解題:チートな俺はやはり最強だった件について
◇◇◇
その姿は少女と言うには艶やかすぎており、豊満に成長していた。言うならば乙女や娘という表現がしっくりくるだろうか。冒険者ではあるため少々格好が薄汚れてはいるが、決して彼女の内面の煌びやかさは負けておらず、良いところで過ごしたのだろうか雅やかな雰囲気があふれていた。
その若い娘が、隣にいる青年に問いかける。
「まったく本当ですの、ガジュツ? マスコットフェアリーがボスだったというのは?」
「本当だ、コウカ! 嘘じゃない!」
コウカと呼ばれた娘は、たしかにおかしな事態になっているとは思っていた。
彼女は久しぶりに町に帰ってきて買い物をしていると、聖騎士がやられたとのウワサを拾った。もちろん聖騎士といえど人間なのだからやられるときがあるのは当然で、おそらくダンジョンで事故のようなものに遭ったのだろうと思う。だが、勇者は事故ではないと思っているのか警戒を解かないのだ。
警戒しすぎでピリピリしていて、隣にいるだけで肩がコリそうだ。
「へへっ。お嬢ちゃん、なかなかイイ身体してんじゃねーかよ」
「すげー、胸がデカいんだな。かけだしの冒険者って貧乏が多いんだよな。お嬢ちゃんもかけだしの頃は、その身体でたくさん男を食ってきたんだろう?」
「おめー、そこだけじゃなくて、イロイロ誉めろよ。俺は尻も忘れてねーぞ。というわけで、金ならやるから、帰りは俺達と一緒に楽しいことしようぜ。なぁ?」
後ろにいるのは薄汚い三人組で、コウカが知らない間に勇者が雇ってきたらしい。風貌や足の動かし方からして、どうやら盗賊崩れのように感じた。それにしても下品すぎる。
「…………」
鋭い軽蔑のまなざしを送る。男達は、おどけたように怖いなと言って笑った。コウカはため息を吐いて、この男たちを無視することを決めこんだ。
ため息を吐いたときに、ゆさりと上下した胸に男達が忍び笑いをする。ボリュームのある胸を笑われたコウカはコンプレックスが刺激されて、露骨に嫌な顔をした。
男達はその顔を指を差してゲラゲラと笑って、勇者の方へ会話を向ける。
「勇者さんよぉ、本当にアンタは強いんだろうな」
「おう! そこらへんのモンスターなんか一撃で倒せるぜ」
「そいつぁ頼もしい。俺たちも、ここのダンジョンには痛い目にあいまして、ようやく復讐できるってモンですよ」
「ああ。ダンジョンを征服できたなら、死んじまったお頭の鼻が高いってモンだ」
いま、お頭って言わなかった!? コウカは驚愕した。
ガジュツを問い詰めると、彼らは唯一の盗賊の生き残りらしい。日が浅いため討伐リストに入っておらず、入団してすぐに壊滅させられたものだから特に犯した罪も無い。裁くわけにもいかずにギルドで付き人として強制労働をする条件で保釈となったのだ。
ガジュツは、付き人という建前で戦力を率いることができ、素人よりも盗賊のほうが強そうだからと良く分からない理由で率いてる理由を述べてきた。利用できるものはなんでも使ってやるとのこと。
それ、本人的には器が大きいつもりみたいだけど、単に頭がおバカなだけなんじゃないかと本気で心配した。知り合いとはいえそこまでは世話は出来ないと、あとで割りをくっても知らんぷりをしようとコウカは決める。
「それにしても、盗賊が手を焼いているですってね。意外と本当の話かもしれないわ……」
もしもマスコットフェアリーがボスだったなら、ボス補正も入ってかなり大きな経験値をもらえるはず。倒せば魔王と戦えるくらいに強くなれるかもしれないし、ボスだろうが元はフェアリーなのだから体力も少ないはず。一撃さえ当てればなんとか勝てるだろう。
仮にボスでなかったとしても、突然変異体なら討伐部位である妖精の羽の質も違うはずであり、モンスター研究所からの多額の謝礼が出る可能性もある。まさに一攫千金と言うことだ。
「教えたくなかったけど、ひとりじゃ絶対に勝てないから特別に教えてやったんだ」
「はいはい、そうですか。ありがとうございます」
可能性として考えただけでコウカは期待をしていなかった。さっき会ったゴブリンはレベル1であったし、ダンジョン自体が変異した痕跡も無い。幻覚を使うモンスターが突然変異で出たのかもしれないとコウカは見切りをつけていた。
