機動:数十年越しのリベンジができた件について
暴力的な地響きと共に襲い掛かるモンスター。その死体から生まれる大量の悪鬼が押し寄せる。死者蘇生した悪鬼は数があるだけに一度でもさばくことを失敗したなら、一瞬でなだれ込んできて殴殺してくるだろう。
「そこ、邪魔。フッ――!」
キキョウがモンスターと悪鬼を同時に両断する。戦闘を開始してそれなりの時間が経っているが、その挙動にはまったく乱れを感じさせない。
「苦戦、か……」
こぼれた独り言に対して、アマチャからの返事はない。四方八方からの連続戦闘で、転戦してしまったようだ。しかし、キキョウは別れたことを悲観していない。むしろ、この程度くらいならアマチャの単独でも生きていられるだろうと楽観的な感情すら持ち合わせていた。
「見つけた。すぅ……、ハァ――ッッ!」
キキョウはモンスターと悪鬼の群れの中から紫影の姿を目ざとく見つけた。
ひと息を吸って精神を整え、魔力(MP)を消費した斬撃を飛ばして、遠距離から紫影へ攻撃を仕掛ける。
「またアンタか。馬鹿なのか懲りないヤツだねえ」
紫影は魔障壁を張る。魔障壁を割るが、斬撃は相打って消えてしまった。先ほどから紫影を追っては攻撃を仕掛けているが、湧き続ける敵のせいで精度に欠けた攻撃しか出来ず、その攻撃をもってしても紫影に防がれてしまう。
紫影自体がそこそこ強く、際限なく湧き続ける敵兵のせいで、同じ応酬の繰り返しとなっている。しかし、精度に欠けるとはいえキキョウの攻撃を防ぐことが出来るほどの実力を持つ紫影を無視することはできない。よって悪鬼を生み出す大元である紫影を牽制するためキキョウは攻撃をしかけなければならず、結果として深刻な無限ループに陥っていた。
もちろん、なんの奇跡か偶然に援軍が来るなどしたら話は別だが、それは期待できない状況である。もはや紫影に勝つ方法はモンスターを倒し尽くすことしかない。空から降ってくるモンスターを撃破し、その悪鬼として生まれ変わった撃破したモンスターをさらに倒す。とことん倒しつくして、紫影を撃破することしか道はないようだ。
どれだけ多くの数を撃破できるかという問題となると、町人達の活躍も戦況に関わってくる。拠点を守る彼らはどれほど倒すことができるだろうか。
◇◇◇
時間はほんの少しだけまえになる。
襲撃してくる大量のモンスター。町人たちは槍を手に取りモンスター達と戦闘していく。
「おらァッッ! 人間サマの魂を見せぇや! ここが踏ん張りどころじゃ!」
ポンコツ丸が背中に装着したジェットで空を飛んで町人の戦意を鼓舞させる。
「くたばれやァ――ッ!」
腕が変形して黒鋼色の筒先になる。マシンガンもかくやという勢いで爆音を連射してモンスター達を屠っていく。町人達も負けてはいられないと、喊声をあげてモンスターを攻撃していく。
「北の方角! モンスターの群れがおる。討伐隊A、出動じゃァ!」
ポンコツ丸は自身に内蔵されているレーダーを駆使して、熱源を察知して伏兵を片っ端から倒す指揮をとる。冷静に判断ができるのは、機械ならではの長所といえよう。
これならいける。ここにいる誰もがそう思った。空から降ってくるモンスターの数は衰えないが、決して負けているわけではない。むしろ、圧倒的な数が襲いかかってくる防衛戦にも関わらずに、敵と拮抗しているという事実こそが非常識である。
どうしてこんな異常事態になっているのか。それは、町人に訓練をつけたのがギルドマスターであり、コウカを含めた冒険者達であったからだ。
