1-3.おっぱいを見ていたら男が空を飛んだ
俺達三人は、サテライトが管理するバスターミナルまでハンヴィーで送ってもらう。
ターミナルに併設された施設は、大きいショッピングモールほどの広さがある。その中に入ると、ずらずらと荷物預け用のロッカーがあり、ここからほぼ手ぶらだ。戻ってきたとき、ナイフくらいしか装備がないのは心許ないが、拳銃の無煙火薬はセンサーで検知されてしまう。
飲食店や雑貨屋も存在し、店員は人からかけ離れた形をしたロボットだ。有事の際は、こいつらが腹からマシンガンの銃口を突き出して戦う。
そこで軽食を済まし、無人運転のバスに乗り込んで数キロ先のサテライトへ向かった。ちらほらと、小型ドローンが飛んでいて、後ろめたい作戦をする身としてはいい気分ではない。
車内ではクグツとルイスに挟まれ、一番後ろの席を陣取る。
俺達以外は、二人組の女の子しか乗っていない。出ている便の数が多く、頻繁に出入りする施設でもないので、こういうことも珍しくはないのだろう。
蛇目とハンサムな老紳士に、自称の俺ともなれば視線を集めやすい。それにしても、彼女の視線は不気味だった。
短めのヘアスタイルのせいもあり、美少年みたいな風貌の女の子が、遠慮なしにこちらを「はぁはぁ」言いながら見ている。
同年代であろう子たちよりは身長が高く、良く言えばスレンダーなモデル体型。悪く言えばまな板。我々の胸筋よりも少ない主張。服の上からでも分かる、悲しい現実。
試しに睨んでみるが、屈さず俺達を舐め回すような目線。
(何だコイツは……)
「あ、今『何だコイツは……』って思いました? 大丈夫です! 気にしないでください! 見ているだけなんでっ! ところで、三人はどういうご関係で!?」
ものすごく変なやつに目をつけられてしまったようだ。
クグツは面倒事に関わらないよう寝たふりをして、ルイスは微笑みを崩さず座っているだけ。
そんな中、彼女の友達らしい子が助け舟を出した。
「ちょっとアイちゃん! 恥ずかしいからそういうことやめようね!」
アイちゃんとやらのご友人は、身長が低いわりに豊かなお山をお持ちで。どうやったらそんな優良物件の権利書が手に入るのか。その子がこちらに向かって頭を下げる。
「すみません、うちのアイちゃんが。この子悪い癖があって……。ほらっ、アイちゃんも謝って」
「いたい! 痛いよっ! わーごめんなさーい!」
反省の色はどんな色か知らないが、板娘の反省の色は間違いなく無色透明。あんまり悪いとか思ってないだろう。
板娘の頭を山娘が押さえつけ、無理矢理下げさせる。前かがみになったせいで、お山が大変なことに。絶景かな。
「あー、この人うーちゃんのおっぱい見てる! 言っとくけど、このおっぱいはあたしのだかんね!」
バレたか。
もうこうなってしまえば開き直ったほうが早い。
「ああそうだよ! 対比効果で余計に目立つんだよぉ!」
胸が大きい方のうーちゃんは椅子に身体を隠し、赤くなる。クグツが急に寝たふりから復帰して叫んだ。
「それな!」
胸が小さい方のアイちゃんが、それと同じく控えめな脳みそをフル回転させている。
「たい……ひ……はっ!? あたしのは小さい言いたいのか、このセクハラにいちゃんめ! 警備員さーん!」
そう彼女が言うと、天井のスピーカーからビープ音が鳴り、女性タイプの合成音声が喋り始める。
「緊急要請ワードを検知、異常事態を把握するため、車内をスキャンします」
前から後ろへ、赤いレーザー光が車内を駆け巡った。
「不審人物を検知。排除します」
瞬間的にバスの天井が開き、クグツの座席が吹っ飛んだ。座席は紐で巻き戻されたが、クグツはそのまま投げ出される。
「うげぇぇぇぇ!! 俺かよぉぉぉぉ!!」
一仕事終えたAIは、どこか満足気な感じで「排除が完了しました」と言ったきり天井を閉じて静かになる。
ルイスは後方に飛んでいった彼を見て、くすりと笑った。
「まぁ、彼なら大丈夫でしょう。スターリングラードを全裸で走り回ろうとも、死なずに帰ってくる男です」
女の子二人組は涙目になり、抱き合っている。
「あわわわわわ、あたし、何かまずいことををををっ。ゴメンナサイ! ゴメンナサイ!」
「目立つ胸ですみませんでしたぁ!」
なんかもう俺が悪かった。年端もいかない少女に変なトラウマを植え付けてしまい、反省の言葉を述べる。
「いや、俺が悪かったんです。ぶっ飛んでったやつのことは忘れてね。多分生きてるから」
ルイスが俺の肩を指で突き、後ろを指差す。
「ほら、見て下さい。もう追ってきましたよ」
後ろの窓を覗くと、壮絶な光景が広がっていた。
クグツと、それを追う人型ロボットは砂煙を立てながら走っている。彼の腕や足にはロボットのちぎれた手が絡みつき、奪った膝から下のパーツで、追いついたロボット兵をぶん殴った。
「だらっしゃあぁぁぁぁ!」
鬼のような形相でAI兵器をなぎ倒す男は、彼女達にはさぞ恐ろしかっただろう。ついには腰を抜かしてしまった。
「ふぅん!」
目一杯しゃがんでから力み声を出して、バスの後部に飛びつく。武器にしていた足は咥えていたので、SFホラー映画のワンシーンに使えそうだ。
そうこうしているうちに、小さく見えていたサテライトは間近まで迫っている。バス乗り場で止まるとロボットたちは減速し、撤退していく。
「お、どうなってんだ? 門限か?」
「今度は前を見て下さい。彼女のおかげですよ」
ルイスの言われるがまま、あっちを見たりこっちを見たり。バスの前には、緑色のホログラムが作り上げた人間の姿が浮いていた。
単色で分かりにくいが、異世界情緒のあふれるドレスを纏った少女。幼い外見とは裏腹に、どこか思慮深さを感じる表情。
ミスレニアスというファンタジーの世界。彼女は、そこへの案内人に相応しい雰囲気を醸し出していた。