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種なる正義が咲かせるもの  作者: 記野 真佳(きの まよい)
傍若無人なシニカル・ウォー
35/53

起動:ようやく目指したい夢を見つけた件について

◇◇◇



 殺到する魔弾。イチイとミーヌは魔力の大奔流に飲み込まれていく。


「やぁっ――! そこっ!」

「冷静に。はっ――!」


 白の魔弾の雪崩を見切っていく。あれから冷静になってきたイチイが鉤爪かぎづめで攻撃を逸らす。逸らし漏らした魔弾をミーヌが撃ち逸らす。


「ぐぅ――っっ! キツいっっ!」

「はぁ――っ、はっ――。なんとか、これで……!」


 しかし、1回逸らしただけでもかなりの体力を消費してしまう。咄嗟にとった連携であったが、初回で長持ちしないことを痛感した。それほどまでに竜の魔弾は強大なエネルギーを持っている。


「また来た! えいッッ!」

「そこッッ! おにいちゃんがいないから。わたしが、なんとかしないと……!」


 本調子で無いイチイが再び魔弾を打ち漏らす。ミーヌは冷静に魔弾を眺め、撃ちそらしながら観察する。


 まずは魔弾の性質から。白は非常に頑丈な性質のある魔弾で、黒は何でも飲み込んでしまう魔弾のようだ。これは竜の色の特性と同じようである。


 魔弾が動くタイミングは、竜の跡を見ていると分かってきた。白は外側の白に、黒は外側の黒に挟まれると、たとえミーヌ達のまわりにある色が何だとしても関係なく、挟んだ色の魔弾に染まって雪崩れこんでくるようだ。


 そして、ドラゴンの動きにはランダムのように感じた。現に、こちらピンチの場面でも回り道をしたり、こちらが構えていて避けられると思えるシーンで突っ込んできたりする場合もあった。あのドラゴンが意志を持ってミーヌ達を襲っているようではなさそうである。以上が、ミーヌが見出した法則であった。



 このミーヌの考察は正解に近い。これはオセロを媒体にした魔法なのだ。白と黒の魔弾はひっくり返った色のオセロの場所に反応して発動する産物だ。また竜たちの動きは白影と黒影のオセロの手筋の軌跡であり、置いた場所へ移動するという単純な性質である。


 ゆえに盤面さえ見ることが出来ればミーヌもドラゴンの進路や魔弾の雪崩を予測できるのだが、なにせ規模が大きすぎる。巨大な盤面に迷い込んだ小人にとっては、この世界を理解するには広すぎるのだ。

 よってどうしても無秩序に見えてしまう。そして無秩序であるからこそ怖い。ランダムに見えるから常に気を尖らせ、精神をすり潰していく。ただ常に竜に食い殺されないかと恐怖に怯えながら耐え続けるのみしか許されていない。


「イチイちゃん。次がくるよっ!」

「分かった! わわっ――!」


 魔弾の雪崩が押し寄せる。その余波だけでも体を押し流してしまうほどの風圧と、破壊力があった。


「ミーヌちゃん! 黒竜が来てた! 危ない!」

「えっ? きゃぁ――ッッ!」


 魔弾だけに気をとられてはならない。そこに存在する生き物は常識を超えた最強である。生物史上、最も超大なエネルギーを内包している存在。荒唐無稽に全てを力ずくで無に帰していく。通り過ぎるだけで発生する魔力を内包した波動圧。余波だけでもこれなのだ。全身が破壊のエネルギーに当てられて、細胞一片ずつが絶望を叫ぶ。こんな別次元の生物とは戦うべきではない。あまりの恐怖に脳細胞が沸騰する。魔力を内包した荒ぶる風圧に全身がきしむ。


「はっ――、はぁ――っ。危なかった……」

「ミーヌちゃん、だいじょうぶ?」

「大丈夫、まだ動けるから……。なんとなく、竜の動きが分かってきた気がしたかも」


 しかし、ミーヌはガンナーであり、戦場を俯瞰ふかんしてサポートすることが多い立ち位置にいる。オセロもとい黒と白の魔弾の様子を見て、移動や反撃することに関してはダンジョングループのメンバーの中で最も得意なのだろう。そして、イチイは本調子ではないが、素早さで翻弄して敵にダメージを蓄積させていく戦法をとっている。足が速いのだから当然に敵の攻撃を避けることなど造作もない。


