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1-9.ミスレニアスへようこそ!

 飲み込まれた白い空間は足場がなく、距離感すら掴めない。浮かぶというのは奇妙な感覚で、いつか落ちてしまいそうな不安もある。

 遠くからうっすらとした何かが迫り、それはより女神らしい服装をしたミィサだった。


「よく来てくれました。ミスレニアスを救う英雄よ。私はミィサ。この世界を守る女神の一人です」


 慈愛に満ち溢れた表情と立ち振舞は、彼女のじゃじゃ馬さ加減を知っていると、大きな笑いを誘う。恐らく、彼女の意思とは関係ない自動的なもの。それが余計におかしかった。


「あっははははは! 何だよそれ! 別人じゃねーか!」


 腹を抱えてぐるぐる回っていたが、女神は気にもとめず続ける。


「今のミスレニアスには、多くの危機が迫っています。貴方はそれに抗う救世主として、この世界に導かれたのです」


 よくよく考えてみれば、このありがちな設定も結構理不尽な話だ。やっていることは、俺を誘拐したフォールスとあまり変わらない。この「危機」というのは、ストーリークエストなんかを指す言葉なんだろうが、今の俺には本当の危機として捉えることができる。


「では、救世主となる貴方の名前を教えて下さい」


 彼女が言うと、発達していた古代文明を連想するデザインの入力用キーボードが表示された。


「そういえば考えてなかったな、名前」


 よく使っていた【ガネシ】というプレイヤーネームを思い浮かべる。下の名前の漢字二文字。その部首から取った名前。しかし、多くのMMOゲームで「辻斬りガネシ」や「横取りガネシ」と呼ばれ、悪名高いものだったので躊躇った。多くの恨みを買った名前で遅れてスタートするのは、危険を伴う可能性がある。


 ここは大人しく、サネツグという本名に甘んじた。ガネシという名は、悪党プレイを楽しむときだけにしよう。俺の名前に釣られて、ひょっこりディモの手下が出てくるかもしれないというのもあった。


 キーボードは複数の入力スタイルに対応していて、ローマ字入力を習っていなくてもいいようになっている。普通のローマ字入力式を選んで、カタカナで名前を打ち込んだ。フリック入力もだいぶ増えたが、まだまだ現役の入力スタイル。海外のプレイヤーに「FUCK」だったり「LOL」と送りつける時はこっちの方が早い。

 入力を終えると、ミィサモドキが更に愛らしく微笑んだ。


「サネツグさん……素敵な名前です……。どうか、このミスレニアスを救って下さい――」


「ん? 待てよ。ここで下ネタネームにしておけば、可愛いNPCに言わせ放題なんじゃないか? それか、名前を『クズ』とかにして罵ってもらうのも――」


 後悔しても遅く、穏やかに意識が遠のく。


 目が覚めたときには、草が刈り取られただけの街道に寝そべっていた。細かな石の粒が手に張り付き、風が頬を撫で、草原の香りがする。感じるもの全てが現実と同じで、ゲームだということを忘れてしまう。俺が英雄と戦った草原に比べると、若干草の色が明るかったので、違う場所のようだ。

 身体を起こすと、正面に巨大な街が見える。中世ファンタジーとも、SFとも捉えられる独特のもの。石造りなのだが妙に建物が大きく、バイパス道路のようなものもあった。


 自由こそ与えられたが、よっぽどのひねくれ者以外あの街を目指すだろう。しかし行くべきか迷ったのは、協力者とやらがこの場所を目指して進んでくる可能性があった。そこのところはっきり聞かなかった俺のミスと、ミィサのうっかりさが見事に噛み合ってしまう。


 どうしたものかと周囲を見回しても、手足のない兎のようなマスコットモンスターが跳ねているだけ。こちらから手出ししなければ、襲ってこないタイプの敵なんだろう。頭上には《まるうさ》という、ゆるい名前が表示されていた。


 このゲームシステムの場合、ある程度剣の腕を磨いてきた俺は、いきなり上位の敵を狩ったほうが効率がいいはず。ダメージの計算は、攻撃したときの精度や勢いに、武器の威力と熟練度による補正が上乗せされる。つまり俺は、最初からそこそこの攻撃力を持っていることだ。わざわざ、抱き締めたくなるようなモンスターをぶった斬る必要はない。


 ためしに近くを跳ねていたまるうさに手を差し出してみると、においを嗅いでから手のひらに頭を押し付けてきた。


「お、可愛いやつだなぁおまえは」


 ぐりぐりと撫で回していると不意に暗くなり、生暖かい風を背中に受ける。


「ぶもももも!」


 まるうさのでっかいやつ。振り返った先には、そう呼ぶのが妥当なモンスターが俺を睨んで鼻息を荒くしていた。形こそ似ているが、表情はふてぶてしい。

 撫でていたやつは「きゅーきゅー」鳴きながら草むらに消えてしまう。


「なんだよ。お、お前も撫でてほしいのか?」


 もちろんそんな状況ではないことが分かっていたが、何か軽口を言わなきゃ気がすまない。クグツのいい加減な口よりはマシだけど。


「ぶもーっ!」


 巨体でのしかかろうとしてきたので、剣に手を伸ばす。斬ってから横に転がるつもりだったが、激しい閃光がそれを阻止した。


「大丈夫ですかっ!?」


 低空を浮遊しながら高速移動し、華奢な手の先から無数の光弾を撃ち出す少女。金髪のツーサイドアップに、青っぽい高そうな服と、黒っぽいプリーツスカート。遠目に見ても美少女感が溢れ出ていた。


 弾幕で動きを止め、そこに槍のような魔法弾を撃ち込むと、デカブツは一瞬ではじけ飛ぶ。

 圧倒されている俺の前に、ふわりとその子が着地した。俺の頭上を見て、名前を確認する。


「あ、言っていいのかな……? あの、本名プレイですか?」


「あ、ああ」


 いきなりとびっきりの美少女に話しかけられ、緊張してしまう。隣を歩くだけで犯罪になりそうなほど年下に見えた。


「えと、その……ミィサ様が言っていたサネツグさんですか?」


「ミィサ様!? たっ、確かにそれは俺だが」


 どんな戯言かと思ったが、きっとこの子は本性を知らないのだろう。思わず声を荒げてしまい、少し驚かせてしまったようだ。彼女の頭上表示を見てみると【ロッタ】という名前だと分かる。彼女のHPは四万以上あって、俺のものを確認すると百しかなかった。あまりの格差に、ゾッとする。


「えと、私はロッタと言います。この世界では呼び捨てが基本なので、気軽にロッタと呼んで下さい。では、サネツグさんのお手伝い、精一杯させていただきます」


「早速さん付けしてるけど……」


「私はいいですけど、いきなり呼び捨てにしてもいいものか分からなくて」


 あゝ、なんていい子なんだろうか。爪の垢を煎じて飲みたい。変な意味じゃなくて……変な意味かも。

 礼儀正しいのもいいが、俺より先輩プレイヤーなんだから、もう少し堂々としてほしい。そんな意味を込めて、こう言った。


「それじゃあ、ロッタ先生。一から十まで、徹底的に教えてくださいな」


 先生と呼ばれて何かスイッチが入ったのか、まるうさのように跳ねながら街の方を指差した。


「はい! そうと決まれば、とりあえずあの街まで行きましょう! ほら、早く早く!」


(ちょろくてかわいい。略してちょろかわ!)


 俺はこのときすっかり忘れていた。廃人プレイヤーというものは、どっかネジが外れているということを。

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