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1-8.気高き魂

 武器を構えると、風景はどこまでも続く晴天の草原に変わり、心地よいそよ風が吹く。その風景にそぐわない濁った三つの影が地面を這いずり回り、それが狼男のような怪物を成形した。


「チュートリアルのくせに、おっかねー顔してるのな」


 影の怪物は牙の先から涎を垂らし、本物の殺気というものを放っている。この程度の恐怖に打ち勝てなければ、ミスレニアスで旅人など務まらないという警告か。


 剣を一番近い敵に向け、そのまま刺突するように飛び込んだ。最初の敵なだけはあって、動きは遅い。みぞおちを貫くと、赤い光の粒子を吹き出した。


「なるほど、血っぽい何かならお子様も安心ってわけか」


 モンスターから剣を引き抜き、残心。続いて大きな爪を振りかぶった二体目の脇腹に、滑り込むような斬撃を入れる。最後の一体も、難なく首を跳ね飛ばした。


 俺の倒した敵の死体が最初の影に戻り、一箇所に集まって混じり合う。嫌な予感は的中して、さっきの敵と同じ形をした一回り大きなものになる。そいつが振るった爪をなんとか後ろに飛んで回避したが、草と土を抉って撒き散らした。大きさとパワーだけでなく、スピードまでも増している。


「急に強くなりすぎだろ」


 隙が出来たと思って腹を狙ったが、咄嗟にそいつは体制を立て直して次の攻撃を繰り出す。爪を剣で受け止め、豪腕との押し合いになった。


「ウオラァッ!!」


 あのガスマスクに教わった、脳のリミッターを外して力を入れる方法。怒鳴りながら、血液を無理矢理巡らせるような感覚。すると一瞬だけ、意図的に馬鹿力を生み出せる。

 爪をなんとか押し返して、バランスを崩した巨体の腹を横に斬り開いた。耐久力だけは序盤級なのか、一撃で倒せる。


「はぁ……はぁ……二戦目でこれかよ……」


 ゲームでありながら、疲労感と息苦しさも感じる。優雅に菓子をつまみながらなんてものではない。


「次は何だ? 敵はどこまで強くなる?」


 ここまで来てしまったら、限界まで強い敵を出してしまいたい。もしかしたら、何か称号でももらえるかもしれないし、ゲーマーとしての意地もあった。


 晴れわたった空は暗雲が塗りつぶし、雨風が強くなってくる。服が水を吸って、張り付く不快感と重さまでも感じた。

 ほんの数十メートル先に雷が落ち、草を焦がすと地面が露出。茶色い大地をかき分けながら、赤黒い凹凸のある皮膚を持つモンスターが現れた。人間のような体型だが、二メートルと五十センチはあり、肉のようなものがこびりついた大剣を持っている。


「ほんとにチュートリアルの敵か?」


 風に乗った死臭を嗅いでしまい、思わず顔をしかめた。変な部分までリアルで、趣味が悪い。

 どう動くか観察してみると、敵の頭上にHPバーのようなものが表示され、その上に《エンシェントヒーロー・ロットンミート》と表示される。古代の英雄様が、腐った肉に成り果てたという、実に分かり易い名前だった。

 どうやらインベントリだけでなく、見たい情報も「意識」すると表示されるらしい。


 ヤツは俺を見つけると、叫び声を上げる。グズグズになった喉の肉から発した声は、もはや人間のものではなかった。雷鳴すらかき消すそれは、人を恐怖させるには十分すぎる。剣を引きずりながら、俺に向かってゆっくり歩く。


 先手必勝。攻撃モーションを出す前に、できるだけ多くのダメージを与える。移動スピードだけ見れば、先程の狼男よりも倒しやすそうに見えた。ということは、何か厄介なスキルを持っているかもしれない。

 俺はジグザグに走りながら、相手の苦手とする位置を探る。右手で剣を引きずっていたので、防御が遅れるとしたら左半身。右胸を突くように見せかけて、ぐるっと左回転。腐った左脇腹を叩き切る。


「なんだと!?」


 斬ったつもりでいたものは、剣にこびりついた肉片。一切ダメージが入っていなかった。


「グルガアアア!!」


 死体の吐息というものは、とんでもなく臭くて意識が飛びそうになる。


「口臭ってレベルじゃねーぞ、この野郎!!」


 少しだけ距離を取って、斬りかかる。そのまま数十回の剣の打ち合いになった。旅人の剣の数倍の重量はありそうな腐った剣を棒切れのように扱い、俺の練り上げた素早い剣技をあざ笑った。


