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2-10.クグツ

 晴れやかな気持ちで部屋に帰り、暇つぶしも兼ねてメールボックスを開くと、二件メールが届いていた。

 一件目は本部からの返信で、まずはそれを開く。


「特殊チュートリアルに関しては、こちらでも把握していません。詳細の報告をお待ちしています。調査を希望していた『レン』という人物は、単刀直入に答えると『白』です。任務に差し障りがない範囲での協力を受けても問題ないと思われます。これ以上の詳細が必要な場合は、お申し付け下さい。すぐに用意できます。雪山に関しては、敵対勢力が何かの調査をしているという部分しか把握できていません。調査の優先度を上げているので、何か分かり次第逐一報告いたします。エニアス探しについては、次のメールの添付アイテムに聞いて下さい」


 最後の一文が、どうにもよく分からなかった。物言うアイテムがこの世に存在するのだろうか?

 その疑問を解消するため、次のメールを開いた。


送り主は空白だったが件名に「クグツより」とだけ書かれていて、アイテムが添付されている。

 それは日本刀の形をしていて、鞘はカーキ色。百年以上前に日本で使われていた、九八式軍刀によく似ている。日本的に言うなら「カーキ」ではなく「国防色」というやつか。


 不意に刀が揺れ、聞き覚えのある声で喋りだした。


「よう、今朝ぶり? だな。……おっと、指向性会話モードにするのを忘れていた。よし、これでオレ達の声は他のやつに聞こえなくなった」


「んん? ――クグツなのか?」


 間違えるはずもないこの声。刀から出ていた声は、彼が指向性会話モードと口にした瞬間から、脳内に響く声に切り替わった。アイテム名は【傀儡】だが、本人とは少し違うらしい。


「オレはアイツのようでビミョーに違う。俺の思考や行動パターンに基づいて生まれた、チョー素敵なAI様だ。俺が訓練したとはいえ、まだ経験が浅い。それを一人投げ出して、さっくり死なれちまったら後味が悪いだろ? だから、困った時の案内役。そんでもって転ばぬ先の刀がオレってわけよ」


「オレオレ言いすぎてややこしいなぁ」


 刀の性能を調べるが、耐久値も攻撃値もゼロ。弱いというか、バグってないかこの武器?


「オレの性能見て弱いって思っただろ?」


「弱いどころか、バグってると思ったが違うのか? 抜こうとしてもびくともしないし」


 ブルブルと手の中で震え、高らかに笑う。


「アッハハハハ! オレは意図的なバグの塊みたいなもんだ。確かに間違っちゃいねえ。便利機能や、強力な戦闘スキルを詰め込んであるからなぁ。一つ一つ説明してったら朝が来る」


「そりゃ勘弁してくれ。これから風呂に入るつもりだったんだ」


 俺の手からクグツがすっぽ抜け、少し離れた所に飛んで自立する。


「そんじゃあ、話を三つだけ。まずはオレの戦闘スキルからだ。と言っても、今のHPじゃ使えないけどな。この世界ってのは、結構おおらかだ。代償さえ提示すれば、メチャクチャなスキルを作っても、システムに弾かれることがない。だから、HP(いのち)という高い通貨を支払えば、お前は苛烈な戦闘力を得られる。最高だろ?」


「完全に妖刀じゃねーか」


 刀はグラグラ揺れながら、含み笑いをする。ミィサもなかなか感情豊かだったが、顔を持たない武器ですらこの立ち振舞。本人と話しているのと変わらない。


「もう一つは、例の装置とソフトについてだ。ヤツらが作ってたミスレニアス用殺人装置はイヤホン型だから目立つし、耳に入れっぱなしだとムレムレで痒くなる。唯一の褒められる点は、デフォルトで殺人ペナルティを打ち消す機能が備わってるところだけだな。そこで、我らがブルズアイの技術部門が米粒サイズまで小型化に成功。ゲームでの戦闘に慣れた相手を追い込むステキ機能も追加した」


「というと?」


「とりあえず試運転を兼ねて、この部屋を未開拓地状態にしてみようじゃないか。それから説明する」


 言われるがままに首のあたりにあるはずのスイッチを探す。これは意識しないと触れない仕様なので、そこまで気になる突起ではない。探り当てて押し込むと、目の前に危険地帯指定ウィンドウが現れる。死の概念が生まれる空間を、メートルや自分がいる部屋などで指定することが可能だ。部屋の設定を選び、画面から生えてきたレバー式のスイッチを上に跳ね上げる。この操作が、最後の安全装置としての役割を持つ。


