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種なる正義が咲かせるもの  作者: 記野 真佳(きの まよい)
藪(ヤブ)から棒にスタイリッシュダンジョン生活
17/53

話題:ミスリルのウワサで、わりと強くなった件について

◇◇◇


 翌朝、コウカはギルドへ行ったが、依頼が全く無かった。自分以上の高ランカーは昨日の速報で、帝国からの防衛に行ったと後でわかった。

 強い戦力がどこにあるのかを把握するのがギルドの仕組みであり、だからこそ治安が守られているのだ。こういった緊急の呼び出しも以前に何度かはあった。

 コウカと顔なじみの受付嬢が声をかけてきた。


「コウカさん、いらっしゃっていたのですね。低ランクの仕事も、今は張り出しされていないですよ。甲虫こうちゅうの季節ですし」

「もうそんな時期か。ギルド長はいるかしら、前の任務のことで報告したいことがありますの」

「ギルド長はいませんよ。セリ村に同盟の話しをもちかけに行きました」


 ヤクショウ国が帝国に征服されたのは知っているため、このサース町もどこかしらと同盟を組みたいと思うのは分かる。ここのギルド長は元凄腕の冒険者でありながら、今の町長の仕事も兼任しているのだ。


「同盟は分かるけど、あんな小さい村と同盟を組むの? 特産物があったかすら疑問だけど?」

「ここだけの話ですが、セリ村の近辺には発見されていない魔力溜まりがあったようです。今から手を組んでおけば、将来に成長した後に見返りがあるという慧眼けいがんですよ」

「なるほど。忙しい人ですわね。そうそう、この前のおせんべいをありがとう。機会があったらまた食べたいわ」


 この受付の嬢からもらった、カッコン名物の揚げハニシロせんべい がとてもおいしかった。はちみつの甘みと風味付けされた揚げせんべいで、情報通ならば知っているという珍味である。


「コウカさんも気に入ってくれたようで良かったです。どうしてか人気が無いのですよね」

「おいしいけれども、それだけというのがあるかもしれませんわね。それなりに値段が張るのに高級感が無いのは致命的だと思うわ」

「それはあるかもしれませんね。高級感が無いなら貴族の人が好んで食べないわけで、そうなれば知名度は低そうです」


 貴族は税などを管理し、戦争になれば指揮に出る。いわば村や町のリーダーの役割がある。人を率いる職業のため印象を大切にするからこそ、カリスマ的に高貴な印象が必要なわけで、結果として高級感が大切になってくる。


 どうすれば売れるようになるかとコウカは思案する。もしかしたら風情がないのかもしれない。例えば旬の季節の花の蜜や食用花弁を練りこんでみるのはどうだろうか。例えば桜の花とかはどうだろうか。もしも、冒険で工場へ寄ることができたならアイディア提供をしてみようかとコウカは思った。

