1-7.チュートリアル
一瞬のことで思わず動揺してしまい、周囲を見回していると、脳の中に単調な喋り方をする女の声が響いた。
「新規ユーザーを確認。動作チェックとチュートリアルを行います」
その声をよく聞いてみれば、ミィサに似ている。彼女が声を吹き込んでいる姿を想像すると、ちょっと笑えた。
足元は背景よりも暗い色で、独特の踏み心地。
「では、目の前にある赤いクリスタルまで歩いて下さい」
ありがちな分かりきったことまでやらされるチュートリアル。さっさと終わらせるために、小走りで進んだ。しかし、クリスタルに辿り着く前に、最初の位置まで瞬間的に戻されてしまう。
「目の前にある赤いクリスタルまで歩いて下さい」
クソめんどくせぇタイプのやつだ。指示通り動かないとやり直しの、一番ストレスの貯まるもの。
「わーったよ! 歩いてやるよ!」
システムの気に障らないよう、わざとらしく歩いてみせた。
「歩幅をあと六センチ狭めて下さい」
「ミィサだろぉ!?」
「あら? バレちゃいました?」
何なんだこのAIは。
俺を弄んで上機嫌な彼女は続けて言う。
「バレちゃったなら、早くチュートリアル終わらせちゃいましょう。この後に質問されると思いますが、そのときは『旅人』と答えて下さいね。私はちょっと用事があるので、ここを去ります。最初の街に出たら、あなたをサポートをしてくれるプレイヤーに通知が行くようにしておきました」
急にミィサがハッとした声を出して、派手に赤く光る感嘆符が目の前に出てきた。
「あ、そうそう! プレイヤーネームを決める時、変なのは止めておいたほうがいいですよ。名前変更は、原則できないようになっているので。ミスレニアスに限り、本名かファンタジーっぽい名前推奨です。食べ物の名前とか恥ずかしいですから」
ちんちくりん女神にしては、いいことを言う。
「そうか、ありがとよ。危うく『†女神ミィサの信者†』にするところだった」
「何かバカにされている気がしますね……。とにかく、恥ずかしい名前は避けるのが懸命です。それでは、私はこれで」
ミィサ信者のふりをして、掲示板でも荒らそうと思っていた。一応、こちらでの名前も本名に近い役割を持つらしいので、変なのは止めておこう。
クリスタルまで走ったが、今度は普通に進行する。どうやら、本当に彼女はいなくなったようだ。
「次は、そのクリスタルに手を触れて下さい」
言われるままそれに触れると、風景は目まぐるしく変わった。森や湿った洞窟に、溶岩地帯と極寒地獄。その全てに、においや気温がある。瞬間的だったが、あまりに完璧な環境表現に感動してしまう。すぐに戻された灰色の世界が窮屈に感じる。
「五感、システムと正常に接続を確認。旅人と市民、どちらのプレイスタイルを選択しますか?」
「旅人だ!」
すると、金属やら布やらがこすれるような音がした。
「旅人用のアイテムを支給したので、インベントリを『意識』して下さい」
言われてしまうと、嫌でも意識する。そのせいか、目の前に半透明のウィンドウが浮かぶ。拡張現実なんかでもこういうことはできるが、どうしても鬱陶しく感じる部分があるのだが――これはそうでもない。自然に感じられるよう、精神的な部分に何か細工がしてある。
ウィンドウには、旅人の剣、旅人の短剣、旅人の服、ポーションが表示されている。気づけば、くすんだ茶色い服を着ていた。これは旅人の服ですらない、最低限の服なんだろう。ウィンドウの別のページには、硬そうなパンの入ったページや、所持金なども表示されるステータス画面もある。
そのメニュー画面の上に重なるよう、長々と文章が表示された。細かいので、声で教えるには適さない事項らしい。
《アイテムは大きく分けて、インベントリ、手持ち、装備スロットに別れています。インベントリには大量のアイテムが収納できますが、場所によって出し入れに制限があります。手持ちは出し入れに制限はありません。しかし、一度に持てる量が少なく、ステータスや装備品によって増減します。装備スロットは、瞬間的に呼び出したり、身につけたりする場合に使用されるものです》
じっくりと目を通し、頭に叩き込む。特に、手持ちと装備スロットの配分が重要そうだ。
文章の表示ボックスにあるバツに触れて閉じると、次の段階に進んだ。
「全てのアイテムを手持ちに移し、装備スロットへ装着して下さい」
その作業は、意識と手の操作によってすんなり終わる。UI完成度が他のVRゲームとは段違いだ。通常、手の動作のみで行うが、メニューの表示関係は全て意識するだけでいい。アイテムの移動は、確実な手で行う。
アイテムを移していくと、光りに包まれる。それが消え、全身に重さを感じた瞬間には装備が変わっていた。旅人の服とやらは簡素だが、洒落っ気のある服で、太めのベルトがいいアクセントだ。
旅人の剣は背中に背負って、短剣は横向きで腰に差してある。短剣はいわゆる「左手用短剣」というやつで、盾代わりに使う。順手でも逆手でも抜きやすい。
「では最後に、自由に戦ってみて下さい。敵は徐々に強くなり、あなたが倒れるまで続きます。この戦闘では武器の破損がなく、使用したポーションは返却されます」
プレイヤーネームを決めるのはもう少し先らしい。
背負った諸刃の剣を抜くと、それは異様にしっくりくる。重心が手元にあり、素早く振り回せるようで、体重を乗せやすい長さと重量。柄は長く、両手でも片手でも扱える完璧な剣に感じた。この剣は、日本刀のような側面も持っている。