5話
先天性魔素比重異常。
別名“色つき”弊害症候群。カラーリングシンドロームなどと呼ばれることもある 。
“色つき”と呼ばれる所以である。
簡単に言えば、生まれつき体内の魔素とアンチエリクシルの比重が著しく偏ったまま安定してしまっている状態を指す。
魔素は魔法の燃料ともなる魔力の元である。 魔素の量は魔力の量に直結すので、単純に言って魔力量の多い人間はそのまま魔素の多い人間と言い換えることが出来る。
そもそもの話、人間が体内に留めておける魔素の量と言うのはそれほど個人差が無い。それは人間と言う種の限界であるが故と言われる。
つまり人の魔素の量にほぼ差が無い以上、魔力量にも差が無いか…………と言われればそうではない。
有体に言えば、アンチエリクシルの質と言うものがその全てを決定する。
アンチエリクシルは魔素を無力化する反魔素物質だ。それが分かったのは魔素の発見からそれほど時を置かずしてだが、それ以上に驚愕の事実が見つかったのはそのさらに十年近く後の話。
アンチエリクシルは魔素以外とは結びつかず、何の作用も起さない。
いや、正確に言えば、現存する魔素以外の全ての原子、分子と結合せず、なんら作用も起さない。と言ったほうが正しい。それは逆に言えば、魔素以外の何を加えても、アンチエリクシルに何ら変化を起せないと言うことである。
まさしく驚きの物質である。まさしく魔素を中和するためだけに存在するような不可思議な物質。
そしてそれに質のようなものがあることが、近年の研究によって分かってきた。
細胞に染み付いた魔素とアンチエリクシルは互いに結合し合い、安定を保っている。その割合は基本的に一対二。魔素の倍量のアンチエリクシルが基本だと言われている。人間に直接魔法を使っても極めて作用しにくいのはこのアンチエリクシルの量の多さが原因である。言った通り、アンチエリクシルは魔素を中和、無効化するため、魔法を容易く分解、中和、無効化してしまう。しかもアンチエリクシルと言うのは決して減らず、増えもしないので、消耗と言う概念が無い。中和された魔素は無害なものとなって体内から排出され、また体内で新しい魔素が生成される。無害化した魔素から結合を切り離したアンチエリクシルはさらに新しく生成された魔素と結びつき、無害化する。
人間の体内ではこれを無限に繰り返している。
アンチエリクシルは先も言った通り、魔素以外には極めて無害な毒にも薬にもならない物質である。故に魔法を使って魔力を消費し、結果的に体内の魔素が減ったとしても、特に問題は起こらない、逆に魔素が増え続け、アンチエリクシルが中和しきれない場合、魔力の生成が止まらず魔法の暴走を引き起こすのだが現在第三世代の持つ導具によってそれは抑えられている。
と、まあそれはさておき、本来一対二の割合で魔素を中和していくアンチエリクシルだが、そこに質、もしくは格のようなものが個人差で存在することが発見された。例えば魔素とアンチエリクシルが二対三で結びついている場合、魔素量に個人差が無い以上、一対二の割合よりもアンチエリクシルが少量で釣合いが取れる。その場合、余剰となったアンチエリクシルはどうなるのか。
簡単に言えば外部から受け入れた魔素を中和するようになる。
実は人間なら誰しも魔素を持つと言ったが、もっと正確に言えば。
地球上の全てが魔素を含有している。
だからこそ、魔素は創造の欠片とすら言われるのだ。
例えば今呼吸しているこの空気中にも魔素は存在しており、空気の移動で一緒に吸い込まれたりはしないが、それでも一時的に体内に吸収する方法はある。だが吸収してもアンチエリクシルが結合しない以上、留め置くことは出来ない。つまり魔法を使う時に足りない魔素を補うようなその場凌ぎのような効果は期待できても、根本的には魔力量を増やすことにはならないのだ。
だがアンチエリクシルに余剰があれば、それは体内の魔力として受け入れられ、留めおくことができる。
これを貯蔵魔力と呼んだりする。体内で生成される魔力とは別の体外から魔力を吸収し集め置く方法。
有体に言って、これこそが総魔力量の個人差の秘密である。
さて、最初の話に戻るが、極々稀、数百万人に一人と言われる割合でこの魔素とアンチエリクシルの比重が、極端なほどに偏った人間がいる。
三対二どころではない、一番程度の軽いもので九対一。十対一、と言った他と比較するのも馬鹿らしいほどに偏っている。
そう言った人間は、生まれつき莫大な量の魔力をその身に宿している。
少し話しは変わるが、魔素と言うのは実は有害だ。いや、有害と言う言い方もおかしいのだが、高濃度の魔素を浴び続けた生物と言うのは種としての根幹が破壊されていく、数年前に無許可で魔素の実験を行った某国のとある研究所が生み出した暴走ラットの引き起こしたハザードパニックは未だ現代人の記憶に新しい。
いくらとんでもなく強力なアンチエリクシルで中和しようと、それだけ莫大な魔力、保持しているだけで影響が無いはずが無いのだ。
故に弊害症候群。弊害は真っ先に外見に現れる。
髪と瞳の色が通常では有り得ないものへと変化する。
まるで虹のように、その保有する魔力量によって赤、橙、黄、緑、青、藍、紫と変化する。
これこそが、先天性魔素比重異常が、色つき弊害症候群と呼ばれる最大の理由である。
通常人類では有り得ない髪と瞳の色は通常では有り得ないほどの莫大な魔力を宿した証となり、有り得ない色をした彼、彼女たちを通称“色つき”と呼ぶ。
