒い鼻息が聞こえてくる。ロッタのものだろうか? いや違う、もっと上の方――。
天井に視線をやると、皮膚が赤く鼓動する巨大な爬虫類が天井を這っていた。すぐさまそれを注視すると《オオトカゲ:変異種》と表示される。
「上にデカブツがいるぞ!」
咄嗟に盾を構え、敵の攻撃に備える。二人もすぐに気づき、盾の後ろから様子を窺う。
「そんな、炎系の餌になる素材は無いはず!」
「どういう意味だロッタ?」
「オオトカゲは、食べた素材によって属性を変えるんです。しかもあの外見の状態からして、かなり上位の素材を取り込んでいる様子。まさか、他のプレイヤーが意図的に……」
世の中には、俺みたいな嫌がらせをするプレイヤーがいるものだ。さっさと倒してステータスの糧になってもらおうと思ったとき《DANGER!》が表示された。これが出た瞬間から、俺達の戦いに生き死にが関わってくる。
「う、うそ……。なんで未開拓地で出る表示が……」
聞いたこともない、ロッタの力の抜けたような声。
二人は狼狽え、腰を抜かしてしまった様子だ。この状態ではまともに戦えない。活を入れるため、大声で名前を読んだ。
「ロッタ!! レン!! しっかりしろ!! これは勝てる相手なのか!?」
強制帰還や脱出系のアイテムや魔法。どれを使っても、一分は無防備な状態になる。このゲームで戦闘になったら、勝つか負けるか走って逃げるかしか方法がない。四箇所の道に逃げるのは、逆に追い込まれる可能性がある。
二人が顔を合わせ、頷いた。これよりももっと強い敵と戦ってきたはず。冷静さをなんとか取り戻してくれたようだ。一番の問題は、俺のステータス不足。
ロッタは安っぽい木の杖から、例の強そうな杖に持ち替える。
「サネツグは盾で回避場所の維持をお願い! 僕が囮になるからロッタは魔法で!」
「ブレス攻撃を確認したら、私が氷の柱を落とします! 一撃で仕留めたいので、詠唱の時間を下さい!」
「なら俺がタイミング合わせをやる。二人は自分のことに集中してくれ」
天井のオオトカゲは、威嚇するように咆哮を上げた。警戒しているのか、向こうはまだ天井から下りてこない。
まさか、俺の持ち込んだソフトの誤作動なのか? そうだ、こういうときこそクグツに頼らなければ。
腕輪を装備すると、あのいい加減そうな声が頭の中で響いた。
「よう、仕舞いっぱなしで色々文句を言いてえが、そういうタイミングじゃないな。お前はソフトの誤作動だと思っているんだろうが、これは別物だ。今走ってるプログラムは、俺達がパクったやつのオリジナルで間違いない」
となると、殺意を持った人物が近くに潜んでいるということになる。この二人をそれに巻き込んでしまったことを酷く悔やむ……がそれよりも目の前の敵だ。とにかく、勝たなければならない。
「サネツグはその馬鹿でかい盾で守るのが役割か? 一発でも掠ればお前は死ぬし、その二人も結構食らうから気をつけろよ」
「ああ」
脳内で会話しているので、この二人には聞こえていない。こんな情況で腕輪から声がしたら、余計に冷静さを欠く。クグツなりの配慮なんだろう。
オオトカゲが落ちてくると、それは想像以上に大きかった。天井が高くて気づかなかったが、象の二倍はある全長。
俺は恐怖と同時に、これからの戦闘に少し期待していた。ゲームのキャラクターが命をかけて戦ってきたような相手が、今目の前にいるのだから。
鱗で覆われた喉が一層赤く光り、口から火球を吐き出す。ロケット弾と変わらない速度で飛翔するそれ盾で受け止めると、二歩分後ろに押された。
一瞬で周囲の大気が熱せられ暑さを感じる。だがイージスの防御性能は本物で、裏面が熱を帯びることはなかった。
「レン、まだ出るなよ。アイツの動きを俺が見切ってからだ」
