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種なる正義が咲かせるもの  作者: 記野 真佳(きの まよい)
藪(ヤブ)から棒にスタイリッシュダンジョン生活
8/53

本題:俺達が勝利を誓った件について

 休んでいると、またぬいぐるみ人形と『同調』が始まった。例の豪邸ごうていの前に、あの母親と鎧姿の若い男が立っている。その青年の剣のさやには太陽を模した刻印がされてある。聖女の言っていた聖騎士のマークのようだ。


「どうしましたか? キミに泣き顔は似合いませんよ。なにかあったなら、話してください」


 母親はチラリと聖騎士の顔色を見て、再び泣き始めた。

 聖騎士が優しく母親を抱擁ほうようする。少しずつ、泣き声がおさまってきた。


「娘がさらわれたのです。不良娘と言われていますが、たくさん迷惑かけられましたがそれでもわたしのかけがえのない子供……。わたしの大切な家族なのです!」

「それはひどい! なんてことだ、誰がそんなことを」

「目の前で深淵しんえんの森のダンジョンマスターに娘が殺されました。そして、ゾンビになって眷属化けんぞくかされてしまったわ。ゾンビになった娘が悪いことをする前に、殺してやるのが親として残されたつとめ。それは分かっているけど、もう、わたしは耐えられない……!」

「あなたは手を汚す必要はありません。血をかぶるのはわたし達の仕事です。代わりにあなたには笑顔をふりまいて欲しい。あなたの美しい笑顔は、みんなを明るくする素晴らしい宝石なのだから……。かならず、あの子のかたきを僕がとりましょう!」

「ありがとうございます。申しわけありません、かよわい女で……」

「いいのですよ。かよわき女性を守るのが聖騎士の使命! 必ずや、やつらを滅ぼしましょう!」




 これはまずいことになった。あの母親が、本格的に娘すら抹殺まっさつしようとしてる。


「傷がまだ痛むのですか? ひどい顔をしていますよ。おっぱいでも揉みますか?」


 オウレンが俺にとどめをさそうとしてくる。


「ったく。傷が痛みそうな情報が来た。ぬいぐるみ人形からの『同調』だ。聖騎士が俺たちのダンジョンへ来るらしい」

「聖騎士ですか……。そう簡単に動かせないはずですが、わたしの存在を考えれば教会は理由をつけて動かしてしまうでしょうね」

「あの、すみません。お母さまが、本当に、ごめんなさい……」

「いいえ。あなたがいなくても、わたしがいたから同じ展開になっていたはずです。旦那さま、本当に申しわけありません」

「気にするな。俺が選んで勝手に巻き込まれたことだ。あまり謝られると、俺の選択にケチをつけているようで不快だからな。謝るのは禁止だ」

「それでもごめんなさい。本当にすみません……」

「ご主人さまが謝るなって言ったらそれでいいんだよ、ミーヌちゃん。本当に気にしていないから」

「イチイちゃん……」


 裏でひっそりとオウレンに質問する。


「なあオウレン。ミーヌって誰だ?」

「旦那さまの目の前にいる子ですよ。キジュミーヌ・マーズキですから、ミーヌちゃんです」


 マジか。そんな名前だったのか。どこかで名乗ってた気がしたけど、本気で忘れてた。

 待てよ。ステータスにはけしからん幼女と出ていたはず。どうして名前を知らないのにステータスが見れたのだろうか。再びミーヌのステータスを見てみる。


けしからん幼女、キジュミーヌ・マーズキ(仮)

lv、5

体力(HP)38

魔力(MP)34

打撃攻撃28

打撃防御19

魔法攻撃22

魔法防御23

素早さ24

幸運21


固有スキル

※所持していません


スキル

狙い撃ち

離れている距離に応じた命中減少、ダメージ減少を抑える。



 名前が(仮)となっている。しかし、ステータスを見ることができたからにはミーヌが本名なのだろう。どうしてこんな状況になっているのか。


「そういえばイチイのときも(仮)だったな。あれはたしか……」


 イチイの前例は正式な『名前がない』という場合で起こっていた。ならばこの子の場合も同じと考えるのが自然だ。


「……まさか。いつでも切り捨てられるように?」


 導き出された結論に思わず身震いする。この子供が初めて認識されたのが『けしからん幼女』であったから俺のステータスに出て、ミーヌと名乗ってきた今までは名付け親に認識されていなかったということか。

