第六話
永田の部屋で、荒川はコンソールから色々と話し掛けてみたが、これといった反応は無かった。
「ちょっと、河岸を変えよう。」
荒川の提案で、三人は近所の喫茶店に移動した。
荒川は、再びこのまま春香を監禁しておく様に説得した。
この件については、加藤はどちらかと言えば荒川寄りのスタンスであった。
しかし、永田の姿勢に変化は無かった。
やがて、お互いの意見が完全に平行線である事を全員が理解した時、永田はぽつりと言った。
「だいたい今だって彼女は、先生の名前を出して頼んでいるからあそこにいるだけで、別に僕が閉じ込めてるわけじゃないんです。」
「「え?」」
二人は異口同音に驚きの声を上げた。
「外から見えない様に細心の注意を払っていますが、中からは、ほとんど錠の類いは掛けてません。今の内部に対するセキュリティは、この線を越えて出ないで欲しい事を示すための目印みたいな物で、彼女なら簡単に通り抜けられますよ。」
荒川が腕を組んで考え込むのを見ながら、永田は続けた。
「先生のお話を伺っていると、もう彼女を解放しても問題なさそうですから、ここから帰ったらすぐにそう告げるつもりです。」
「まあ、待て。せめて、もう一日待つんだ。」
荒川の言葉に、永田は意外そうな表情になった。
「もう一日待つと、何か変わるんですか?」
荒川は、早苗の日記に書かれていた『あれ』とその後の攻撃性除去のためのパスワードについて、説明した。
二人は、自分達が助かったのは単なる偶然ではない事を理解した。
それで加藤の表情が明るくなったのを見て、荒川は釘を刺した。
「いいか。この『あれ』は、止めを指すのを制止するだけで、攻撃性を抑えるわけじゃない。運が悪ければ、制止が間に合わない可能性は十分にあるんだ。」
加藤はその言葉に再び表情を固くしたが、永田は表情を変えなかった。
もともと、安心などしていなかったのだ。
「とにかく、春香を『安全』にするためのパスワードを探す。春香を解放するのは、それからにしよう。」
永田は何か言いたげではあったが、異を唱える事は無かった。
翌日は、永田の提案で荒川の研究室に集合した。
荒川は開口一番頭を下げた。
「済まないが、パスワードは見付からなかった。思い付く限りの場所を探したが、何のヒントも無い。もしかしたら、早苗の頭の中にしか無かったのかもしれん。」
加藤は尋ねた。
「では、これからどうします?」
「もう少し探して見ようと思うが・・・」
そう言い掛けた荒川を制する様に永田が言った。
「もう、これぐらいにしましょう。安全になったら、出て行って良いと約束してるんですから、このまま引っ張るのは、彼女に嘘を吐いた事になります。」
「いや、だからそれは・・・」
再度説得を試みようとする荒川を制して、永田が言い切った。
「これは、僕のけじめです。」
そう言って立ち上がる永田を見て、加藤も立ち上がろうとした。
「お前は来るな。」
その声の静かな決意に気圧されて、加藤はそのまま座り込んだ。
「取り合えず、明日までは来るんじゃない。」
そう言って、荒川に向き直ると続けて言った。
「生きていたら、明日結果を報告します。」