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2-4.路地裏のヨモツヘグイ

 レンから逃げおおせて、小さな店や飲み屋が並ぶ路地裏を歩く。路地裏とはいってもそれなりに人通りがあり、意外と活気がある。

 ロッタに「北門ですぐに落ち合おう」とメールを送り、再びヤツに出くわさないかビクビクしているところだ。


「水に沈めて殴ったら惚れるって、とんでもないのに目をつけらちまった……」


 俺は「可愛ければ性別はどっちでもいいや」というスタンスで生きていたが、あそこまでレベルが高いマゾは恐ろしい。行き過ぎたマゾというものは、サドよりも鋭い刃になりうるのだ。


「とんでもないなんて酷いなぁ」


「出たぁ!」


 肩をぽんと叩かれ、聞き覚えのある声。振り返るまでもなく、レンだ。前に回り込んで、上目遣いの可愛いアピールはやめてくれ。少しだけ、心が揺らぎそうになる。


「お金もないのに、装備できる武器全部壊しちゃったでしょ? はいどうぞ」


 礼儀正しい態度は一変して、恋人のような距離感で話しかけてくる。細い指先で、紐で口を閉じた拳ほどの革袋を差し出してきた。


「なんだこれ?」


「お金だよ。この世界だと【新ミスレニアス硬貨】っていうやつだね。百金もあれば当分は大丈夫だと思うよ」


 新があるということは、旧があるのだろうか? いやそれよりも、百金って日本円でいくらなんだ? これを受け取ったら、どんな要求を飲む必要があるのだろうか? ぐるぐる思考を巡らせていると、それを察して無理矢理握らせてきた。


「今は変なコトしないから! このゲーム、最初のうちはお金集めるの大変で苦労するんだ。だからこれは、僕を倒して出てきたドロップアイテムということで」


「おい『今は』ってどういう意味だ」


 きょとんとした顔で、首をかしげる。レンは半ば強引に硬貨が入った袋を持たせ、距離を取った。


「そのまんまの意味だけど」


「そうか……。で、百金って日本円だとどのくらいだ?」


「百万円ぐらいかな? 金銀銅の硬貨があって、百銅は一銀。百銀は一金って計算していくタイプのものだね。一銅一円と少しだから分かりやすいよ」


 百万円。青春真っ盛りの少年が、ちょっとした勝ち負けでぽんと出すものではない。初期資金は魅力的だが、俺は一体どんなプレイを要求されるのか。


「そんなに怖がらないでよぉ。惚れた弱みってやつだからさ。ね?」


 さっさと強くなる必要がある俺には、この金はありがたいものだ。だがどうしても引っかかる。俺はそうモテるタイプではないし、こじつけ染みた惚れる理由。少し嫌な予感がしたので、探りを入れた。


「一体何なんだ? ディモはもう俺に目をつけて、殺し屋でも送り込んできたのか?」


 露骨な探りだが、相手が演技しようとすれば多少は読める。僅かな動揺を見せたら、それが確証に変わるように挑発していく。レンが敵ならば、耳に仕込んで使えるようにした殺人用のソフトを起動してもう一度倒す。試運転はしてないが、とりあえずは動いてくれるはずだ。


「ディモ? もしかして、サネツグも誘拐されて蛇みたいな目の人に助けられたの?」


 敵か無関係の人間か。そのどちらかを想定していたので、面食らってしまった。だが、頭の回転が早ければ導き出せる誤魔化しでもある。敵では知り得ない情報を持っているか聞き出す。


「じゃあ一つ質問だ。その蛇目が吸っていたタバコの銘柄は?」


「種類までは分からないけど、水色のパッケージだったかな? あと、茶色い紙のやつも吸ってたよ。そっちの方は、暗い緑色のケースに入れてたと思う」


 茶色いタバコ。あいつは水色のパッケージをしたハイライトとは別に、茶色い紙を使って手巻きタバコも吸っている。手巻きの方は上等な紙と葉っぱだから、落ち着いた場所でしか吸わないと言っていた。ケースの種類も一致している。ここまでニッチな情報を、他人から聞いただけで自然に言えるとは思えない。それならば、レンは被害者の一人と考えるのが妥当だ。万が一に敵だとしても、後で本部に調査してもらえば素性が分かる。


