2-3.戦いの基本は格闘だ
噴水広場と聞いて、俺は結構広い場所を想像していた。しかし、いざ訪れると想定の数倍はある。一番遠くに見える人間は、米粒よりも小さい。
「無駄に広いな」
ロッタが俺の純粋な感想に答えた。
「一応中心ですからね。イベントがあると、これでも狭いくらいです」
中央にはその名の通り、巨大な噴水がある。それを間近で見ようと歩みを進める。
「スケール感がメチャクチャすぎて、距離感が分からなくなる」
「ミスレニアスは絶景がたくさんありますから、あっちこっち見て回るだけでも楽しいですよー」
果たして、今の俺とこの世界にそんな余裕があるのだろうか。とにかく、エニアス探しのために戦ったりクエストをこなして、さっさとステータスを上げる必要があった。
広場をよくよく見ると、剣で打ち合ったり、炎魔法と水魔法の撃ち合いをしている人がいる。その中で特に多くの人集りを作っているものが噴水の近くにあった。ほとんどの観客が若い女で、黄色い歓声というやつを上げている。
「なんだ? イケメンアイドルでもいるのか?」
「たぶん、そんな感じだと思いますよ。ここは対人戦をして経験値稼ぎをする場所でもありますから、人気のプレイヤーとかどうしても出てくるんですよ」
人の海は半円型で、頭一つ二つ分高い俺なら、背伸びしないでも内部の様子が見えた。そこには男二人が対峙する姿。ロッタは浮かんで、俺と同じ高さまで来る。
「ああやっぱり。この辺で一番強いと噂の剣士【レン】です。まぁ、私のほうが強いですけど」
ロッタのにっこり笑顔には、どことなく凄みがあった。廃人プレイヤーとして、自分が一番と呼ばれないことに思うところがあるのだろう。
重装の冴えない男剣士が立ち向かっているのは、彼を取り囲むどの女よりも愛らしい顔をした小柄の少年剣士だった。ぶっちゃけ、一夜を共にするなら観客の女よりレン君とやらがいい。そう思わせるほどに女顔で、華奢な体をしていた。
そんな彼は、対戦相手が剣を振り上げた隙きに踏み込む。そして胴体を横に斬って、一撃で仕留める。
たしかに早いのだが、今まで訓練で味わってきた恐怖に比べるとなんともない。誇張されたゲームエフェクト以上に激しい攻撃を繰り出す。それがブルズアイのゆかいな仲間たちなのだ。アレにある程度追いつけるように訓練した俺なら、勝てる相手かもしれない。
「なぁロッタ。このゲームって、初期ステータスでも一ダメージは入るか?」
「え、挑むんですか? ――弱点さえ狙えば、初期装備でも撃破するのに十分なダメージは出ますけど、武器が持ちません。そもそも、旅人の剣壊しちゃったじゃないですか」
「そういえばそうだった」
だが、縛りプレイで上級者の人気プレイヤー狩り。燃える。
それに俺の武器は、刃物だけではない。
「素手のダメージはどうだ?」
「多分一しか入らないです。でも、格上相手なので、素手関係の熟練度や筋力の経験値が多く入ると思います。戦いながらそれを上げれば、百は出せるようになるかもしれません。ダメージを一切受けないようにすれば、勝機はあります。一番の問題は、剣の熟練度によるモーション補正。普通の人間だと思って挑むと、手も足も出ないですよ」
それだけ聞ければ十分。流石はロッタ先生。不可能はないと知っている冷静な分析だ。
レンのHPを見ると、二万と五千しかない。魔法使いで四万以上あるロッタって……
重装ごと叩き斬られた剣士は意気消沈し、レンは爽やかな笑顔を見せた。そのせいで歓声が一層大きくなり、耳が痛い。今からこれが、悲鳴に変わると思うとゾクゾクした。
「次の挑戦者の方! いませんか?」
よしきた。
「はーい! はいはいはーい!」
両手を上げ、元気よく目立つように飛び跳ねる。モーゼよりも素早く人の海を割り、俺とレンの間を邪魔するものは無くなった。
観客は俺の初期装備を見るやいなやくすくすと笑い、冷たい視線を向ける。レンはまっすぐと俺を見て、笑顔で招いた。
(なるほど、こういう部分がモテるってわけか)
これほどステータス差があれば、一撃食らわせるだけで驚かれるだろう。だが、それで終わる安っぽい俺じゃない。
「よろしくです、サネツグさん」
俺の頭上表示を見てから差し出した手は小さく、柔らかい。これは男の俺でも変な気を起こしそうだ。
「ああよろしくな。初期装備の相手だからって、手ぇ抜くなよ」
