難題:家庭の黒き悪魔に遭遇した件について
やむなく幼女と抱き合いながら寝るはめになってしまった。あの小さな身体を抱いた感触は、いま思い出しても胃がきゅっと縮む。あの寒さでは今晩もいっしょに抱き合わないといけないのかと考えると、なんだか憂鬱になってきた。
だが、いま一番の問題は――
「敵がきた……。家庭の黒き悪魔だ! そこ!」
「えいっ、やぁっ!」
「クソッ! どこに隠れやがったんだ……!」
起きたら犬耳幼女を抱いていた悪寒に悶え、さらにゴキブリをみかけてしまって発狂してしまった。いや、1匹じゃないぞ。3匹いたんだぜ。寝てるときポトリと落ちてきたらビビるだろ?
まったく、なんてやつだ。この世界にまで侵食しやがっていた。
「コイツってモンスター扱いなのか? なら近くにモンスタースポットがあるかもしれない……」
「なんで知ってるの!? すっごくすごいね!!」
キラキラした尊敬のまなざしを受ける。《すごく》が付くほど凄いらしい。
俺は元は王子だけあって勉強はかなり叩き込まれたのだ。王族出身だけあって平民の常識とかにはうといかもしれないが、学力や知識などに関してはかなり飛びぬけているのかもしれない。
犬耳幼女と一緒にモンスタースポットを探しに小屋の外へ出ていく。
「見つけたぞ。ここか!」
「ふぇぇ。この黒いのが悪の元凶なんだねっ!」
地面に真っ暗な四角形が埋まっている。それの真ん中に紅く呪文みたいなものが描いてあった。
「おうおう、俺達を散々俺達に舐めてくれた態度をとってくれやがってよぉ。俺の安息を妨害した罪は重いぞ。こんなやつ、こうだ! おりゃ!」
俺は《不屈の剣》を四角形の中心にブッ刺した。レアだから本来は凄いものなのだろうが、俺はスキルのせいで装備できないのだから仕方がない。
「やったぁ! これでおしまいだ! ねぇねぇ、他には何を知ってるの?」
犬耳幼女的には俺は博識キャラに見えているらしい。曖昧な質問だったが、今の俺は原因をすっきりさせて気分が良かったから答えてやることにした。しょせんは子供の質問なのだから、相手にしてやるのが大人の余裕だろう。
「そうだな……。これはわりと最近の研究の話らしいぞ。倒した敵の生命力を吸収する行為が経験値となって、レベルアップする。これは有名だよな。だが、これには続きがあって、要するに倒した魂を吸収する作業というわけだ。つまりその魂の情報を吸収するため、『特徴的なステータス』を一緒に得ることもできるらしいぞ」
「ふぅーん。よく分からないけど、すっごくすごいんだね」
そして、おそらくコイツはお馬鹿系キャラなのが今の会話で確信ができた。何に対してもすごく凄いらしいしな。まあ、子供なのだから他の誉め言葉を求めるのも酷なのだろう。
突然に幼女が何かに気付いて慌てだした。
「ああっ! ゴブリンがたくさんきた! 隠れないと!」
「なにゴブリンだと!?」
俺は初めてのモンスターにわくわくする。箱入りに育てられたため、野蛮なものを見ると穢れるからと言われてモンスターを生で見たことはなかったのだ。
幼女の視線の先にいるゴブリンを見つける。そこには5匹のゴブリンがいた。緑色の肌で、茶髪のモヒカンみたいなたてがみが生えている。しかもサングラス付きで、棍棒を片手に持っていた。
「おお。本当にゴブリンって感じだ……!」
プチ感動だ。特にヒャッハァー!って叫びそうな雑魚っぽいイカしたファッションなのが素晴らしい。名前が分かるならとステータスを確認してみる。
ヒャッハ ゴブリンlv、1
体力(HP)30
魔力(MP)22
打撃攻撃 23
打撃防御 17
魔法攻撃 18
魔法防御 16
素早さ 18
幸運 31
固有スキル
残虐の心:あなたの打撃攻撃が相手よりも高いなら、相手へ与えるダメージが少し上昇する。
スキル
※所持していません
だいたい全パロメーターが20くらいだ。なにこれ。超弱いじゃないか。俺の打撃攻撃は50以上だったぞ。
ゴブリン達が俺と対峙すると、棍棒を振り上げてキャーキャーと威嚇してきた。
「うっせぇなァ。やろうっていうのか?」
マッスル神から受け取ったチート筋肉に力が入り、メキリと堅く鳴った。