 視界に大きく《DANGER!》の赤文字が表示され、五月蝿いエフェクトと警告音が響く。どうやらちゃんと機能しているらしい。


「よし、こっちでも機能していることを確認した。もう一度、首のスイッチを押してみろ」


 再び押すと、解除するかどうかの選択肢が現れる。それとは別に、小さく《GORE MODE》と出ている。


「ゴアモードってのを押せばいいんだな?」


「ああ」


 なんだか物騒な名前だが、俺にとって悪いものではないのだろう。

 特にエフェクトもなく、視界に白文字でその文字が表示された。随分と質素な演出だ。


「ミスレニアスは、ワイルドオプスのシステムが部分的に使われているらしくてな。それを利用して、お前が有利に戦える機能を追加してみた。このゲームは、痛みも怪我もデフォルメされている。それゆえ戦闘の緊張感が緩和され、情況を感じ取る感覚も鈍っちまう。だから、ワイルドオプスのリアルなダメージ表現や、痛みの度合いを現実に近づけるのがゴアモードってわけよ」


「痛みと恐怖が俺を有利にするってか?」


 金属で飾られた鞘の先端を軸に周り、上機嫌さを表現するクグツ。


「ああそうだ。サネツグ、お前はちょいとぶっ壊れてる。勝つことに執着するあまり、痛みや恐怖が二の次だ。かと言って、危機管理能力が劣っているというわけでもない。それに、追い込まれるほど冷静になっていく。普通のやつは、怪我にビビってまともな思考ができなくなっちまう」

「ゲーマーの性ってやつだ。ピンチからの大逆転ってのは、最高に気持ちがいい。だから、勝利だけを見ることができる」


 刀であるクグツは自由自在に動き回るので、正直気味が悪い。手足も無いのにすっ飛んで、俺の手の中に戻る。


 ソフトを終了させると、効果音で危険域から出たことを知らせた。何かが抜けるような音で、安心感を与えてくる。


「そんじゃ最後の要件だ。エニアス探しのことなんだが、最近は未開拓地での目撃情報が多い。というか、今日になって急にエニアスがあちこちに出没したらしい。だが、今のステータスじゃ未開拓地なんて即死だ。もう少し強くなるまでは、受け身の調査に専念しよう。自分の行動範囲近くに現れたら、無理のない程度に追跡する。それまでは、ゲームを楽しんで強くなろうぜ。こっちから追いかけ回していたら、逆に時間が掛かるかもしれんしよ」


「そんなゆっくりで大丈夫なのか?」


「戦争だろうが何だろうが、蓄えを作らなきゃ上手くいかねぇ。チャンスが来たら、そんときにガシッと食いつく。今は、強さを蓄える期間だ」


 クグツは粒子となり、俺の左腕に腕輪として再構築された。随分と落ち着いた装飾で、素晴らしいフィット感。


「普段はこの姿のほうがいいだろう? 装備できない武器ほど邪魔なものはないからな。うるさかったら手持ちアイテムに入れとけって俺が言ってたぜ」


「ほう」


 ではお言葉に甘えて早速入れておこう。ゆっくり風呂に入るのに、クグツのお喋りに付き合ってたら休まらない。出会った当初は作戦行動中で気付かなかったが、オフの日のアイツはとことん喋る。壊れた蛇口のように軽口を吐き出す。


「あ、おい! いきなりしまっちゃうの? アイテムウィンドウの中ってマジで暇だからなんか話そ――」


 こいつがレンのことを知ったら「男でも可愛ければいいじゃん。ヤっちゃえ」と言うに違いない。子供に悪影響を及ぼす有害AIは、二人の前で出さないようにしなければ。


 会話の途中で、レンが自室の扉を開ける音が聞こえていた。今も部屋から物音がするので、帰ってきたふりではないようだ。

 やっと安心して風呂に入れる。


(これより、オペレーション・ニューヨーク第二段階へ移行する)


 追いかけっこやクグツとの会話で、だいぶ時間が過ぎてしまったようだ。

 この時すっかり忘れていた。ロッタは遅い時間に入ると言っていたことを。

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