「はぁ……。まったく、もう。我慢ですわ……」
ガジュツは勇者という身分であるためその扱いにギルドは手を焼いていて、端的に言えばコウカはガジュツのお守りとして呼ばれたのだ。ガジュツと一緒に行くことで特別報酬がギルドから裏で渡されることになっていて、そちらの方がコウカにとってみればメインの報酬であった。
突然にダン!と銃声が響く。盗賊の男が一人倒れた。
「なんだ! どうなってるんだ!」
「まさか、あの夜のデカ男が来たんじゃないのか!?」
「くっ、あの妖精の仕業か!?」
錯乱している盗賊とガジュツ。コウカは冷静に倒れた盗賊に目をやる。
「なんてことないわ。毒状態になっているだけよ。ほら、立てる?」
「クソッ、吐きそうだ。気持ち悪りぃ。誰か、アイテムを分けてくれ」
隣にいた盗賊が手当てしようと近づくと、再び銃声が聞こえる。近づいた盗賊が大声を上げてナイフを振り回した。
「おいっ、どうしたんだよ!?」
「慌てるな。混乱状態だ、一発ぶん殴れば収まる」
ガジュツが混乱した盗賊を殴って正気を取り戻させる。
再び銃声が鳴る。最初に毒を受けていた盗賊の男がストンと地に伏せた。今度は眠ってしまっている。
「おいっ、アイツはどうなったんだよ! 助かるのか!」
「助かるからおまえが落ち着け。とにかくアイテムを使って、ぐあ――っ!」
ガジュツが撃たれた、息苦しそうに胸を押さえている。
「くそ。これは『衰弱』だ」
「勇者さん、そいつは大丈夫ですかい?」
「命に問題は無いが、この息苦しさでは剣を全力ふるえないだろう。打撃攻撃が半減させられた。しかも、状態異常だけかと思ったがダメージもかなりある。通常の銃と同じくらいだ……!」
「つまり、状態異常を回復しながら進めばいいってことッスね」
「いや、それは……」
ガジュツが黙り込んで思考にふけった。逆上しない冷静さに、さすがは戦闘のプロである勇者だとコウカは素直に感嘆した。
相手はかなり危険な相手である。決して弱くは無いダメージと状態異常の併用攻撃をしかけてくる。おそらくアイテムを1回使っている間に向こうも攻撃してくるだろうから、状態異常だけ気にしていればダメージで体力が弱り、ダメージだけ気にしていれば状態異常で動きを封じられてしまう。強制的な二択を迫っていく攻撃だ。
これが五人いるからこそ、向こうが攻撃を分散させてきてコウカ達は考える余裕があるのだ。一人でこの相手と戦っていたなら、状態異常の重ねがけをしてきてレベル差など関係なく完封されていただろう。それくらい恐ろしいスキルを持つ敵がこのダンジョンの奥に潜んでいるのだ。
アイテムが尽きるまでに最深部へたどり着けるか。そもそも遠距離でこれほどの強さならば、ダンジョンの中心にたどり着いたところで真正面から戦って勝てるのかという問題も残っている。ガジュツはそれらの要素を考えていた。
「うぅ、毒で気持ち悪りぃ。クソッ、寝ていた」
「このヤロウ! 肝心なときに寝やがって!」
「テメーがそうやって足手まといだから、俺たちが追い詰められるんだぞ!」
「うっせぇ! テメェらが俺を回復させねぇから悪りぃんだろうが!」
三人の盗賊が言い合いをしている。勇者がいるから勝てると踏んでいるのだろう。呑気な奴らである。
「まったく。あなたのマスコットフェアリーの話も嘘じゃないとすら思えてきたわ」
「当然だ。おまえら、このまま突き進むぞ!」
「さすが勇者様です! ヨッ、カッコイイ!」
「おう! 男気があるぜ!」
「たくましい判断だ! 突き進め!」
「あなた達ねぇ……」
呆れた言葉のひとつでも浴びせてやろうかと思った矢先に、小さな影が迫ってきていた。鋭い剣閃がガジュツに切りかかる。
「フッ! こっ、こいつは! マスコットフェアリーの隣にいたぬいぐるみだ!」
勇者はギリギリで受け止めた。テディベアのぬいぐるみ人形が独特な形の細剣を持って立ちはだかってきた。
「雑魚は俺たちの出番だぜ! オラァッ!」
「駄目よ、いけないッ!」
ぬいぐるみ人形へ攻撃しようとした盗賊が撃たれて、ピクピクと痙攣しながらしゃがみこんだ。今度は麻痺攻撃だ!
