誤信:久しぶりに魔王様と遭った件について
青空の下で見張り台にぶつかった風が静かに鳴いた。
裏ダンジョンとやらへ行くことは決定したのだが、肝心の待ち合わせ時間も場所が分からない。そのため俺は見張り台の上で何かアクションが来ないか待っていた。
管理道具で裏ダンジョン通行許可証を読み取ってみたが全然に反応が無いためきなり手詰まりだ。そんなまったく意味が分からない状況で何が起こるかを待つというのはある種の無謀ではあるが、あの老婆が来たなら必ず大問題が起こるであろうと容易に予測は付いたのでおそらくこの手が正解なのだと思う。
「オーナー。差し入れです」
木造の見張り台が揺れる音と共に、コウカが顔を出してきた。その手に持っているのはバスケットであり、コウカが蓋を開けると中にはサンドイッチが入っていた。
「なぁ、これは・・・・・・」
「計算の内ですわ。どうぞ召し上がってください」
「どういうことだ? 昼に呼ばれたということは会食かもしれないと今朝に相談しただろう?」
「だからこそですわ。せっかくのお誘いですから実りのある話がしたい。となると、お腹をすかせてドカ食いをしてしまい、せっかくのお話をできるチャンスを自ら少なくしてしまうのはもったいないです。食べるという行為をしているときも時間は過ぎてしまいますので」
「俺ってそんなに食べる方なのか?」
「いいえ。それなりにはですが、荒くれの冒険者の方がずっと食べていますわね。でも、神様の料理を口にするかもしれないなら、それは美味しいかもしれない。食べ物に心を奪われてしまい肝心の話が上の空なんてことが起こったら大変です。それに万が一に会食でなかったなら、それこそお腹の中に少しでも入れておくに越したことはありません」
「そういうものかねえ」
呟きながらサンドイッチを口へ放り込む。もちもち食感のパンの中に、サラミの濃厚な塩味とシャキッと主張する野菜の歯触りが旨い。
木々が揺らめき、透き通った風が頬を撫でた。優しい日差しの下で食べるサンドイッチは、ピクニック気分のような開放的な心地よさがあった。
が、一本の木がバッキリと倒されて情景が一変した。
「な、なんだあれ」
「あれは、レンペイです」
もの凄く大きな猫だった。おそらくライオンの2倍は優にある露骨な巨体だった。
まっすぐな鼻筋で猫にとっては美形なタイプなのだろうか。首元はマフラーのような もふもふ毛で覆われている。羊毛のようにふわふわした触感なのが触らなくても分かるほどだ。
「いや、管理道具に、《グレート・ノルウェージャン フォレストキャット》って書いてあるけど」
「レンペイですわ」
ぴしゃりと言い直された。
巨大な猫に連れられているように、小さな猫や犬のモンスター達がぞろぞろと着いている。
そのモンスター達に畏怖として崇められているのではなく、もふもふ毛に飛び込まれて遊ばれたり、背中に乗られたりされている。しかし本人はまったく気にしていない様子だ。
「レンペイは大きくて優しい力持ちなのんびり屋です。レベルも高いので、弱いモンスターの安全地帯になっていますわ」
「いつからいたんだ?」
「管理道具で履歴を見ると昔から住んでいたみたいですわね。ダンジョン戦争の影響で、昔から住んでいた森のモンスターもレベルアップや進化したのかもしれませんね」
それなりにここに過ごしてきたがまだ知らないことが多いなと思いながら、冷静さを取り戻すために再びサンドイッチにかぶりついた。
隣ではコウカがパンの耳を空にかざしていた。すると秋の紅葉を連想させる翼を持つ小鳥がコウカの指に停まった。慣れているのか人間をものともしないで小鳥がパンの耳を啄みはじめる。
「また知らないのが増えてるし」
「そういえばスキルで覚えましたよ」
「はァ!?」
俺はコウカへ管理道具をかざした。
コウカ・ベニナーバ
lv、27
体力(HP)205
魔力(MP)173
打撃攻撃97
打撃防御78
魔法攻撃94
魔法防御76
素早さ83
幸運65
装備品
チャイディ バンド lv1
打撃攻撃+24。魔法攻撃+12。魔法を現界した形で保持できる魔法布製のアームバンド。
二重鉄の軽装
打撃防御+18、魔法防御+15。頑丈な鉄と、抗魔の鉄の二枚重ねになっている胸当て。
ギルドの黄金勲章
コウカ専用の装備。全ての異常状態を無効化し、クリティカル率が10パーセントアップする。
固有スキル
オーロラの羽衣
はごろも
敵からの打撃攻撃のダメージと、罠ダメージを半減する。
スキル
魔武装・炎槍
魔力(MP)10を消費する。1ターンのみ、通常攻撃のダメージをアップさせ、炎属性を追加する。
魔武装・風弓
魔力(MP)10を消費する。1ターンのみ、通常攻撃のダメージをアップさせ、風属性を追加する。
魔武装・水剣
魔力(MP)10を消費する。1ターンのみ、通常攻撃のダメージをアップさせ、水属性を追加する。
応急処置
魔力(MP)15を消費し、味方の体力(HP)を20パーセント回復させる。
好奇心
未知の敵に出会ったとき、その敵の弱点属性や耐性属性を察知できる。
《 NEW! 》 魔物飼い lv1
モンスターを低確率で仲間にできる。
《 NEW! 》 フレンズ:まめチワワン lv2
①コウカが通常攻撃すると、一定確率で追加打撃攻撃をする。
②コウカの体力(HP)が10%以下になったとき、1戦闘で1回だけワン豆を与えて少し回復してくれる。
《 NEW! 》 フレンズ:紅葉鳥 lv1
