2-1.武器バグの検証
ロッタに連れられて街に踏み入れると、どこからともなくバイオリンの曲が聞こえてきた。遠くの方で演奏しているような感じで、それがこのエリアのBGMなんだろう。
街は【セントラルタウン】という名前で、複数の文化圏に分かれているミスレニアスの特産品が一堂に会する。行き交う人々は多く、NPCもそれに混ざって生活をしていた。
街並みは地方都市のビル街に、中世ファンタジーの外見を貼り付けたと言うべきか。ファンタジーのイメージを崩さず、高層建築を密集させている。
人々は多彩で、洋装和装に奇抜なローブや、ロボットみたいな装甲を身に着けたやつ。Tシャツ姿にフォーマルスーツと米軍装備もいる。これぞオンラインゲーム。しかし、定番の天使か悪魔の羽アバターは見当たらない。
「なあなあロッタ先生、結構アバターの種類多いんだな」
「さ、流石にずっと先生呼びは恥ずかしいですよ!」
いちいち飛んだり跳ねたりするのが可愛らしいので、ついつい意地悪がしたくなる。こんな少女が、どういう理由で俺のサポート役になったのかを聞こうとも思ったが、そこまで踏み込むほどの間柄でもない。
彼女は手を叩き、俺の剣を指差した。
「まずは装備のことを覚えましょう。このゲームは装備の自由度が高いので、みんな好きな格好で戦っているんです。基本的に、冒険者は【ソウルシステム】を利用して装備を強くします。例えばその旅人の剣の場合、破損する前に修理に出すと耐久力が上がり、破損してソウル化した時に復元すると攻撃性能が上昇します。ソウル化した状態では派生武器に加工したり、同じ系統の別武器とステータス値と入れ替えたり。つまり、装備品のソウルには性能と外見二種類の情報が入っていて、一部のレア武器を除いて自由に入れ替えできます」
「よっ! さすが先生分かりやすい! その入れ替えられないレア武器ってのは、例えばこんな感じだったり?」
英雄から貰ったエンシェント・パルべライザーは装備できなかったが、インベントリから取り出して振り回すことは可能だ。頭上で一回転させ、右肩に乗せて保持する。
「はわわわわわわ!」
彼女は色白の顔面を青白くして、行き場を失った手をあちらこちらへ動かす。震え声をなんとか抑え、俺の手を引っ張って路地裏へ連れ込んだ。
「なんでそんなもの街中で出してるんですか! みんな見てるのに駄目ですよ!」
何か意味深に聞こえるではないか。
「俺のパルべライザーちゃんを猥褻物みたいに言わないでくれよ。一応、剣を交えてあいつに認められた証みたいなもんなんだぞ」
その後、事細かにこの大剣を手に入れた経緯を話した。彼女が言うには、エンシェントシリーズは見た目毎に一点物で、入手条件もはっきりしていないらしい。耐久値が減らず、それで倒した数だけ武器が強くなるとのこと。装備しないで叩きつけても吹き飛ばすだけで、ダメージは入らない。装備の合計耐久力が行動範囲に直結するミスレニアスでは、誰もが憧れる装備。あまり人に見せびらかすのはよくないと念押しされた。
俺の経験したチュートリアルは異例で、普通は名前の設定されていない狼男が徐々に強くなったり数が増えたりするだけ。合体したり、エンシェントヒーローが出てくるという情報は一つも無い。
短剣に灯った紫の炎は、強撃のスキルが付与された証。確認してみると、そのスキルと少しばかりの攻撃補正が掛かっている。よろけやダウンを誘発する【ブレイク】という隠しゲージを、大きく蓄積させるものだと教わった。
パルべライザーが壊れないということは、装備できなくても使い道は十二分にある。インベントリから手持ちアイテムにして、少しだけ素早く出せるようにしておく。
強引に路地裏に連れ込まれるというラッキーイベントも終了し、中央通りに出る。。道の両脇には数多く露店が並び、その一店舗に俺の目を引くものがあった。