 食べ物の話をしていたら小腹が空いてきた。ギルド近くの喫茶店に寄ろう。


「コウカ先輩、お久しぶりです」


 ギルドを出ようとすると、後輩の少年冒険者に呼び止められた。


「この前の雨のとき、外套がいとうありがとうございました」

「ああ、アレね。ボロだからあげたつもりだったわ。もう執着も無いですので、そちらで処分しなさい」

「ありがとうございます。コウカさんも外套がいとうを着るのですね。上品ですから、なんとなくかさをさしているイメージでした」

「ここにいる人間に品も何もないでしょうに。そうね、夜行やこうの傘なら好きだから考えてあげてもいいわ」


 夜行やこうの傘は裏地に夜空の星が描いてある観賞用の日傘ひがさだ。遠回りに使わないと言い切った皮肉に、後輩の冒険者が笑った。


「あなたがここにいるということは、何か依頼はもらったの?」

「これから大甲虫だいこうちゅうの討伐です。先輩も一緒に来ますか?」

「往復で3日くらいかかるわね。うーん、遠慮しておくわ」

「そうですか。それにしても、今日のギルドは静かですね」

「上級ランクは帝国が動いたから出て行ったのよ」

「なるほど。そして、それ以外の慣れた人は大甲虫の方へ行きますから、ほとんどいないんですね」


 大甲虫は中級者の定番の鎧の材料になるし、農家へ持っていけば害虫の駆除をしてくれたと謝礼が出る。この街では当たり前すぎるから、ギルドに掲示されないのだ。

 低ランクの依頼すら無かったのは、これが原因だ。


 コウカは後輩の冒険者は別れ、目的地の喫茶店へ向かった。喫茶店のいつもの席に座って注文する。


「こちらはカモミールティーです。そして、サムザーム涼風ミックスゼリーでございます。ごゆっくりどうぞ」


 店員がさっとお茶とゼリーを持ってきた。

 今日は任務が無い。だから何も考えずに、のんびりと味わえる。


「そう思ったけれども、いろいろと考えてしまうものですわね。何をしようかしら」


 お金のたくわえは充分にある。泊まる宿の心配は無用で、食事も確保している。そもそも、その気になれば狩りに出かけられるだろうし、キャンプ用具もあるからタダで生活も出来る。だからこそ、これからの選択に悩んでいるのだ。


「とりあえず、これを食べながらですわね」


 ゼリーにしたのは、先日にダンジョンで大騒ぎながら食べたゼリーが美味しかったからなんとなくである。透き通った透明なゼリーに、色とりどりなカットフルーツが入っている。目にも鮮やかなフルーツゼリーだ。ひと口食べてみる。


「むむ、うーん。昨日の方が良かったかしらね。たまごゼリー、衝撃的だったわねえ」


 目の前にあるゼリーはたしかに美味しいが、何かが足りない。何が足りないのか頭を悩ませる。


「おいしいけれども、どこか味気ない。昨日との違い……楽しみが足りない?」


 いいや、食事に楽しみを求めるのはどうだろうか。バカなことを思いついたなと、積み上げた考えを流し捨てる。これは、贅沢な栄養補給だ。食を通した娯楽ごらくなのだ。


「娯楽? ああ、そうか。本当に楽しみが足りないってことなのかしらね」


 最初の結論で合っていたようだ。コウカは今まで生きてきた中で娯楽を感じたことはなかった。例えば食べるときは、栄養補給と割り切ってマズい冒険用の栄養食を食べていたり、みんなで食べるときも黙々と食事という行為を片付けたり、そういった効率しか考えていなかった。

 目標が大きすぎたからという理由もあるが、なんとも自分が今まで生きてきた人生が味気ないものだったのかとこの瞬間に初めて理解した。


「娯楽。楽しいことねえ……何か起こらないかしら」


 ゼリーをつつきながら考えている。窓辺を眺めていると、あのダンジョンで見たイチイと、その頭の上にぬいぐるみ人形がのっている姿をコウカは見つけた。イチイもこちらを見つけ、喫茶店に入店してくる。


「コウカおねーさんだ。久しぶり!」

「お久しぶりですわね。いつもダンジョンにこもっていると思ったけど、どうしてここに来たの?」


 イチイが説明していく。服や下着などの細かい生活用品が必要になったらしい。理由は不明だが最近はダンジョンに来る冒険者が増えたため、磨耗が激しくなったとのことである。ミスリルの鎧のことがどこかで漏れたのかなとコウカの頭によぎった。

 イチイがメニューを眺める。


「ご来店ありがとうございます。ご注文はおきまりでしょうか?」

「アップルジュース、くださいっ!」


 愛らしい元気な子供に店員はニコリと笑う。


「おいくつですか?」

「えーと、9才!」

「ごほん。失礼しました、いくつ注文しますか?」

「いっこ!」

「かしこまりました」


 店員が下がっていく。


識字しきじができるのね。誰かに教わったの?」

「ご主人さまに教えてもらったよ」

「あの人、世間は知らないくせに、がくに関してはやたらに博識ですわね」


 2人で談話する。コウカは暇だったのでイチイについていくことにした。店を出るとき、イチイが白金貨で会計しようとしたので、コウカは思わず吹き出してしまった。


「しっ、失礼しましたわ! わたくしが全部払います!」

「お金はあるから問題ないよ」

「違いますの! 隠しなさい!」


 代わりにコウカが支払った。白金貨なんて持ち歩いていたら、町の泥棒に目を付けられてしまってはたまらない。白金貨を渡したあのダンジョンマスターは、やはり世間体にうといようだ。


