驚動:ついにダンジョンバトルが始まった件について
指定した日時になる。スマホが点滅して立体映像が出てきた。
俺達はスマホの前に集まった。
『俺は天空山のダンジョンマスター、テトロだ。深淵の森のダンジョンマスターに告げる』
凛と低く通る声。上質な皮のソファーに腰を落ち着かせてテトロと名乗った敵のダンジョンマスターがこちらを眺めていた。
『よく考えてみれば手を下すこと自体が煩わしいことに気付いた。貴様ら、自らの手で自害せよ』
その傲慢不遜な態度にこの場にいる全員は戦慄した。
「いきなり何を言っているんだ。こちらとしては、敵対するのは好ましくないと思っている」
『煩わしい羽虫め。言い分があるなら、さっさと言ってみろ』
「まずはどういう了見でダンジョンを制圧しようと思ったんだよ。俺達は同じくダンジョンを運営する者として、場合によっては譲歩することだってできるだろ?」
俺の問いに、テトロはどうして理解できないのだろうかと深く吐息をついてかぶり振った。
『欲しいと思ったから奪うだけだ。俺はこの世の全てを手に入れる。そのためには帝国が邪魔だ。よって、帝国に行くまでの道中である貴様の土地を奪い、そこを拠点に制圧していく。まずは、近場の町、そして村と奪っていき、ゆくゆくは帝国を俺の手中に入れる』
自分の目的以外に興味は無く、そもそも眼中にすらないと言い放った。
町人達がざわめきはじめる。彼らにとってはこの戦いは完全に他人事ではなくなったのだ。
愛着のある今の町をモンスターに陵辱すると宣告された恐怖と、敵の傲慢な態度による不快感に、険しく顔をしかめていった。
『ゆえに、貴様の血でそのダンジョンを濡らしつくすことを約束しよう。命を捨てる覚悟しておけ』
テトロは鼻を鳴らして一蹴し、映像をプッツリと切りやがった。
ぷるぷると震える俺の手に、『通信が切れました』と画面に表示されたスマホだけが残される。
「おいおい。なんていうヤツなんだよ……!」
「おにいちゃん、肩が震えているよ! だっ、だいじょうぶ?」
あそこまでなじられて腹が立たないやつなどいるだろうか。冷静になれだと? もちろん冷静ではいるさ。怒りがじっくりと胸の内を焼いているがな。
「あらあら。相当に苦痛だったみたいですね。どんな風に落とし前をつけさせるのか楽しみになりました。旦那さま、とりあえずリラックスしましょうね」
不敵に笑ったオウレンが俺の背中におっぱいをむにょんと当ててきた。
「うぅっ、吐きそう……。突然やるなよ、うっぷ……」
構えていたならなんとかなるが、奇襲されるとまだ不安定である。戦う前なのに大ダメージを受けている俺。
「うぅ……まったく。最近さ、敵からのダメージは身の危険を感じるが、味方からのダメージは命の危険を感じるからこっちの方が深刻なんじゃないかと思い始めたんだけど。なあ、イチイ?」
オウレンの被害者によくなるイチイに同意を求めるが、イチイはさっきまで映像があった場所を呆然と見ていた。
「おい、イチイ?」
嵐の直中の小船のような不安感のある瞳。眺めている虚空の先に見えてしまった絶望に沈んでいるような不安感に立ち尽くしているように見えた。
「おい、イチイ?」
「なっ、なに!? ご主人さま!?」
「いや、なんでもない。どうしたんだ、無理はするなよ。俺達は敵ダンジョンに攻め込むが、おまえの調子が悪いなら小屋の防衛にまわってもいいんだからな」
「大丈夫だよ! 問題ないから!」
本人がそう言っているなら大丈夫だろう。一抹の不安もあるが、今は少しでも戦力が欲しい。ダンジョンとしての格は向こうが上なのだから、ダンジョンとしての物量の勝負になる延長戦は悪手だ。つまり、俺達は多少は無理をしてでも強襲しなければならない場面なのだ。
「もしかして、イチイちゃんも怒っていたのかしら? 怒るのも無理はないですわ。あれにはわたくしも苛立ちました。あら、影……?」
太陽の光が大きな影に遮られた。空を見上げてみると雲ではない大きな物体。敵のダンジョンらしき鉄の山が上空に浮いていた。