「もちろんです!」
握った手を離すと彼はウィンドウを取り出し、俺の方へ見せてきた。
「あれ、このウィンドウって、内容を他人に見せられるのか」
ロッタの方を見ようとしたが、目を逸らされた。こんな機能も知らないって、ぼっち極めすぎだろ。
「ここの小さなボタンを押すと、他人にも見えるようにできるんです。対戦ウィンドウを出したら、僕にも見えるようにして下さい」
レンが隣に立つと、ほのかにいい香りがする。これが俺と同じ性別だというのだから、不思議なものだ。しかも、裾幅が広い半ズボンから生えている白い脚は、妙に艶めかしかった。
「対戦ウィンドウが出てきたら、コードを引っ張ってお互いのコネクタに差し込むと準備が始まります」
「昔の通信ケーブルみたいだ」
レンの真似をして光の渦を指で引っ張ると、一本の紐になって伸びる。それを相手側のメニュー画面にある、端子のような絵柄の場所に差し込んだ。すると、画面上に対戦の種類などが表示される。
「色々モードがあるな。あーでも、デフォルト設定変えると経験値とか上がらないのか」
「あまり使わないですね、他の設定は。強くなるためにみんな対戦しますから」
初期設定に戻し、二人ほぼ同時に待機ボタンを押す。カウントダウンが五から始まり、レンは距離を取って右手で背中の片手剣を抜いた。
細身で単純な直剣なのだが、鍔の作りなんかは非実用的で、レアリティの高さを感じさせる。見た目がダサければダサいほど、レアリティが上がるのはどのゲームでも似たようなもの。パルべライザーのシンプルさを見習って欲しい。
一方の俺は、強撃スキルが付与された短剣を左手で引き抜き、右手に持ち替える。指先で転がして、逆手に変えた。刀身の長さを分かりにくくするので、トリッキーな立ち回りではこちらのほうがいい。
カウントダウンが一になると同時に、情けない声を出しながら突っ込む。レンは容易くハッタリに引っかかり、余裕の表情で剣を振り下ろす。油断から来た剣筋は酷く濁っていた。
レンの剣が左肩に当たるほんの数センチで避けて、細く白い首を斬ってから胸を短剣で突き刺す。現実だったら即死の位置だが、ステータス差がそうはさせてくれない。赤っぽいエフェクトが俺の顔を照らし、レンは僅かな苦痛に顔をしかめる。HPバーは緑のままで、ギリギリ視認できる程度しか減らなかった。
「手を抜くなって、言ったよな?」
「くっ」
レンは小さく声を漏らし、空を切った剣を咄嗟に振り上げ、俺の脇腹を狙うも既に姿はない。後ろに飛んで避けたが、まだ追撃がある。三回目の回避に不格好なバク転を混ぜて、ワンパターンな行動をしないようにした。
しびれを切らしたらしく、目一杯剣を突き出してくる。
彼は剣というものに頼りすぎた戦い方をするので、技を容易く見切れてしまう。これも地獄の訓練のおかげだ。
すぐさま短剣を順手に持ち替え、側面をぶっ叩く。紫色の煙とも炎とも取れるエフェクトが俺の武器にまとわりつき、筋力以上の破壊力を生み出した。
短剣を鞘に収め、大きくバランスを崩したレンの右腕を引っ掴んで、身体の外側にひねる。重心がめちゃくちゃになっていたので、さっくりと地面に引きずり倒せた。そのまま手首を内側に折り曲げるようにすると、握りこぶしが開いて剣を取り落とす。
これは人体の構造がそうさせたもので、握った形のままでは内側に曲がる可動域に限界があるからだ。
関節技すら通用するVRゲームというと、ゲームセンターでプレイできた【ワイルドオプス】というFPSがある。人体構造の再現度が高く、銃撃戦メインでありながら格闘戦も可能なものだった。多くのゲームや医療分野に技術提供をしていて、ミスレニアスもその影響を受けている可能性が高い。どうりで徹底的に格闘術を叩き込まれるわけだ。
後ろから細っこい両手首を押さえて、右手で襟を掴む。そのまま軽々持ち上げ、噴水の縁まで運んだ。
「攻撃力が足りねぇなら、こうするしかないよなぁ?」
どうもがこうと、根本的な筋力差があったので振りほどかれることはない。石製の縁に押さえつけ、頭を水の中に沈めた。
最初のうちはダメージを与えられなかったが、酸素が切れると徐々にレンのHPが減っていく。あっという間に半分まで削り、ゲージを黄色く染めた。
後もう少し押さえていれば勝ちという瞬間、拘束されていた彼の両手がオレンジ色に光り、危険を察知して俺は飛び退いた。