「離れて! そっちに白竜が来るよ!」

「えっ!? わっ、弾幕も一緒なの!? きゃ――っっ!」


 ゆえに、相対的には有利なはずなのだが、結果はご覧のありさまである。


 それはどうしてなのだろうか。実のところ単純な回答であり、ようは力量差がありすぎるのだ。

 生物として暴力という分野を極めた最果ての生き物。シンプルに、体が大きいから強い、という方程式が当てはまっているのだ。ひどく当たり前のことながら、だからこそ崩すのが難しい。

 例えるなら、富士山という圧倒的な巨体を相手に、スコップひとつで崩すことは出来るのかという問いである。スコップは掘る道具であるため崩すことにおいては適正ではあるが、だからといって山を崩せる代物しろものではない。それと同じほどまでに竜とミーヌ達の力の差は果てしないものがあった。いいや、その例えも不適切かもしれない。なにせドラゴンはミーヌの弾丸が効かなかったのだから、正しくはダイヤモンドで出来た富士山に対して、鉄のスコップで立ち向かえるのか、といったところだろうか。

 2人はこの戦いで対戦する相手において、もっとも適した配置でありながらそれでも手に負えないのだ。


「イチイちゃん。魔弾が来るよ!」


 間一髪で2人は黒の魔弾を回避する。その光景を黒影と白影は嘲笑うかのように見下ろしている。


「かわいそうだね。避けるのに精一杯だね」

「精一杯だからかわいそうだね。これからもっと増えるのに」


 2人の避けた黒の魔弾が白へ変色した。思いもよらないタイミングで、今度は白の魔弾の雪崩が発生する。

 これは黒影と白影が2人を狙ったからというわけではなく、オセロをやる上でありがちな状況であった。先ほど挟んで黒にした石でも、読み次第ではすぐにひっくり返されて白に変えられてしまう。そして、戦いが長引くたびにオセロの量は増えていき、すなわち魔弾の量も増加していく。


「ミーヌちゃん。まだ平気?」

「はぁ――っ、はっ――ぁ。体力が……もう、無理かも……」


 前衛として動き回るイチイは避けることに対しては体力的に苦ではない。あのドラゴンや魔弾は一撃でも触れるだけで即死するため、ヒヤリとしたことは何度もあったが所詮はその程度である。

 しかし、後衛でじっと戦場を見渡しているミーヌにとっては避けるという慣れないことに酷く体力を奪われ、精神力も削られていた。


「これは大オセロだから大変だね」

「ひとまわり大きいから、長くなって大変だもんね」


 仲の良い2人で身内同士だからこそ、遊びによっては『ハウスルール』というものが存在する。オセロは8×8の64マスで最初に4つの石があり、1つずつ石を置いていくゲームだ。つまり、オセロの勝負がつくのは60ターン後である。

 しかし、黒影と白影は大オセロと言った。この2人のハウスルールのオセロは、9×9の81マスで遊ぶものだ。つまり、この勝負がつくのは77ターン後であり、少しでも触れるだけで即死する竜の行進や、黒と白の雪崩を77回耐え続けなければならないということである。


