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1-4.ホログラムの少女

 へたり込む女の子二人はそのままに、俺とルイスが続いてバスを降りた。


 車両の前に浮かぶホログラムの少女をぐるりと一周見てみる。ポリゴンの総数はざっと見て百万。VRゲーム内では、脳が作り出す幻覚を利用したグラフィック描画システムなので、これよりもっと精巧に見えるだろう。


 顔つきは愛らしくも美しく、3Dモデラーの変態さ加減がうかがえる。では、パンツの造形(モデリング)はどうだろう? 単色だが、それ故良し悪しが分かりやすい。確認するため、彼女の足元に仰向けになった。


「な……な……何してるんですかっ!?」


 彼女は滑るように後ろへ飛び退き、スカートを抑えながら批判的な顔をする。手のひらを俺に突きつけると、周囲の地面からにょきにょきと機関砲が出てきて俺を狙った。口径は、二十ミリ前後ありそうだ。

 両手を上げて、刺激しないようにゆっくりと立ち上がる。これは癖というか、礼儀のレベルにまで達した行為。彼女に理解を求める。


「待て! これは礼儀の一種だ! 3Dモデルとフィギュアのパンツは、顔の次に見なければならない。知らないのか?」


「ミスレニアスのデータベース内にある、礼儀作法の項目を検索……該当する内容はありませんでした。嘘つきです」


 やり取りを見ていたクグツは、武器にしていた足パーツを膝でへし折り、割り込んできた。


「時代遅れだな、ミスレニアスのデータベースとやらは。他人のスカートの中を覗くという、許されざる行為でありながら強い憧れ。それを受け止めてくれるのは、三次元で表現された造形物やポリゴンの集合体。スカートを穿いたフィギュアと3Dモデルは、下から覗かれることが必然であり、覗くことは礼儀でもある」


「よく言った! それでこそ男だぜっ!」


 俺が拍手しながらクグツを囃し立てるが、彼女は不服らしい。


「恥ずかしいものは恥ずかしいんです! 今度覗いたら――」


 さらに戦車砲みたいな砲身が地面を割って突き出し、我が盟友を狙う。


「あ、ごめんうそ」


 前言撤回。情けないぞクグツ。だが、死んでしまったらパンツを見るための目も失ってしまう。致し方なし。


「素直でよろしい。私も大事な協力者を失いたくありません」


 少しばかり偉そうな態度を見せ、無数の砲身を引っ込めた。


「しかしよぉ、サテライトにこんなマスコットキャラがいるなんて知らなかった」


 俺はそう口にしながらも、頭の片隅のどこかに彼女の姿を記憶しているような気がする。


「ミスレニアスの女神である私を知らないんですか? 結構有名ですよ! 私の可愛さに絵師がこぞって飛びついた【ミィサ】ちゃんを!?」


 ミィサ……? どっかで聞いたような――


「ああ! あのエロくて薄い本でたまに出てくる!」


「なんて覚え方してるんですか!」


 足元に隠された機関砲を格納する扉がパカっと開いて、俺のスネを前から思いっきりぶっ叩いた。


「あぁぁぁぁ!! いってぇぇぇぇ!!」


 地面でのたうち回るしかできない。そのまま数分転がっていると、バスから二人組が出てくる。


「もう何だかわかんないよ、うーちゃーん。ミィサがこんな場所に出てくるなんて珍しいし」


「とりあえず、あの人にもごめんなさいしよ?」


 そう言ってクグツに向き直り、頭を下げた。こうも反省していると逆に申し訳なくなる。悪いのは俺とセンサーに引っかかるほど不審なクグツなのだから。

 不審な彼も、謝る彼女達に気負わせないよう振舞った。


「気にしない気にしない。サネツグも一緒に来ればいい準備運動になったのに。それに一番悪いのは、雑な警備システム管理してるあのちびっ子ぉ!?」


 言葉を言い切る前に、俺と同じく地面の隠し扉でスネを打たれる。


「ぐぉぉぉ……やりやがったな……」


「いっつも一言余計なのが悪いのです」


 彼女は確か、この世で最も精巧なAIと言われている存在だ。いざやり取りを目の当たりにすると、そのなめらかな受け答えは感動すら覚えた。こうも優れていると、思わず試したくなる。彼女はどこまで感情的なのかを。


「酷い話だよなぁ。大事な協力者様をぶっ飛ばして追いかけ回す。ポンコツAIが管理するミスレニアスに入るのが怖くなったぜ」


 すぐさま彼女はムッとした顔になり、俺の右側を見た。とっさに左側に飛ぶと、案の定隠し扉が跳ね上がる。彼女の視線を追い続けると先読みが可能になり、五回連続で扉攻撃を回避した。一帯の隠し機関砲の密度を想像すると、恐ろしくなる。


「ちょこまかとぉー!」


 頭に血が上ったのか攻撃の精度が落ちてきた。本当は裏で人間が操っているのではないかと思うほど、リアルな反応。今度は、女の子二人組の近くまで行って盾にする。無関係の人間への対応が、より感情を引き出すのにちょうどいいと思った。


「ぐぬぬぬぬぅ。卑怯な!」


 一瞬俺の後ろを狙いかけたが、理性がそれを引き止めたような印象を感じる。俺に攻撃を食らわせることは出来るが、転んだ拍子に彼女達を傷つける可能性があると判断したのだろう。万が一攻撃されても、今度は真上に飛んで避けるつもりだったので問題ない。


「やっぱすごいな、ミスレニアスのAI技術は。警備システムはアレだけど」


 不服さと、人間風情に翻弄された恥ずかしさと、それに褒められた複雑な表情は完璧だった。こうも出来が良いAIを使っているとなると、ゲームにも少しだけ期待が待てる。


 ふざけてじゃれ合っているのを見かねてか、ルイスが言った。


「そろそろ進まないと。サネツグさんを送り届けたら、我々は戻らなければなりませんし」


 終始アホ面だったクグツがシュッとした表情に戻り、俺もスイッチを切り替えてミィサの元へ進んだ。今頃、あのガスマスク率いる部隊がディモの揚陸艦を叩いている。クグツとルイスはその後処理に行かなければならない。


 俺は一人でミスレニアスにログインし、廃人プレイヤーの協力者に接触。当面はステータスの育成を手伝ってもらうことになる。その人が変人でないことを祈っているが、廃人と呼ばれるからにはどこかネジが外れた部分があるものだ。


 ミィサは俺達の感情というものを察し、サテライトの内部へ静かに招き入れた。クグツはひらひらと手を振り、バスの同乗者二人に別れを告げる。

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