議題:初めてダンジョン運営した件について
この世界は中世の西洋風味のような異世界だ。王様や貴族が仕切っていて、動物もいて、もちろん魔法が使える人や獣もいる。冒険者や旅人もいて、見かけは人間だけど獣耳のやつもいる。要するに本から出てきたようなゆるいファンタジーな世界である。
そして俺は魔王という存在に初めて遭った。
『――君が手に入れたダンジョンコアで、ぜひとも我ら魔界に協力して欲しい』
俺は前世の記憶を持って異世界に転生した。ここまではファンタジーのテンプレートのうちであるが、まさかダンジョンを建設することになるなんて思ってもみなかった。
「どうやらこれは本物の《ダンジョンコア》だったようだな。なるほど」
ダンジョンコアが起動したときに一緒に出てきた魔法のスマートフォンの立体画面越しの魔王が説明していく。要約すると魔界という場所は、生命力を燃料に魔法を使っているらしい。言うならば、現代の電気の代わりに人間などの生命力を燃料に魔界が動いているということ。その魔界にとっての発電所がダンジョンらしい。ダンジョンを創り上げたあかつきには、そこで奪った生命力を魔界に送って欲しいと申してきた。
『――ゆえにダンジョンマスターとなるべき逸材はモンスターでも人間でも構わない。このコアが発動できたということは、人類と敵対する覚悟があるのだろう。そう、我らはキミの力が必要なのだ。良い返事を期待している。以上だ』
魔法のスマホに浮かび上がっていた魔王の姿が消えて、『次へ』の表示が浮かび上がった。
別にダンジョンを経営してもいい。
だが、しかし! もらったダンジョンの拠点がちっちゃい小屋だったのはいかがなものだろうか!
「詐欺じゃねーかよ! 王子だった頃の生活の方がまだマシ……じゃないな。うぅ……思い出しただけでも寒気がする……!」
なにせ俺は女性恐怖症なのだ。俺は前世では女に苛められてトラウマとなった。
そして、王族に生まれ変わって、王子になってブルジョア人生の未来を喜んだのもつかの間。俺のレアな固有スキル『王者の遺伝子』があるせいで、勝手にハーレムができかけるし、顔を赤くしてハァハァ発情してる女の軍団に襲われるし、と散々な目にあって逃げ出してきたのだ。
まったく。何なんだよ、アイツら。俺のことを『パッと見は怖いけど、実はキュン×2しちゃう☆』とかワケが分からないこと好き勝手に言いやがって。キュンキュンってなんだよ。『実は』って何なんだよ。
とにかく、俺はそんな奴らから離れたかったのだ。自由を求めた俺は王宮から脱出して、ダンジョンコアを手に入れて今にいたるというわけだ。
要するに引きこもりたいなら、ダンジョンしか生きる道がなかったのである。
ダンジョン管理の道具がスマホっぽくて助かった。この管理道具は運営者にとって最適な形として付与される魔法らしい。魔界の技術力はなかなかのようだ。
『――うむ、この画面が出ていると言うことは、どうやらダンジョンを建設したのだな。協力、感謝する。貴様に任せるのは《深淵の森のダンジョン》だ。して、我から差し入れをやろう。貴様と波長の合った悪魔の加護を送ろう』
スマホに『画面をタップ!』と出てきた。タップすると、タロットカードが出てきてシャッフルされた。この中から1枚選ぶらしい。感性で選んだカードをタップすると、『WHEEL of FORTUNE』と描かれたタロットがオープンされた。
突然に画面から映像が飛び出してきて、思わずスマホを落とす。3D映像で1人の巨体の男が立っていた。筋骨隆々の男が腹の底から野太い声で叫ぶ。
「我が名は筋肉信仰の頂点に立つもの、マッスル神である! 貴様に加護をさずけに来た!」
どうしてこの男は海パン一丁なんだろうか。あと、何か言うたびにポーズを変えるのはどうしてだろうか。というか、神と名乗ったよな。魔王さんは悪魔の加護と言っていたよな。いや、悪夢だから正しいのか。ワケが分からない。
「ぶっちゃけるとさぁ。オレ、本当は正義の味方側なんだけど、最近のガキはチート魔法でイケメン勇者とか憧れやがって、マジでふざけんじゃねーよと思ってるんだよ。腹が立つ! 人間の体を動かしているのはなんだ! 心臓を動かしているのはなんだ! 筋肉じゃねーかよ! 筋肉は大切だぞ! みんな、もっと筋肉を敬えよ! 崇拝しろよ! 巨漢の筋肉キャラを雑魚のモブキャラとして使ってんじゃねーよ! 数百時間も、がんばってトレーニングしてるマジメな男の苦労を、なんとなくもらったチート魔法で秒殺するなよ! コンチクショウ! 魔法好きのイケメン勇者なんて、ブッ倒しちまえ! ということで、魔王殿と協力中なのだ。正義の神たちに、秘密裏にな!」
筋肉の信仰のために仕方ないことだと、勝手に納得してうなずいている。
キモい。立体映像だけど、なんか汗臭そうなにおいが漂っている気がする。でも、どうしてだろうか。そのあつぐるしい声に、ほんのわずかだけなつかしいものを感じた。
「そういうわけで、加護をやるぜ。そぉーいッッ!」
「グぁギャァァ――ッッ!」
なんて考えていたらぶっとい腕で、全力の腹パンチをされた。
痛い。立体映像なのに……。こういう渡し方をするから、脳筋キャラって嫌われるんじゃないの?