俺の吐き捨てた言葉を挑発と受け取ったのか、ゴブリン達が襲い掛かってきた。まずは1匹目が飛び掛ってくる。
「フッ!」
飛び掛って空中にいるゴブリンへ、俺は一気に距離をつめる。強く握った拳がメキメキと吼え、力強く踏み込んだ地面から爆発音が叩き鳴った。
「オラッ、ぶっ飛べぇぇ――ッッ!」
俺はゴブリンをアッパーで殴り上げた。拳が空気を押し潰す轟音と共に、ゴブリンの顎からゴリっと骨が砕ける音が鳴る。ゴブリンが痛みで悲鳴をあげるよりも早く、その身体は小屋の高さを越え飛んだ。
「えっ、ええええぇぇぇ――!?」
予想外の出来事だったからか、犬耳幼女は唖然とゴブリンが飛び上がる空を見上げた。
高さ20メートルほどあろう放物線を描いてゴブリンが飛んでいく。ゴブリンの体が地面に落ちる前に、光の粉になって空に解けていった。魔獣が死ぬと大気に溶けて大気魔粒子になると聞いたことがある。どうやらあのゴブリンは大気魔粒子になったようである。
「ったく。思っていたよりも雑魚じゃねぇかよ」
「す、すごい……!」
先ほどまでキィキィと鳴いていた仲間のゴブリンは恐怖に足を震わせながら、黙って光の粉になる姿を眺めていた。どうやらあまりの出来事に現実と理解が追いついていないようだ。
神からもらったチートは伊達ではない。ゴブリンごときではあるが、明らかに次元が違いすぎる強さを俺が持っていることを実感できた。
やがてゴブリンは俺を畏怖するように、恐れで泣き喚き、無様に転びながら逃げ出していった。敵討ちなどということは考えていない。立ち向かえば何が起こっているか分からぬうちに瞬殺されるのだから本気の逃走であった。
「ふぅ。とりあえず露払いはしておいたぞ」
「すっごくすごい! 強い! やったぁー!」
嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねて全身で喜びを表している犬耳幼女。
「強いのはいいが。いいのか、俺はこれで……」
何かがおかしい。ダンジョンの管理人、通称ダンジョンマスターはモンスターで襲ったり、罠や策略で倒すイメージがあった。俺が1階でいきなり登場して体を張るとかありえない状況だ。いや、ダンジョンの最深部が小屋の時点でいろいろ間違ってるけど。
せめて罠を設置できないものか。ポチッとスマホを起動してみる。
「むむっ。『罠の権利がありません』だと。まさか、モンスターも?」
どこを探しても見つからない。何をタッチしても『権利がありません』だった。
「ぜんぶガチャで出せというのか。それまで、筋肉で殴り続けるのか!?」
いつ当たるかも分からないガチャなどという運に任せるなど凶器の沙汰だ。
つまるところ、効率を考えたなら実際に現地の仲間をスカウトしていく必要があるというわけである。
「ゴブリンを一撃で倒すなんて! すご過ぎ!」
「おまえは無理なのか?」
「ふつうは無理だよ。りっぱな冒険者でなければ、ゴブリンは倒せないから。ご主人さまは冒険者だったの?」
「いや、冒険者はしていないぞ」
「じゃあ、初めての戦い!? とってもびっくり! なんで、どうして!?」
「ダンジョンマスターだからか?」
「ダンジョンマスター! 初めて会った! すっごくすごい!」
子供らしくあどけない風にぴょんっと跳ねて興奮を隠しきれない犬耳幼女。
たしかに俺は強いようだが、あのゴブリンは本当に危険だったのだろうか。ふと目を細めて見ると、犬耳幼女のステータスが見えた。
(仮)犬耳幼女
lv、1
体力(HP)27
魔力(MP)24
打撃攻撃 18
打撃防御 14
魔法攻撃 15
魔法防御 14
素早さ 19
幸運 71
固有スキル
※所持していません
スキル
※所持していません
全体的にゴブリンよりも低いくらいだ。あと、幸運がかなり高い。今更だけど、この犬耳幼女、名前がついていないんだな。だからステータスが見えたのか。
犬耳幼女と自分のステータスと対比させてみる。
あなたのステータス
lv、8
体力(HP)88
魔力(MP)50
打撃攻撃110
打撃防御108
魔法攻撃0
魔法防御0
素早さ52☆
幸運15
1回の戦闘だけでレベルが8になっている!? あと素早さが魔力(MP)くらいあるぞ!? この☆マークはなんだ!?