俺達が瞠目している一瞬の間に、山の底に無数の穴が開いた。大砲の弾のような巨大な爆弾がなだれ落ちてくる。空から爆弾の豪雨が降ってくる。
大きなダンジョンで、空を飛んでいるからこそできる力業を仕掛けてきた。
「おにいちゃん! 逃げられないよ!」
敵は本当にここのダンジョンはいらないと考えているようだ。欲しいのは拠点としての場所なのだ。焼け野原にしても構わないとすら思っている。
「おお! ありゃァ、あっぱれじゃ! そうじゃろぅなァ、戦争の華は武器じゃけぇのぅ! ええ武器じゃのぅ!」
ポンコツ丸は能天気な声を出して空を見上げていた。
「ったく、まだ使いたくなかったんだがな。度胆を抜いてやれ! やっちまいなポンコツ丸!」
「おう! こっちは、花火の時間じゃ!」
ポンコツ丸の片腕が変形していき、巨大な大砲になっていく。その重たい銃口を空に掲げた。
「我らも景気よくぶち撒けちゃれや。プニ太郎砲、発射ァァ――!」
爆音と共にプニ太郎が空に打ち上げられた。
空へ投げ出されたプニ太郎が薄い膜のように伸びていく。空からの爆弾を包み込むようにドスリと受け止めて、そのまま包み込むように落下した。プニ太郎の体の内側で砲弾の爆発が起こるが、その爆風ごと呑み込んでいった。
「おっし! さすが固有スキルだけのことはある。全部、食いきれたな!」
「あっはっはっは! 敵もブチたまげたじゃろうな!」
その光景に敵も度胆を抜かれただろうが、町人と助っ人の冒険者たちも度胆を抜かれていた。
「あんな使い方! 長い間モンスター討伐をしてきたが見たことないぞ!」
ギルドマスターが驚いているのをしり目に、元のサイズに戻ったプニ太郎がもしょもしょと爆弾を食べていく。
本来はレベルの低い敵を装備ごと食べる対抗策で用意していたのだが、この使い方もありだったようだ。作戦成功である。
「まだ危機は去っていないぞ。拠点を中心に守れたが、逆に言うなら拠点の場所を知られたようなものだ。気を引き締めろ!」
俺がそう言って警戒を促している間に、今度は黒くて大きな種のような物が落下してきた。ドスリと地に刺さる。ひとりでに種が割れると、中からモンスターが現れた。トカゲのような姿で人間のように二足歩行し、盾と剣を持っている。それはリザードマンだった。さらに、割れた種の殻から触手に似た蔓がうねり生え、周辺の木々を叩き薙いだ。どうやらこの種はモンスターの輸送器でありながら、種自身もモンスターのようだ。
「ワシらがここを守るんじゃ。八つ裂きにしてしまえ!」
『おおー!』
セリ村の村長の声に、町人達の斉唱が呼応する。町人達が盾と剣を持ってリザードマン達に特攻していく。
リザードマン以外にも次々に種が割れていく。中からはゴブリンに、黒狼、ライオンの顔と蛇のしっぽを持つキマイラまで現れた。
スマホの情報が更新されて着信音が鳴る。敵のダンジョンへ突入するためのワープホールの場所が確認できた。
「拠点の防衛は町人に任せるぞ。俺達、突入組はワープホールから敵のダンジョンに潜入する」
突入組のここにいる誰もが俺に注目し、互いに視線で意志を問い合った。
「目標は敵ダンジョンの踏破だ。――おまえら、行くぞ!」
『おう!』
敵のダンジョンを討たんと、応じられた声が戦場を震撼させた。
◇◇◇
「さがせ! 深淵の森のダンジョンコアを見つけるんだ!」
2人の町人がダンジョン小屋に忍び込んでいた。男達は小屋を物色してダンジョンコアを探している。
この男達は他の町人が命がけで戦っていることを小馬鹿にしていた。わざわざ戦うまでもなく、ダンジョンコアを手土産に敵へ持っていけば、おこぼれが貰えるはずだろうという魂胆のもとで動いているのだ。
もっとも、先ほどの対話を見ていれば、他人を気遣う愛情などなく、届けたところでその場で切り捨てられるだろうということは想像にも易い。不幸にも彼らは戦いから抜けていたからこそ知らなかった。