 白金貨をギルドに行って金貨に換えてもらうことにした。交換するのに待たされていると、ぎょうぎょう々しい貴族が入ってきた。


「あら、コウカ。久しぶりね。相変わらず、こんな汗臭いところにいるの?」


 そこにいたのはコウカの姉であるキクカであった。


「お姉さま……」

「いい加減に野蛮な職業は辞めて実家に帰ったらどうなの?」


 冒険者は村の役に立たずに追い出されたあぶれた人間がなる職業でもある。ゆえに、キクカは冒険者を嫌っていた。


「お断りします。わたしは、わたしのやりたいことをするだけです」

「それが実を結ぶのはいつになるのかしらね」


 コウカは不敵に笑った。


「先日、ようやく実を結ぶことが出来ましたわよ。ミスリルの鎧を、それも新品を手に入れることが出来ましたので実家へ送りました」

「……それは本当なの?」

「ええ真実ですわよ」


 キクカの目つきが冷たくなり、えぐるような視線に変化する。


「一発だけ運よく当たっただけでよくも大きな顔をできるわね。調子に乗らないの」

「その一発を当てるには、たくさんの苦難の下地がありました。少しは認めたらいかがですか?」


 口調こそは冷静だったが、2人は火花を散らして口論していた。

 ギルドの扉が、勢いよく開かれた。


「大変だ! 帝国兵がひそんでいやがった! みんな逃げるんだ!」


 それと同時に、ギルド職員が声をあらげた。


「緊急の電報が入りました。セリ村に帝国兵が潜んでいました! カラカン町とカユーリ村、アイオビロード町からも電報が! こちらも襲撃されているようです!」


 別の職員が受け付けの机を飛び越えて、入ってきた冒険者に急いで事情を聞いていく。

 潜んでいた帝国兵は1人で、召喚師だったらしい。どうやら少数精鋭でいろいろな村に奇襲をかけてきているようだ。

 コウカは歯噛みした。


「上級冒険者は町を出るように誘導されてしまったのね。そして今はギルドマスターもいない。最悪の事態じゃないの」

「そうなの? まったくギルドも仕事をなさいよ。腑抜けているからこんな事態になったじゃないの」


 それを言うのはこくだろう。最悪のタイミングになるよう狙って作り上げたからこそ、帝国が攻めてきたのだろうから。

 ギルド職員がコウカを呼んだ。


「コウカさん、出撃してもらえませんか」

「いいわよ。敵の情報は? そしてこちらの戦力は?」

「まず、敵の情報です。確認できている敵は召喚師1人。扱っているモンスターはクロコリザードです」


 クロコダイルのような固いうろこ獰猛どうもうな牙に、フレイムリザードのように火を吹いてくるモンスターだ。本来は上級冒険者が数人がかりで倒すものである。


「こちらの戦力は、上級冒険者はコウカさんのみです。今いるのは初級冒険者が5人と、中級冒険者あがりの職員が2人です」

「わたしが出るわ。あなた達は町人の避難を優先して。荒事は冒険者の仕事だから」


 きびすを帰してギルドを出ようとするコウカをキクカが止めた。


「あなたがいかなくても、誰かが助けるはず。貴族であるあなたじゃなくても良いじゃないの?」


 それに対してコウカは、誇らしげに小さく笑った。


「誰かが助けるのなら、その誰かがわたくしであってもいいでしょう?」

「コウカおねーさん!イチイもがんばるよ!」

「お願いね。避難が終わるまでの時間稼ぎの戦いになるから、危ないと思ったらすぐに逃げなさい。ここで命を落とす必要はないわ。失礼しますわ、お姉さま」


◇◇◇


 全身が15メートルはあろうか。ワニのような硬いうろこにおおわれ、ドラゴンを連想させるような面構つらがまえ。鋭い爪を持つクロコリザードが街を破壊していた。