「そうか……。すまない、変に疑ったようだ。ってことは、あの訓練を生き延びたのか?」


「訓練? 僕は誘拐されてすぐに『北の雪山へ行け』って言われてたから、そういうのはなかったけど……。あ、雪山ってのはミスレニアスでの話だよ」


 恐らくレンは俺よりも先に誘拐されている。何回かに分けて誘拐していて、試験と失敗を繰り返した。その経験を元に、俺のグループで本格的な訓練を取り入れたという感じか。やはり、その雪山は仲間を集めて優先的に調査する必要がありそうだ。ヤツらの必死さを感じる。


 となると、レンは少し危ないかもしれない。用無しとはいえ、実力を得たと知ればまた狙われる可能性がある。


「気が変わった。フレンド登録はしておこう」


「いいの!? やった!」


 プロフィール情報の画面を出して光球を飛ばす準備をする。


「本当にこんな大金貰っていいんだな?」


「うん! 気にしないで。一晩で使っちゃったら、また用意するから」


「やっぱ怖いから返すわ」


 無理矢理押し返そうとしても、密着してレンを喜ばせるだけだった。

 仕方なくステータス画面の所持金枠に突っ込んで、光球を飛ばす。それを胸で受け止め、艶めかしい喘ぎ声を出した。


「あっ……。サネツグのが入ってくる……」


「やめろ」


 登録を終えると、レンは武器屋を指差した。


「とりあえず、今のステータスで装備できる武器を見ていこうよ。ここは投げ売りみたいな値段設定になってるみたいだから」


 レンが適当に見立てた剣を数種類手にするが、どうも身体に合わない。旅人の剣ほど使いやすいものは見つからなかった。

 しかし、彼が半分冗談で持ってきた【ヘヴィハルバード】は意外と悪くない。突き、斬撃が可能なポールウェポンで、槍の名手でもあるクグツから習った技術が応用できる。ハルバードは全金属製で重い代わりに頑丈で、大型種とやりあうのに良さそうだ。

 それと、使い捨ての投げナイフセットも合わせて買った。合計で八十銀と、武器にしては破格の値段設定。


 全て手持ちに入れて、使う機会を楽しみに待つ。これだけで戦いの幅が大きく広がった。

 次はお気に入りの剣を修復したいのだが、いつまで使い続けられるか気になるところ。


「レン。旅人の剣はどこまで強化できる?」


「あ、名前で読んでくれた。えへへ」


 嬉しそうな表情は、思わず可愛いと思ってしまう。変な癖を見せなければ、そこらの女よりも可愛らしい顔なので心臓に悪い。


「このゲームは、どの武器も上限は同じなのが特徴だね。その代わり、初期値が低いと成長速度も遅いから、普通はレアなスキルが付与されてる武器に乗り換えていく感じかな? 外見が変えられない武器にそういうのが多いから、レアドロップするまで初期武器を使うって人も多いよ」


「なるほど。じゃあずっと旅人の剣を使ってもいいってことか」


 こうしっくり来る剣も滅多にない。短剣の強撃スキルも使い勝手がよく、あえてこの二本を強くしていくのもアリかもしれない。


「あんまりおすすめの武器じゃないけど、その短剣だけで圧倒されたから何も言えないかも。攻撃力より、使いやすさを重視する人もいるみたいだし。じゃ、早速修復しようか」


 手を引っ張られ少し歩くと、これまたNPCの鍛冶屋がある。二十銅支払って、二本の武器を修復してもらった。


 ソウルを炉の中に入れると赤くなった鉄の塊が出てきて、熱いうちに数回ハンマーで叩く。それだけで元の姿を取り戻した。これが例の「簡略化されたリアリティ」というものだろう。物理的な手段を必要としながらも、ゲーム的なテンポは失っていない。これが現実との差異を埋めるための仕様。