C4爆弾とは違った、強烈な炎を含む爆発。致命傷こそ免れたが、いつの間にか五百まで成長していたHPも、瀕死の赤い表示まで減っていた。
一番強いと噂されるだけはある。いざという時の自衛用に魔法も使うのか。
水に濡らした髪はそのままに、俺が吹き飛ばされた間に剣を拾っていた。目つきが少しだけ鋭くなったのだが、元の顔が可愛らしいので怖くもなんともない。
レンが剣を上段に構えると、俺の視界に《ブルー・ストリーク》と表示される。
「青い疾走……? 技名か!」
急なゲームらしい戦闘演出は、俺を興奮させてくれた。
「技名でだいたい何をするか分かるってのも問題だな」
「せやぁっ!!」
剣を青く光らせ、猛々しさが不足する雄叫び。そのまま俺に向かって、高速の突進をしてくる。
想像通り、自動で高速突進するよくあるパターンの必殺技。それを止める冴えた方法が一つ思いついた。手持ちアイテムからエンシェント・パルべライザーを選択して取り出す。装備としては使えなかったが、障害物としてはどうだろうか? ほぼ自重だけで石畳を叩き割って、地面に突き立てる。
運の良いことに、その技は素早い代わりにキャンセルが存在せず、地面から生えた鉄塊に激突。大きく衝突ダメージを与え、やっとHPを四分の一まで削った。
だがめげずにレンは立ち上がり、敵を追い込もうと走り出す。
俺のHPは限界で、指先に剣が掠りでもしたら終わり。ポーションを飲むよりも手短な策が必要だ。
視界の隅っこに、俺が上空にぶっ飛ばされた、ポリゴンの隙間がある木箱を見つける。肉の串焼きを売る屋台からそれを拝借して、盾代わりに突き出す。
木箱ごと叩き斬ろうとした結果、俺と同じく空高くまで飛ばされた。
「うわぁぁぁぁ!!」
屋台の店員を咄嗟に確認すると、プレイヤーの青色表示とは違う白い表示。
「なあ店員さんよぉ!」
しゃがみ突きを出しながら、話しかける。特定のモーションを会話でキャンセルすることにより、当たり判定が狂う。他のキャンセル方法も要検証だ。二度三度失敗したが、剣にエフェクトが残る残像剣状態にすることができた。
空から落ちてくるレンに向かって、その短剣を押し当てる。耐久値が大幅に落ちていたので二秒で折れてしまったが、すかさず拳のラッシュを繰り出す。空中で無数の正拳突きを食らわせ、お手玉状態だ。
「ウォラァ!! これで終わりだッ!!」
一しか出ていなかったダメージも、最終的に二百近くまで出るほど熟練度やステータスが上昇している。最後の一撃で大きく殴り飛ばし、レンのHPをすべて奪った。
間もなく、視界に《WIN》と表示される。
対戦モードが解かれ、お互いのHPが満タンまで回復。盾にした木箱は元の位置に戻り、置きっぱなしの大剣も自動回収される。
それから、倒れたままのレンを抱き起こした。
「う、ううっ……」
初期装備初期ステータスのプレイヤーに負けたからか、顔を真っ赤にして震えている。観客の視線は、畏怖と嫌悪感が混ざった心地の良いものだった。
一人が俺に罵声を浴びせ始めると、もう止まらない。内容は「脳みそバグ野郎」だとか「チンパン」だとか言いたい放題だ。
「待って!」
俺を庇うように立ちはだかったのは、他でもないレンだった。
「こんなにめちゃくちゃにされたの……初めてで」
(ん? なんか文脈が怪しいぞ)
「水に沈められたあたりから、ドキドキが止まらなくてさ。どういう気持なのか戸惑ったけど……」
(おいおいおいおい!)
「これって……恋だと思うんだ」
ある観客は崩れ落ち、ある観客は勇ましいガッツポーズを決めている。この発言は、腐った人達を見事あぶり出したようだ。
「ねえサネツグ、もう一回対戦しない? 抵抗しないからさ!」
(あ、コイツやばいやつだ)
息を荒くしながらジリジリと距離を詰めてくるので、思わず悲鳴を上げてしまった。
「ひ、ひぇぇぇぇぇ!!」
美少女と張り合えるほどの面構え。それに言い寄られるだけなら満更でもない。だが、レンは何か恐ろしい癖を抱えている。
「とりあえずフレンド登録しよ!」
彼は情報が詰まった光球をポンポン飛ばしながら、逃げ回る俺をどこまでも追い続けてきた。
「ロッタせんせぇ! 助けてぇ!」
助けを呼ぼうにも、逃げ込んだ先は運悪く路地裏で声も届かない。逃げ切るまで数十分は街を走り回ったので、ステータスがかなり上昇していた。