「いっくよっ! すぅ……おおォォ――ッ! やァッ!」


 イチイが切り裂きにかかる。一撃、二撃と攻撃を重ねていくが、硬い鱗ではダメージが通らない。

 コウカが手を掲げて空気中からマナを引き寄せる。光の粒が集まっていき、水滴へ変換されていく。水流の剣を作り出し、クロコリザードへ切りかかった。


「はぁっ! そこですわ!」


 コウカとイチイが連続攻撃していくが、クロコリザードは表情を変えない。2人を倒すべき敵と判別し、爪をふるって反撃をしてくる。


「おっと! わわっ、あぶなかった!」

「打撃攻撃が高い敵だから気をつけて! それと、しっぽも使ってくるから油断してはいけませんわ!」

「りょうかい! はぁっ!」


 攻撃を与えてはいるが、ダメージは入っていないようだ。

 ある程度、うろこを傷つけなければ本体にはダメージを与えられない。鱗を傷つけるのが先か、こちらのスタミナが切れるかが勝負の分かれ目になるだろう。


「イチイちゃん、避けて!」

「えっ?」


 クロコリザードが口を大きく開けた。イチイは噛み付きの攻撃と読んでバックステップで避けるがそれは読み間違えであったのだ。クロコリザードが口から灼熱の炎玉を吐き出された。



「ウオオォォ――、オらァァァっシャアァッ!」


 炎玉がイチイに着弾する前に、巨体が叫びながら割り込んできた。筋骨粒々の巨体が炎玉を殴りつけて、強引に消火してしまった。


「ミーヌ! やっちまえ!」

「……どとけっ!」


 固有スキル『七宝染銃』により、貫通の性質を持たせた魔弾が放たれる。光弾が炸裂しクロコリザードが絶叫する。初めてまともなダメージを与えられた。


「あなたは、ダンジョンマスター!?」

「油断するな、後ろからアイツが来るぞ!」


 アイツと呼ばれたソレは2階建ての家を押し潰してその顔を覗かせた。巨大なトカゲがチロチロと舌を出して生贄となる獲物を探していた。一歩踏み歩くたびに、その足跡には蜘蛛の巣状に亀裂が地に走る。その巨体に破壊のパワーが宿っているのは容易に想像が付いた。

 大トカゲが俊敏な動きで、爪で切り裂きにかかってくる。


「伏せろ、コウカ!」

「っ!? フッ!」


 横に凪ぐように繰り出された爪を避ける。その威力は勢いが余って建物を崩し、それでも衝撃を抑えられず地震が起こった。


 しかし、被害はそれだけでとどまらなかった。地震でパニックを起こした人々の叫び声に、コウカはハッと気づき疾走する。


「どうしたんだ!?」

「ここは避難経路が近いのよ! 誰かが足止めしないと、大変なことになるわ!」


 コウカが水の剣を解呪して、風の弓に持ち変えた。そして道を塞ぐように立つ。


「ここから先は、絶対に通しませんわ!」


 それは、ここをコウカは動けないという意味でもあった。コウカは冒険者であり避難経路をしっかりと覚えていた。逆に言うなら、寄せ付けないようにするのは道を知っているコウカにしかできない行為である。


「町人の防衛は任せたぞ! イチイ、ミーヌ! お前らは2人で組め! 俺単独と、お前らの2チームに分かれて、ターゲットを散らしてダメージを分散させろ。数が多い利点を突くんだ。延長戦にもつれ込ませて、場を引っ掻き回せ!」

「ご主人さま、分かった!」

「了解、お兄ちゃん!」


 ダンジョンマスターが見事に指揮を取る。


「あら、分かりやすいですこと。いい指揮ですわね」

「ウチのダンジョンにミスリルが落ちるとウワサされていたみたいでな。冒険者が来るようになって集団戦闘に慣れちまった」


 コウカは申しわけ無さそうに、小さく愛らしい舌をチロリと出した。



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