なにせギルドマスターを含めた彼らは、モンスター討伐のプロである。モンスターのことは知り尽くしているがゆえに、行動パターンや、攻撃を経験として熟知していた。結果として、町人にとっては今回の戦い限定で最適な教師を得ることが出来たといえよう。
これが対人戦での話なら、人は欺くことを仕掛けるので、相手の裏を読んだ上で、さらに裏をかいた行動を考えねばならない。しかし、モンスターは感情的に攻撃してくるものが多いため、短期間であっても指導が可能だったのだ。
そしてポンコツ丸の援護が士気の向上に貢献している。町人からしてみれば全身が鎧に包まれた大男が、空を飛んで援護しているのだ。驚くような見栄えも、そして圧倒的な戦果も、一緒に戦う上で心強い事この上ない。さらに、自分達の町が危機にさらされている状況ならば、否応なしにも士気は上昇していくだろう。
これらの複数の好条件が重なって、町人達はみるみると士気が向上し、訓練以上の力をもってモンスター達を倒していった。
「よっしゃ! ええで、ええでよ! このままカチ込めェ!」
『おおぉぉ――ッッ!』
さらに幸運なことが起こっていた。それは、偶然に援軍がいたのである。それは深淵の森のダンジョンに元から住んでいるモンスター達であった。住処が戦場となっている彼らも、空から降ってくる外敵を倒そうと奮闘している。
全ての幸運が重なったこの状況。決して負けることなどないと確信すらできる状況を守り抜こうと、敵モンスター達の群れを押していく。
「んん? こりゃァいかん……!」
最初に気付いたのはポンコツ丸だった。圧倒的な魔力の波が押し寄せてきて戦場を包み込んだ。包み込まれた戦場にいた町人達は、みなが鳥肌を立てた。なにか危険なものが来ると、本能の領域から身震いしたのだ。
「こいつは、たいぎぃことになりそうじゃのぅ……」
モンスターの死骸から、ほの暗い光が浮かび上がった。大気中のマナをかき集めていき、輪郭が出来ていく。それは悪鬼となった。ついに町人たちのいる領域にまで、紫影の魔法が侵食し始めたのだ。
『ウ゛ウ゛ゥゥオオ゛ぉぉ――ッッ!』
次々に悪鬼が雄たけびを上げて生まれていった。
「なんじゃありゃ。よいよエゲツない茶番じゃのぅ。敵もケツに火ィ点いて、本気になったようじゃ」
紫影が狙っていたのは、ちょうどこのタイミングであった。
モンスターに勝てていたのは決して町人が強くなれたわけではなく、茶番でわざと負けていたのだ。一気に復活するモンスターで、瞬間的に数を増やす戦略だったのである。
「おらァ、もっと気合を見せぇや! ここが正念場じゃァ!」
『おおぉぉ――ッッ!』
一気に勝機が曇りがかった。戦況が変わって町人達の士気が低下して、動きが防御的になる。ここで攻める動きを止めてしまえば、町人達は押し負けてしまうだろう。
そして、復活したというのが大きな問題である。例えば、毎分15体のモンスターがやってくるとして、町人達が毎分ですべてを倒していたとしよう。先ほどの拮抗しているというのはこのことである。しかし、紫影によって敵は復活したのだ。なので、いま戦っているのは、毎分15体のモンスターにプラスして、復活したモンスターの数である。復活したのは倒した数であり、追加で15体どころでは済まされない。瞬間的に、十倍以上の戦力差となって戦況をひっくり返してきたのだ。
はじめから復活する魔法をかけて戦うのではなく、町人勢力を押し潰すために一気に死者を生み出して戦う紫影の戦法。外道ではあるが、この戦況を見ればたしかに有効であった。
これでキキョウかアマチャが町人達と合流して戦えたなら、町人達は奮起してこの困難を耐えることができたかもしれない。しかし、2人は最前線で紫影と対峙しており、町人達を助ける余裕など無かった。
