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種なる正義が咲かせるもの  作者: 記野 真佳(きの まよい)
跳梁跋扈なスランディリング ファナティック
52/53

確信:たぶん魔王が一番家庭的かもしれない件について

 扉を開けると、石造りの壮麗な古城が出迎えた。

 まず大きな窓が印象に残る。そしてよく見ると窓の上部はレースのような美しい狭間飾りが幾段にも重ねて造られておりその精巧さに圧倒された。建物全体としては線が強調されており、勢いよく天空に向かって伸びている姿はまさに荘厳そうごんのひとことである。


「本日は場内ではなく、外でございます。いま貴方あなたが向いている反対側です」


 俺が城の姿に呆然と惚けていると魔王に庭園へ行くよう促された。

 庭園が見えた瞬間、まばたきという行為を忘れるほどの美の光景に思わず感嘆の息を吐いた。

 緩やかにうねる芝生しばふは均一に整えられているが決して作為的とは感じられずに、むしろ飾らない天然の美しさを存分に引き出している。選りすぐりの名手が雇われているであろうことは素人目からでも充分すぎるほどに分かってしまう。それほど圧倒的な美しさがここに存在していた。

 庭園の中央にはレンガで造られた簡易な池が穏やかに水をたたえており、池を中心として見目麗しい黄、赤の花々が庭園全体を優美に包み込んでいる。所々にあるレンガで作られた小型のアーチのオブジェには可憐な小花が添えられてあり、愛らしさと同時に趣深い味わいがあり、ほんの小さな空間の一つずつにすら絶世の芸術が埋め込まれている。

 まるで童話の世界に迷い込んだかのようなこの美しい光景は、今まで見てきたどの光景よりも素晴らしいであろうと断言できる。綺麗に刈り込まれた木々の一本ずつからも自然の息遣いを感じられ、まさに生ける芸術を感じられる。楽園とは自然の中にあるのだろうということを思い知らされた。


「そういや外ってことはバーベキューでもするのか?」

「違います。暴れるのが目に見えているので外の方が楽なのです」


 意外と人情味がある理由だった。身内ですらあの老婆は手を焼いているようである。

 しかし暴れるならばこの庭は惜しいとは思う。ただ静かに池のせせらぎの音に身を委ねていたいと感じさせるほどの庭園だ。


 それにしても、この城や光景を見て《あやかしの城》とはよくも呼んだものである。不思議な絶景で人をかどわすのだろう。それも幻で魅了するのではなく、正攻法で魅了してくるのだから随分と皮肉の効いた悪趣味な呼び名にすら思える。あの老婆あたりが名付けそうなセンスを感じた。

 それと同時にコウカの言葉が脳裏によぎった。『食べ物に心を奪われてしまい肝心の話が上の空となったら大変』である。料理も同じく絶品なのだろうと容易に想像がついて、嬉しい悲鳴の混じった重い溜息が漏れた。


「イド。待ちくたびれた」


 か細く透き通った小さな声が、魔王へ水を向けた。

 声をかけてゆらゆらと歩いて来たのは高校を連想させる制服姿の少女であったが、少女と言うには少々顔つきが童顔すぎるかもしれない。具体的には姉の制服を試しに着てみたと言われたなら納得しそうな程度である。

 月のようにしとやかな白銀色ホワイトブロンドの長い髪。背中までたっぷりの艶麗えんれいな髪は、癖もなくさらりと流れている。

 ガーネットのように透き通った紅い瞳は、寂しげなウサギを連想させて加護欲をかき立てる。身長は魔王イドよりも頭がひとつ下くらいだろうか。ぴんと張った真っ直ぐな唇は、何事にも無関心な無口さを物語っている。しかしやわ雪のように純粋な白さを連想させる頬は少々、恋をしているようなまどろみの淡さに染まっているように見えた。