「くはははっ! 生真面目に苦労や努力? バカじゃねーのかよ。そんなことしなくても、簡単に手柄が入るじゃねーかよ。俺達はアタマのデキが違うんだよ」
「ついでに目に付くものも盗んでいくぞ。制圧されりゃ誰がやったかも分かんねーしな」
「ああ、ここはスゴイ場所だな。でっかい風呂があったし、貴族の屋敷よりも上じゃないのか? ダンジョンマスターの癖にいい生活してるじゃねーかよ。おお、見ろよ! そこの棚の皿! 真っ白でピカピカだぞ!」
ざらざらしていて着色で誤魔化している皿ではなく、すべすべした見た目の真っ白な皿に男は仰天した。
ダンジョンで支給される日用品はダンジョンマスターの知識に由来するシステムになっている。前世では地球に住んでいた知識があるため、アルミホイルしかり、皿、水道設備等はこの世界の住人からしてみれば高品質の家具とハイテクな家に感じられていた。
薄汚れた男の指先が棚に向かう。ダンジョンマスターにとってはすぐに支給される他愛もない物であるが、やはり泥棒されるとなると気分は良くはないだろう。
夜闇を連想させる漆黒のナイフが、そのとき虚空を切り男の手の甲に突き刺さった。それは忍者道具の1つで苦無と呼ばれるものであった。
「忍びの5行、その3! 義の輝きを守るゆえ、影の刃となりて敵を討たん!」
その苦無を投げた少女、アマチャが静かに現れた。
男が大声を上げる前に背後から首筋を叩き昏倒させる。まさに電光石火の早業であった。
「クソッ、どこから入ってきやがった!」
「元からいたのに気づかなかったのか? まったく、その狼藉、わたしの目が黒いうちは、見逃しはせんぞ。戦場の礼すら弁えぬ愚か者め、恥を知れ!」
2人目の男がナイフを鞘から抜き振り上げるが、アマチャがゆらりと腕を動かす。
アマチャを守るように放たれた鉄糸の螺旋が、男の手に絡みつく。
「遅いぞ。はぁッ!」
「チッ! このやろう!」
手を引っぱられて体重移動を崩した男がすかさず殴りかかってこようとするが、アマチャは両腕を振り上げる。すると男の体は宙を一回転して叩きつけられた。
「ガハァッッ!」
「女の細腕だと油断したか? 腕力だけがこの世界に存在する力の全てではないんだぞ」
「クソッ、こんチクショウが!」
男は逆上し、叩きつけられた体を起こして即座に接近してくる。
「やれやれ。壊さないように戦うのは辛いな」
アマチャは腰を動かす。腰に固定されていた苦無がカチャリと取り外された。
腰から外れて落下する苦無をアマチャは蹴り飛ばす。男の横髪を切り裂いた。男は攻撃が外れたと思い、嘲るように口元を崩した。
「もらったぜ!」
「いいや。もらったのはこちらだ」
アマチャが足をトンと鳴らすと、男は腕を後ろから糸に引っぱられるようにつんのめった。
実は先ほどに蹴り飛ばした苦無には糸がついていて操作が可能であった。蹴り上げた拍子に靴の金具に糸を引っかけて、器用に操作していたのだ。
「っとと。こんなものか」
ひゅんと軌道を変えたまだ長さに余裕がある糸が、男の首を巻いて締めつけていく。
「ぐぅ――っ!」
「殺さない方が難しいんだぞ。ここのダンジョンマスターに免じて、ありがたく思え」
張りめぐられた糸のうち、首に結ばれた糸を掴んで、ぎゅっと締めあげて止めをさすアマチャ。2人目の男も気絶したのを確認する。
そして武器を持っていないかボディーチェックをしたあと、その男達に忍者の痺れ薬を飲ませ、外までズリズリと引きずり置いて縛った。
こうして見せしめにしていればわざわざ盗みに入ろうとは思わないだろう。薬を飲ませたから万が一起きても心配はいらない。
アマチャの仕事は、がら空きになっているダンジョンの最終防衛だ。ダンジョンマスターいわく信用できない人間がいるかもしれないとアマチャをここに配置したが、このとおりに任務を立派にこなす結果となった。
「軍師か何かでもやっていたのか。まったく、先ほどの爆弾兵器攻撃と言い、読みが大当たりしすぎて逆に怖くなってくるな」
