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種なる正義が咲かせるもの  作者: 記野 真佳(きの まよい)
傍若無人なシニカル・ウォー
34/53

作動:発明が世界を救った件について

◇◇◇



『貴様ハ、ココデ 終ワリ ナンダヨォ!』

「ハッ、いい気になるなよ。雑魚の分際で――ッッ!」


 光の剣による一掃。ざっくりと割れる真紅のコウモリの群れ。

 絶体絶命に追い詰められているからこそ振り絞れる力。ガジュツの剣の威力は、彼が今まで生きてきた中で最高潮の輝きを誇っていた。


 しかし、無限に増殖し続けるコウモリ達を全て薙ぎ払うにはまだ火力が足りない。決してガジュツの輝きが劣っているわけではないが、単純に敵の数の桁がおかしいのだ。普通の戦闘ならば、今のガジュツの光剣を一振りで数回も敵を殺せるエネルギーが込められている。

 その膨大なエネルギーはガジュツからしぼり出されるものであり、すなわち――


「ガボッ! ゲホ、ゴホッ!」

『効テルゾ! 体ガ オカシクナッテキタ!』

「くっ。これくらい、なんともねぇよッッ!」


 ガジュツをむしばむ死の誘いの病。生きるもの全てを呪い殺す怨念が込められた紅砂を吸い込んでしまっており、肺が徐々に腐りはじめていた。


 渾身の攻撃をするほどに体力を使うのだから当然に息が切れてしまう。しかし、渾身の攻撃をしているからこそこの程度で済んでいるのだ。もしも、ガジュツの殲滅力が無かったならば、数秒で紅砂のコウモリの群れに飲み込まれていただろう。


 紅影の攻撃と相性が悪ければ、大量のコウモリの群れに一瞬で飲み込まれて即死。相性がよかったとしても無限に湧いてくるコウモリによる数の暴力で鎮圧されてしまう。


「ぐぅぅ、クソッ! はぁ――ッッ!」


 吐血の絡んだ気合を叫ぶ。ガジュツの魔を払う光剣は決して相性は悪くはないが、圧倒的に数が多すぎる。しかも、大挙するのは意志をもった怨念のコウモリである。津波なら策を用いて避けるなどの手段が残されているが、こちらは考える力がある指向性を持った津波である。それも、空間に閉じ込められているため逃げることは不可能だ。

 コウモリの津波がガジュツの視界の満面を死色の真紅へと染め上げる。


「さあ、いくぜ相棒! まだまだァ――っっ!」


 解き放たれる黄金の輝き。しかし、徐々にコウモリたちも学習してきて避ける者まで現れてきた。


『アハハハッ! 届カナイ! ネェ、悔シイ?』

「くそっ!」


 この数の壁と正面から抵抗することなど絶対に不可能。そして時間と共に内側からボロボロになっていく身体。勝利すら難しい状況でありながら、この戦いにはタイムリミットまでついているのだ。

 ゆえに、今のガジュツに残されたのはわずかな時間のみ。それはギロチンにかけられた死刑囚と等しい。彼にゆるされたのは、ただただ命の灯火が消えるのを待つだけの時間である。


「追い込まれているなら、やるしかないだろ! うおおォォ――ッッ!」


 ガジュツは駆け出した。真紅の波濤を潜り抜け、狙うのは本体の赤影だ。


「いくぞ、ウオオォォ――ッ!」


 踏み込み、全力をかけた攻撃を――!


『当タラナイヨ!』

「なにっ!?」


 剣から薙ぎ飛ばされる極光を赤影はひょいと避けた。

 その原因はガジュツの踏み込みが甘かったからである。もはやガジュツは体中が汚染されており、触感が麻痺してしまっていたのだ。ほぼ壊死一歩手前まで体は朽ちかけていて、想像していた通りに体を動かすことすら難しくなってきていた。今まで体を動かしていた感覚に、実際の体の動きが追いつけなくなっていた。


『サァ、落下シロ! 赤イ地獄ニ チロ!』

「ぬぅっ、オラァァ――ッッ!」


 さらに足場も悪い。飛び石のようなデコボコのある不安定な足場で踏み込みが利かず、足場によっては片足で立つのがやっとなほどの小さな足場もある。

 ガジュツは光の剣で再びコウモリの群れをなぎ払い、窮地を脱出する。しかし、これで戦いは振り出しに戻ってしまった。それどころか余計な体力を消耗した分だけ、死病の進行が早まってすらいるだろう。