 なんということだ。アイツは本当に呆れた母親だったのだ。最初から捨てるつもりでミーヌに接していたのだ。腹の底に怒りが沸々と湧いてくる。

 だが怒るのはまだである。今はミーヌを気にかけなくてはならない。


「なあミーヌ」

「はい。なんでしょうか?」

「俺はお前ががんばってきたのを知っている。その結果、裏切られてしまった。今からお前はどうしたい?」

「何がしたいのか分かりません。もう……何もしたくない……」


 生まれてからずっと献身を求められて生きてきたミーヌの人生。ずっとまじめに生きてきたからこそ、今回の件でついに心が根から折れてしまった。生きる気力がなくなってしまったようだ。


 人間の根幹は心であり、それは愛情によってできている。一番初めに触れる無償の愛を親から知り、人間は愛に生きる希望を持つのだ。

 ならばミーヌのように親から愛されなかったとき、ミーヌはどう生きればいいのだろうか。


「俺もなんとなくミーヌの気持ちは分かる。ダンジョンを建てる前は似たようなことがあった」


 王子として生まれ変わったときがそうだった。固有スキルだけ見られて、俺というたましいは誰も見ていなかった。そこで気づいたのだ。あの場所には愛情が無かった。金も地位もあったが、幸せと感じた瞬間は一度も無かった。


「心というものがない居場所。いたずらに寿命を削るだけの閉鎖的な空間だった。あの生活は牢獄ろうごくですらあったと思う」


 特に周りに理解してくれる者はいなかった。相談しても、みなは目に見えるものしか分からないのだから、どうしてそんなことを言うのだと感情移入の無い説教をされる始末だ。

 だから毎日が、生きているのが辛かった。せめて理解してくれる人がいたなら、どれだけ楽だっただろうか。

 意志という名の牢獄ろうごくに閉じ込められていた俺だから、ミーヌを助けてやりたい。あの時に苦しい思いをしたからこそ、同じ仲間に手を差し伸べてやりたいと思った。


「でも、わたしは何もできません……」

「今は休んでもいいぞ。ここでは休むことを否定するヤツはいない。ぐうたらするのが生きがいの奴らだからな」


 そう俺が笑うと、ホミカも同意した。


「マスターさん的にはですね。あなたの言葉で言うなら、ここはすぐれているから愛されるのではないのですよ。仲がいいから愛されるのです。難しいことじゃないのですよ☆」

「仲が、いいから?」

「そうなのです♪ ミーヌちゃんは、ゴマ団子は美味しいと思いますか?」

「うん、美味しいと思う」

「それならわたし達は同士の仲なのです☆ ハイ、たったこれだけです。それだけで仲がいいのですよ」

「これで、仲が、いいの?」

ハイ(アグリー)なのです♪ わたし達全員と仲がいいのです☆」


 ミーヌが呆然としている。


「つらいだろうな。次こそはなんとかなるはずだと誤魔化し続けて、希望を胸に戦ってきた。こうならないようにと頑張って生きてきたのに、いつの間にかおまえは、おまえの世界を取りこぼしてしまっていた」


 母親の中に自分が母へ向けるものと同じ愛があるのだと、心を重ねて生きてきた。でも、母親の心に愛がないと分かったからこそ、裏返された親愛は酷く傷ついた。頑張り続けてきたミーヌが気力を失ってしまうまでに。


「でもな、厳しい言葉なのは分かってるが、大事なことだからしっかり聞いておけ。今だからこそ何がしたいか考えておくんだ。失敗したからこそ、見えることだってたくさんあるはずだから」


 王子だった頃に自由を求めてダンジョンを建てた。お金も、権力も、家系も捨ててきた。決断すると言うのは、いま持っているものを捨てると言うことだ。


「何がしたいのかを探すのが人生なんだよ。探せない理由なんていっぱいあるさ。トラウマだったり、お金だったり、権力だったり、親のしばりだったり、たくさんある。探さない理由よりも、探す理由の方が少ないだろう。でもな、それでも探すから人生なんだよ」

「わたしの、やりたいこと? 人生? お母さま……」

「おまえが探していった先の未来。それが俺たちの敵になる選択だったとしても、俺はおまえをうらまないし気にしない。俺は、おまえの選択の全てを背負う覚悟ができている」


 今までと同じく、ミーヌ自身が再び母親を信じる道を選ぶなら俺達と敵対する未来になるだろう。それがちゃんと考えた上での結論なら、俺の敵になるかの損得など関係なく、その決意に礼を尽くして尊重しよう。


