2-12.泣かせちゃった
あまりの衝撃で気絶していたらしく、俺が目を覚ましたのは早朝。裸のままベッドに寝かされていた。
「あ、起きた」
自室になぜかレンがいて、横から顔を覗き込んでくる。
「なななんで俺が裸でレンがここに!?」
「忘れたの? 僕を騙してお風呂に入ってたら、ロッタと鉢合わせになってそのまま魔法食らって気絶。状態異常以外で気絶なんて始めて見たよ」
そういえばそうだった。段々と記憶を取り戻し、すぐさま言い訳の流れを構築していく。こういう頭の回転の速さは、我ながらクズだと思う。
妥当かつ強気で出れそうな言い訳をいくつか出したところで、一つ疑問が浮かんだ。
「なあ、俺が倒れたの風呂場だよな? 誰がここまで――」
「僕だよ。流石に二階まで運ぶのは大変だから、強化魔法使ったけど」
毛布で隠された股間のあたりに視線を感じるので、さっさと服を着る。
「お前まさか変なコト……」
「そんなコトしてないよぉ。反応がないのに襲っても楽しくないし。ちょっと触っただけ」
「おい」
どこを触ったかは聞かない方が良さそうだ。
善は急げ。さっさと言い訳を叩きつけ、有耶無耶にしに行こう。時間を掛けずに冷静な判断をさせないのがポイントだ。
「ロッタは?」
「部屋だと思うけど」
インベントリには、半透明表示になった旅人の服とパルべライザーがある。それを選択すると、回収することが可能だ。これもロッタ先生に教わった。特殊なイベントでモンスターに奪われたりしない限り、こうして回収できる。
「ちょっと行ってくる」
「僕も無理に追いかけすぎたと思う。そのことは言ってあるからさ、ちゃんと謝れば大丈夫なはずだよ」
レンは素直で優しいので、こういう部分は見ていて眩しい。これから吐き出す予定の言い訳を飲み込みそうになった。
急いで部屋の前まで行き、お上品に扉をノックする。
「どうぞ」
声が聞こえてから部屋の扉が開かれたので、流れるような動作で正座をした。
「度重なるご無礼、大変申し訳ございせんでした。いえ、少し申し訳を用意してあります」
「事情はある程度知っています。素直に話して下さい」
感情を見せてこないのが逆に怖い。だが、ここで弱気になったら負ける。
「もうおねんねしていらっしゃるご様子でしたので、これでゆっくり入れるという所にロッタさんが現れたのでありまする。思わず隠れようと天井に張り付いたら、大変お見苦しいモノをご覧に入れたのが大まかな流れでごぜえます」
「なんで、寝ていると分かったんですか? 脱衣所の独り言で知ったような様子ではありませんが」
うっかり余罪を吐いてしまった。落ち着け俺。
「レンから逃げている最中に、窓から偶然見てしまいました。悪いと思ったので、直ぐに離れた。サネツグ、ウソツカナイ」
「それについては事故ということにしておきましょう」
ここで軽いジャブを撃ち込む。
「そういえば、ロッタさんは我々が入浴を終えたか確認しやがりましたか? 後々気づいたのでありますが、時間指定がなくて少々疑問に思ったのですよ」
「む、確かにそこは私が悪かったですね」
よし、罪悪感を感じたぞ。ここが攻めどきだ。
「よく考えてみれば、あやふやな時間指定や、確認もせず鍵のない風呂に入る。ちょっと不用心すぎるんじゃないですかね? いや別にロッタさんが悪いって言ってるわけじゃあないんですよ。正直、しっかり見えなかったんで見られ損というか」
「そうですか、私は見えないほど貧相でコンパクトな身体ということが言いたいんですね……」
急に涙目になり、顔を手で覆い泣き始めるロッタ。
「あ、ごめんって。ちょっと言い過ぎた」
そこまで強気に出たつもりはなかったが、彼女は責められるのに慣れていないのかもしれない。
「意地悪してすまん。正直に謝るよ」
「じゃあ『ロッタお姉ちゃん大好き』って言って下さい。私、姉弟とかに憧れてたんです。わがままを聞いてくれたら機嫌が良くなります」
とんでもなくいかがわしいプレイを要求されたようだが、単純な憧れなんだろう。涙声で懇願されては、断れない。
「――ロッタお姉ちゃん大好き!」
こっ恥ずかしいセリフを言い終わった途端、彼女はケロッとした顔を見せる。後ろの方に手を回し、高級そうな装飾をしたランタンを取り出す。中には星雲のように複雑な光を放つ水晶が入っていた。
「いい感じの音声が録れました」