 その夢遊病者のようにふらふらとした足取りの少女がとんっと魔王の背中に抱きついて顔をうずめ、静かに、深く、至福の息を漏らした。


「コア御嬢様おじょうさま。彼が例の森のダンジョンの主です」

「あ、そう」


 招待された俺に興味が湧く隙も無く、その瞳に俺の姿が映る隙も無く、その少女は魔王の肩に手を乗せて、とんっと小さく跳ねた。魔王はこなれた手つきでその少女を背負って、何事も無かったかのようにそのまま歩みを再開した。


「おぉい! 森のダンジョンのヤツ! 俺が出向いてやったぞ! イドもちゃっちゃと来いよ!」


 次に声をかけてきたのは肩まで伸びた少し癖のあるミディアムヘアの少年だ。

 こちらも同じ学校の制服のようではあるが、少女とは違い年齢相応という印象だ。そして彼が着ているのは魔術師を連想させるようなフードが付いている珍しいデザインのジャケットだ。インナーとしてそれぞれ色彩豊かな星がデザインされたボタンのシャツに、動きやすそうな黒のカーゴパンツの格好。

 陽気でよく通る声質からは年相応なこれからの楽しさに胸を高鳴らせているのが感じられた。


「アルフレド。出迎えは結構ですが、あの人をひとりにさせたのですか?」

「ババアは招待客コイツが着いたら起こせだってよ。ぐーすかと仮眠をとってる」

「アルフレド。彼女には《様》を付けなさい」

「へいへい。分かりましたですよ~」


 何がおかしいのか、アルフレドは魔王を鼻で笑った。魔王は気にしていない様子なので、どうやらいつも通りの応酬なのだろう。


「なあ、魔王さん。この服の二人ってもしかして兄妹なのか?」

「はて。似ても似つかないと思うのですが。いかがなさいましたか?」

「いや制服が」


 魔王が表情をわずかに崩して笑った。


「なるほど。しかし同じ制服だからこそ他人の可能性も等しくあるかと思いますが?」

「珍しいものを、しかも同じもの着てるなら何か繋がりがありそうだと思った」

「良い着眼点をお持ちですね。しかし、どう説明すれば分かりやすいでしょうか。そうですね、メーカーが同じだと言っておきましょうか」

「制服屋がこの世界にあるのか?」

「存在しません」

「じゃあなんで?」

「二人とも、私の手作りだからです」

「えっ!?」


 魔王が人差し指の先をくるりとまわす。目を凝らすと透き通った糸が見えた。


「これで分かりませんか? あなたの《夜なべの極意》は、私の模倣コピーです」


 そういえば人形を作ったことがあったことを思い出した。たしかに面倒くさがっていて使うことは滅多に無かったがあのスキルを上手に活用できたなら制服くらいは作れるかもしれない。

 俺と魔王が話して退屈そうにしていたアルフレドが魔王に突っかかってきた。


「俺を除け者にすんなよ。で、何の話をしてたんだ?」

「色々と。貴方にとって興味が無い話ですよ」

「あっそ」


 決して気分を害した訳では無い。本当に興味が無い話をしていたのだろうと信用した上で、彼は会話を流した。


「そういや《 融合メカ 》と《 混成ケツゴウ 》は来れねぇってさ。で、《 筋肉ピュア 》も無理だとよ」

「古株の二人なのに来れないとは。せめて混成が来てくれたら話は楽なのですが仕方ありませんね。しかし、あの人は・・・・・・。単純に嫌がったのかもしれませんね。いずれ記憶に潜れば分かることなのに」

「どうでもいいから行こうぜ。大ババ様が目覚めたら面倒くせぇから」



 ◇◇◇



 魔王が用意したオーク製のワインのタルを、老婆が嬉々として拳で叩き割った。


「さァ、遠慮なんて野暮はいらない! アタシの領域では愉しむことしか許さない! 酸いも甘いも総てが娯楽! 悪夢も人生のスパイスさ!」


 そして老婆は透明なジョッキを豪快に突っ込んで、零れることなど全く気にしてないようにワインを天に突き出すように掲げた。


「品も何も愉しければ関係なし! 愉しみたい奴はさかづきを掲げな! さァ、乾杯!」


 こうして大ババ様主催の会食が始まった。

 会食に使うテーブル、椅子、酒器もろとも全ては魔王が作り上げた。魔王が光の糸を空間に縫い付けていったのだ。そして糸を互いに絡ませて結束させて立体にさせていき、最後に指で突くと糸は一変して金属質へと変化した。こうして食器やしまいには台所まで作り上げてしまうのだから驚きである。