「あっ、このマスもらうね」

「取られちゃった。じゃあ、僕も大変だからあのおねえちゃん達も大変だね」


 黒影が大立ち回りをする。黒影がマス目の中央付近に黒を置き、白を一気に黒色に染めたのだ。なおかつ黒の竜もイチイ達がいる中央へ一気に大移動である。


「来る! 気をつけて!」

「はぁ――っ、はっ――っ、分かってる!」


 白竜と黒竜の熾烈な戦い。黒竜が我こそはこの戦いの勝者となるべしと咆哮ほうこうする。その一声で空気中の魔力は簡単に沸騰し、虚空が爆発した。


「ぎゃ――ッ!」

「くうぅ――っっ!」


 猛スピードの電車に跳ねられたような大威力。直接近づいていないのにも関わらずに、大ダメージを受けてしまった。


「う……ぐぅ……ご主人、さま……」

「おにい、ちゃん……」


 2人は動けない。幸か、不幸なことなのか、まだ生きていた。

 黒影がオセロで置いたのは中央付近であり、あれは攻撃行動ではない。単に気まぐれに吼えただけである。オセロを置いた地点へ向かおうと、黒竜が2人に向かって動き出す。

 もう助からない。外部から見ていただけの黒影と白影ですら感じたのだ。ふたつの影がケラケラと笑いだす。


「知ってるよ。悪魔さんが教えてくれたんだ」

「悪魔さんは悪いことなら何でも知ってるよ」

「ワンコ族の女の子は、本当はお父さんに捨てられた」

「銃の冒険者の女の子は、実はお母さんに捨てられた」

「だから2人は懐いてる。ご主人様とおにいちゃんに」

「だから2人はいつも一緒。だいたい同じ境遇だから」

「いい話だね。でも、いい話なだけだよね」

「傷の舐め合いなんて気持ち悪いよね。どんなに美化したところで、しょせんは捨てられる話なのにね」

「頼っているだけだから、また捨てられちゃうと思うね」

「頼らないと生きていけないから、また捨てられちゃうと思うな」

「君たちは前を向いていない。だから成長できない」

「君たちは後ろも向いていない。だから反省もできない」


 それはイチイとミーヌにとっては酷く残酷な言葉だった。


「ご主人さまが、捨てる、なんて……!」

「おにいちゃんはそんなことしないもん! 絶対に!」


 2人の叫んだ言葉を楽しいジョークであるかのように笑い出すふたつの影。


「自分達は愛されていると思っているのかな?」

「どうせ本人に聞いたことなんかないんでしょ? きっと、自分達の想像で愛を語っているんだよ」

「じゃあ、君たちは愛と叫んでいるけど、それに価値があるの?」

「じゃあ、君たちが愛と叫んでいるそれは、何の価値があるの?」


 白影と黒影が顔を見合わせてニタリと笑う。そして声を重ねて言い放つ。


『君たちの抱いた後付けの愛に、何の価値があるの?』


 それは2人にとっては禁句であった。親という本来は無限に愛情を分け与える最初の存在に捨てられてしまった2人にとっては、全てが後付けの愛なのだ。


「後付け……。おにいちゃんは……、本当のおにいちゃんじゃなくて、だけどわたしは……」


 ミーヌは涙をほろりと流した。力なく倒れている自分にも、涙を流せるほどの体力が残っていたのかと自分で驚いた。自分の信じた愛すら守れない歯がゆさに涙がこぼれて止まらない。


「あ……。もしかして……」


 わたしは思い出した。そういえばお祭りのときに、みんなを平等に愛して欲しいと言ったとき、おにいちゃんは『できるかぎり』と答えていた。それをわたしは額面どおりに、出来る限りの意味だと思っていたが、内心では面倒だと思ってお茶を濁した発言だったのではないだろうか。


『ねぇねぇ、家族ごっこは楽しかった?』


 だからこその『家族ごっこ』である。表面だけ仲良くして、本質のところでは変わらない。おにいちゃんという存在に対して無意味に自慰じいをしているだけで、結局のところはおにいちゃんの善意に甘えて自分の想像を押し付けていただけだった。わたし自身は何も成長していなくて、傷の舐め合いをしているだけに過ぎなかった。


『わたし達も捨てられた。だから、あなたみたいな軟弱な生き方は許さない!』


 世界は残酷なのだ。自分を生かすことですら精一杯なのに、子供を生かすことなどできない場合がある。だからこそ、子供を捨てる親という者も存在する。自分という確固たる存在が至高であり、したがって子供という自分のたかが延長程度の末端など、不要なら切り捨ててしまっても良いとすら思っている存在。それは過剰な自己愛という性格の結果である。ようは、子供を生める体になったというのと、性格の良し悪しというものはまったく関係が無い事象ということである。