 この強さ、異常だ。システム音声は「倒れるまで続きます」と言っている。ということは、負けイベントかもしれない。もしそうだというならば、余計にコイツをぶっ倒したくなる。ミスレニアスに一泡吹かせる瞬間を想像すると、なかなかに気分がいい。


「ウォォォラァッ!!」


 あちこちに打ち込んでいく剣撃を止め、頭を狙ったものに切り替えた。何度も何度も、狂った獣のように両手で剣を振り下ろし、自分が人間だったことも忘れそうになるほどに。

 古代の英雄様は頭を剣で守り、防御に徹するしかない。だがいつまでも防御しているバカな頭脳ではなく、蹴りを繰り出そうとする。


俺はこれを待っていた。右手で相手の剣を叩きつつ、左手で短剣を抜き、腐った太腿に突き刺す。

 呻き、よろけた隙きを逃さず斬る。続けて脊髄目掛け、剣を思いきり突き出した。


「あのバケモノ連中に戦いを教わったんだ。そう簡単に……負けるわけには」


 頭上のHPバーを確認するため、見上げた。緑色だったバーは少し黄色っぽくなっていたが、まだ四分の三残している。

 なんとかHPを削ろうと、突き刺さったままの剣を横に振り抜くが、それでも半分以上残してしまった。大きく間合いを取ったが既に体力の限界で、フェイントに使える短剣はヤツの太腿に刺さったまま。ポーションの説明文を軽く読んだ限り、この疲労を回復する効果もないらしく、純粋にこの身と剣だけで戦うしかなくなった。


 これ以上策を考えても無駄だ。突っ込んでから考える。


「クソッタレェェェェ!!」


 相手は必ず正確な防御をする。ということは、こちらがそれを超える速度で乱れ斬ってしまえばいい。

 全身を振り子のように使って、暴れるような連撃。さっきの攻撃よりも遅くなったが、ヤツの大剣を持った手首は大きくグラついた。そのまま攻撃を加えていると、何かが砕けるような音がする。それが原因なのか、古代の英雄が大きくのけぞった。


「行けるッ!」


 斜めに斬り下ろし、そのまま振り上げて、おまけに真っ直ぐ振り下ろす。三連撃を入れ、HPを五分の一まで毟り取った。すぐにのけぞりから回復し、その腐った肉体からは想像できない速度で鉄塊を叩きつけてくる。すんでのところで右に避け、頭部を貫こうとしたが、こちらも攻撃を外してしまう。

 そのとき、腐った頬肉を精一杯釣り上げ、微笑んだ気がした。そのまま後ずさりをして、左手で俺が刺した短剣を引き抜き、柄の方を俺に向けて差し出した。


「返して……くれるのか……?」


 そう見せかけて攻撃してくる可能性もあったが、どうにもそういう悪意を感じない。それどころか、俺もアイツも清々しい何かを抱えているような、そんな雰囲気だった。


 いつしか雨風が止んで、薄暗い雲だけが草原に居座っている。

 剣を鞘に収め、右手をゆっくりと差し出しながら近づく。柄をしっかりと握ると、向こうは手を離す。短剣に一瞬だけ紫の炎が灯り、それが刀身に吸い込まれた。


 確かにそれを受け取ると、英雄は一歩下がり、大剣を地面に突き立てる。すると、雲の割れ目から日光が差し込み、彼は砂となって何処かに消えてしまう。腐っていたはずの剣は、ボロボロと表面が剥がれ落ち、鈍色の刀身が出てくる。


 置き土産を握り、持ち上げると、それはとんでもない重さだった。刃とはいえないほどに肉厚で、先端は広がり、叩きつけるための構造。それを軽々と扱う相手とやりあったのだから、自分を讃えてやりたい。

 剣を意識すると、そこには《エンシェント・パルベライザー》と表示されている。装備スロットに入れようとしたが、装備に必要なステータスが足りず、インベントリに放り込むしかできなかった。


 ミィサそっくりの声で言った倒れるまで続くという言葉は嘘っぱちで、暖かい光に包まれ別の空間に飛ばされる。


 ミスレニアスに生きた英雄が武器を遺していったのには、何か理由があるのかもしれない。俺がこの世界でするべきことが、また一つ増えてしまう。

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