宿題:町の様子を見学する件について
◇◇◇
「うぅ、気持ち悪い……。いったい何が起こったんだ」
「だ、大丈夫ですか? 不整脈を起こしていましたよ」
先ほど家に上げた旅人の格好をした美女がいた。いまは帽子を脱いでいて、肩までのゆるふわの紫がかった髪を流している。美人ではあるが童顔で、くりくりした瞳が俺を心配そうにのぞいている。
うん、完璧に女である。
風呂で裸体を見てしまった今なら分かる。服の上からでも感じられるほど主張しているはち切れんばかりおっぱい。本当にいいプロポーションをしている。
「クソッ! 二度も同じ引っかかり方をするなんて。つーか、なんてまぎらわしい言葉遣いをしてたんだ!」
「えっ、ご主人さま。あの言葉遣いで男だと思ってたの?」
「そうだよ! 『だぜ』とか言ってたから騙されたよ! 男友達が欲しすぎて意味わかんなくなってたよ! ちっくしょー!」
「あーあ。自己紹介聞かないからの、ギャグパート補正の結果でしょうね」
「申しわけありませんでした。男性に捕まったら面倒ですから男装をしていました。男性のようにふるまってたのも同じ理由です」
「うぉー! 俺に安らぎが来るときがあるのか! 女が嫌で逃げ出したのに!」
「食べた分のお金は払います。すぐに出て行きますので」
「いいや、いらん」
それを渡されたら、今度こそ俺の心臓が止まるかもしれない。渡そうとしている握りしめた金貨のぬくもりを察知して、俺の野生の勘が悲鳴をあげていた。
「そんなお金じゃないなら。まさか、わたしの体を……!?」
「体は本気で止めてくれ」
どうしてお前は俺の心臓を止めたがるんだよ。
「ご主人さまは女の子が嫌いなんだよ。あれ、イチイはどうなんだろう?」
「少し慣れたからな。それにお前がいなくなったら俺は今夜、凍死する自信がある」
「あの、凍死ってなんのことですか?」
「ええっ? もしかしてここら辺に住んでいないの? 山のてっぺんの雪風が吹き抜けてくるせいで、ここは寒いんだよ。大きな山だから、あつい季節になっても雪が溶けなくて、ずっと冷たい風が吹き続けるの」
「そうなのですか。知りませんでしたねえ」
「溶けない雪。寒い風。……もしかしてここはサムザーム山脈の近くなのか?」
「知らなーい。知っていてもお腹がふくれないもん」
「たしかにサムザーム山脈は近くにあるかもしれませんね。マントを1枚拾えましたが、大丈夫でしょうか?」
「クマの毛布でも駄目だから、無理だと思うぞ。ところで、どうして旅に出ているんだ? それに『近くにあるかもしれない』と、歯切れの悪いこと言ってるな」
俺が指摘すると、女は言葉が詰まったように黙った。
「お話いたしましょう。まずわたしの名前はオウレン・ベルベーリン。実はですね、町で聖女をやっていました」
オウレンが話していく。祈りに失敗した罰として崖から落とされる処刑をされたらしい。その崖の下の川から流されてどうにか生き延びて今に至るらしい。なるほど、それならば土地勘が分からなくてダンジョンに入ってしまうだろう。
「近くに町があるのか。なら偵察に行かねーとな。自分の置かれている状況を確認しないと」
「あなたはダンジョンマスターですよね。眷属のモンスターで様子を見てはどうでしょうか?」
「いろいろあって、モンスターが召喚できねーんだよ」
「作ることはできませんか? 言い伝えによると、最初の魔王は物を眷属化させてモンスターを作っていたらしいです。たしか、粘土人形を眷属にしてゴーレムを生み出したとか」
「その気になれば、なんでもモンスターにできるということか。潜入するには体の大きさも重要になるだろうし、何がいいだろうか」
イチイも一緒に、う~んとうなって考える。
「お人形さんくらいの大きさがいいのかな?」
「それだ! イチイ、外は明るいか?」
「ご主人さまが倒れて、今は夜になってるよ」
「俺は『夜なべの極意』がある。夜限定でぬいぐるみが作れるぞ!」
「おお、なんかできそう!」
「とか言ってるあいだに、なんかできた! 『夜なべの極意』スゲー! ぬいぐるみができた! はえー! レアランクの極意、スゲー!」
出来たのはテディベアのぬいぐるみ人形だ。さっそくぬいぐるみに眷属になれと命じる。すると自分の体の中からすっと熱が抜けていった。俺の魔力(MP)が消費されたらしい。