「いろいろおかしい……。ん? 新しいメッセージが4件届いています、だと?」
魔王が名義の新着メッセージが届いていた。タイトルは『外敵の撃破数1体目記念』、『撃破数10体突破記念』、『撃破数50体突破記念』、『撃破数100体突破記念』となっている。さっと目を通してみると、地球でも見たようなテンプレートな祝福の言葉と、それぞれにレアガチャ券がついていた。合計4枚だ。
「まて、ゴブリン1体しか倒した記憶がないぞ。バグなのか? まあ貰えたなら、よし引くか」
細かいことは気にしないのが俺の正義! さあ、楽しいカーニバルの時間だ! レバーをぐるりとまわせ! 出てきたのは…………シルバーカード、シルバーカード、ゴールドカード、ゴールドカード!
レア:宝箱の権利
宝箱を1ポイントで練成できる。中身は自分で用意してください。
レア:食材の権利
ポイントに応じて、指定した食材が届けられます。
スーパーレア:えっちな本
人間の裸体が描いてある本です。人間のオスの冒険者に非常に人気です。
スーパーレア:妖精の権利
支払うポイントに応じて、妖精が届けられます。
宝箱の権利はポイントが必要なようだ。このポイントというのは生命力を指している。
具体的には、ダンジョン内で生物が死ぬと生命力が放出される。この生命力をポイントという値で計算しているらしい。
要するにたくさんポイントという名の生命力を稼いで、魔界に送ってくださいというのがダンジョンの役割だ。月末に定期的に所持ポイントが10%差し引かれる代わりに、サポートとして差し引かれたポイントに応じたレアガチャ券が届くらしい。
そのポイントが、なぜか135ポイントたまっていた。これはゴブリンのおかげか? たった一体でこれだけ稼げるなら、下手したら自分で自分のダンジョンを討伐しまくった方が良いかもしれない。いや、それだと防御が手薄になるので不利なのか。なかなか面倒だな。
驚きながらもとりあえずスマホで宝箱の権利を使ってみる。ドスンと立派な宝箱が目の前に落ちてきた。ちょっと面白い。でも、いま欲しいのは生活品なんだよな。戦闘力は筋肉チートで大丈夫そうだから問題はない。
次は食材の権利か。冷凍食品が出せる俺にとっては微妙だな。次は、えっちな本だと? おお、これは凄すぎる。グハァ! 女嫌いな俺には死んでしまう刺激だ! どこか目の届かないところへ。さっきの宝箱に入れておこう。
最後はワクワクだ。妖精の権利である。いわゆる『モンスターの権利』である。『購入する』をタップして価格表を見てみると、最も安いのは20ポイント。次に安いのは200ポイントと10倍ずつの値段になっている。インフレしすぎだろ。
とりあえず一番安い妖精を練成してみる。
光の塊がポテリと落ちてきた。その光の中から現れたのは、ちょうど俺の手を広げたくらいの背丈の妖精だった。清楚さを連想させる長い青髪と、青い花を連想させるドレスを着ている。美人と言うよりも、くりくりした瞳でかわいい系の容姿の妖精だった。
クソッ! ドレスってことはコイツ女だ!
「じゃじゃーん♪ 意識が高い癒しをこの手に! QOLの改善によるADLの日々向上を目指し続けるインテリ系癒しマスコットの登場です☆」
「頭に乗るな! 俺に触るな!」
「わたし達の種族は、冒険者とダンジョンマスターの人気アイドル、マスコットフェアリーですよー! かわいーマスコットに、そんな言い方をしなくていいじゃないですかぁ!」
マスコットって言われると性別がない気がする。それなら良し。とにかく、王子生活で学んだ記憶によると妖精は魔族に分類されるモンスターだから魔法が使えたはずだ。
「おまえはどんな魔法が使えるんだ?」
「マスコットが戦えるはずないじゃないですか~。夢の見すぎですよ☆ もっと事実根拠に屁理屈を組んでください。ハイパーありえない思考力のマスターさんですね♪ あと、ここは生命力が少ないので体が維持しにくいですねえ。謝罪報告で恐縮ですが、費用節約のため、お昼寝させてもらいますね。ぐーぐー」
「寝るなよ! ポイントが無駄になっちまった!」