それどころか、紫影自体もモンスターを引き連れてでありながらキキョウと戦えるほどの実力者であるため、むしろキキョウとアマチャが紫影を抑えているからこそ、幸いにも困難という言葉で表せる程度の状況で留まったのである。
2人がいなければ、町人勢力は一気に壊滅し、すぐに拠点は制圧されていただろう。
「……ん、おぉ? 弾、切れか!?」
復活した敵を殲滅するため、広範囲で銃を使っていたが弾を切らしてしまった。
その隙を悪鬼は逃さない。生きるもの全てを呪う執着心により、ポンコツ丸を引きずりおろしにかかる。
「こっち来んなや!」
伸ばされた手をドリルでねじ貫くが、上空の種が割れてモンスターが襲来する。敵の物量が多いために、気を抜いた一瞬でピンチに陥ってしまった。
「こりゃぁ、終ったかのぅ……」
今回の戦いで一番に撃破数を稼いでいたポンコツ丸。町人にとってみれば戦いのシンボルとなる彼が、眼前で敵の大波に飲まれようとしている。
その瞬間、白い影がはためいた。
中心に赤丸が描かれた真っ白なマントをはためかせるその姿。カジキの鼻先を剣のように構えたテディベアだった。
テディベアがモンスターを叩き落とす。身軽な体を駆使して、縦横無尽に戦場を駆けていく。
「…………!」
しかし、戦況は変わらない。テディベアは黙りながら苦く噛みしめた。今まで過ごしてきた場所が戦場になっているむなしさや、負けてしまうかもしれないという切なさ。こみ上げてくる感情を剣にのせてモンスターを掻き切っていく。彼は胸の内で言葉を吐いた。
――また、争いをしなければ守れないのか、と。
彼は、戦争は良いものではないと考えていた。簡単に言えば、戦争は暴力によって奪う行為であり、ワガママな子供が力で奪うようなそれと一緒である。いわば行儀が悪い行為であるが、問題なのは『ただ、それだけ』という事である。
大人になるにつれてしたたかに生きる人間が増え、『行儀が悪いと口で咎められる程度で済むなら、得をするからやってしまえ』という考えをもった人間も出てくる。そして子供同士の暴力なら大人が制裁できるが、大人同士どころか国家の暴力となれば動きが大きすぎて誰も制裁できない。なので、戦争が起こったときは口先だけの善を叫ぶのでなく、程度の差はあれども抗争で抵抗をしなければならない場面があるというのも感覚的に分かっていた。
たとえば今の争いは武力を用いた正当防衛であり、武力で抵抗しなければモンスター達の群れによって一瞬でこの地は焼け野原になっていただろう。ただ守るだけなら、攻めてくる敵は増え続けるだけで負けしか未来はなくなってしまう。このように戦争しなければいけない事態もあるから、一口に戦争は悪いとは言えないとも思っている。
だから彼は悩んでいた。その戦争すべき線引き。『いま、戦争をするか』をだ。
「…………ッッ!」
ひとりの町人が倒れたのを見て、彼は息を呑んだ。
モンスターは狂気を振りまいて襲うため、狙った敵は老若男女を問わない。
剣戟と悲鳴。雄たけびと絶叫が共に混じりあう。
「まだまだじゃ! 押し返せェ――!」
『おおォォ――!』
吼え猛る人間達の群れ。拠点を守りきらんと、小屋を中心に並んでいる人間の円が押し返していく。
しかし、無情にも敵の炎の魔法攻撃が飛んできた。5人の小隊がまるごと吹き飛ばされた。そこにモンスターの群れがなだれ込む。
「させん! ここは、我らの居場所なんじゃ!」
ポンコツ丸がモンスターをドリルで貫く。補うように、町人達が穿たれた円陣を組みなおしていく。