「わたしたちは拾ってもらったんだ。いまのダンジョンマスターに」

「ぼくたちは頑張ったんだ。甘えたくなくて、認めてもらうために」


 偶然にもミーヌ達と似た境遇であった。大好きだからこそ認めてもらいたい。なのに、どうしてこんなに違いがあるのだろうか。


「このオセロの白の石は人間の魂で出来ているんだよ。白は貴貧な魂で、密度が高いから傷つけることなどできない。ひとつの魂では傷つけることが出来ない、固い魂」

「このオセロの黒の石は人間の魂で出来ているんだよ。黒は貪欲な魂で、密度が低いからなんでも吸い取ってしまう。ひとつの魂では充たされないから、空腹の魂」

「たくさんの高貴な死者の魂があって――」

「たくさんの貪欲な死者の魂があって――」


 白と黒が声をそろえる。


『どうしてたくさんの魂がここにあると思う?』


 分からない。オセロ自体が魂を媒体にしたものらしいが、実体化している以上はそれをどこかで作ったということである。


『拾ってもらった。力をもらった。だから、その力を使って最初に滅ぼしたんだよ。じぶんたちの故郷の森を……!』


 それは帰る場所を失くす儀式であり、帰る場所を捨てる儀式であった。自身の育った森を生贄にした儀式でオセロの空間をつくったのだ。

 そして2人は、オセロをまるでチョコレートでもつまんでいるように食べた。


「おいしいね。白はとっても甘い魂だよ」

「おいしいね。黒はちょっぴり苦くてビターな魂だよ」


 2人は声をそろえる。


『ああ、復讐もできた。力も手に入れた。じぶん達は幸せだ』


 そう言いながら、魂のオセロを旨そうに食べていく2人。

 その姿にイチイが声を上げてすすり泣き、ミーヌが気にかけた。


「どうしたの? だいじょうぶ?」

「思い出した……。あの竜はイチイの、昔の里を滅ぼしたやつだ。近くにダンジョンになっている森があって、モンスターがいて、それで……。だから立ちすくんで動けなかった。ごめんなさい、イチイがしっかりしていれば。ごめんなさい……!」


 大丈夫だよと声をかけてあげたかった。おにいちゃんだったら、今のイチイに発破をかけてあげたのかな。でも、今の状況では何を言っても中身の無い虚勢でしかない。彼女のことを思いやっているからこそ、中身の無い言葉をかけることができなかった。


 もう助からないとばかりに、黒影と白影はこちらを見下ろしている。満身創痍なわたし達へ黒竜が迫ってきていた。


 こんなところで終わりなんて悲しすぎる。おにいちゃんに託されたんだ。オウレンさんに、コウカさんに、おにいちゃんに、助っ人で入ってくれたガジュツさんに、ギルドマスターさん。みんなの命をおにいちゃんは、わたし達に託してくれたんだ。


「死にたくない……」


 立ち上がらないと。でも、立ち上がってもどうすればいいのだろう。体力は尽きかけていて、むこうにまったく攻撃は効かない。それどころか、この空間は攻撃している意思すらないのだ。ただ竜が闊歩かっぽするだけで、大量の魔弾が流れ、魔力のこもった風圧に魂ごと削られていく。存在の格が違っており、そもそも相手にすらされていない次元の戦いなのだ。


 カラリと何かが落ちてきた。おにいちゃんからもらった月の髪飾りだった。すると、走馬灯のように全ての時間がゆっくりと流れた。

 お祭りで遊んだときのことを思い出した。一緒に屋台を見て回ったし、オバケ屋敷も守ってくれるように手をつないでいてくれた。


 遠慮なんかしなくてもいいと言ってくれた。でも、あの時でもわたしはまだ迷い続けていた。本当にこれでいいのか。自分の進んでいる道に不安を抱きながら歩いていた。それでも、おにいちゃんは不安があっても仕方ないと諭してくれて、甘えてもいいぞと手を握ってくれた。

 その瞬間からだろうか。あの人は、まぶしい魂を持つ人だと思った。戸惑いながら真っ暗な世界で歩き続けるわたしにとって、あの人は世界を照らしてくれる道しるべみたいに思えた。


(ううん、違う。もっと前から惹かれていた。もっと昔に……)


 お母さまから裏切られたとき、あの人は血に塗れながらもわたしを守ってくれた。安心できるところができるまで、自分が居場所を作ってやると言ってくれた。

 自身の正義のこと。やりたい正義を見つけるのが正義ジャスティスであると教えてくれた。その選択で、もしもわたしがどんな道を選んだとしても全て受け入れると言ってくれた。


(あったかい。抱きしめられて、そう感じたんだ……)


 白銀の聖騎士との戦闘前夜。あの小屋はすごく寒くて、抱きしめ合いながら眠った。はじめて感じたぬくもり。問いかければ言葉が返ってくるあたたかさ。その幸せを噛み締めながら、わたしは初めて安眠というものを知った。


 わたしを無理矢理だけれども入れた円陣を組んで、あの人は正義ジャスティスを言い放ったこともあった。誰にも邪魔されずに強欲と言われんばかりに自身を貫いて生きることが正義ジャスティスと言い切った。ならば、わたしの正義ジャスティスってなんだろう。


 おにいちゃんのまぶしさに憧れていた。だからおにいちゃんみたいになりたいと思っていたが、あくまでそれはマネであり、わたしの正義ジャスティスではなかったのだろう。だからこんな中途半端なところで倒れるのだ。