返事はなく、出るタイミングを必死に伺っている。命懸けということに耐性が皆無なので無理もないだろう。
今度は二連続で火球を撃ち出してきたので、これ以上押されないように思いっきり踏ん張った。それに続けてブレスを放ってきたので、気温が更に上昇し、持続ダメージが入る。
僅かな消耗をロッタがすぐに回復し、防御魔法や移動速度上昇の魔法を重ねがけしていく。
「次のブレス見たら指示出すぞ。ヤバイと思ったらすぐ戻ってこい」
オオトカゲは頑なに近接攻撃を避け、次のブレスを溜める。
「今だ!」
自分の声で盾の外に追い出すのは心苦しいが、ロッタが確実に氷柱を落とすにはそうするしかない。
ブレスが盾に当たり、レンが走り出す。炎の渦は彼をゆっくりと追いかけた。
「次、ロッタ!」
レンに攻撃が集中している合間に、氷柱を叩き落とす算段だ。
作戦が上手くいったと思った瞬間ブレスが急に止み、火球攻撃に切り替えてくる。五発の連射でレンは避けきれず、弾き飛ばされてHPを半分以下になる。
「レンッ!」
迷わず盾のスタンドを出して設置状態にする。このままロッタに攻撃させようかとも思ったが、俺が庇えない状態で無防備な魔法攻撃は撃たせられない。
「ロッタは盾に隠れたまま詠唱を続けてくれ! 盾の影から出るなよ!」
「は、はい!」
次の攻撃が出る前にレンを回収しなければ。このままでは本当に死なせてしまう。
地面を乱暴に蹴り飛ばし、走り出す。移動速度上昇のお陰もあり、思ったよりは速度が出る。しかし、横目に映るクソッタレのトカゲは再びブレスの予備動作に入っていた。
「クソが間に合えオラァッ!」
倒れ込んだレンに飛び付き、腰に左手を回して持ち上げる。抱えたまま柱へ隠れようと走るが、このままでは間に合わない。
「しゃーねーな、コイツをぶん投げろ。オレが物陰まで連れて行く」
クグツが粒子になり、俺の左手首から離れ、レンの手首へ移動する。
「頼むぞッ!!」
思いっきり投げ飛ばすと、手首に取り付いたクグツがふわりと彼を滑空させ、柱の裏まで飛んでいった。
「サネツグ! トカゲの弱点は口の中だ!」
腕輪野郎の助言を脳内で聞き、爬虫類野郎へ走る向きを変えた。
ハルバードを前に構え、突進する。途中ブレス攻撃を出してきたが、身体をねじって回避して、火球は刃で叩き落とす。
自分でも怖いほど集中力が高まり、抑えられない破壊衝動が湧き出てきた。
一瞬で距離を詰め、ハルバードの先端を口の奥にねじ込んで抉る。この攻撃で千以上のダメージを出していたが、コイツの最大HPは九万と少し。やはり、俺のステータスが足りない。
「グゲガガガッ!」
どちらがモンスターなのか分からなくなるような声が、俺の喉奥から出てくる。全身の筋肉がねじ切れそうなまで力を入れると、トカゲの串焼きが持ち上がった。
火球を吐こうとしていたが、胸のあたりで逆流して爆発ダメージを受けている。俺の頭には、口の端から落ちた火の粉が降り注ぐ。
このトカゲが軽いのではなく、俺の中から異常な力が湧き出てきていた。体内の何かが俺の全身を支えている。
なんだかよく分からなかったが、これはチャンスだ。
頭上には巨大な氷柱が生成されていて、落ちるときを待っている。
「ロッタ、落としてくれ!」
落ちてくる氷柱めがけ、串焼きを突き出す。高温の皮膚に氷の塊が叩きつけられ、水蒸気が立ち上る。彼女の魔法は強力で、トカゲの残りHPを全て削り取る。
喜んだのも束の間、トカゲと氷の質量が合わさり、武器を通して俺にのしかかった。
下敷きになったハルバードは粉々になり、ソウル化する。
それだけでとどまらず、石畳の床が崩れ落ちて俺と死骸は真っ逆さまに落ちていった。