「だけど、それは本当にお前の意思なのか。お前が本当にやりたいことを選ぶんだ。今日までがんばってきたお前だからこそ、やっと選択肢せんたくしが降ってきたんだよ。ここのダンジョンへ保護をされること。そう、俺たちを信じる選択。それか、また母親を信じる選択。どちらの選択かをだ」

「ごめんなさい。まだ分かりません」

「いいんだよ。今日はもう遅いし寝よう。俺も疲れた」

「はい……」


 ミーヌにウサギの着る毛布をプレゼントする。色を聞くと黒がいいと言われた。イチイがおそろいで嬉しそうだったし、黒うさぎになったミーヌも満更でもなさそうだ。


 外がやけに冷え込んできた。ビュウとこごえる風が小屋をきしませる。


「さっ、さむい……っ!」

「ミーヌちゃん。ここはね、くっつかないとダメなんだよ」

「うん。着る毛布は、もう出せないの?」

「極意の制約でひとりずつしか出せないんだって。ほら、ご主人さまも、もっとくっついてよ。ミーヌちゃん寒そうだよ」

「うぅ……ったく。分かってる」


 2人が俺の体に寄ってくる。俺は仰向あおけで寝て、俺のわきで腕枕するようにミーヌが寄り添い、俺の上に乗るようにイチイが首元に腕をからめて抱きついてくる形だ。小柄なミーヌの体がぴたりとくっついてきた。


「ねっ、あったかいでしょ?」

「うん。人間ってあったかい。忘れていた、そうだったんだね」


 そう言ってミーヌがにじんだ声でうつむいた。俺はぽんぽんと頭をでてやると、ぐいぐいと全身をすりつけるように寄ってきた。


「マスターさん、モテモテハーレムですね☆」

「うるせー。動くんじゃねーよ。頭がもぞもぞする」


 ホミカは俺の着る毛布のフードと、頭の間に入ってひとりでぬくぬくしやがっている。毛布と毛髪のふさふさ感があたたかいらしい。


「それじゃあ、わたしも。ふふふっ」

「ひゃうわぁっっ! 突然押し付けるんじゃねーよ!!」

「何をですか? 真っ暗なのでわたしは分からないですねぇ」


 その爆弾おっぱいを俺に押し付けるのは止めてくださいませんか。声が笑っていたのは不問にするからマジで勘弁してくれ。脇のしたとわき腹の間のちょうど敏感なところを狙ってきやがった。


 ミーヌがもぞもぞと動いて俺を見上げてきていた。俺との視線が静かに絡み合うと、ミーヌは恥ずかしそうにほほを赤く染めて微笑ほほえんだ。


「あったかい、ですね」

「そうだな」

「あったかいは、いいですね」

「ああ。そうだな」


 言葉が返ってくるあたたかさを噛み締めながら、それを楽しんでいる。そんな気がした。



◇◇◇



 翌朝。皆は真剣な表情を向かい合わせていた。


「聖騎士ってのはどんなやつだ?」

「聖騎士は教会で最高の戦力です。町の腕っ節の中から、特に信仰の厚い者が聖騎士の称号を名乗れます。聖騎士は信じる正義のためなら、死すら恐れていません」


 なにその強キャラ設定。頭が痛くなりそうだ。


「やっぱり強いのか? そんな連中がうじゃうじゃいるなんて考えたくないぞ」

「幸いにも今の聖騎士は1人だけです。しかし、レベルは聖騎士を結成して以来の最高レベル。その名は銀翼ぎんよくの聖騎士、ビスマス。レベル15だったはずです」


 俺らが戦った最高レベルは、プニ太郎のレベル6だ。あれですらギリギリだったのに、レベル差が2倍以上もある。勝てるだろうか。


「攻めてくるのはいつになると思う?」

「早ければ今日だと思います。旦那さまの怪我ケガが治りきるまえに攻めたいでしょうから。手はありますか?」

「作戦なんか無い。正面からぶん殴る」

「旦那さまらしいですね。ふふふっ」

「そういえばマッスル神からガチャが1つ届いていたな。イチイ、引いてくれないか」

「はーい。よいしょっと!」


 勇者撃退のメッセージに入っていた、レア以上確定ガチャだ。

 出てきたのは…………ゴ-ルドカード!