 魔王が料理を実演して、俺たちが食べていくスタイルで行われるようだ。


「さて。大ババ様、何を造りましょうか。ご要望はございますか?」

「コイツの家で食って無いヤツ。ありャぁもう食べ飽きた。とにかくチョーウマイやつ」

「履歴を確認しました。ならば和食にしておきましょうか。肉が多いようなので海鮮が良さそうですね。味が第一とうたわれましたので、季節は問わないことにしましょう」


 魔王が指を鳴らすと食材が降ってきた。たしかにこれなら季節は問わない。そしておそらく、これも俺の食材の権利の元になったスキルなのだろう。


「おっと大変失礼致しました。コア御嬢様おじょうさまにはこちらです」


 魔王が愛らしい小樽をコアお嬢サマの手元へ差し出した。蛇口が付いておりそれを捻るとリンゴの甘酸っぱい香りが流れ出る。どうやらあれはリンゴジュース専用らしい。

 ジョッキいっぱいまでジュースを注いで小樽を空にすると、コアお嬢サマが空中で円を描いた。そこに真っ黒な空間が生まれて、先ほどの空の小樽を捨てた。

 そして魔王が料理に集中して談笑できなくなったアルフレドが、今度は俺に興味津々に絡んできた。


「よぉ! オマエは森で頑張ってたんだよな。あんな辺鄙へんぴなところから成り上がるとは立派なもんだぜ」

「はい。ありがとうございます」

「なんだよその口調は。ババアの話を聞いてたか? ここじゃあ何でもいいんだよ。で、あのババアになんか色々言われたんだろ? ここのことも分からねぇだろうし、俺に何でも聞いてもいいぞ」

「そうか。じゃあ、あの空間に捨てたアレってどうなるんだ?」

「ん? おじょうのありゃ景品だよ。俺たちにとってはゴミ箱にしか見えないがな。イド、そこんところどうなんだよ?」

「恐らく、あれはランダムガチャの景品でございましょう」


 ドヤッと、したり顔をするコアお嬢サマ。


「その通りだとおっしゃっております。さすがの慧眼けいがんでございます、御嬢様おじょうさま


 ガチャの不良品はコイツの仕業だったらしい。なんてことだ。良く思いだしてみればメロンのもじょもじょとか、よく分からない板とか、明らかにゴミしか出なかったのはコイツのせいだったのだ。

 こちらの感情を察したのかアルフレドが魔王にニヤついて説明を足してきた。


「あの時はな。オマエに成長されすぎても俺達は困ったんだよ。むしろそのゴミから成長してきたもんだから、想定外でかなり驚いてたんだ。そういった事情もあって、オマエはどんな奴なのかを顔を見てみたくて呼んだってのもあんだよ」


 どうやら深い事情があったらしい。この会食はただ食べるだけでは済ましてはいけないようだ。コウカの予測が当たっていたといっても言い過ぎではないだろう。

 となるとまだ口を付けていない目の前の酒は控えた方が良いかもしれない。泥酔して何も忘れてしまうなんてことは無いように。庭園ですら魅惑的だったのだから、この酒の味も同じく至高に違いない。しかし、旨いものというのはどうも興味はあり若干の葛藤があった。