だがそれは、円の防壁を直しただけで戦力の補充ではない。全体的に薄くなった防御陣。次々と倒れていく人間達。誰かを守ることが出来ない戦争とは悲劇である。
守りきることが出来なかったという志半ばの無念の死。ならば、その死に安息はない。ただ、辛い思いを抱えて死ぬだけである。
「…………ッッ!」
彼が見守る中で、また人が倒れていく。願いや、祈り。善行や、悪行も含めて、全て平等に死んでいく。ただそこにいたという理由だけで、人間は戦場で簡単に死ぬことができるのだ。
なぜならば、戦場にあるのは、ただ力を持ったものがそれを行使するかどうかである。
ゆえに、いま彼が行使すべきなのは愛情で手を差し伸べることでなく、敵を打ち倒すための武力を手に取り戦うことである。
「…………!」
また目の前でひとり人間が倒れた。それは、彼にとって顔見知りの人間だった。名前は分からない。話したこともない。だが、彼の主人が祭りに呼ばれたときに、露天で主人に食べ物を売っていた人間であった。
見殺しにしてしまった。力をふりしぼるすべは、前から知っていたはず。できることがあると分かっていた。しなかっただけで、臆病者だった。躊躇していただけなのだ。
彼は胸の中で寡黙に話す。
いつまでも、同じだったから答えが見つからなかったのだ。決めていれば、もしかしたなら違ったかもしれない、と。
「――ッッ!」
今こそ、懺悔を報いるとき。これは数十年前の悲劇をくり返しているだけではないだろうか。傍観するだけでは何もつかめずに、失い続けることだけ覚えてきた。
ならば、いまこの瞬間、自分を変えよう。自分の『本当の姿』に生まれ変わるのだ。
――その瞬間、全ての時が止まった。
『我ハ 全テヲ 力デ 奪ウモノナリ。故ニ、次ノ世代ノ 人ノ子ラ ニ 告グ』
陣風が吹きぬける。それは潮風のように鼻をくすぐる優しい香りであると同時に、森の木々を荒々しく揺らす力強さを持った突風だった。
『汝ラノ世代ニ 血生臭イ 日常ヲ 持チ越サセナイ。ソレヲ 継グ権利ヲ 全テ 奪イ尽クソウ。
汝ラノ世代ニ 鉄火風雷ノ争イヲ 持チ越サセナイ。ソレヲ 継グ権利ヲ 全テ 喰ライ尽クソウ。
汝ラノ世代ニ 鮮血デ 穢レル権利ヲ 許サナイ。穢レタ真紅ノ雨ヲ 浴ビルノハ、我ダケデ 充分ダ』
潮の香りが森の奥地に吹きぬけるというありえない事態。渦巻く旋風の中心に、あのテディベアが立っていた。
『我ハ コノ命ヲ 差シ出セル権利ガアル幸福ヲ 喜ボウ。我ノ命ガ 未来ノ礎ト成ル ナラバ、人ノ子トシテ コレ以上ノ 幸セハ 存在シナイ』
町人やモンスターや、悪鬼までもあまりの突風に立ち止まってしまう。
全ての生き物が目を閉じてしまうほどの荒々しい風の中で、その呪文が呼応する。
『故ニ、コノ身ヒトツ、戦場ノ鬼トナリテ 修羅ノ海ヲ 駆ケヨウ。汝ラニ降リカカル 全テノ 恨ミヲ、我ノ 力デ 奪イ尽クソウ。
汝ラヘ、永久ノ 幸セヲ約束サレルナラバ、我ハ コノ歴史ヲ 以ッテシテ、神風 ト 成ルト 決意シ尽クソウ。
汝ラニ、永久ノ 幸アレ。
超越覚醒 ――大日本帝国・国歌聖勝』
さらに風が力強く吹きぬけ、やがて止んだ。町人やモンスターがおそるおそる目を開けると、そこにあったのはいつもの森とは少々おもむきが違った形になっていた。
森はある。木々も倒れていない。だが、森として決定的に変化していた。
それは一面に咲いている真紅色の彼岸花。地上は血液を連想させる紅色の彼岸花の大海原と化していた。
その紅の地の中央にあるのは、巨大な砲台であった。全長18メートルの砲塔。大雑把な言い方であるがマッコウクジラと同じ程度の、それの見あげた高さには威圧感が測り知れない。ただただ無骨であり、機能美のみを追求した巨大な鉄塊。