スーパーレア

スキル:ノーガード迎撃

対峙した敵とあなたは打撃攻撃の命中率が互いに上昇し、あなたのカウンターダメージが2倍に上昇する。


「ご主人さま、どうだった?」

「最高のタイミングだ。このスキルで俺を強化できる!」

「そっか。良かったよ……」


 イチイはいつもの元気はなく、今日はどことなく静かだった。おそらくこれから始まる戦いを気にしているのだろう。

 イチイがじっと部屋を眺めている。


「イチイちゃん。今日はどうしましたか? じっとしていますね」

「……二度と見られなくなるかもしれないから。目に焼き付けているの」


 イチイも子供ながら今回の戦いが危険だと分かっているのだろう。

 そして奴隷として生まれて特定の居場所を持たなかったコイツにとってみれば、ここは初めての大切な場所になっているのかもしれない。


「バカを言うな。勝つんだよ。またいつもどおりにメシを食ってぐうたらするんだ。良い場所だろここは」

「うんっ!」

「わたしも旦那さまと同感ですし、良い場所だと思います。だから目に焼き付けるなら、守るべき場所として忘れないように焼き付けましょうね」

「ホミカも全力全開フルコミットで頑張っちゃいますよ。ゴマ団子にかけて倒します! 三食あって、おやつと昼寝付きは最高ですから♪」


 脳裏に雑音を感じた。ダンジョンマスターとしてのかんが告げる。

 それと同時にぬいぐるみが『同調』してきた。3人の聖騎士が森に入ってくる映像だった。敵はもうすぐやってくる。


「あの……本当にすみません。わたしは、なにも……」


 悲しげにうつむいたミーヌを、俺はガシガシと撫でてやる。


「いいんだよ。気にするな。よーし、景気付けにちょっくら組んでみるか。ミーヌ、お前も入っておけ。数が多いほうが楽しいぞ、おもに俺が!」

「え? ええ?」


 おどおどするミーヌを連れて、みんな円のように集まる。手を重ねて円陣を組んだ。


「皆に問おう! お前らの大好きなものは何だ!」

「ハンバーグ!」

「ゴマ団子です!」

「ナポリタンが美味しかったですね」

「えーと、海老エビのグラタン?」


 みんなバラバラである。だが俺が問いているのはそれではない。ここはダンジョンであり、はたから見れば悪役の巣窟である。ゆえに俺達の正義ジャスティスは決まっている。


「それをしっかりと覚えておけ! 戦いに勝ったらいつもどおりにぐうたらするぞ! おいしいものを腹いっぱいまで食べながら引きこもるぞ! 人間がどうした、俺たちの家はダンジョンだ! 外道な存在だからこそ、誰にも邪魔されずに強欲に生きろ! 強欲こそ俺たちの正義ジャスティスだ!」

「ぐーたら、じゃすてぃす!」

「まったく。マスターさん、基本的に(デフォルトで) お馬鹿さん丸出しですね♪」

「良いのではないでしょうか。ここはそういうところですから」

「……おかしな人たち。でも、分かるかも……」


 ミーヌが少しだけ笑った。


「あっ、ミーヌちゃんが笑いました。うふふっ、かわいいですね」


 恥じらいに顔を真っ赤にするミーヌ。助けて欲しそうに俺を見上げてくる。

 オウレンの倒し方なんか俺も分からないので、くしゃくしゃとミーヌの頭をでごまかしてみる。はふぅ、と小さく吐息をはくミーヌ。昨夜のベッドで発見したのだが、ミーヌは撫でられるのに弱いようだ。というか、母親がアレなので撫でられたことすらなかったのかもしれない。


「そしてこの戦い、誰ひとり欠けるな。祝勝会がつまらなくなるからな!」

「わーい、楽しみっ!」

「あー、たしかにソレはダメダメ(ハレーション効果)になっちゃいますね。みんな生きないといけなくなっちゃいました」

「楽しむことにも強欲に。旦那さまらしいですね」

「……楽しむ、こと」


 俺達はダンジョンの管理人だ。人間と敵対する存在だからこそ、よこしまな正義の気持ちを胸に抱いて、ここに勝利を誓おう。


「ダンジョンマスターとしてお前らに命じる。敵を撃破げきはせよ!」

「おー!」

「了解しました、旦那さま」

「ラジャーなのです♪」

「えっ、あ、はい……」



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