そう言ってからランタンを揺らすと、俺のお姉ちゃん大好き発言が再生された。
「え? 何それ」
「万能記録媒体といった感じでしょうか。映像、音声、文章なんでも保存できて便利ですよ」
泣きの入った表情は一変、またあの悪戯っぽい表情になっている。
「お、おいおい。こんなもん録音して何になる?」
「特に深い意味はありません。でも、これを治安維持NPCに犯罪の証拠として提出したら困っちゃいますよね?」
嗜虐的な笑みを浮かべ、じっと見つめてきた。彼女自身は気づいていないサディストな部分が見え隠れしている。ヤバイ、ちょっと踏まれたいかも。
「何が……目的だ」
「サネツグは、もうちょっと私と仲良くしてほしいかなと。レンのように、自然な距離感になりたいです。甘やかしたいし、甘やかされたいとも思いました。だから、私から逃げないで下さい」
録音された音声は、脅しの材料。子供が気を引くためにやる悪戯のようなものを感じた。
しかし、思春期真っ盛りの女の子が、会ったばかりの男に要求する内容とは思えない。これはなかなか繊細な問題を抱えている。ボッチを極めるだけあって、手の届く範囲に現れた俺を無理にでも確保しておきたいのだろうか。
俺が待ち合わせを忘れてロッタを不機嫌にさせる。もしまたそういうことが起きたら、弱みを握ってやろうと彼女は企んでいた。何か負い目があれば、自分から離れていかないように仕向けられる。だから、少々脅しの材料としては不完全な音声まで使ってこんなことをした。
きっとロッタは、この俺を何かの代用品にしたかったんだろう。
彼女には解って欲しい。こういうやり方では、上手く行かないと。ねじ伏せられ、不満を募らせた人間はいつか残酷な裏切りをする。身をもって実感したから知っていることだ。
しっかり伝わるよう、同じ目線まで膝立ちになって語り掛けた。
「脅してまで何かさせようとする相手とは、仲良くやろうって気にもならない。というか、嫌いだ」
彼女には「嫌い」という言葉が一番刺さるだろう。けれども、痛みがなければ人間学習しない。俺自身は他人に誇れる生き方をしていないが、道を逸れたが故のアドバイスだと思って聞いて欲しかった。
はっきり「嫌い」と言われた彼女は、嘘泣きではない本当の涙をまぶたに集める。
「そ……そうですね。ごめんなさい……」
「だから、普通にしていてくれ。ロッタはいい子だから、きっとみんなに好かれるようになる。そういうロッタ相手なら、友達でも何でもなってやりたいと思う。まぁ、俺なんかじゃ嫌だろうけどな」
小指の先程の良心をなんとか絞り出した言葉。それは、彼女には優しい女の子のままで育ってほしいという親心が言わせたもの。
この腐りきった口から吐くには少し綺麗すぎるセリフ。自分で言っていてむず痒くなる。
いよいよ本気で泣き始めてしまうロッタ。こうもあっさり泣くような人間が周りにいないので、扱いに困る。そんな良いのか悪いのか分からないタイミングで、ノックしてからレンが扉を開ける。
「どう、ちゃんと謝った? ――って、また泣かせてるぅ!」
「これにはかくかくしかじかうまうま!」
泣いて力の抜けたロッタの手からランタンが落ち、あろうことか音声が再生されてしまう。
「ロッタお姉ちゃん大好き!」
録音された俺の声を聞いた彼は凍りつき、口をパクパクさせている。
「そそそそうなんだ……お姉ちゃんがいいんだねサネツグは。僕、頑張ってお姉ちゃんになるから。やっぱハサミだと痛いかな? それとも、付いたままのお姉ちゃんがいい?」
「とにかく落ち着け。付いてる男の子のレンが好きだ。これには南極エイトケン盆地より深ぁい理由がある」
「あ、それ愛の告白として受け取っておくね。深さの例えはよく分からないけど」
起きた事と、その解説を一から十まで行う。どうにかこうにか誤解は解けたが、数分間で二人に「好き」だと言ってしまった事実は消えなかった。
この年齢差は、犯罪以外どうとも表現できない。ミスレニアスに殺人ソフトを持ち込んでいる時点で、そういう次元の犯罪者ではないのだが。
なんとかロッタは泣き止んだので、こちらから「どのダンジョンに行くのか?」と聞いた。すると「森の遺跡」と小さな声で答える。
泣かせてしまった負い目もあったので、念願のパーティープレイで機嫌を取り戻してほしい。準備を整え、三人仲良く出発した。
(よかった……股間見せつけの件がなんか有耶無耶になって)