それは歴史的に最後の大艦巨砲主義の戦艦。砲塔重量 2,760トン。世界最大級の戦艦の『大和』の砲塔であった。
大和が沈むときが日本の沈むときであると言われるほどの超戦艦。それは戦争の象徴であった。
いつに終戦するのか分からなかった。それでも未来のためにと、終らない地獄への進軍を続けてきた英雄達の意志の象徴。そのてっぺんに、するすると布が昇っていき旗印となった。それは彼がマントとして愛用していたもの。イチイの作った不恰好な日の丸が掲げられたのだ。
大空にゆらめく旗印。それは愛するべきダンジョンに住むものたちのためであり、再び掲げる象徴を作ってくれた彼女のためでありながら、森に住む動物達のためであり、町人のためであり、征服しようとする悪事を裁くためであり、ゆえに世界のためでもある。掲げられた旗は戦時に背負った日の丸ではない。ゆえにこれは、借り物の希望の戦艦の再戦なのだ。
戦艦大和は、生まれてこれまでに全力を一度も出すことなく散っていった幻の戦艦である。最初の戦いのミッドウェー海戦において出撃は中止され、続くレイテ沖海戦でも作戦を追行することなく終わってしまう。ずっとまともに戦いに参加することは出来ず、ほとんど運用せずにして無残にも散ってしまった戦艦である。
不名誉を背負い続けている理論上最強の戦艦。戦わずして散っていった悲劇の戦艦。この時を以ってして、全力を解き放つ大儀が得られた。
『覚悟ハ 出来テイルカ、下郎ドモ』
この鉄塊は、戦いを終らせる願いを以ってして生まれてきた最終決戦兵器である。ゆえに、今、終らない地獄をここに終止させよう。70年の時を越えて、歴史が稼動する。
『コノ魂ニ、貫ケヌ物ハ無シ。―― 四六センチ砲・三連!』
大轟音が連続発射される。大気の壁ごと貫き潰し、大地ごと吹き飛ばし土砂の波濤を起こした。全ての脅威を薙ぎ払っていく。
大和の砲撃に耐えられる物など存在しない。当時において、おそらく全ての戦艦を貫き通し得たと言われている人類史上で最強の砲撃。それがどれほどかと単純に述べれば、1.4tの爆薬を詰めた砲弾が、音速以上で飛翔してくる威力であると言われれば察することができるだろう。
「負ケラレナイ。背負ッテイル命ガアル限リ。ドンナ代価ヲ支払ッタトシテモ!」
それは彼自身の魂を削る砲撃であり、帰り道などなくていいと詠ったカミカゼの精神と似た象徴が具現化したものであった。
それは、自暴自棄の果てではなくて、テロのような主張ではなくて、気高き精神である。国のために命を投げた英雄の魂。母と父を育てたのは国である。ならば世話になった親のために命を賭けることが不浄でないならば、国のために戦うことも不浄ではないはず。
守りたい国に青春があった。守りたい国に家族がいた。守りたい国に恋人がいた。守りたい国に積み重ねた歴史があった。ゆえに彼らは死を厭わない英雄となる決意をした。
しかし世界は、決意だけで変わるものではないのも現実だ。期待に応えられずに散って逝った魂たち。枯れるほど流した無念の涙。その一滴ずつは小さな気持ちであるが、それが数多に集まって出来たのが彼の基盤となった魂であった。
守りたいものを守護する。生きている上で、これ以上の魂の輝きは存在するだろうか。愛するものを守る誉れを胸に、再び自身の魂を削る砲撃が発射される。
『うおおぉぉ――! やってやれぇ――!』
絶望に伏していた町人たちは、次第に戦艦を応援しはじめた。彼は生まれて初めて絶大な支持を受けた。彼は護るべき人たちの声援を背負い、自らの生命を削る一撃が続けていく。