ステータス
ぬいぐるみ人形 (テディベア)
lv1
体力(HP)20
魔力(MP)16
打撃攻撃12
打撃防御10
魔法攻撃10
魔法防御11
素早さ19
幸運45
固有スキル
同調
眷属化により得られた固有スキル。持ち主と、人形の五感を共有することができる。
スキル
倹約上手
使用したアイテムが、低確率でもう1回使えるときがある。
今回にはばっちりの能力である。さっそく『同調』して町に向かわせよう。
オウレンとイチイの話に当たりをつけて探すと、すぐに街が見つかった。
街の入り口の門の前に槍を持ったオッチャンがひとり。夜の防衛というよりも、夜に誰か来たときの見張り番といった平和な印象を受けた。
ぬいぐるみの小さな体がオッチャンの背後をついて町に入ってトコトコと探検してみる。街灯こそ無いがたまに松明が暗闇を照らしている。町としてはそれなりに整っているようだ。
ドサリと子供が目の前で倒れこんだ。よく見たら、けしからん幼女だった。どうやら店主に殴られたらしい。会話に耳を傾けると、お金が足りないがそれでも店の前で粘ったからのようだ。
けしからん幼女の家は貧乏なのだろうか? 白金貨を3枚。300万円相当を渡したが、あの量は一瞬では使えきれないはずだ。実は借金とかあって本気で大変なのかもしれない。
ならば今度は30枚入れて、度胆を抜いてやろう。いいや、待てよ。実はこれはナイスアイディアじゃないのか!?
少し多めに入れてやったぜと言うイジワルな俺 →割り増し程度だと勝手に思う幼女 →10倍だった! 3000万円分だ! ひえぇぇ――!! →驚きすぎて腰を抜かす →驚いた拍子に倒れて体のどこか打つ →怪我をしちゃう →ふぇ~ん。痛いよぉ。もう宝探しはこりごりだよぉ →ウチのダンジョンに来なくなる。 →俺の心が平和になる。
なんだこの隙の無い方程式は! 完璧じゃないか! ぜひ実行しよう!
「あの。あの人は、何をぶつぶつ言っているのでしょうか?」
「ご主人さまって、頭が良いから何か思い付いたのかも」
「考え付いたと言うよりも、ゴールが見えたから目が眩んでいる人に見えるのは気のせいでしょうか」
後ろで何か言われているが興奮で気にならなかった。ナイスアイディアにワクワクしながら、なんとなく教会に侵入してみる。神秘的なところは夜だとホラーなイメージがあって面白そうだというノリで入ってみた。特に深い意味は無い。
すると、教会の中で怪しい人物を発見した。太っちょと、ひょろっとした人相の悪い2人が話し合っているようだ。
「――それで、さっき店の前であの娘がまた殴られていたぜ」
ピンポイントで心当たりがあった。さっきの光景を俺以外にも見ていた人がいたらしい。怪しいので野次馬の気分でスパイしてみる。
「あの娘も懲りないな。今夜もどこかで値切ってるんじゃないか? 親の身分を使って値切るとは、貴族なのにやってることが貧民と変わんないじゃねぇかよ。こえーな、お嬢様がお怒りになって、親にチクッて店主は大変って流れか?」
「あそこの親はとても人が良いと評判になってるけどな。まったく、なんであの親から、あんな不良娘が生まれるんだろうな」
「そりゃそうだろ。なんたって、あの親だからだろ」
娘を揶揄していたかと思えば、その親に対して大笑いする男達。この男達の間でのみで通じている不思議な話題のようだ。
「不良娘はいいが、われらの不良聖女はどうなった?」
「いつもなら盗賊に襲われるはずだが、今日は川の勢いが激しくて捕らえられなかったらしい」
こっちもピンポイントで心当たりがあった。コイツら、本当に大当たりだ。
「おいおい、俺らが怒られるぞ。落とし方が悪いとクレームがつく」
「こっちがあの女を出すから予言を裏で実行してもらえるはずだっただろ? 今回はどうするんだよ。今からでも拾いに行くか?」
「死んでるから無駄だろうな。川はダンジョンへ向かって流れている。モンスターの餌か、夜は凍え死ぬかのどっちかだ」
「盗賊に捕まった方が慈悲だったかもしれないな。サムザームの風って死ぬほど寒いんだろ。まったく不幸なことだ。聖女も俺らも」
「盗賊の件はどうする。新しい女をあてがうか。新しい聖女にはさっそく予言に失敗してもらうか?」