アマチャはダンジョンマスターと何度か話したことがあるが、彼はすぐに理解できる頭があり、それもアマチャの知らない知識まで持っていたこともあったのだからかなり教養がある人間だと感じていた。
「何度も会っているのに、話すたびに底知れない人柄だと感じる。まったく、おかしなヤツだったな。ふふっ」
アマチャはリラックスしているようにクスリと笑った。
こうして戦争となり他人に命を任せる状況になったが、不思議と心配が薄くなっているのだ。そのあたたかな安心感の源が何なのかは、彼女自身はまだ気付いていない。
しかし、いつの間にか彼は姫さま以外の信頼できる人物と重たい認識していたのは彼女自身も分かっていた。
「むむぅ。しかし、忍者であれど潜むのは大変だった。やはりベッドの中は危険だぞ。うっかりと本当に寝に入ってしまったぞ」
アマチャが低反発ウレタンマットレスを撫でる。なんとも言えない極上の柔らかさに頬を思わずゆるめた。なんとかしてコレを譲ってもらえないかなと思索してみたが、今は任務の途中であったことを思い出してブンブンと首を振って考えを追い払った。
「さてと、これで心置きなく戦えるだろう。もう少しだけ様子を見てから姫さまの所へ行くとするか。姫さま、そしてダンジョンマスター、ご武運を……!」
◇◇◇
落下してくる敵モンスターを町人達が迎撃していく。恐れながらの不恰好な剣筋ではあるが、着実にモンスター達を痛めつけていった。
ダンジョン小屋の防衛部隊。その中で特に戦果を挙げているのが――
「……フッ」
刃の銀光がきらめき踊る。藍色の着物の少女、キキョウであった。その動きは湖を華麗に舞い踊る白鳥のような しなやかな美しさすら感じられる。
視界を埋め尽くすほどのモンスターの群れ。キキョウは味気ないといったように飛び込んでいく。そしてキキョウと刹那にすれ違ったモンスター達が全て両断されていった。彼女の周囲には生きているものは、何ひとつ残りはしなかった。
『ヴオオォォ――ッッ!』
モンスター達の雄たけびがあがる。同属が殺されたと怒り狂い、キキョウへ絶叫をあげて吶喊してくる。
「うるさい囀り……」
津波のように押し寄せてくる魔獣の大群に、キキョウの姿は成すすべなく飲み込まれる。
キキョウの掻き消えた姿に、彼女を知っていた町人たちは悲鳴をあげる。
「……弱い」
そのひとことのもとに、一斉にモンスターが切り伏せられた。
「いくよ……!」
そして彼女は戦場の狩猟者となった。疾風の如く駆け抜け、モンスター達を優雅に撫で切って行く。獅子奮迅とはまさに彼女のことを言うのだろう。一気に討伐されていくモンスター達に、町人の士気が鼓舞されていく。
戦いは数が多いほうが勝つというのは戦争における真実だ。これはくつがえせない原理で、いわゆる根本原理が存在する。その世界の原理の方程式を彼女というたった一人の存在が、根本から切り捨てているのだ。
戦場にいる彼女はこの場にいる誰よりも強く、誰も寄せ付けない孤高の存在である。それは世界にたった1つしか存在しない太陽のように、ただただ世界を祓い照らしていく。スキル『陽后の加護』、太陽が出ている限り、彼女はいつも太陽の力に守られている。
「単に多いだけ。わたしが全て倒し尽くせば解決」
悲鳴をあげる魔獣のか細い断末魔。あれだけいた魔獣のひと群を1人で切り裂ききった。帝国の切り札のオルフィアと同等の彼女。すなわち、それと対等に渡り合っていたダンジョンマスターとも同等の力を持つ彼女が、たった数十程度の魔獣に足止めされるはずはないのは当然の結末である。
キキョウは立ち止まり、そっと刀の切っ先を緩めて次の獲物へ狙いを定める。
「つまり、勝利はわたしに約束されている……!」
『ヴオオォォ――ッッ!』
次の群れがキキョウへなだれ込む。
彼女は刃の先を鳴らした。優雅に殺戮の演舞を再演する。
「ワシらもあのお嬢ちゃんに続け! 遅れをとるな!」
『おおぉぉ――!』
凶暴なモンスターの怒号と、町人達の咆哮がぶつかり合った。