「お待たせ致しました。まずはこちらをご賞味ください」


 目の前の酒と葛藤している内に料理ができた。

 最初に出てきたのは柚子ゆずの形をした料理であった。柚子ゆずの上部に切れ目が入っており、柚子蓋ゆず ぶたとなっている。ふたをめくってみると中はくり抜かれており、その中には蒸されたキノコとしゃけ、水菜が入っていた。箸で鮭を崩して一口つまむ。鮭の醤油漬けされた上品な味わいに柚子のさっぱりとした香りが添えられていた。続いて水菜をつまむと、シャキッと爽やかな歯触りが心地よい。そして噛むほどに出汁だしが零れて口の中に旨さが広がっていった。


「お気に入りになりましたようで嬉しい限りです」


 どうやら顔に出ていたらしい。なにせ前菜ですらこのレベルなのだ。これから出てくる魔王の手料理に心が弾んでしまうのも仕方ない。


「続いて。こちらは、桑名くわなハマグリの吸い物。新潟にいがたのっぺ。そして寿司すしでございます」

「寿司!? それは良い! 刺身とか生魚がちょうど恋しかったんだ!」

「それは光栄でございます。ちなみに今日の寿司には八角トクビレという珍しい魚も入っています。そして、酒のつまみに 生鮹なまタコの真妻わさび和え もご用意しております」


 サワビ和えと聞いてアルフレドが顔をゆがませた。それに気づいた魔王は小さく笑った。


「ワサビ抜きも用意しています。刺身としていかがですか?」

「オマエが俺に敬語を使うなよ。大丈夫だ。食えるぞ。うっせぇんだよ、型落ち黒眼鏡」

「やれやれ。生まれたてのヒナ五月蠅うるさくてかなわないですね」

「ハッ! 面白い啖呵たんかだな。最新鋭の力を見せてやろうか?」


 剣呑な闘気がぶつかり合い、空気が一気に冷え込んだ。

 そこにコアお嬢様がぼそりとつぶやく。


「ヒナ。たまご、鶏肉とりにく・・・・・・・・・・・・。イド、親子丼たべたい」


 呆気にとられるふたり。冷え込んだ気温が瞬時に常温へ戻った。


「はぁ。面倒くせぇ気分になった。おい、俺はラーメンだ」

「魔王のぼうや。アタシにビール寄越しな」

「・・・・・・・・・・・・せめてメニューに寄せようとは思わないのですか?」


 魔王が手元の材料を眺めながら絶望的な苦笑をする。


「カッカッカッ。じゃァ、焼き鳥も追加だ」

「和食に寄せるという意味では無いのですが。まぁ良いでしょう。少々お待ちください。これからすぐ出る料理もありますのでそちらを先にご賞味ください。深淵の森のダンジョンマスター、あなたは?」

「別に大丈夫だ」

「そうですか。物足りなければ言ってください。今日は大ババ様の思いつきですが、あなたの歓迎会ですので遠慮なさらずに声をかけてください」


 そうして魔王が次の皿を渡してきた。


「さて、次の料理ができましたよ。寒鰤かん ぶり西京さいきょう焼き。伊勢海老いせエビの茶碗蒸し でございます」


 こちらも旨そうだ。俺が料理に箸を付ける直前に老婆と視線が交わった。


「で、アタシの宿題。答え合わせだ。解いてきたかい坊主?」


 老婆が何やら愉快げに鼻を鳴らして挑発的に問いてきた。


「星座盤の話だよな。俺の世界とほとんど同じにもかかわらず、あるはずの星が消えていた。ならその星が消えた理由に答えがあるはずだ。そして星が消える方法はいくつかある」


 その一つとして有名なのは超新星爆発スーパーノヴァだ。星には寿命があり最後には超新星爆発を起こして消えてしまう型も存在する。特にオリオン座のペテルギウスや蠍座さそりのアンタレスの寿命は残りわずからしいと聞いていた。


「星の光が見えないのは、既に星が寿命で消えてしまったということだ。つまり、この世界は俺のいた世界の未来の姿なんだろ」


 俺の解答に対して、老婆は哄笑こうしょうで答えた。


「合っていなくもないが、ほとんどハズレだ。アンタはまだまだ浅瀬だねェ」



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