「次の処刑は早くて3ヵ月後になる。別の方法だな」
「女なら誰でもいいと言っていたが……子供ならさらいやすいな。しかし、子供を捨てる親でも探すのか?」
「難しいな。奴隷商人から買うのも高い。まったく、何ヶ月もかけてあの聖女の罪を仕込んできたのに、最後に大馬鹿しやがったなあの女は」
「そりゃあ、聖女なんだから加護があったんだろ?」
「インチキな神の加護が?」
悪そうにガハハと笑い合った。すごい光景を見てしまった。教会の悪だくみに、オウレンはだまされていたらしい。
俺はオウレンに聞いた内容を話していく。
「なにかおかしいとは感じていました。やはりそうでしたか……」
「……とりあえず、今晩は泊まっていけ。夜は外に出るには冷えすぎる」
「ご主人さま、女だから駄目って言わないの?」
「今日はいいんだよ」
「お気遣い、ありがとうございます。泊めさせていただきます」
さすがにあの光景を見てしまったらいくら女嫌いでも追い払えはできない。好き嫌いと心のあり方は話が別だ。
というわけでオウレンにクマの着る毛布 (白)をプレゼントした。クマは大人用なのだ。オウレンは『これ、いいですね。脱げなくなりそうです』と言ってくれた。よく分かっているじゃないか。クマの信者が増えるのは良いことだ。
そして夜になった。例の冷え込むベッドタイムである。俺は中央に仰向けに寝て、右側にいるイチイに腕枕してる。オウレンが俺から見て左にいて、俺に体を寄せて寝ている。
俺はちゃんと眠れたのだが、ときどき感じるオウレンの双丘の柔らかさで、夜中にビクッと目が覚めてしまった。ふと、イチイと目があった。こいつも起きていたようだ。
「なんだ、ねみぃ……。イチイ、どうしたんだ?」
「ご主人さまぁ……」
そのイチイの声は涙でにじんでいた。泣いていたようだ。
「怖い夢でも見たのか? ほら、こっちに寄れ」
イチイはしがみつくように俺の胸元にぎゅっと顔をうずめた。
「奴隷になった日を思い出したの。お父さんに、売られて……」
親に売られたというのは子供にとっては衝撃的な記憶だったのだろう。
しかし、売られるといっても、口減らしとか、まぁイロイロあるよな。一概に悪いことではないと思うのは、日本の記憶があるせいで平和ボケな贔屓をしているからだろうか。
「そうか。お母さんはどうしたんだ」
「お母さんは……。その…………」
言葉を濁された。かなり重たそうな話になりそうだと直感した。
「メッチャねみぃなぁ。言い辛いなら何も言わなくていい。早く寝てろ」
こういうのはイジイジ考えるよりも、寝るのが一番だと感覚的に分かっている。たまに思い出すのが苦しいだけで、朝日を浴びながらスッキリ起きて、ウマい朝飯を食えばわりと元気になるものだ。そもそも自分の中に答えが無いから悩んでしまうわけで、つまり考えても答えが出ないものを悩むだけ苦痛なだけだ。答えがないことを苦しく思ってつい考えてしまいがちになるが、時間が解決する類の物ならば悩むだけ損である。
俺はイチイをあやすようにぽんぽんと撫でたあと、優しく抱きしめてやる。
「えへへ……。ご主人さまぁ……」
どうやら俺のぬくもりに安心したのか、にこやかな顔で静かに寝付いた。
「優しいのですね。女性を苦手と言っていましたのに」
「おまえ、起きていたのか……?」
「ちょうどさっき起きたばかりですよ。心が広い方で、素晴らしいです。ちょっぴり感動しちゃいました」
「俺を何だと思っているんだ。物事の好き嫌いとは話が別だ。やらなきゃいけないことの分別くらいはついているさ」
「そうなのですか。じゃあ、失礼しますね」
むぎゅっと抱きついて甘えてくるオウレン。俺の体にオウレンは全身で張り付いて、俺の足を挟むようにオウレン自身の両足を絡ませてきた。
「じゃあって何が!? おまえ……っ! なんてことを……!!」
「イチイちゃんばかりズルいです。わたしのことも、ぎゅってして、ナデナデしないとダメですよ」
「大人げないからよせ……! せっかくコイツが寝たのに……!」
「それはオトナ幻想を持ちすぎです。オトナなんて、時間が経った人間なだけなのです。しょせんは人間なら、当然に甘える権利も大量にあるはずなのです。神が言っていました」
「神って、おまえの宗教はインチキだっただろ?
