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0-3.誘拐・【説明】・訓練

 目が覚めると、ごくごく普通の会議室のような場所だった。


 樹脂製の紐みたいな手錠から、金属の手錠に変わり、右手が固定された椅子と繋がっている。

 ずっと手を後ろにやっているせいで、いい加減肩が痛い。

 この俺が、何をしたってんだ。


「おーい、誰か! 目ぇ覚ましたぞ。要件はなんだ? さっさと終わらせてくれ」


 こんな手を使って誘拐する連中が、まともなわけない。挑発しつつ、真意を探る必要がある。


「やっと……ですか。あまりにも良い眠りっぷりだったので、何時間寝ているか試していたところです」


 胡散臭さを声優で吹き替えたような男の声。ちょうど真後ろから聞こえた。あえて起こさず見ているなんて、絶対ヤバいやつに違いない。


「流石に肩がいてーんだわ。暴れたりしないから、コイツをどうにかしてくれ」


 手錠を鳴らし、急かす。


「いいですよ。どうせ孤島、魚でもない貴方には逃げられないでしょうし」

「俺が逃げても平気ってことか……。さっきの連中が少なくても二人、この部屋の近くで待機してるな?」


 さあどう出る? たとえ嘘でも、話をすればするほどボロが出る。

 その男は俺の手錠を外し、机を挟んだ向かい側に座った。

 年齢は三十代と言われればそう見えるし、五十代と言われればそう見える。顔には胡散臭い髭も生えてやがった。


「それですよ、それ。冷静で、常に情報を集め、勝機を探る。【ミスレニアス】で仕事をしてもらうのに必要なスキルです」

「お褒めいただきこりゃどーも」


 想像以上の回答に、軽いノリで返すしかない。


 ミスレニアス――日本製のVRMMOを転用した世界的なプロジェクト。【サテライト】と呼ばれる強大な施設に人間を格納し、仮想世界で生活させる。

 一度に地球上で活動する人間を減らし、資源の節約を目的としたもの。


 そのプレイヤーになるかは個人の自由だが、現実世界で多くの特典を得られるのが人気の理由だ。

 特典の内容は多岐に渡り、【ログイン手当】という形で収入もある。


 適当な雑魚モンスターを倒しているだけで、そこそこ優雅な毎日を送れてしまう。現実では金を使わず、久しぶりに戻ってきたら金が溜まっている。皆が入り浸るのは必然だ。

 もちろん、それが狙いなのはバカ以外分かっている。


 最近では、ゲーム内通貨を現実に持ち越せるようになったりとやりたい放題。世界規模のプロジェクトだけあって、最初は揺らいだ経済も一瞬で立て直した。

 ログイン経験がないのは、比較的高い年齢層や、俺のように「ゲームはコントローラーでやるもの」と言い張っている一部の人間だけ。


 別のVRMMO形式のゲームをプレイしたことはあるが、どうも性に合わない。ポテチをコーラで流し込みながらやるのがゲームだ。


 なによりも、ガチャで十万円分爆死したのが俺のVRMMO離れを加速させた。流石、日本製。

 VRは、ゲームセンターでプレイできるFPS(銃撃戦)だけで十分。


 ミスレニアスは、現実でしかない。理が違う異世界と表現するのが正しい。

 それならば、俺は雑多な市街地を歩き、からあげ定食を食う。家に帰ってからゲーム機を起動して、無数の世界へ画面越しに浸る。これこそが「趣」というもの。


 そんな俺にミスレニアスで仕事をしろなんて、明らかな人選ミス。VRゲームの才能を持っているわけでもない。


「……嫌だと言ったらどうなる?」

「銃殺です」


 やっぱまともな連中じゃねえよ。


「俺のメリットは? 待遇悪いと、いつか裏切るぞ。それに、目的が分からないことをさせるのも失敗の元だ」


 こうなってしまったら、可能な限り自分を優位に立たせるため、強気に振る舞うしかない。


「以前それで痛い目に遭いましたからね。今回はちゃんと考えていますよ」

「ひでーなあんたら。で、何をして何が得られる?」


 裏があるけど一攫千金。せめて、そんな話であって欲しい。


「それの説明を合同で行いたいので、付いてきて下さい。他の皆さんと違って話が早くて助かります」


 俺以外にも、誘拐された人間がいる。俺が、何らかの大きな渦に巻き込まれているのは明らかだった。


「では、行きましょうか【くろがね 銑継さねつぐ】さん」


 唐突にフルネームで呼ばれ、身構える。


「おいおい、人の名前調べておいて自分は名乗らないのか?」


 少し間が空いたが、余裕の表情でその男は名乗った。


「私は【フォールス】という名です。以後、お見知りおきを」


 FALSE――間違いや、偽りを意味する言葉。最初から本名なんて名乗る気がない。

 そいつに、最大限の皮肉をぶつけてやった。


「ああ、よく日本人が読み間違えて『ファルス』って言うやつか。あんな意味あるとは知らねぇで、何人がトラップに引っかかったか」


 そこで初めて余裕の表情を歪め、眉を痙攣させた。


「そういう貴方は、二つも金属に関する字が入っている。さぞかし、血も涙もない生き様だったんでしょうねぇ」

「いい名前だろう? 俺らしくて。それに金属ってのは、人類に欠かせない道具を作る原料だ」


 それを聞いて、ファルスは鼻で笑った。


「人殺しの道具を作るにピッタリの原料ですなぁ、金属ってやつは」


 お互いに歪んだ笑顔を崩さず、数十秒睨み合った。


 やっとしびれを切らしたらしく、目出し帽で顔を隠した男を二人呼び、俺を部屋から連れ出す。

 苛つかせすぎただろうか? だが、ハラワタがモツ煮になるほど恨む理由がある。

 今は、俺が最高に楽しみにしていたアニメの二期が始まったばかり。それがコイツの運の尽きだ。


 少しばかり乱暴に背中を押されながら廊下を進む。

 突き当りのドアまで行くと、入るよう促される。


 扉の先で開かれた合同説明というのは、酷いものだった。

 パイプ椅子が何十も並んだ部屋に、隙間なく座らされる人々。

 俺より年上はわずかで、ほとんどが中高生かそれ以下の年代を占めている。男女比は均等で、多くが泣きじゃくるか、暗い表情。


 その場で受けた説明を要約するとこうだ。


 ここに集められたのは、消えても気に留められにくい立場や無戸籍の人間。


 敵対する組織の人間を殺したいが、サテライトの自動化された警備は厳重で、ゲーム内から殺す必要があるとのこと。

 なので、俺達をミスレニアスでトップクラスのプレイヤーに育て上げ、そいつらを殺させるらしい。


 ミスレニアスでは一部区域で死亡した場合、現実の人間も死ぬシステムがある。本来殺せないエリアでの殺人を可能にする手があるともにおわせた。


 動揺に打ちのめされて、何人か泣き崩れる。いきなり誘拐され、「さあ人を殺せ! 訓練だ!」と言われるのだから無理もない。


 最後の方に、仕事が終われば訳アリ人生をリセットし、金もたんまりくれると言っていた。本当かどうかは分からないし、俺以外の耳に届かなかったのではないだろうか。

 この調子だと、また痛い目に遭わされるのは確実だ。

 早速ここに、反逆の機会を窺う男がいるのだから。


 俺は、その後に課された訓練で、今以上にファルス野郎を恨むことになる。

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