 修復が終わった剣はステータスが上昇し、振り心地もそのまま。軽かった背中に落ち着く重さが戻ってきた。

 用事を済ませて振り返ると、レンは二つの紙袋を持って駆け寄ってくる。いつの間にか、どこかへ買いに行っていたようだ。


「こっちでの食事は初めてだよね? このミートサンド、一緒に食べよ」


 その辺にあったベンチに腰掛け、紙袋を受け取る。餌付けまでされて、このままでは依存してしまいそうだ。


「ありがとうな」


「どういたしまして」


 包み紙を開けると、長くて硬めのパンに、ローストビーフのようなものが挟まれている。肉の量は多く、白っぽい野菜らしきものがパンと肉の間に敷き詰められていた。


「そんじゃいただきます」


 一口食うと、そのあまりの美味さに目を見開く。


「なんだこれ! めちゃくちゃ美味いぞ」


「この街だと、僕の一番のお気に入りなんだ。後で店の位置をメールで送っておくね」


 パンは硬いながらも強い旨味があり、具の味を邪魔しないもの。肉は舌触りがよく、それを引き立てるように爽やかな風味の野菜。醤油風のソースがジューシー感を高めていて、かなりクセになる味だ。未知の味覚でありながら、一瞬で虜になる。


 口の中に入ったものの感触は現実と同じで、一気にゲーム感というものを取り払う。食事という行為が、ミスレニアスの住人であると感じさせた。これは一種のヨモツヘグイというやつではないだろうか? 身体がこの世界に馴染んだような感覚に飲まれ、一瞬不安を感じる。しかし、美味を前にその感覚も徐々に薄れていった。


 ミートサンドの残りも少しになったところで、それを笑顔で頬張るレンに問う。


「それにしてもよ、なんで俺なんだ? ファンも多いし、よりどりみどりだろ?」


「好きな理由を聞かれるのって恥ずかしいなぁ」


 それに対し「公衆の面前でマゾ宣言の方が恥ずかしいだろ」と全力で突っ込みたかったが、なんとか自分を制する。


「それは、サネツグが他の人とは違う眼をしていたから。女の子にちやほやされるのも嫌な気分じゃなかったけど……」


 レンは少しだけ沈黙してから、うつむいた顔をこちらに向けると赤面していた。


「僕を壊そうとする痛いほどまっすぐな視線。あの眼で見られたままいじめられると、押し寄せてくるキュンキュンする感覚……思い出したら興奮してきたぁ!」


(だめだこいつ)


 飛びつこうとしてくる少年を落ち着くまで押さえつける。すると再びうつむいて、弱々しい声で言った。


「それに、根っこの方まで見てくれる気がしたんだ。他の人は、強い僕を好きになったり、それを倒して立場を奪ってやろうとする視線でさ。みんな、強くない『レン』には興味がないから……。でも、サネツグは負けた僕を抱き起こして、見捨てなかった。それがすごく嬉しかったし、この人なら弱い部分も受け入れてくれるかもしれないと思うと……」


「強くなくても、お前なら人に見てもらえると思うけどな。きっと、レンが気づいてなかっただけなんだろ。俺と違って、その顔と性格をしてるんだからもうちょい自信持て。マゾな性癖については聞かなかったことにしておくから」


 儚げな表情に心動かされ、思わず慰めの言葉を口にしたのがいけなかった。そのせいで、レンを調子づけてしまう。


「うわぁぁ大好きぃぃー!」


「やめろ街中でくっつくな!」


「街中じゃないならいいの!?」


「そういう意味でもない!」


 その後、二人で便利な施設や、セントラルタウンにしては安い店を教わりながら街中を歩き回る。

 なんだかんだ仲良くなってしまったサネツグとレンは、ずっと後をつけている少女の影に気づくことはなかった。


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