「神は言っています。イジワルしちゃうと、地獄逝きの刑だと……!」
ヤバイ!? ついに俺は破壊神に殺されるのか!?
「う、腕枕で……妥協してやる……」
だからその武器をこっちに向けるのはよすんだ。
「やっぱり優しいですね。むふむふ、よいしょっと」
オウレンは自身の背中を俺にすり寄せながら、俺の肩口に頭をのせる。そして俺の腕をぎゅっと抱き枕にしてきた。
ヤメロ! 俺の腕を挟んでいるやわらかい感触はナンダ!? それ以上は危険で良くない! 潰れちまう! 俺の魂がトマトみたいにグチャってなって飛び散る!!
「はぅ……、なかなか素晴らしい心地です。こういうのって、意外といいですね」
「くぅ……。ほどほどにしてくれよ」
まあ、今日のところは勘弁してやろう。オウレンは、表面上は平然としているが、信じていてずっと仕えていた宗教が突然になくなったのだ。心の支えが唐突に無くなって、ショックが無いわけはないだろう。
「むぷぅ……。ほどほど、ですか」
ほどほど、というのが気に入らない回答だったようだ。
オウレンが、むむっとした顔で、ほっぺたをぷぅっとふくらませた。ワザとらしくておおげさな表情。しかし、むしろわざとらしさという体裁で、本当は裏に隠している本音があるのではと思った。
例えば弱っているイチイを助けた今の俺にその本音を伝えると、それが負担になると分かっているのかもしれない。こちらに慈悲があると分かっているからこそ、負担を理解している大人だから素直な言葉で表すことができずに遠慮しているのだろう。
おどけたようにオウレンが言う。
「イチイちゃんとは対応が違いますね。ぷんぷんですよ」
「気が向いてないからな。気が向いたらそれなりにやってやるよ」
「じゃあ、いつ気が向いているか分からないので、毎日、ずっと挑戦しちゃいますねっ」
「はいはい」
「あれ? はいって言いましたね。怒るかと思ったのに」
「別に。言ったからにはお前のことも守るさ。覚悟は決めている」
戸惑ったように黙りこくるオウレン。顔は見えないが、耳が恥ずかしそうに真っ赤になっているのが分かった。俺の体にくっついていたオウレンの背中が、もぞもぞと遠慮がちに遠ざかった。
「うぅ……。やっぱり、離れたら寒いです」
「なにをやってるんだよ。俺のそばにいろ。ひとりだと寒いだろ」
「えへへ。今の、ちょっとだけキュンとキました」
「馬鹿を言っていないで寝ろ」
「はーい」
再びピタッとくっつくオウレンの背中。ときどき俺のぬくもりを確かめるように、抱き枕にしている俺の腕にそっと頬ずりしながらオウレンは眠った。
◇◇◇
そして朝になった。俺は何を食べようか2人を眺めながら悩んでいる。
「やぁー、もうっ。イチイちゃんってかわいいー!」
「むぐぐぅっ! くる、しぃっ」
オウレンがイチイを抱きしめている。正面から抱きついた身長差のせいで大きなおっぱいがイチイの顔を押しつぶしている。やはり初見で俺を昏倒させたあのおっぱいは危険なようだな。おっぱいは世界から禁止すべきだと思う。
というかおまえ、俺が保護するつもりだと話したから素を現しやがったな。初めて会ったときと性格が違うぞ。
「やっ、やめてよぉ!」
「えー? だってこんなに可愛いすぎるなら、仕方ないですよぉ」
「降参だからっ! ちょっと待って! やぁ――っっ!」
「えへへ。嫌がっているのもかわいー!」
そう言ってイチイに頬ずりするオウレン。マジですげぇ。元気が高ぶりすぎているイチイにまいったと言わせるなんて、パネェやつだ。イチイを抑えるためにも、やはりスカウトした方がいいだろうか。しかし、あのおっぱいは破壊力があって危険すぎる。
オウレンのくりくりした瞳が俺を見上げてくる。
「どうかしましたか?」
「いつの間にかイチイと仲良くなっていたな。なかなかやるな」
「ふふっ、そうでしょう?」
「うう。恥ずかしいよぉ……」
イチイはオウレンのひざの上で抱っこされていた。後ろからぎゅっと抱き着かれて、頭のワンコ耳をオウレンがもふもふと遊んでいる。
オウレンが、にこにことやわらかく笑いながらイチイを撫でる。イチイは顔を真っ赤にして恨みがましくオウレンをにらみつけているが、撫でる手を振りほどいてはいない。
「ふと思ったのですが、戦力が無いならぬいぐるみに武器を装備させてはいかがでしょうか」
「なるほど。機転がきいた面白いアイディアだな」