「妨害を狙ってきましたわね。どこのガンナーか知らないけど、なかなかじゃないの……っ!」
コウカが手を掲げると風の魔力が集まってきた。集まった魔力が光の塊となっていき、弓矢を形成した。
「そこです。やぁっ!」
風圧を束ねた矢が放たれる。
しかし、ぬいぐるみ人形に当たらない。体が小さすぎて狙いが定めにくいのだ。
ぬいぐるみ人形が好機とばかりに、コウカへ向かってくる。
「おバカさんね。魔法戦士の手の内を舐めないでもらいたいですわっ!」
弓矢が光の粒となって溶け、続いて火の魔力が集まっていった。その魔光の粒の中心から取り出したのは、猛火の槍であった。
「セイやっ!」
横に薙いで牽制してからの、突き攻撃。燃焼している切っ先が、火の弧を作って残存する。
しかし、ぬいぐるみ人形は間合いに飛び込んでこない。ぬいぐるみ人形は攻撃を止め、すぐに撤退してしまった。
「すごいです、姐さん!」
「完璧でしたよ! マジでシビれました!」
「魔法がカッコよかったッス!」
「ちょっとお待ちなさい。あの撤退は、何かおかしいと……」
勝手に盛り上がっている盗賊の男たちをいさめようとしたときである。彼らの背後に、熊のような大男が現れた。
◇◇◇
俺達は遠くから眺めていた。
やってくるのは盗賊っぽいやつ3人に、2人の男女。男女の方は両方とも年齢的に、前世でいう高校生くらいだろうか。ミーヌに「こっち来んな」というメッセージを込めて銃を撃ってもらったが、あの人達はまったく帰る気がないようだ。それならと固有スキルの『七宝染銃』の効果実験をしてもらったが、ミーヌの固有スキルはヤバいということが分かった。
あいつ、魔力を消費しないでケロッと魔弾を撃ったんだぜ。魔弾だから弾薬は使わないので、実質的に残弾数無限の銃になったらしい。さらに弾丸に乗せる魔力の波長でいろんな異常状態を付与できるのだ。しかも、通常攻撃と変わらないダメージと一緒に状態異常にするからさらにヤバイ。『狙い撃ち』のスキルがあるおかげで、距離が遠くても当たるからもっとヤバイ。練習すれば連射できるかもと言っていたので頭がおかしくなるくらいヤバイ。連射したとき一発ずつに異常状態を変えてみたらすごくなりそうとか言ってたので、頭がおかしくなって死ぬほどヤバイ。
結論。めっちゃヤバイ、である。
そのめっちゃヤバイ銃撃を受けても奴らは去らない。小屋に近づかれたらいろいろと面倒だと、俺が直接あいつらと戦うことにした。先日の聖騎士との戦いで、ちゃんと俺も前に出て戦わないといけないことを痛感して、しっかりと経験を積もうと思ったからでもある。
現場へ向かうと、ぬいぐるみ人形が先に戦っていた。こちらの姿を見ると、さっと撤退する。この戦いは俺に花を持たせてくれるらしい。なかなかしたたかに仕事をするやつじゃないか。
女戦士に気づかれた。俺の体が大きくなってバリバリッてなる。
「うぉわぁっ! クマ人間が出てきた!」
「違う! クマの腹から人間が食い破って出てきたんだ!」
「これがあの夜に戦ったバケモンなのか! ヤベェよ、どうするんだよ!」
なんだか盛大に勘違いされているっぽい。これ、毛布だぞ。最近ずっと着ていたせいで忘れていて、久しぶりにバリバリしちゃったけど。
「仲間の仇だぁっ! やっちまいな!」
「おっしゃっ! オラァ!」
「死ね、このやろう!」
剣を抜いた盗賊っぽい3人組が襲いかかってきた。
「フンぬゥゥッッ!」
左右から迫る剣は、左右ずつの裏拳で剣の背を殴りつける。2本の剣がバキリと根元から折れた。