砲撃という名の彼の雄たけびが戦場を震撼させる。世界最強の大砲を放つたびに、彼の意識が薄れていく。だが、たったひとつの命で、数百の敵を一気に屠るのだ。戦いの原則を根底から覆す圧倒的な力で全てを破壊し尽くしていく。
どんな大きな敵でも、彼にとっては全てがただの的に過ぎない。モンスター達はなすすべも無く吹き飛ばされていった。
掃討はすぐに終わった。数千数百いた敵もその超弩級の威力の前に呆気なく瞬殺された。ほんの少し前までの苦戦など、泡沫の夢であったかのように、モンスターのいない静寂な世界に戻っていった。
『やったぞ! モンスターを討伐できた!』
『これで救われたぞ! なんということだ! 奇跡が起こったんだ!』
『俺達の町も、村も、ダンジョンも、ぜんぶ守ることができたんだ!』
それと同時に彼の魂が底を尽きた。勝利に喜ぶ人たちを見送った彼は、魂が宿っていた元のテディベアの姿に戻った。
テディベアが森の奥深く、静かに木々に引っかかる。誰も拾いにいけない場所。だからこそ、これが血を被った自分にはお似合いなのだろうと自嘲する。
力を使った行為。これが正しいことだったのかどうかは分からない。いつだって結果が出るのは、今ではなくて未来なのだ。自分が動いたのは、単に消えていく命を放っておけずに、分からないなりに全力で取り組んできた結果である。
つまり、ある意味ではワガママを行使するために力を振るったのだ。ゆえに、誰も彼を悲しむ必要はないだろうし、哀れむ必要も無い。
ただ次の世代の人間が生き延びられるならば、自分の魂くらい好き勝手に悪者にしてもいい。そう思い続けて命をかけて戦ってきたのだ。
だが、それと同時にどうしてそんな気持ちが湧き上がってくるのだろうかという疑問も湧いてきた。人間として生きたなら誰だって敬われたい気持ちもあるはず。自分の死後の精神性も含めて、全てをささげる心。それは――
(ああ、分かった。わたしが迷っていたのは、戦争の正義ではなくて――)
誇り、富み、名誉など、そういった全ての重さを越える存在。
自身の全てを投げ捨てて、相手を全て尊重する。それでも足りなくて、全身全霊で相手を思いやり、相手が幸せだったらソレでいいと死後も含めてすべてを捧げる。
それは、愛しき思うゆえの行動。言葉で表してしまえば陳腐なものであるが、それは――。
(愛だったのか……)
戦争は愛があるから始まることもあるのだと彼は理解した。愛は十人十色のいろいろな形があり、全力の愛のぶつかり合いだからこそ戦争は止めることができなかった。正論をどれだけぶつけられても、ロミオとジュリエットのような世間という倫理的な正論の束縛に全力で反する人間達がいるように、正論よりも尊重されるその願いは愛そのものである。
(陳腐だが、悪くはない)
彼は愛の戦士としてやっと守りきることができたと、誇らしく笑った。
争いを美化するつもりはない。彼はただやらなければと思ってやっただけなのだ。ゆえに悲しむ必要はない。ただここに、愛の戦士がいたことだけを忘れないで欲しい。
木々が先ほどの闘争の風でへし折れて、テディベアが地に落ちた。彼岸花の花畑のベッドに彼は放り投げられる。
彼岸花の花言葉は『情熱』、そして『再会』である。今回のように一度来世があったなら、きっと二度目もあるかもしれない。そういった輪廻転生という考え方が日本には存在する。
再び立ち上がる誇りのマントをくれた少女を夢に見ながら、彼はしずかに息を引きとる。物を言わぬゆえに一番に目立たなかったが、一番に役に立った日本一のぬいぐるみ。彼はひっそりと英雄となり物言わぬ躯となる。彼岸花のベッドに安らかに英雄は眠った。