「聖女ですからそれなりに世渡りしてきましたので。棍棒や、無ければ動物の骨でも十分に脅威になると思いますよ」
「骨か。『食材の権利』でなにかあるか……おっ、『カジキの鼻っぽい尖った部分』が1Pで買える。注文するっと。……届いたぞ。これならどうだ?」
「良いかもしれませんね。ぬいぐるみに敵をなぎ倒す腕力は無さそうですので、突き刺して戦わせるとても理想な形です。少し言っただけなのに、すぐに思いつくなんて。素晴らしい着眼点ですね、感服です」
「いいや、オウレンが言ってくれなければ思いつかなかった。おまえの方こそ感心するぞ」
「時間だけはたくさんありましたからね。聖女のときとは違って、今は仕事もありませんでしたから」
「それでも思いつけることがすごいのさ。素直に感心するよ」
誉め返すと、ふにゃふにゃとオウレンが笑った。
「まあ、何もしないのも悪いですし。考える時間を下さったからこそです。だから、え~と。その……だっ、旦那さまのおかげですよっ!」
「ダンナって……。ドキドキして胸が締め付けられるから止めてくれないか?」
胸が痛くなる。ストレス的な意味で。モジモジしながら言ってきたから、なおのこと破滅的な攻撃力があった。
オウレンが、ふふふっと笑いながら顔をもっと赤くして、何かをごまかしたようにプイッとそっぽを向いた。
ちょっと待て!! 何をごまかしたの!? 何をたくらんでるの!? めっちゃ怖いんだけど!! 俺もおっぱいで殺されるの!?
イチイが隙を見つけた。オウレンの腕からささっと脱出する。逃げるように俺の背中に隠れた。
「ふぇ~ん! ご主人さまぁ……」
後ろから抱き着いてくるイチイ。よしよし。怖かったな。俺もだぞ。アイツ、マジでヤバイやつだ。でもイチイ、怖いからって俺に抱きつくな。女嫌いなの知ってるクセに、ぎゅっとくっついてくんじゃねーよ。
「うう……。ご主人さまは、あのお姉さんをここに置いておくの?」
涙でウルウルしながら、上目遣いでこっち見るな! クソッ。昨日の夜を思い出したから振りほどけねぇ!
イチイの質問を答える前に、俺の頭にホミカが乗ってきた。
「ストレスがマッハで死亡しないですか? マスターさんの『無限・ゴマ団子 練成』のスキルが気に入っているので、死んだらホミカは困っちゃいます」
追い出す気は無い。大人の目線からの常識を知っているというのは、女から逃げ回っていた結果、浮世離れしてしまった俺に足りない部分である。それに頭も働くようなので、決して悪い人材ではないはずだ。あとクマの信者だし。
そういえば昨日のぬいぐるみ経由で街の名前を確認したところ勉強で覚えていた町の名前だった。記憶によれば地理的にダンジョンの向こう側は雪山だったはず。つまり、オウレンの行き場は無いわけだ。行き場が無いのを分かっていて追い出すのも気が引けるし仕方ないだろう。どうやらスカウトすることになりそうだ。
あとホミカ、俺のスキルはそれじゃない。
「いま思いついたが、ホミカ。お前はニートをクビにする」
「ニートなのにクビってなんですか! これ以上の無職になれと!? どんな極上の無職なのでしょう。胸がハイパー熱くなりますね!!」
ランダムガチャでイチイが出した『ワンボックスのスキル』を与える。ホミカは理由をつけて動かさないと、マジで働く気が無いのだ。ワンボックスには『カジキの鼻っぽい尖った部分』を150個持たせる。細いから折れると思うので、ぬいぐるみに装備させたカジキの剣の補給係りとして働かせる。
突然にダンジョンマスターの勘がピンときた。バタンと扉が開かれる。
「あっ、白いの。クマが増えてる……!」
そして体がムキムキッとなって、バリバリッとクマが破れた。ふり向くとドアを開けているけしからん幼女がいた。
「おまえ、なんというやつなんだ……。一度ならず、二度までも……!」
体中に怒りの力がみなぎり、全身から大量のエネルギーが噴出する。
「昨日、お母さまに宝箱が少ないって怒られてしまいました。だから、ダンジョンに眠る秘宝。今日こそ、いただきにまいりました!」
「うるせー! これが、クマー2世の仇だァァ――!」
「きゃうっ!」
今日はネギを投げつける。けしからん幼女にグシャッと当たって倒れた。
ネギが縦に潰れたのなんて初めて見た。まったく昨日の今日とは、神経が太いやつだ。本当にけしからん。
NEW!