「うおっ、最初の街から銃を買えるのか。しかもこのM4、ハンドガード全面にピカティニーレールを装備してやがる」
俺がさっきで使っていたM4カービンは、店に並んでいるものと違って、新規格のキーモッドシステムを使用している。軽さや握りやすさを重視した結果の選択だ。欠点は、登場からだいぶ経っているのにまだ普及していないという部分。ゲーム内でもその影響を感じる。
銃の発展というものは、二十一世紀初頭で止まってしまった。未だに第二次大戦やベトナム戦争の残り香が、兵器には残されている。
ロッタは俺とは対象的に、渋い顔をして首を横に振った。
「ここで買い物はオススメできません。確かに各地から集ったプレイヤーがNPCにアイテムを預け、売りに出しているのでなんでも手に入ります。でも、特産品は現地で買うのが一番ですよ。十倍は高く設定されているものもありますし。銃系はここからずっと西の街に行けば手に入りますけど、ソウルシステムの恩恵がありません。それに……それに!」
「それに?」
「ファンタジー感が台無しじゃないですか! せっかく剣と魔法の世界に来たのに、バリバリ遠くから撃って!」
彼女はぷんすか膨れて、地団駄を踏む。魔法弾も遠くからバリバリ撃つのはあまり変わらないと思ったが、今日は納豆もオクラも食べていないので口を滑らせなかった。
後でこっそり、銃を西の街へ買いに行こうと心に誓う。
ロッタを馬のように「どうどう」となだめ、元の整った顔に戻す。
ふと目に入った、出店の脇に置かれた木箱。妙に出来が悪く、それだけポリゴンの隙間のようなものが見えた。ゲーマーとしての勘が、無意識にそれを求めて走り出すよう仕向ける。ぶつかっても身体を押し付けるように歩き続けると、強烈な浮遊感。きりもみ回転しながら、空高く投げ出された。
「やっぱこの箱の当たり判定、バグってるぅ!」
通りに沿って建ち並ぶ建物と同じ高さまで飛んで、後は真っ逆さま。背中に鈍い痛みを感じたが、それほどでもない。戦闘などの痛みでショック死しない程度に設定されているからだろう。HPも市街地では減らないらしい。
「な、何をしたんですか!?」
ロッタだけでなく、周囲のプレイヤーやNPCまでも俺を見ている。
「何って、バグっぽいの見つけたら検証するしかないっしょ。ゲーマーとして。こういうバグがあるってことは――」
剣を抜いたり鞘に戻したり。しゃがんで突きを繰り出して、NPCに話しかけてみる。ロッタは恥ずかしそうに俺の襟を掴んで止めようとしたが、武器関係のバグを検証しなければならないという義務感が急に芽生えたので、もう止まらない。
「ああっ! 変な動きとかやめてください! 普通のオンラインゲームとは違うんですよ!」
しゃがみ突きからのNPCと会話。これを何度も繰り返していると、剣に白いエフェクトが残った状態になった。
「おお! これはまさか!」
3Dアクションゲームというものを、大方定義してしまった作品にも存在したバグ技。
「残像剣!」
そのまま剣を壁に触れさせると、重複した効果音が大音量で響き、激しい光が周囲を点滅させる。手首には凄まじい振動が伝わり、全力で振り回したのと変わらない衝撃だ。
「もう、なんなんですかー!」
ロッタの叫びは届かない。バグ探しという官能的な行為は、どのゲームでもやめられなかった。
(さあ俺を見ろ、他のプレイヤー達よ。そして、この技を広めてしまえ。こうもあっさりバグが見つかるという恥を晒せ、ミスレニアス!)
秒間数十という疑似斬撃を繰り出した剣は、あっさりと砕けて炎のようなアイテムに変わる。鞘も一緒に消滅して、少し身体が軽くなった。
人集りができ、皆揃ってキーボードに何かを撃ち込む。メールや掲示板にこの現象を書き込み、俺以外の誰かが再現しようとする。
「へっへっへ! ざまあみろ、ミィサ!」
セントラルタウンの中央通りに、サネツグの下卑た笑い声が響き渡った。