2-8.恥ずかしいやつ
桟橋から階段を登り、陸の通りに戻る。高級そうな武器防具の店なんかが多く、一等地というやつの雰囲気を出していた。
「はい! ここが私の家です」
そう言ってロッタが指差した先には巨大な門があり、奥には森が広がっていた。門の高さは人間三人分の身長でも届くか分からないほど高く、屋敷はここからでは見えない。森はこのまま外へ繋がっているとすら思える。
「何だこりゃぁ」
「いやぁ、この土地を確保するのに苦労しましたよ。中心部の物件をこれだけ広く取るのに、いったいいくら使ったか……」
レンが背伸びして、耳打ちしてくる。色っぽい声と、耳をくすぐる息を混ぜてくるのはやめてほしい。
「んっ……。ここ、未開放ダンジョン扱いされてたけど、ロッタの家だなんて初めて知ったよ。ふぅー……。魔女の館ってダンジョンが開放されるって噂だった」
「ブフッ! ダンジョンッ! って耳に息吹きかけんな! 感じちゃうだろ!」
乾燥ヤモリとショッキングピンクのキノコ。それを鍋で煮詰める魔女服ロッタを想像したが、意外と似合う。
彼女は無言で紫のエフェクトを集め、例の触手を準備していた。咄嗟に姿勢を正し、世辞を言う。
「おぉ、立派な門ですなぁッ! さぞかし、奥にある屋敷も立派なんでしょう!」
「まったく……。もうちょっと優しくて誠実な人だと思っていたのに……」
触手を引っ込め、ブルーな様子。俺は行く先々で女の子の機嫌を良くできるほど、出来たやつでもない。優しいお兄さんとパーティープレイに期待した彼女には悪いが、これが俺だ。さらに、クグツの軽口が数カ月の間に伝染っているので、余計なことをすぐ言いそうになる。
そのとき、またしても俺のことを庇うように、レンが間に入ってきた。
「そんなことない! サネツグは、意地悪しながら優しくしてくれるタイプだよ! あの気持ちよさにハマったら、抜け出せない沼地のような感覚……。そう、テクニシャンなんだ!」
行き交う人々の足が止まり、変なものに視線が集まる。頭上には、バッチリ名前が出ているはずだ。
「なっ、何言ってんだ! 変に誤解されるだろぉ? すみませんねぇ、道行く皆さん。この子、覚えたばっかりの言葉を使いたい年頃でぇ!」
羽交い締めにして、これ以上変なことを言わないように口をふさぐのだが……。締め上げられて悦んでやがる。彼は魔法で筋力を底上げして、塞いでいた手だけを振りほどく。
「もがっ! ふぅ……。ほら、今も絶妙に痛気持ちい感じでご褒美をくれる! 痛くされてるのに、包み込まれるような安心感! それを知らないだけなんだ!」
「やめろレン! お前の性癖のせいで、あんまりフォローになってない!」
自宅前でプレイに発展され、ロッタの不機嫌もピークの頃だろう。しかし彼女からは、思いもよらない発言が飛び出した。
「――それ、そんなにいいものですか? 私も試したら分かりますかね?」
「分かるよ。少しだけサネツグを貸してあげる。他の子とイチャイチャしてるところも、なんか興奮できそうだし」
ダメだ、レンが口を開くと流れがおかしくなる。
「まてまてまてぇい! 試すっておい! 貸すっておい!」
レンは緩んだ拘束からすり抜け、俺をロッタに明け渡す。
「では、好きなようにギュッとしちゃって下さい」
そうロッタは言って、俺に背中を向けてもたれかかる。軽くて小さくて犯罪級。生まれて初めての役得が回ってきた気分だ。
しかし彼女の言動から察するに、理想の何かに無理矢理すがろうとしている節がある。俺のような訳あり品が、その「何か」になれるほどの器は持っていない。
ちっさい頭を少しだけ乱暴に掴んで、わしゃわしゃ撫でてから身体を離した。
「そういうのは、好きになった男にやってもらえ」
雑な突き放し方かもしれないが、変にこじれるよりはいい。そのままロッタは振り返らず、少し上ずった声で恥ずかしいことを言った。
