1-5.腹黒女神
サテライト内部へ入ると、一般客が手続きを行う大きな待合室が広がっていた。大病院のそれを、少し未来的にしたような場所だ。数百ある椅子には、せいぜい十人ほどしか座っていなかった。しかし団体の出入りがたまにあるので、この椅子も無駄というわけでもない。
俺達はこっそりかつ堂々と作業用通路へ向かった。ミィサに案内されているとなれば、どうしても目立つ。
大袈裟な鉄扉に彼女が手をかざすと、鉄製の厚い扉が開く。わざわざ手をかざしたり見たりするのは、無機質さを無くすための仕掛けだろうか?
最低限の明かりが灯った単調な通路は、どこか宇宙船を連想させるので、思わず胸が熱くなる。途中、何度かあった分かれ道を全て右に曲がり、突き当りの扉まで来た。その前でミィサは振り返り、自慢げな顔で言う。
「この部屋は、あなた達協力者に貸与します。外部との暗号通信装置や、生活用品ももちろん完備。何かと持ち込みが制限されるサテライトですから、私なりの配慮です。あなた達の生体情報を鍵として使えるようにしたので、近づいてみて下さい」
クグツが俺の背中を押し、俺は扉の前に立たされる。一瞬何かが光り、それをきっかけに扉が開く。秘密基地のような部屋かと思いきや、生活感溢れるダイニンルームが現れた。十人は座れそうなテーブルを中心に、食料が詰め込まれた棚やキッチンがあり、居心地は悪く無さそうなのだが……
「なんか違う」
「こーんな素晴らしく機能的な部屋に文句があるんですか!? もしかして、普段ロココ調の部屋で紅茶とか飲んでるブルジョワ民だったり!? そんな顔してるのに!?」
「顔は余計だ! もっとこう、機動戦艦のブリッジみたいで、美少女がオペレーターやってるような部屋が――」
美少女という言葉に反応して、ミィサが両人差し指で自分の顔を指す。
「美少女ならほらここに」
「まぁ、過ごしやすいってのは重要だよな。いい部屋をありがとう」
聞かなかったことにして、キッチンの蛇口から水が出るか確認したり、冷蔵庫の温度を確かめた。
「美少女ならここに!」
「美少女はそんなウザいドヤ顔をしない」
どうやらこの部屋に攻撃する手段はないらしく、腰の入ったパンチを腹に食らわせてきた。ホログラムなので、もちろん何の感触もなしにすり抜けるだけだ。そんな彼女は、俺にだけ聞こえるよう、指向性のスピーカーを使って耳元で囁いた。
「ミィサちゃんかわいいって言わないと、この部屋から酸素抜きますよ」
「ミィサチャンカワイイ! イエーィ!」
このゲス女神、覚えてろよ。ミスレニアスにログインしたら、バグ技見つけて広めてやる。あと、エロ画像もいっぱい保存して掲示板にばら撒こう。
「何言ってんだサネツグ、変なクスリでも打たれたか?」
一言余計なクグツ。運良く彼の目を引く物があったので、厄介な口はとりあえず閉じた。部屋の隅に長方形の箱があり、それに吸い寄せられる。俺もその箱が気になり、覗き込んだ。クグツが上部にあった丸い部分をつつくと、モーター音と共に銃器と剣が飛び出す。ミィサがそれに気づき、解説を入れた。
「こちらから見て、右側から順に15・4ミリアサルトライフル、12ミリ拳銃、対戦車ブレードです。AI兵器のものを人間用に転用してみました。特にこの剣は切れ過ぎて危ないので、扱う時は細心の注意を払って下さい」
さらっととんでもないものを作りやがって。
クグツがライフルを取ったので、俺は拳銃を持ってみる。グリップ部分とは別に弾倉を持つ、モーゼルC96のようなスタイル。細くて握りやすいが、重心の位置が悪くて銃口が暴れそうだ。はっきり言ってクソ。クグツも手に取ったライフルに違和感を感じたらしく、それほどいい表情ではない。箱みたいな風貌のライフルは、人間が落ち歩くには邪魔臭いだろう。
「あまり嬉しそうじゃないですね」
今すぐにでもドイツのH&Kに持ち込んで、改修してもらいたいほどには不満点が多い。撃つ前から、それがひしひしと伝わってくる。
「まぁ、無いよりはマシだよなぁサネツグ?」
「そ、そうだな」
銃を戻して、最後に剣を手に取ってみる。銃のトリガーのようなものがあったので、恐らくこれが振動を発生させるためのスイッチなのだろう。黒い直刀で、こちらは小ざっぱりとした作り。意外と悪くない。真っ直ぐとした刀身は、刃の切れ味に頼る必要がなく、引き抜きやすさを考えてのことか。メカボックスも堅固な作りで安心感がある。これだけで戦車を壊すとなったら骨が折れるが、このサイズと重量にそれだけの破壊力を秘めているのなら上出来だ。
武器をケースに戻すと、ミィサが改まった様子で部屋の照明を落とす。
「では、本題に入りましょう」