俺よりも先に引きこもり生活しやがる自称マスコットだった。
「ええー。だって、マスコットは夢を見せるものですから労働任命されないんですよ~。ちなみにこれは寝言ですからね。ぐーぐー」
「うぜー! なんなんだこの自称マスコットは! せっかくのポイントがこんなやつにっ!」
「えーと……ご主人さま、なでなでしてあげようか?」
幼女がナデナデしてなぐさめてくるが、俺はあまりにショックすぎて振り払うことすらできなかった。
そのまま頭を抱えていたら、スマホがまた光っていた。今度はマッスル神からの新メッセージが3件届いていたようだ。何がきたのかとメッセージを開いてみる。
『はじめての撃破1体目おめでとう。ちなみに勇者の加護があるせいで、隷属化していないダンジョン内のモンスターがキミに敵対してくるようだ。正義側だと思われるからな、気をつけろよ』
レアガチャチケットが付いています。
『撃破数50突破おめでとう。そろそろ戦い方が見えてきた頃だろうか。この調子で筋肉を極めるんだ。よく頑張った、えらいぞ!』
レアガチャチケットが付いています。
『撃破数100突破おめでとう。荒ぶっているようでなによりだ。そろそろ魔法を使う敵に出会った頃だろうか。やつらには気をつけろよ。魔法はズルいからダメだ。男じゃない。男なら正面から倒せ! いつものチケットと、魔法を叩き壊すための選別をやろう』
レアガチャチケットが付いています。あなたにスキルが付与されました。
1通目が衝撃的だったぞ。ダンジョンだから冒険者も襲ってくるのに、モンスターも襲ってくるのかよ。だから、ゴブリンに出会ったのか。俺の小屋、森のダンジョンのど真ん中だぞ。自分のダンジョンに襲われるって、今の状況って笑えないぞ。
「やはりガンガンとガチャを引いて強化していくしかないか。しかし、今日はクジ運が悪い気がする……」
宝箱の権利はいらん。食材の権利は冷凍食品の極意でどうにかなる。えっちな本は論外。妖精の権利もマスコットだった。何一つ必要なものを今日は引いていない。というか、俺の幸運のステータスが15で低めだったので、これ以上は引かない方が良いのではないかとすら思えてくる。
「どうしたの? なにを悩んでるの?」
「そうだ! おまえが代わりにガチャを引くんだ!」
犬耳幼女にガチャを引かせよう。コイツは幸運71で俺の4倍以上あったはず。
「えへへ。いいの? どうすれば引けるの?」
「この画面にタッチするんだ」
「よぉーし。えいっ! やぁっ! とぅぁっ!」
頼む、せめて、今晩だけでもあたたかくなるものを! 昨日の夜は散々だったから! 頼むぞ!
出てきたのは…………シルバーカード、ゴールドカード、ゴールドカード!
レア:スリッパの権利
支払うポイントに応じて、スリッパが届けられる。
スーパーレア:着る毛布の権利
支払うポイントに応じて、着る毛布が届けられる。
スーパーレア:筋トレセットの権利
マッスル神の愛用のマッスルエヴォリューションシリーズもそろっています。支払うポイントに応じた筋トレ器具が届けられる。
「うぉぉおおォォ――! 毛布ぅぅ――ッッ! 幼女すげー!」
「ど、どうなの?」
「おまえ、すげーよ! おまえ、運がいいからずっとウチにいて良いぞ!」
「やったー! 大好き、ご主人さま!」
はっはっは。俺は好きじゃないけどな。けど、今は気分が良いから許そう。今日なら何でも言っていいぞ。
「ありがとう! じゃあご主人さま、お名前をちょうだい」
「それはくらいは別にいいが、昔はなんて呼ばれていたんだ。本当に無いのか?」
「むかしはタネブクロって言われてた。みんな集めてそう言われていたから、たぶん組の名前かも?」
というか、いま気づいたけど勝手にご主人さまとか言うなよ。オシャレな首輪をつけてる癖に生意気だぞ。黒くて、紅いラインが入ってるやつ。
「これ奴隷の首輪なの……。魔法のせいで取れなくて」
魔法か。そういえば100突破の方はスキルもついていたな。魔法を叩き壊すための選別と言っていた。
ポチッとスマホで確認してみる。
スキル NEW!