①コウカが魔法攻撃対象になったとき、低確率で魔障壁で防衛してくれる。
《 NEW! 》 フレンズ:レンペイ(?) lv1
①コウカが攻撃すると、低確率で特大ダメージの追加打撃攻撃をする。
《 NEW! 》 フレンズ:プニ太郎 lv3
①コウカが参戦したとき、高確率で味方参戦キャラクターとして追加登場する。
②コウカが参戦したとき、プニ太郎の全ステータスが5%上昇する。
③協技(コウカとプニ太郎が近くに居るとき、合体技が使用できる)
いつの間にか知らないスキルが大量取得されていた。
「もうおまえ、一人でダンジョン経営できるんじゃないか?」
「あら、分店のお誘いですか? それは面白そうですが謹んで遠慮しておきますわ」
悪戯っぽい笑いで口元を緩めて、コウカは見張り台からするりと降りた。
今の話を、俺が冗談を言ってきたということにしてコウカは流してきたが、もしかしてコウカは実力はあるのだが前に出るのは苦手というタイプなのだろうか。ギルドに所属や、ダンジョンの一員としての所属などのいわゆるグループという逃げ場があることで安心感が生まれて、その安心感があるからこそ大胆に行動できて強くなれるタイプなのかもしれない。となると彼女の本心は意外とか弱いタイプなのだろうか。
今は手元にダンジョンコアが二つある。自分の物と先の大戦で入手したテトロの物だ。やろうと思えばどこかの地域に移植して、二つ目のダンジョンを造ることは可能らしい。
「にしても、いつまで待っていればいいんだ?」
話し相手がいなくなって途端に暇になってしまった。そもそもあの老婆は昼と言ったが何時の昼なのかすら言わなかったので、もしかしたらギリギリに昼の範疇である時間の可能性もある。
欠伸をして森を眺めていると、再びトントントンと小気味よい等間隔のリズムで木板をノックする音がした。
「はいはい。今度は誰だ?」
「魔王です。お迎えに参りました」
その聞き覚えのある声に身が凍りつき、俺は質の悪い玩具のようにキリキリと音を立てながら見張り台の下を確認した。
そこに居たのは黒目に黒髪の青年の姿。上品な緋色のネクタイに、フレンチコンチネンタル風のダークスーツに身を包んだ魔王がそこにいた。男性にしてはきめ細やかな肌で柔らかな顔つきであるが、黒いシャープな眼鏡で硬質な印象に整えている。
俺と視線が交わった魔王が涼やかな微笑を向けた。
「失礼を致します。深淵の森のダンジョンマスターとお見受けしましたが、相違いありませんか?」
「はっはいッ!」
初めてダンジョンの説明を受けたときの厳かな口調ではなく、怜悧さを感じさせるような涼やかな声色にはまったく違和感が無かった。むしろこちらの声を先に聞いていれば、あのときの雰囲気はフェイクであるとすぐに気づいただろう。
俺はすぐに見張り台を降りて魔王のもとへ向かった。
「なっなんでおまえっ・・・・・・ゴホンっ、貴方がここにいるんだ! こういうのって下っ端の役割じゃ・・・・・・!」
「はて。下っ端ですけれども何か?」
俺の頭の中で急ピッチで関係図が形成されていく。悪夢の老婆がいて、そいつにマッスル神は頭が上がらない。さらに魔王を小間使いできる立場にいるのがあの老婆の正体らしい。
「家の中で待っていても良かったのですが、なるほど。ここはあなたにとって居心地が良い場所なのですね」
「いいえ。よく見えるようにここで待っていました」
「もしや、会食であるとも言いませんでしたか?」
「はい」
魔王は表情を崩さないで静かに嘆息を吐くという奇妙に丁寧な顔つきをした。この人はどうやら裏でかなり苦労しているタイプのようだと直感した。
「口調はあなたのいつも通りで結構ですよ。慣れていますので」
「いいえ、魔王様にはとてもであります。魔王様の方こそ、ダンジョンの説明であったような口調に崩しても良いですよ」
「気を遣われる方が慣れないので遠慮しましょう。ですから、あなたの方から崩した方が私としても楽になります」
魔王なのに気を遣われるのが苦手とはどういった領分なのだろうか。どうするべきか悩んだが本人が気にしないと言っていならばと口調をいつものように崩してみることにした。
「そうですか。では。老婆、完全に他人に感情移入することを忘れてたぞ」
「いいえあの方はその言葉では語れませんよ。生きている規模が違うので思考が違うのです。人間が蟻の世界観を想像できないようなものです。彼女は人間に見えますが生き物としての骨格が違うので考え方の基礎が違うのです。文化の根本が全て違う異国人のようなものと考えた方がまだ受け入れやすいでしょう」
「分かったけど。なんで昼なんだ? 夜のイメージがあるんだが」
「彼女の場合は性質上、昼夜逆転していますので基準が常人とは真逆なのです。一般的な世界観で例えるなら、彼女にとっては深夜にパーティをしている気分なのでしょう」
そう言って魔王が指を鳴らすと目の前に風が湧きはじめた。先ほどまで微風に過ぎなかったそよ風が、魔王の号令で旋風となって俺たちの眼前に吹き荒れた。もはやそれは小型の竜巻へと成長し、内部では稲妻が激しく火花を散らしている。
条理ならざる理によって、竜巻の中の現実が侵食されていく。
落雷が弾けたような轟音と閃光。そこから現れたのは燐光を放っている金属の大扉であった。
「こちらが原初のダンジョン、《あやかしの古城》です。通称、《裏ダンジョン》へようこそ。歓迎致しますよ、《深淵の森》のダンジョンマスター」