『ケケケッ! 残念ダッタナァ。一緒ニナレルト思ッタノニ』

「羨ましいって怒り狂ってるお前らと一緒になるだと? 笑えない冗談だ」


 皮肉を言い返せるほど意気込んでいるが、先ほどの奇襲に失敗したからこそガジュツに焦りが生じてきた。

 先ほどの踏み込みで、右足は動かせるが踏み込みができないほど弱っているのが分かった。走りはできるが剣を振って踏ん張り切るにはきついだろう。なぎ払うことに夢中になっていたが、冷静になると体の感覚が徐々に削れてきているのも自覚できてきた。


「……だが、やるしかねーよな!」


 おそらく剣を振れるのは、あと出来て1回だろう。もしかしたら、その1回ですら怪しいかもしれない。次のチャンスがあったとしても、その時にはすでに、足は完全にむしばまれてる可能性もあるのだ。


「ぐっ、がぁ――ッッ!」

『イイゾ、当タッタ! 腐ルゾ。溶ケルゾ。死ンデシマウゾ!』


 脇腹をコウモリが食い破っていった。防護は胸当てを装備していたが、すでに紅砂で腐食しており、防具としての機能は心もとない。

 生きているものですら関係なく腐らせていく死の恐怖。全てを等しく病み果てさせる死病の呪い。


「ゴホッ、グフっ!」


 脇腹が致命的だった。ガッジュに大量の呪いが体に直接流し込まれた。

 ガジュツは猛烈な吐き気に思わず吐血した。吐いた血液の中に、どろどろした何かが一緒に流れ出ていた。それは腐った臓器の欠片か、死骸の細胞のかたまりか、ここでは判別できない。少なくともこの体は重症な病に侵されているのだと、ガジュツは目に見えて理解してしまった。


「ぐぅっ、このままでは……!」


 体感で感じていたときよりも、実際に体の悲惨さが目に見えてしまう方が精神的にキツいものがあった。

 意識にもノイズが走るようになってきている。激しい頭痛が思考を激しくかき混ぜて考えることすらできなくなってきた。それどころか、コウモリの姿が二重にブレてきて視角すらも怪しくなっている。


『ドウシタ? 終ワリカ?』

「体は動く。……なら、まだ行けるぜっ!」


 弱音は根性論でねじ伏せる。戦っても勝てるか分からないだけでしり込みしているようでは、勝てるチャンスすら拾えなくなってしまうだろう。


 勇者としてのプライドがガジュツに再び火を付けた。勝てるか分からない戦いなど、両手で数え切れないほど経験している。考えることなど、勝敗がついたあとで考えればいい。今はとにかく前を向き、その先にある勝利へ前進するのだ。いつものとおりにやればいい。悲劇に対してすらも、傲慢で前向きに突き抜け切って勝利を手にするのだ。


 絶望的な状況に、果敢に立ち向かうガジュツ。その剣先を鳴らして、コウモリの影に隠れているであろう赤影へ向けた。


「これが、後先など考えない。最後の賭けだ……!」


 真紅のコウモリ達が群れをなし、死色の津波が高く伸びる。迫り来る脅威に、ガジュツは魔力の最大放出を決意する。だが、何百回も戦い続けてきた冒険者としてのガジュツの勘が告げていた。おそらく、これでは無理なのだろうと。