(わたしの正義ジャスティス。それは……)


 かろうじて動く手で髪飾りを握り締めた。絶対になくさないように。これは、わたしにとって世界で一番価値がある髪飾りだ。家族というしがらみから開放され、これから先の幸せの象徴であり、初めて幸せを夢見た光景のシンボルである。そう、初めて掴むことができた希望だからこそ、純粋な気持ちでその夢を叶えてみたいと思ったのだ。


 迷ってばかりの変わっていない自分の頼りなさ。それをあの人は否定してくれた。迷っていると感じているだけ以前のわたしよりも成長しているのだと教えてくれた。人間は、自身の思いを気づいた瞬間から変われるものだから、迷っていることは正解なんだと教えてくれた。


「そうだ……。わたしが生まれ変わった瞬間。それは――!」




 その瞬間。爆発的な魔力が生まれた。その空間の概念ルールに異議を唱え、全てのルールを超越する力が開放される。


『そんな力、どこに!?』


 黒影と白影がありえないはずの事態に瞠目する。


『この空間を越えるなんて、そんなものは――!』


 そう、ひとつしかない。複合理念魔法などという贋作がんさくを超えるもの。

 ミーヌが魂のうたうたう。


『To me that was drowning in grief, you told me the love.

(悲しみに溺れた私に、あなたは受け入れる愛を教えてくれました。)


To me that was frozen in sadness, you told me the courage to change itself.(切なさに凍りついた私に、あなたは自身を変える勇気を教えてくれました。)』


 世界に深く響くミーヌの声。ミーヌを中心に世界の軸が変異していく。


『I will stand up while feeling a moonlit night while the support from stardust.(こぼした日常の欠片かけら星屑ほしくずを背に、今この月夜を胸に立ち上がろう。)

I swear to the moon that does not sink forever.(永久に暮れぬ月に誓う。)

I hope that you wish the same dream with you, we aim to dream together.(愛を教えてくれたあなたと同じ夢を抱き、肩を並べて歩いていく夢をここに願う。)』


 世界から光が立ち消えていく。ここにいる誰もが感覚で気付いた。この世界に夜がやってくる。


『Therefore, I will chase your back.(ゆえに、わたしはあなたの背中を追い続けよう。)

Let's beyond earlier than anyone the sad wind, Let's go farther than anyone until the end of the night sky.(誰よりも早く悲しみの風を越えて、誰よりも遠く日常の星屑ほしくずきらめく夜空の彼方かなたまで行こう。)』


 それと同時に確信にも似た別の感覚もあった。飲み込まれた世界を静かにはらい照らす、新たなる輝きが誕生してくると。


『As a signpost of the shine of the moon in which you gave me――.(あなたがくれた月の輝きを道しるべとして――)』


 ここに、新たなるひとつの呪言が完成する。今、至高の願いが奇跡を起こす。


『Arousaler ――Moonlit world! (超越覚醒(アラウザル) ――煌月こうげつのぼ玉兎ぎょくと草原そうげん!)』



 その瞬間、世界が塗り染められた。

 それは安息をつかさどる優しい夜の世界。そよ風が涼やかに草原を撫でる。空に上った三日月の月は、彼からもらったミーヌの髪飾りと似ていた。


「気づいたから分かった。ちゃんとわたし達はおにいちゃんに愛されていたんだ。そして……わたしは、ただその場所に追いつきたかったんだ」


 ミーヌが静かに胸の内の言葉を反芻した。


「あなた達は悪口を言って鬱憤うっぷんを晴らしたいだけだ。同じ辛さを受けていたら、同情する優しさだってあったはずだよ。それを選ばなかったあなた達は、辛い過去の事件のせいにして不貞腐れているだけなんだ」


 月のしとやかな輝きにミーヌが照らされる。傷だらけだったミーヌの姿が癒えていく。それどころか、先ほどまで力なく伏せていたイチイも立ち上がれる程度に回復していった。優しく照らされた傷が、少しずつ癒えていく。あの月が昇っている限り、徐々に味方全員の体力(HP)が回復しているのだ。


「自分が正しいって盲信しているほうがおかしいんだ。それは考えることを放棄しているだけだから。迷っているほうが正しい姿なんだ。誰だって本気で生きている人間は迷うんだ。だからわたしは、頑張って生きているおにいちゃんが迷わないように、おにいちゃんの道しるべになりたい」