「なんで簡単に折るんだよ!?」
「なんという力なんだ! どうするんだよ!?」
「俺にまかせろォッ!」
正面からのひとりに対して、振り下ろされた刃へ白刃取りを構える。
「セイやっ!」
かけ声と共に両手ではさむとパシンみたいな音じゃなくて、ガン!とハンマーで叩いたかのような音が出た。人体では普通は出せないような音に、盗賊が驚く。取った俺がもっと驚いた。何が起こったんだとゆっくり手を開いてみる。
どうやらはさみ取るときに力を入れすぎて剣を押し潰してしまっていた。刃の途中から手形にぺたんこになっている剣ができあがっていた。ぺらぺらに薄くなった剣がそよ風に吹かれるとぽっきりと折れた。
「お、おおおっおかしいだろ! なんていう潰れ方をするんだよ!」
「こんな戦い方するやつ、見たことねぇよ!」
「3人同時でこれだと! どうするんだよ!」
「そこをどけ! 俺が行く!」
カッコイイマントをつけたイケメンが突っ込んできた。俺は拳を繰り出すが、イケメンは華麗に避ける。
コイツ、なかなかできる!
「もらったッ!」
剣が俺の体に差し込まれる! が、ガインとかいう人間じゃ出せないような音がまた出た。
「なんだと!? 剣が動かねぇ!」
「ったく。テメェは甘いんだよ。翼が生えて、重力が仕事してくれなかったキザ天使にくらべちゃぬるすぎるぞ」
「当たったのに! クソッ、どうしてなんだよ!?」
ちょうどイケメンの剣が、俺の筋肉と筋肉の割れ目に入ったのだ。だから力を入れてふんばって筋肉を硬くしたらガインってはさまった。やっぱり俺はチートだ。前回の聖騎士がチートすぎたのだ。
強引に剣を引き抜こうとするイケメンだが、動かすほどに剣がピキピキと軋んでいく。やがて剣がバッキリと折れてしまった。
「う、嘘だろ……。覇者の剣が、そんな……っ!」
「まずいぞ! 勇者さんを守れ!」
「く、くそうっ! こんにゃろう!」
「こうならヤケだ!」
盗賊の3人が殴りかかってきた。
俺は最初の1人のパンチを正面から握った。力を込めると、盗賊の拳からメキメキと音が鳴った。
「ぎゃぁァァ――っ! 手がァァッッ!」
その手を離さず、掴んだ盗賊の体をムチのようにブォンとしならせて飛びかかってきた別の盗賊に叩きぶつける。
「ぐ、ばぁっッ」
当たった盗賊は、空中を側転するように転がって木に衝突して、豪快に幹をしならせた。その体が光の粒になって消えていく。まずは1人を撃破。
「まだまだいくぜ! おお――っ! っしゃアァッッ!」
まだ掴んでいる手は離さない。もう一人の盗賊へ、手を握っている盗賊を使って叩きのめす。
「や、やめろぉ、こっちに来るなぁぁっっ!」
うすく光るバリアを張ってきた。こちらの盗賊は魔法が使えたらしい。
だが俺は気にしない。そのまま掴んでいる盗賊を武器に、強引にバリアを叩きまくる。一発目でひび割れて、二発目でひびが広がり、三発目でバリアが叩き割れた。
「う、うそだろ……っ! これ、打撃用のやつだぞ。10秒すらもたないとか、頭おかしすぎだろ……」
「どっ、セイりゃ――ッッ!」
手を持っていた盗賊を、戦慄している最後の盗賊に叩き投げた。地震のような深く響く音が叩き鳴る。叩きつけられた衝撃で砂埃が高く舞った。隕石でも落ちた痕のようなクレーターのへこみができあがった。
光の粒となって2人が消えていく。これで事実上、盗賊たちは残党も含めて完全撃破できた。
気づけば女の戦士と、勇者と呼ばれていたイケメンの姿がいなくなっていた。どうやら勝負はこれで終了のようだ。