スマホがチカチカ光っている。
俺は殴られた腹をさすりながら画面を見た。
あなたのステータス
lv1
体力(HP)51
魔力(MP)29
打撃攻撃 53
打撃防御 51
魔法攻撃 0
魔法防御 0
素早さ 13
幸運 15
装備品
※スキルの影響で装備できません
固有スキル
王者の遺伝子
子供を生んだ場合、その子供は親の固有スキルと基礎ステータスが追加される。
スキル
マッスル神の加護・筋肉の知識
打撃攻撃、打撃防御の成長率が1.2倍に上昇する。
マッスル神の加護・野生の勘
取得経験値が1.2倍になる代わりに、武器が装備できない。
マッスル神の加護・筋肉の勘
取得経験値が1.5倍になる代わりに、防具が装備できない。
マッスル神の加護・ボディービルダーの勘
取得経験値が1.5倍になる代わりに、補助アクセサリが装備できない。
マッスル神の加護・剛筋の脈動
マッスル神に愛された者だけが得られるシークレットの加護である。
戦闘開始時に体中の筋肉が膨れ上がり戦闘態勢となる。打撃攻撃、打撃防御が2倍になる。
勇者の加護・鑑定査定
名前が分かっているモンスターや人物などのステータスが分かる。
勇者の加護・アイテムボックス
無限にアイテムを詰め込められる。入れた物は時間が止まる。
勇者の加護・カリスマ(人)
人間に気に入られやすい。
魔王の加護・眷属化
あなたの配下に対し、そのキャラクターへ固有スキルを1つずつ与えられる。
魔王の加護・隷属化
HPが少ない敵に対し、隷属を強いることができる。
魔王の加護・カリスマ(魔)
魔族に気に入られやすい。
最初は固有スキル1つだけだったのに、スキルが増えまくってる。神様すげー! というか、勇者の加護だなんて、筋肉の神さまは本当に正義側だったんだ! むしろ、それが驚いた!
ステータスは打撃系が50くらいある。これは強いのか弱いのか比べる対象が無いから分からないな。
「ん? スマホにメッセージが届いている。初心者サポートだと。なんだろう?」
NEWメッセージと出ている画面をタップする。『初心者サポートキャンペーンで、レア確定ガチャが4回できるよ!』と書いてあった。
「こいつは……回すしかないだろ!」
分かるだろ? ガチャはロマンなんだよ。ワクワクするよな。
レバーの画像が出てきたので、ぐるりとまわす。出てきたのは…………ゴールドカード《スーパーレア》、シルバーカード《レア》、シルバーカード《レア》、ゴールドカード《スーパーレア》!