 夜道を照らす月明かりのように。決して見放さずに、優しく見守るその輝き。

 子供ゆえに、純粋に願ったこと。そして彼女が受け取った髪飾りがシンボルとなり、目指している心のシンボルが分かりやすかったこと。このふたつが由来で、ミーヌはアラウザルが発動することができたのだ。


『こんな状況でアラウザルだと、ふざけるなァ――ッッ! 負け犬風情が! ふて腐れているだと!? 調子に乗るな!』


 黒影と白影が叫び訴える。


「僕たちはおまえを怖れない! 理由付けて行動する愛なんて、そんなもの愛じゃないんだ」

「助けられたからわたし達は壊すんだ。望まれているからわたし達は影になったんだ」

「僕たちは、月の光ごときに塗り潰されるような影などではない!」

「わたしたちは、未来を向かない輝きごときに潰えるような影など背負っていない!」


 黒影の一手。激昂を叩きつけるようにオセロを指す。

 連動して迫り来る黒の魔弾の雪崩なだれ。さらに黒い竜がミーヌ達へ進行してくる。

 しかし、今のミーヌに焦りは無い。冷酷に絶望の黒を眺めている。


「あなた達2人は、わたし達の愛を侮辱した。愛は本当に大切なモノなんだって分かっているよね。分かっていてやったなら、やられたらどんな気持ちになるか……分かるよね?」


 ミーヌの影からすっと何かが出てきた。月の光に照らされて形作られていくそれは、月に住むと神話で語られている伝説の生物、玉兎ぎょくとであった。その背丈はうさぎにしては大きく、ミーヌが乗れるほどである。


 迫り来る大量の黒の魔弾。それは壁を連想させるほどの圧倒的な物量であった。

 魔弾の群れに攻め込まれる前に、玉兎ぎょくとはミーヌを乗せて、イチイのすそを噛み掴んで飛び立った。


 ミーヌの願いが込められた、誰よりも早く跳び駆けるうさぎは神速で魔弾を回避する。神による祝福により強化され、冗談のようなスピードで駆ける彼の背中を追いかけるのだから、当然に早くないはずはない。


「前を向いていないのはあなた達だ。後ろを向いていないのはあなた達だ。あなた達が盲信しているものこそが、鬱憤うっぷんを晴らすために作った後付けの愛」


 月夜を翔ける断罪の執行官となったミーヌが告げる。


「――あなた達は自ら。未来に生きることを諦めたんだ!」


 ミーヌはそう言い切った。


「ふざけたことを言うなァ――ッッ! 僕たちは未来を生きるために壊すことを選んだんだ! これが前を向いていないなどと言わせてたまるか!」


 白影が動いた。オセロを指すと白の竜が動き出した。

 ミーヌ達に白の竜と白の魔弾が迫る。それを、空を駆け跳んで華麗に避ける玉兎。

 玉兎は重力などという目障りな世界法則ルールに縛られない。そんな月には存在しない決まり(ルール)など、玉兎にとっては管轄外の存在なのだ。

 優雅に星空を舞うミーヌが銃口を向ける。


「そこまで言うなら、しっかり受け止めてみればいい。わたしの、この一撃にかかっているおもいのおもさを!」


 銃声が弾け鳴る。それは通常時の魔弾とは違い、夜の世界による補正を受けた魔弾へと進化していた。

 夜の魔弾が白竜に命中する。白竜が悲鳴をあげて一気に沈み落ちた。それと同時に、白竜を連動して操っていた白影も体を地に打ち付ける。


『なんでだよ! 何が起こっているんだよ!』


 ここはミーヌの月夜の世界。

 月が衛星でいられるのは地球の重力のおかげである。重力があるからこそ月は永遠と地球を追い続ける。そして、ミーヌの描いた正義ジャスティスは『追いつくこと』である。衛星であることを受け入れることを拒否し、永遠法則すら突き破って引き寄せるほどの強力な重力を求めている彼女の願いが込められている世界なのだ。よってその魔弾はこの世界の主である彼女の正義あい概念ルールにして形成されている。


 ゆえに物質量など関係ない。その弾丸に込められているのは、彼女が慕う彼に対しての、ただ引き寄せられてしまう『思い』の重さである。触れたものは重量に関係なく、全てが地球に引き寄せられていく。