――投擲のスキルを獲得しました――
「はぁ? なんだこれ?」
スキル
投擲
投げた物のダメージが通常時よりも1.2倍に上昇する。
「……どうやらスキルを覚えたらしい」
「旦那さま、おめでとうございます!」
「ご主人さま、すっごい! どうして簡単に覚えちゃうの?」
「きっと加護のおかげだな」
マッスルの方じゃねーからな。クマの方だからな。
「ん? なんかあったのですか? あむあむ」
「ホミカ、ゴマ団子を食ってんじゃねーよ。どこに隠してたんだよ。あと、今のは誉める流れだろ」
「分かってないですねぇ、マスターさんは。では、みなさんに問題です。マスターは食べられません。ゴマ団子はおいしいです。どっちの方が大事ですか?」
「えっとねぇ、おにくー!」
「正解です♪」
「選択肢にないのに!? 詐欺すぎる!」
「ふふふっ。楽しい場所ですね。教会にいた頃よりも笑っている気がします」
イチイにけしからん幼女を浴場へ連れて行かせる。水でもぶっかけてやれば起きるだろう。年齢が近そうだし、そのまま風呂に仲良く入ってしまえ。ちょうど2人が風呂に上がったら朝飯にしよう。
◇◇◇
風呂に行った幼女2人を待って、朝食を食べることにする。
今日の朝飯は洋風だ。全員で海老グラタンを食べる。チーズの香りとホワイトソースがからんだアツアツのマカロニが旨い。口の中でとろけるグラタン特有の甘さと、海老のエキスが溶けた旨さが癖になる。
「あちっ、あついっ! はふぉぉ――っ!」
「イチイちゃん。たくさん口に放り込むと火傷しますよ」
「甘いぞ、オウレン! アツアツの出来立てを楽しむのが、正義じゃないかよ! レンジで、出来立てなんだぞ! 火傷なんか上等だ! イチイ、ぜんぶ喰らいきってやれ!」
「ほうばるのが、じゃすてぃーす! あちちっ、はほぉふほっ」
「うん、おいしいね。いろんな具が乗っていて、チーズもなんでも入って、とてもぜいたく!」
けしからん幼女が目をキラキラさせながら食べている。昨日の中華よりもフォークのすすみがいいな。ほら、貧乏なんだからもっと食べてもいいんだぞ。というか本気で食ってくれ。うっかり業務用を呼んでしまい、1セット10個入りのやつが出てきてしまったのだった。
「ほぉー、なかなか。すぃーとぽてと、おいしいです☆ んふふ~、ゴマ団子といい勝負なのです♪」
しかも、ホミカは戦力外どころか、別競技をしているし。
「ご主人さま、おかわりー!」
「えっと。あの……もう少しだけ、いただいてもいいですか?」
「あら、わたしもいただこうかしら」
「マスターさん、次はゴマ団子ですよ♪」
「それはいいが、さっきの量で出るぞ? 食べ切れるのか?」
「だいじょーぶ! ご主人様の料理、すごくおいしいからペロリと食べれちゃうもん」
全員からオーケーと返事が来たのでまた極意を発動させる。机の上に10個入りのグラタンが落ちてきた。ゴマ団子は6個入りである。
こうして食べたのはいいが、出したからには残したくないわけで……。結論を言うと、みんな食べ過ぎた。特にけしからん幼女は重症だ。最後1つを誰も食べれなくてずっと残っていたら、けしからん幼女が無言で食べてくれた。いい子だなあと思った。
今度から名前で呼んでやろう。えーっと……、こいつの名前、なんだっけ?