 だがやれることはこれしか残っていないのだ。この一撃を以って全てを焼き払おうと、奇跡を願い、聖剣を強く握った。



 そのとき、拍子抜けするようなゆるい声が、ガジュツの集中をほにゃりと崩した。


「正面からぶつかり合って根性比べとか、熱っぽい人達ですねえ。だから足下をすくわれるんですよ」


 鈍く風景が動き出す。モザイクがかった透明な姿がゆらめいていき、赤影の真後ろにオウレンの姿があった。

 オウレンのアイテムを知らないガジュツは、起こっている現状に戸惑う。


「おまえ、なんでそんなところに!?」

「え? だって、勝てると思ったから来ただけですよ?」


 さも当然と言うオウレン。ガジュツは、オウレンが確信してそう言っているのか、能天気な発言だったのか分からずに呆気にとられた。

 それと同時に、オウレンが手に持っていた『ステルス・マケット』がパキリと割れて役目を果たしたことを告げる。


「そもそもですね。気合いの強さで勝つとか負けるとか、熱苦しいのはウチの旦那さまの特権なんですよ。ここはクールに、新アイテム いきます。――おいしいマシンガン!」


 オウレンの取り出したマシンガンがたける。大量の弾丸が嵐のように連射された。


『ナァ!? ナンダ、コレハァ――!?』


 おいしいマシンガンは銃弾ではなくモチの弾丸を用いている。オウレンは赤影をべたべたした白濁色に染め上げていく。


「わたしを置いてけぼりにして勝手に盛り上がるから、足元をすくわれるんです。でも、あなたは足が無いから すくわれるのは初めてかもしれませんね?」


 ガジュツが決死の戦いを挑み、赤影もそれに本気で応戦していた。互いの攻防には目を見張るものがあり手を抜けない状態。目の前の敵以外に目を放せない激戦。その状況をガジュツが作ってくれたからこそ、オウレンはひっそりと行動することができたのだ。


 おいしいマシンガンは一時的に行動不能状態にするアイテムである。赤影はべたつくモチにより翼を動かすことができない。ここで翼を動かすことができないとなれば、すなわち――。


「さあ、あなたが見下していた場所へ落ちましょうね」

『フザケルナァ――ッッ!』


 コウモリ達が割り込んでいく。赤影を守るように、おいしいマシンガンの身代わりになっていく。しかし、それは悪手であった。赤影は自身の無敗の援軍に胡坐あぐらをかいていたゆえに、身代わりという最悪の行動をとってしまった。これの真髄は、敵を殺す兵器ではないことにある。


「やぁ――ッ!!」


 オウレンがおいしいマシンガンを乱射する。次々にモチ弾丸はコウモリ達をくっつけてひとまとめにしてしまった。キィキィと苦悶の声をあげるコウモリ達。


『オマエ達、ドウシタンダ!?』


 これがコウモリを殺す武器だったなら、死んで蘇り、状態がリセットされただろう。無限に終らない戦闘のやり直しとなっていたはずである。しかし、おいしいマシンガンは殺傷能力は持たない。ゆえにコウモリ達は居残り続けてしまう。それも、べたくつモチを全身にまとってである。


地獄したに落ちるのはあなた。おしまいの時間です!」


 オウレンがとどめとばかりに、上空へいるコウモリ達にもおいしいマシンガンを連射していく。モチをかぶった白いコウモリたちが互いにくっついていく。雪玉のように付着していき、次々に落下していった。

 これが秩序めいていないただの物量の波だったなら、こうはならなかっただろう。避けようとして別のコウモリが被害を受け、モチを受けたコウモリが仲間に助けを求めようと近づいてそれがくっつき被害が拡散していく。意志を持った生きているものだからこそ、そして大量にいるからこそ、総崩れしたときの規模が大きくなってしまうのだ。


『コッチニ来ルナ! 俺ニ クッツク! 落チル! ヤメロォォ――ッッ!』


 落下に巻き込まれた赤影を救出しようと、コウモリ達が赤影へ向かう。しかし、救出に向かったコウモリも赤影と一緒にくっついてしまう。初撃でモチまみれになっていた赤影の塊が、雪ダルマ式に重量が増えていく。赤影は身内のコウモリ達によってまったく身動きがとれなくなっていく。大きな塊が紅砂が広がる底へ落下していった。


『熱イ――ッ! 溶ケル! ガゥゥググゥアアァ――ッ!!』


 紅砂の中に赤影の塊が突っ込む。紅砂のアリ地獄のように赤影の悲鳴がゆっくりと飲み込まれていく。まるで酸で溶かされるかのように煙をあげる。徐々に赤影の玉が小さくなって飲み込まれていった。


「ふぅ。これで旦那さまの面目も保てたでしょうね。わたしもやるときは、やるんですよ」


 ひと仕事したと気持ちよく額の汗をぬぐうオウレンに、ガジュツは苦笑した。


「まったく参った。見誤っていたのは、俺の方だったな」


 味方ながら油断できない女だと、このときガジュツは思った。そして消耗していた体力で途切れかけていた意識を手放した。



◇◇◇


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