「わたし達を裏切った故郷を壊して、過去を克服したから後ろを向かないんだ。お前らごときの安い感傷で、全部を見切った気になるな!」


 叫ぶ黒影も動き黒のオセロを叩き置いた。黒い竜が爆進し、黒の魔弾がミーヌ達へ向かう。


「僕たちの夢をけがすな。おまえの生ぬるい愛など、おまえの生ぬるい覚悟など、そんなもので僕たちの願いをけがすな!」


 白影が力の限り復帰し、白のオセロを置く。再び白竜が起き上がり、黒と白の竜が疾走する。2頭の竜がミーヌに向かっていく。


『本当に愛を分かっているなら、わたし達の愛を侮辱するな――!』


 双子の声を乗せた2頭の竜がミーヌ達へ襲いかかる。しかし、重力という名のくさびから解き放たれているミーヌには当たるはずがない。


「あなた達の言う愛に重さが感じれらない。そして、わたしはおにいちゃんのおかげで気づいたんだ」


 高速移動する玉兎の上で、ミーヌは銃口をドラゴンへ向ける。


「愛はお互いにはぐむものなんだ。想ってもいなくて、想われてもいないくて、自分だけの想いに浸って叫ぶものじゃないんだ!」


 放たれる銃声は、ミーヌの愛の咆哮にも似ていた。

 その弾丸は白竜の眉間を貫通し、黒竜の腹を貫き破った。弾丸の効果で2頭の巨体が強靭な重力に引っぱられて落下する。ミーヌの『おもい』が込められているのだから、『おもい』のは当然である。


 悲鳴を叫ぶ2頭の竜が、すさまじい音をたてて地を叩き鳴らす。そこに重量があるなら当然にダメージも重い。2頭の竜の体は炸裂するように砕け散った。


「発動して分かった。あなた達の空間はアラウザルと似ているね」


 それと同時に吐血するふたつの影。原理がアラウザルと同じなのだから、その魔法は使用者本人でもあり、すなわち使い手にリンクしているはずである。よって砕けた竜の使い手であった2人が無事で済むはずはない。


『なんだ、と……! どう、して……!?』


 2人は声を合わせながら共に倒れこみ、互いの顔を見合わせ問いかける。

 どうして無敵の竜が朽ちたのか。それはミーヌの願いに比べて、黒影と白影の想念が弱いからである。無敗であった信念が、たかが十年も生きていない子供に砕かれたのはなぜなのだろうか。

 それは――。


『あっ――』


 白と黒の声が重なり、互いに見つめ合い、思いついた答えを目で意思疎通する。

 愛を否定するなと言われて、『自分達の行動は愛ではない』と言い張った。それが戦いの最後では、『自分達の愛を否定するな』と感情的に反論してしまったのだ。

 それは竜に乗せていたはずの想いを、自ら否定していたということ。その瞬間から、外部の言い訳など全て粉砕する無敵の竜は、中身(ねがい)の無い空虚な張りぼての存在となったのだ。


 それはミーヌの言葉に心を動かされたからに他ならない。本当の黒竜と白竜の根源の願い、それは――。


「わたしたちは誉めて欲しかった。頑張ったねと、おおきな手で撫でて欲しかった」

「ぼくたちは喜んで欲しかった。あなたのために無償で生きていることを誇りに想って生きたかった」


 親から捨てられ見失った道を照らしてくれた存在。愛に絶望した自分達へ、力によって手を伸ばしてくれたダンジョンマスターの愛を受けて、自分達は――


『わたし達は、本当は愛を信じたかったんだ……』


 愛を失ってしまったが故に、愛などいらないと吼えた竜の魔法。しかし、心の底では愛を求めていたことを2人はやっと理解してしまった。



「あなた達の森を壊したあと……。イチイの里を壊したとき……。あなた達は、いつだって気づくチャンスはあったのに……!」


 震える声に振り向く2人。イチイが目の前に来ていた。2人がイチイの姿に気づけなくても当然である。なにせ、負け試合だったとはいえ、幾度も魔弾へ攻撃して弾き飛ばしていたのだから、当然に剣戟音階で上昇した素早さも最高潮に達している。

 イチイが拳を振り上げる。


「気付くのが遅すぎだよ。だから、これでおわるんだ」


 感情的に震えた唇で静かに宣告するイチイ。彼女の分岐点を作った原因へ腕を振り下ろす。

 2人の影は愛を気付きながら、愛によって討たれた。静かに2つの光の粒となって掻き消えてった。




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