ダイニングテーブルに、彼女と同じ緑色で網目状のものが映し出される。そこから、ミィサとは対照的なゴシックパンクスタイルの少女が浮かび上がった。露出も多めで、見た感じでは跳ねっ返り娘。
「この子は、私の『創造』という機能とは逆位置に存在する『破壊』を司る【エニアス】という女神。言ってしまえば、私の妹です」
ミィサがこの性格なのだから、意外とこっちは優しい子なのかもしれない。というか、そうであって欲しい。
「ミスレニアスは、ベースプログラムと私たち二人の多数決方式で管理されています。そのうちの、破壊を司る妹が行方不明――家出をしてしまいました。この危うさ、分かりますよね?」
クグツは事情を知っていたらしく、それに付け加えた。
「ベースプログラムもある程度破壊の権限を持っているが、彼女でなければ秩序的な破壊ができない。例えば、市街地のど真ん中にプレイヤーが壊せない大岩があったら邪魔だろ? エニアスは人間的な『邪魔』だと感じる意識を持っている。自動生成マップの弱点を補う機能というべきか。一方のミィサは『欲しい』という感情の具現だ。多数決プログラムなんて、昔の無人戦闘機も失敗したのによくやるよ」
ミィサは自分の属するシステムを貶され、怒っている。
「それは人間が育てた人工知能の話。私たちとミスレニアスは、超高速演算で数万年分のシミュレーションを行い、生まれた存在。ここは、人類のためのもう一つの星なのです」
俺には、なんとなくこのシステムの脆弱性が分かった。ミスレニアスは、ゲームプログラムという範疇を超え、人間的な判断力を持っている。それ故人間の弱点を引き継ぎ、エニアスという必須の機能を持つ存在を見失った。ミィサの完璧な感情表現は、人工知能が家出という判断をしてもおかしくないと感じさせる。エニアスちゃんとやらも、思うところがあったのかもしれない。そうなると、一つ引っかかる点があった。
「星扱いとはいえ、一応ゲームなんだろ? ベースプログラムとやらが、連れ戻す手段すら持ってないってのはどうなんだ?」
「それにも理由があります。ミスレニアスは、簡略化されたリアリティが全てを支配していて、それが人間を違和感なく住まわせている。根本的なシステムの書き換えにも『役割演技』が絶対的なものとして要求される世界です。私たちも、女神という形でしか世界に干渉できません。ですから、地球上の行方不明者と同じように対処しなければならないのです。私も必死に探しましたが、妹の空白を埋める仕事もあって……」
彼女はますます表情を曇らせ、勝ち気な雰囲気を失っていく。
「それに、エニアスは悲しそうな顔をしていました。人間的な問題は人間的に解決しなければ、いずれ大きな歪みを産むことを知っています。シミュレーションの中で嫌というほど思い知らされました」
俺が向き合っているものは、人間と同じ存在。耳の穴に隠した、あの装置を持ち込むのが少々申し訳なく感じた。
「事情は分かった。とにかく、俺がゲームで強くなって足で探せってことだろ?」
そんなにVRMMOは好きではないが、戦いながら人探しすればいいってのはなかなか楽しそうだ。クグツやガスマスク相手に散々戦闘訓練をやったから、それを振るうチャンスでもある。
「はい。でも、そんなに安全な旅になるとは限りません。ミスレニアスは【開拓地】と【未開拓地】があって、未開拓地では死の可能性があります。元々、ここは人口増加と物資不足への対処装置。事故死や他殺などの人口減少の代わりが必要とされました。そこで導き出されたのが、ハイリスクハイリターンの開拓システム。死亡してもリスポーンする開拓地と違い、報酬が極端に優れている代わりに、プレイヤーの生き死にが存在する未開拓地。さらに、未開拓地を開拓することで、莫大な富を得られるとなれば……」
「カネとチカラに魅了されたプレイヤーが、命がけでそこに踏み入れると」
ネットの掲示板なんかで見たことがある情報だ。ただひとつ違うのは、それが蚊帳の外の話ではないこと。だが、クグツに訓練と称して放り込まれた密売人のアジトで派手にドンパチ。それよりかはマシだと思うと気が楽だった。
俺に要求されることは二つ。戦って探す。
妹のことを話しているうち、妙にしおらしくなってしまったミィサ。その不安とやらを叩き潰すため、強めの口調で言った。
「このゲーマー、サネツグ様に任せろってんだ。さっさと強くなって、エニアス探しの旅を楽しんでやるよ!」
「楽しむって、あなた……」
しばらくコンシューマーゲームやPCゲームから離れるのは寂しいが、剣をぶん回してモンスター退治も悪くない。戦いの緊張感に取り憑かれた俺には、死すら絶妙なスパイスでしかなかった。