そのカード達がオープンされていく。
スーパーレア:大きなお風呂セット
ダンジョンの拠点に大きなお風呂と用具を設置する。
レア:夜なべの極意
夜間限定で裁縫がプロ並みになる。裁縫セットもついてくる。
レア:不屈の剣
どんな敵でも決して折れず、何が起こっても決してサビない。
スーパーレア:冷凍食品生活の極意
あなたが今まで食べたことがある冷凍食品を、レンジで調理済みで練成できる。
「剣とか、装備できねーじゃないかよ。でも、風呂は助かるな。どれくらい大きな風呂なんだ」
スマホに『大きなお風呂セットが設置されました』と出ると、小屋の壁がピカピカと光った。
思わず目をつぶる。光が納まると、そこには新しい扉ができていた。その扉に入ってみる。
「これ、マジかよ……」
驚いた。どこかの温泉旅館みたいな施設があった。さっきつぶいた、『マジかよ』って声も浴場の中で反響している。響くほど広いと言うことか。さすがスーパーレアカードだ。
「ちょっと待て。屋根つきってことは勝手に増築されたのか? 外はどうなっているんだ?」
小屋の外に出る。かすかに春のぬくもりが感じられる青空色の風が頬を撫でた。
小屋を一周して見回してみたが増築されているはずの場所には何もない。さすがスーパーレアカードだ。現実をいろいろと越えていた。
「ん? なんかいるぞ? 草むらにいる?」
外に出たときに気づいたが、草むらがあやしく揺れ動いている。
これはお約束の時間だなとわくわくする。きっとモブのモンスターが出てきて、チートパワーでやっつける戦闘説明が来たのかもしれない。
ワクワクしながら草むらに寄ってみると、子供が出てきた。その子供は、ふらふらと現れて力なく倒れこんだ。
小さな背丈で、俺の胸元よりも低いだろうか。薄汚れた大きめのハンチング帽子をかぶっている。動きやすさを意識しているのか、半そでシャツにジーンズ系生地のほぼ股上までのショートパンツを合わせていて、子供特有の健康的で瑞々しい張りの生足を見せていた。
「おーい、そこのガキ。大丈夫か? 生きてるか?」
「う、うぅ……」
「病気ではなさそうだ。もしかして、水が欲しいのか?」
「みず。食べ、もの……」
両方だった。
ちょっと待て、すぐに用意してやるからな。
小屋に帰ってコップを用意する。水は……水道を引いた覚えがないのに台所に蛇口があった。どうやら小屋の設備もスマホ同様に運営者の記憶を元に加工されているらしい。
「魔界の技術って本当に凄いな。意外とここって住みやすいのかもしれないぞ」
俺は水を入れたコップを準備する。そして、冷凍食品生活の極意を発動させた。『ヨッシャ、オラ!』というかけ声と共に『ハンバーグプレート』が空からトスっと落ちてきた。ハンバーグプレートは、ひとり暮らしに優しい冷凍食品だ。ハンバーグとおかずが入っていて、あとはご飯があれば夕食になる。疲れて何もしたくないときには、最高の相棒だ。
それにしても、なんで極意を発動させるのにかけ声がいるのだろうか。マッスル神の趣味なのかもしれない。
俺は子供の前に水とハンバーグプレートを出してやった。
「ほら。これが分かるか?」
「みず……たべ、もの……!」
子供がゴクリと生唾を飲みこんだ。ものすごく期待したキラキラした瞳で俺を見つめてくる。
「食っていいぞ」
「ほん、と?」
「本当だから食え」
子供の顔が、ぱあぁぁっと明るくなった。子供がハンバーグプレートと水に手をつける。
「んぐ、んっぐ。ふぁ? ふ、ふっ……ふあああぁぁぁ――っ!!?」
「ど、どうしたんだ?」
「これ、おにくだ! おいしー! おいしくて、すごいっ!」
旨すぎて奇声を叫んだようだ。
「驚かせやがって。というか手で食うなよ……。おいっ、テメェ! そのコップは俺も使うんだぞ! あぁ、油ぎってるし手が汚れたし、なにやってんだよまったく。しょうがねぇな。風呂場から洗面器を持ってきてやるから待ってろ」
手を綺麗にせず、雑菌のついた手で食べると腹を壊すからな。汚したままは駄目だから、面倒くさいが世話を焼いてやる。
いや、待てよ。『実はキュン×2☆する』ってこれのことじゃ……。まさかな、この程度の世話焼きなら一般的なものだ。そうに違いない。
「ふろ、ば?」
「お風呂場な。いや、この際だから風呂に入れたほうが早いのか。ちょっとついて来い」
