2-7.秘密の屋台
じゃれ合ってへとへとになった頃にはザンヘルの明かりが見えてくる。建物は低く、広域に広がっていた。
そしてより近付くと、街の魅力が分かる。レンガ造りの落ち着いた建築だが、白などを多く取り入れていて、可愛らしさがあった。例えるなら、いいとこのお嬢さんみたいな街並みだ。
「さー、到着ですよー」
ロッタが一番に降り、街を背にして自慢気に立つ。まるでそれが自分の所有物であるような振る舞いだ。
「これがザンヘルねぇ。確かに悪くないな」
馬車の停留所から見える大通りは、セントラルタウンのものより広い。行き交う人々も負けず劣らずの多さで、都会という感じがする。
一方、外の世界の街は閑散としつつあった。多くの企業は事業をミスレニアスでの生産や小売に移行し、社員の大半は辞職して夢のファンタジー生活。ログイン手当や戦闘で生計を立てている。今なお会社勤めの人間は、よほどの物好きか組織に対する責任感の持ち主。もしくは、新しい世界に適応できなかった頑固者だ。
これほど世界の構造を変えるミスレニアスを、俺は恐ろしくも感じている。人類の格納によって起こりうる多くの不都合。それを上手く調整したのも、ミスレニアスの人工知能だ。人類が依存する、この電子信号の世界が傾くなんてあってはならない。バグを見つけたこの口が言えたことではないが。
そんなこんなで東京都心部は空き家が多くなったものの、たまに日本が恋しくなったプレイヤーが地方の観光地に訪れているという。ミスレニアスで馬鹿みたいに稼いでから行くので、豪遊の極みらしい。
「とりあえず【スピーナ通り】に出ましょう。そこをしばらく進むと私の家があるので、二人とも泊まっていって下さい」
「ああ。でもいいのか? 女の子の家に男二人で押しかけて?」
冷静に考えればかなりラッキーなイベント……なのだが。同じ建物でレンが寝ているということは、逆に俺が危ないかもしれない。
「いいんです、泊まって下さい。あの屋敷は、私とNPCの使用人だけでは広すぎたんです……」
「お、おう」
屋敷というからには、相当広いはず。そんな場所で、ゾンビが出る洋館ごっことかしてみたいものだ。
スピーナ通りは中央に水路があり、小型の魔動式ボートが主要な交通機関として機能している。近くの屋台で、肉の串焼きとチキンブリトーのようなものを買ってから船に乗った。
行きたい場所をメニューから選択すると、ひとりでに動く無人操縦だ。独特な文様が船の側面に描かれていて、それが光ると一瞬で最高速に達する。水しぶきは魔法障壁によって遮られ、身体にかかる加速の負荷は一切感じさせない。派手に揺れたりもしないので、食事もできる。
「この串焼き美味いなぁ。少し硬いけど裂けるような独特の食感で、油っこくなくて旨味がある。何の肉だ? 今度狩りに行こう」
レンとロッタはブリトーしか買っていない。こんなにも美味をなものを食わないなんて、二人とも食べすぎて飽きているのだろうか?
「その……ねぇ?」
「ぼ、僕に振らないでよ」
何か言いにくいことがこの肉に秘められているのだろうか? ワニ肉程度ならクグツに食わされたし、美味かったのでそれほど抵抗もない。
「えっと、聞いても吐き出さないでよ?」
レンのあまりに深刻な顔に、何かとんでもない生物の肉ではないかと身構えた。
「お、おいレン! 俺の食った肉ってなんなんだよ!?」
どんよりとした雰囲気に、思わず息を呑む。
「この世界に来た直後、平原に何かいたよね?」
「ま、まさか……」
丸くてふわふわの懐っこいアイツ。
「そう、まるうさの、にくだよ!!」
大きいのはともかく、小さいまるうさは敵意の欠片もないつぶらな瞳をしていた。頭の中で、可愛らしく鳴きながら俺を見つめているヴィジョンが浮かぶ。
「なにぃッ! ――まぁ美味いからいっか」
変な多脚昆虫が原料でないだけマシだ。歯で繊維質の肉を裂き、よく味わう。
「知っててよく食べられますね……。私は知らずに食べてから、立ち直るのに数週間かかりましたよ。ふとした拍子に、あのつぶらな瞳に見られているような気がして……。ああっ、思い出したら寒気が」
まるうさの串焼きはシンプルな塩味を受け入れるほど癖がなく、それでいて中毒性のある味。美味という快楽で、人間をミスレニアスに釘付けにするギミックだと分かりながらも、それを受け入れるしかなかった。だが、外の世界の安っぽい醤油ラーメンを恋しく感じられる俺は、まだこの世界に染まりきっていない。
食べ終わると串や紙袋が自動消滅。こういう部分は程よく簡略化されていて、生活をスムーズにしてくれる。
あれほど速かった船が徐々に減速し、桟橋に寄って魔法の紐で固定された。もう電車でいいだろという感じだが、これこそロッタの言うファンタジー感なんだろう。
乗り降りでも船は揺れず、それが水に浮かんでいたのかさえ疑問に思えてくる。小型のボートから桟橋に移るときの、微妙なスリリング感。それもまた楽しみだった俺には、ちょっと物足りないものだった。