「じゃ、じゃあ。好きになっちゃったら、ギュッとしてくれるんですかね?」
「へ? なななにを言って――」
彼女が振り返ると、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。照れくさそうな声も、全部演技だったのだろうか? ちょっとした一言で、ドギマギしていた俺が一番恥ずかしいやつだ。
「すごいよぉ! サネツグとロッタのイチャイチャを見ると、キュンキュンすりゅう! これがぁ、寝取られッ!? あ、でもまだ寝てないか」
いや、勝手に気持ちよくなってるレンが一番恥ずかしいやつだ。
俺を弄んだロッタは、ものすごく愉快そうな顔をしながら自宅の門に手をかざす。黒く洒落た装飾のそれに魔力が通い、内側にゆっくりと開いた。
「けっこー性格悪いなぁ」
「年下の女の子相手に動揺しちゃう、とっても悪い大人を成敗しただけです」
敷地内に踏み入れると、門は再び閉じられる。そのまま、先導するロッタの後ろを歩いていった。
門の前で一人悶えていたレンはすっかり忘れられ、締め出される。
「あ、あれ? おーい、開けてよー! 僕のこと放置なの? これもプレイなの?」
白が強調された建物はとにかく広く、廊下には割ったら一生奴隷生活必須の高そうな壺や、ミステリー作品とかで鈍器に使われそうな黄金のゴブレットが飾られている。客間で座ったソファも髪の毛一つ落とすのが申し訳ないほど豪華で、落ち着かない。
俺はNPCメイドに紅茶と茶菓子を振る舞われ、二時間ほどロッタ先生のミスレニアス講座を受けた。いつの間にかメガネを付けて、役になりきっている。
一通り授業を終えてから、すっかりレンがいないことに気づいた。
家主から屋敷の出入りが自由になる権限を受け取り、一人で迎えに行く。レンは体育座りになって結構本気で泣いていたが、おぶって屋敷に向かうとすぐに機嫌が良くなる。むしろ、元気になりすぎてもう一度投げ捨ててこようかとも思った。
「ひどいよー。放置は見える範囲じゃないと、寂しいから嬉しくないのに」
「別にレンを喜ばせるためにやったんじゃねぇよ。普通に忘れてた」
「えぇー!? ……もう怒った。こうだかんね」
あと少しで屋敷の前という瞬間、俺の耳に息を吹きかけるレン。腰が抜け、前の方に倒れ込んだら耳たぶ甘噛の追い打ちを食らわせてきた。
「ふぉぉぉ!! やめろぉ!! そこはぁ……よわいぃのぉ!!」
容赦ない攻め立てに悶絶していると、嬌声を聞きつけたロッタが扉から飛び出してくる。
「人の家の敷地で変な声出さないでくださいよぉ! 私が連れ込んで何かしてるって噂になったらどうしてくれるんですか!」
「あーあ、見つかっちゃった。あともうちょっとだったのに」
俺の上からレンが名残惜しそうにしながらも下りた。力の抜けた足腰になんとか言うことを聞かせ、立ち上がる。
「あれ以上俺に何をしようとした?」
「ないしょ」
どうやら貞操の危機だったようだ。
だが、ロッタも人のことを言えない程度には、なかなか恥ずかしいことをしてきた。それに気づかせてやろう。
「なぁロッタ。言っとくけど、自分もかなり恥ずかしいことしてるの気づいてるか? 自宅前で『好きなようにギュッとしちゃって下さい』って。結構な数の人に聞かれてたと思うぞぉ」
指摘されて初めて自覚したらしく、ゆでダコみたいな赤い顔になって、涙を撒き散らしながら屋敷の奥に消えてしまう。
「女の子泣かしちゃダメだよサネツグぅ。泣かしていいのは僕だけなんだから」
「そうか。もういっぺん締め出して泣かせてやるよ」
「いじわる」
ロッタが落ち着いて再び前に出てくるまで、そこそこ長い時間を要する。それまで勝手にソファでくつろいでいたが、レンも落ち着かないらしく立ったり座ったりを繰り返していた。
NPCメイドはかなり優秀で、俺達のいい話し相手になってくれる。この街の情報を一通り聞き出せたので収穫だ。