俺の後ろに子供がトコトコとついてくる。こら、ドアにさわろうとするな。おまえの手、ソースまみれで汚いだろう。なんのために風呂につれていくのか分かっていないようだ。
脱衣場までつれていく。まずは手を洗わせようと、風呂場の蛇口をひねり洗面器にお湯を注ぐ。ちょっと待て、コイツを入れるなら蛇口の使い方も教えないといけないのか。面倒くさいな。というか、コイツを先に入れたら一番風呂が俺でなくなるぞ。自分の家なのに。
「せっかくだから一緒に入ることにするか?」
「ええェェぇぇ! はっいィィ、入っていいの!? おふろは、貴族さま専用だよ!」
「入って良いぞ。手を洗ったらな」
俺はカゴに服を入れて、浴場へ向かう。どうせ自分専用なのだと、体なんか洗わないでざばーっと先に入ってしまおう。
誰もいないから湯船に飛び込むように入った。お湯が波をたてて贅沢にあふれていく。少し熱めだが、むしろそれが心地よかった。
「くぅ~っ! これだよ、風呂は心の癒しだよ。最高だ……!」
体の芯がじんわりと熱くなる。あたたかな湯船に肩までつかりながら、ぼーっと天井を見上げると、子供と目が合った。
「服を着ながら風呂場に入るとは。おまえ、なんてやつなんだ……!」
「どうやって、お風呂って入るかわからないから。貴族さまの物で、大変だから。はじめてだから、ごめんなさいっ!」
王族やら貴族の話かよ。だが、今の俺にはもう関係ない。
「ダンジョンは貴族とか関係ねーぞ。入り方は服とか、帽子とか、脱いで。脱いだのは適当なカゴの中に入れとけよ」
「うん! 分かった!」
パタパタと出て行く子供。そして、カゴを持ってまたこっちに来た。
「服とカゴを持ってきたよ。ぬすまれたら大変!」
満足げに『どうだ!』と したり顔をして俺の分まで持ってきやがった。こんな辺鄙なところで盗みを働くやつなんていないだろうに。もしかしてスラム出身の発想なのかもしれない。
「よいしょっと……」
子供がこちらの視線を気にしながら恥しげに帽子を脱いだ。帽子から犬耳がちょこんと出てきた。
「お、おまえ……!」
「やっぱり、ワンコ族は駄目、かな……?」
「違う、そうじゃ、ない……っ!」
「いいの!? やった、ありがとう!」
帽子から隠すように出てきたのは、犬耳だけではなくて『長い茶髪』だったところに驚いたのだ。
子供がうれしそうに服を脱いでいく。幼い裸体を恥ずかしげもなく俺にさらして、そして――
「やはり……おん、な、う、アアぁぁァァ…………!」
「わーい! 湖みたいで、すっごい! あぁ……気持ちいい……」
「オレは……気持ち、ワル、い…………」
「どうしたの? 気持ちよくて、寝ちゃったの?」
「さわ、ラ、ナい、で……。永眠、しちゃう…………!」
あまりのショックに意識が真っ白になった。
◇◇◇
目が覚めるとなぜか俺はベッドの上にいた。
そして猛烈に寒い。体中が震えて、歯の根がガチガチと合わない。
「さ、寒いィッ! ひィうッッ! オン、ナ!? なに、どうなってんの!?」
「あっ、おきた? あのね、夜になったからぴゅんってここに来たんだよ?」
「はァ?」
犬耳幼女いわく、昨日は風呂場からいきなりテレポートしてしまったらしい。どうやら風呂場は深夜になると締め切られるようだ。
「寒すぎるだろ。なんなんだよコレは……!」
「ここに来たのは初めてなの? あのね、ここはすごく冷えるよ」
夜になると冷えきる地形に俺は居るらしい。ダンジョンコアを起動させたら、いきなりこの小屋に飛ばされたので知らなかった。
犬耳幼女がニコニコ笑顔で俺にぴったりとくっついてきた。
「夜はね。ぎゅっと体をくっつけて寝るんだよ」
「いや、お前のところは野性っぽくてそうかもだけど……」
ヤバイ。毛布と布団をかぶっているのにまだ寒い。凍え死んでしまう。気合いとか、根性とかでどうにもならないレベルだ。筋肉神つかえねー! こういう時にこその暑苦しさだろ!
背に腹は変えられない。けっきょく俺は犬耳幼女と体を寄せ合うことにした。夜のうつらとした眠気により、生物的な本能なのか子供特有の少しだけ高い体温を求めてどんどんと密着したがっていくのを感じられる。
久しぶりに触れた人肌のぬくもりは、過去のどの記憶よりも暖かかった気がした。