強者の打撃
こちらの打撃攻撃が、相手の魔法攻撃よりも大きければ、相手の魔法攻撃を筋肉的に無効化できる。
筋肉的ってなんだよ! たぶんパワーで無理やりってことなんだろうな。犬耳幼女の首輪で試してみよう。
「ちょっとこっちに来い。そうそう、少しだけ待ってろよ」
試しに犬耳娘の奴隷の首輪を『強者の打撃』を意識して、指でつまむとブチッともげた。拍子抜けするくらいモロかった。
「えっ、ごしゅじんさま……なんで? すごい……!」
犬耳幼女があまりの出来事に言葉を失っている。あんなにうるさかった幼女が声を失うくらいだから、かなり凄いことをやってしまったらしい。拍子抜けするほど簡単だったからまったく自覚は無いけどな。
奴隷の首輪が壊れて、『金属の欠片』になった。とりあえずアイテムボックスに入れとくか。どうやって入れるんだろう。とりあえずスマホでアイテムボックスをオープンして……所持アイテムが見られる画面になったな。持ち物は「ゴブリンの右耳:1個」が入ってる。倒した敵が自動で回収されるんだな。ラクチンで素晴らしい。
別のアイテムも入ってるぞ。「ゴキブリの触覚:121個」。え……?
「こ、これだ! 出現する場所に剣を刺したから、ゴキブリが出ては刺されて死んで、出ては刺されて死んで、って感じに倒した扱いになっているんだ!! 倒したならダンジョンにポイントが入るし、俺に経験値も入ってレベルアップしたんだ!」
素早さが上がったのは、倒した魂の特徴的なステータスを得る研究のことだろう。こいつはとんでもないことだ! 俺、生きているだけで勝手に経験値が稼げる体になった! これは引きこもり生活への大きな一歩だ!
「えーと、名前は?」
「まあ待てよ。あせっても、いい名前は浮かばないだろう? どれどれ、次は?」
さあ、お楽しみの『着る毛布の権利』だ。種類は『フード付きクマ(茶色)』、『フード付きウサギ(ピンク)』の二択かよ。フード無しのやつは無いらしい。とりあえずひとつずつ、計10ポイントを支払ってダンジョンへ送る。スリッパは……もふもふスリッパなるものがあるぞ! 茶色とピンクもあるな。色は着る毛布に合わせてみるか。また10ポイントを支払う。
「おっ、すぐに届いたぞ」
「わわっ! いきなり大きいのがきた! すっごくすごそうなのがきた!」
なぜかダンボールに入ってきた。再現しすぎだろ。とにかく、ダンボールを切り開いてみる。なんかこの毛布、クマというよりクマーって感じな目をしていた。
「まあ、いい。これはさっそく着させてもらおう。こっちのピンクがおまえの分だぞ」
「おお! ふかふかな服だ! ふわふわなスリッパだ!」
さっそく着てみる。
やばい。凄すぎる……。クマーだと馬鹿にしてたが、この着る毛布は最高だ。
ふかふかした肌触りを全身で感じられる恍惚感。俺の意識はクマにあたたかに抱擁され、それと同時に全能を感じてしまった。もうこの毛布なしでは生活できない。ふわふわスリッパも最高すぎる。いまの俺は、最強だ。きっと俺はこれを着るために生まれてきたんだ。もう宗教にしてもいいかもしれない。みんな着れば幸せになるから、まさに崇拝すべきではないだろうか。
「ぶーぶー。クマの方が強いからクマのほうが良かった」
そこは子供らしい感性の意見が欲しかった。交換しないけど。
犬耳幼女が俺の袖を物欲しそうにくいくいしてくる。
「ねぇねぇー、名前は?」
「名前か。そんなに欲しいのか?」
俺が呼ぶ分には『幼女』で不便はないのだが、どうやら不服らしい。
「ワンコ族は名前をくれた人がご主人さまだから。名前があると、仕えるご主人さまがいるってことだから重要なんだよ」
「あー、つまり。社畜になりたいと。名前がないヤツは、ニートっぽくて嫌だと言うことか?」
「えっ? しゃちく。にーと? よく分かんないけど、たぶんそれ?」
そこまで言われたならと名前を考えてみる。
ワンコ族か。ワンコのワンは1(イチ)っぽいな。タネブクロってのも残しておくか。元からある名前を残しておけば仲間が見つかる手がかりになるだろう。これを使った名前となると……。
「よし決めたぞ。今日からお前の名前はイチイ・タネブクロだ!」
「やったー、名前だ! ありがとう、ご主人さま!」
心の底から本当に喜んでいるのだろう。純粋な笑みで俺の両手をとって、ぎゅっと胸の前で重ねてきて、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねている。
天使の微笑みすぎる。無邪気な笑顔過ぎる。やめろ、そんな笑顔しないでくれ。女嫌いの俺が困る。心が病んでしまう! こっち向けんな!
不思議な直感が頭の中に響いた。ダンジョンマスターの感性が緊急事態だと告げている。ついに冒険者がやって来てしまったのだと分かった。