色つきは誰も彼もが強大かつ莫大な魔力を持つが、魔力量によって色が変わるように、色ごとにランク分けもされている。
中でも藍、紫は世界中見渡しても片手の指の数で足りるほどにしか存在せず、その絶大な魔力は一部では国家を挙げて保護されていたりする。
以前に魔法は軍用には転用し辛かった、と言ったがそれでも例外と言うものはある。
アンチエリクシルが魔法を中和してしまうのならば、中和しきれないほどの魔法で持って害せばいい。
色つきとはそれが許される存在なのだから。
* * *
藤間悠希は世界にも数少ない“色つき”だ。
いや、こう言ったほうが良いかもしれない。
日本に唯一人しかいない“紫”の色つきだ。
その髪も瞳も、淡い紫色に染まっており、その顔の造詣も相まって、ただ立っているだけで、この世のものとは思えないほどの美を醸し出す。
マギアーツは世界的に人気の競技だ。故にその試合はテレビなどでもよく報道される。
中でも上級MATともなれば視聴率60%を超えるほどの人気を誇っている。
そして次代上級者となる現中級者の少年少女もまた期待の新人として報道されることもある。
そして彼女がそんな中に入らないわけがない。
世界でも数少ない、日本で唯一の紫の色持ち。実力に関しては他を圧倒し数度のMAT優勝経験を持つ。
そんな彼女を知っている、と言う人物は日本にはかなりの数に上るし。
まして、首都東京となればその数もさらに多くなる。
「…………失敗したな」
「失敗したわね」
互いにため息一つ。
東京魔技競技館。一部公式MATでも試合に使われることもある、全国でも数少ないマギアーツ専用の練習場である。
意外な話かもしれないが、マギアーツはその知名度、人気に反して練習場所と言うのが限られてくる。
と、言うのも魔法は瞬間的に発現させるのは容易だが持続させようとすると難易度が跳ね上がる。
そして魔法を撃ちあうマギアーツの性質上、場所と人間を守るための魔法と言うのがどうしても必要になるし、それを持続させる必要上、非常に高価な施設が必要となる。
そのため、マギアーツが盛んな高校でも小さな練習場があれば御の字。では競技選手は基本どうしているかと言われれば、だいたいどんな学校でもある射撃場のような場所で魔法で的当てをするか、もしくはこう言った専門の練習場を借りて練習するかのどちらかしかないのである。
だから今回のように、他校の人間とマギアーツの練習、となればこう言った選択肢しかないのは分かるのだが…………。
端的に言えば、目立った。
元々目立つハルと言う女がいるのだが、そのハルに数度勝っている俺のことも、知っている人間は知っている。
だからこそ、この組み合わせは目立つ。他二人だってそれなりに知られているからなおのこと。
「さっさと中に入ろうぜ、おい、宗司」
「そうね…………行きましょうか、チョコ」
それぞれがそれぞれの相方を伴い、館の中へと入る。
すでに予約してあったようで、個室を一つ貸してもらえるらしい。
「私よくここ使ってるのよ。その縁で館長さんともそれなりに仲良くて、顔が効くの」
とはハルの弁。まあ俺とは違ってハルはこう言うところでないと、それは苦労するだろうとは思う。
館内を歩きながら周囲を見渡す。
東京ドームの三倍と言われる超広大な広さを誇る館だけあって、五分以上歩いてようやく目的の部屋へとたどり着く。
99番と書かれた部屋の扉を開く。
入ったその先は、宇宙空間だった。
「空間干渉がすげえなあ」
「投影と幻視も合わさってるぜ」
上も下も無いように見える宇宙で、何故か足がついてこつこつと音が鳴る。
不可思議ではあるが、これはただの魔法だ。
空間に干渉し実際の広さを誤魔化し、投影と言う空間に何かを映す魔法と幻視と言う幻を見せる魔法の組み合わせで立体的なプラネタリウムのような世界に見せている。
「それじゃ、始めましょうか」
俺たちが一通り部屋の観察を終えた頃を見計らってハルが呟く。
「んで、どうするんだ? 確か圧縮って言ってたよな」
端的に言えば、圧縮とは魔法における技法だ。
例えば、定点空間を燃やす魔法に必要な魔力量を10とした時、100の魔力を10分の1に圧縮し、無理矢理に魔法を発動させる。これによって発動した魔法は、通常よりも威力が高くなったりする。と言う割と分かりやすい名前のままの技法である。
ただこの技法、割に合わない。非常に割に合わない。
10倍の魔力を込めても、威力的な上昇は2割から3割程度だったり、そもそも魔力が暴発して魔法が発動しない、どころか自壊し暴走した魔力が使用者を傷つける自爆となったりと、ハイリスクローリターン、と言うのがこの技法に対する世間一般での見解である。
そして俺、神代勇樹が好んで使う技法でもある。
「言っとくが、まじで危ないぞこれ」
何せ下手すれば腕くらい簡単に吹っ飛ぶような爆発が起こる。いくら魔法ですぐに治癒できるからと言って、あの痛みは早々味わいたいものではない、経験談である。
「だからアンタに頼むんじゃない、チョコ」
ハルが一緒に来ていた少女の背を押すと、少女がおずおずと俺の前に出てくる。
「えっと…………篠井知代子や。今日はよろしゅうな、神代はん」
「篠井な、知ってるみたいだが神代勇樹だ。あっちの馬鹿が暁」
紹介と共に宗司が一歩前に出てくる。
「はいはい、俺が暁宗司だぜ。初めましてだな藤間ちゃん。あと一回全中で戦ったことあったよな、篠井ちゃん」
宗司に言葉に、篠井が数秒考え、やがて思い至ったようで頷く。
「あったあった…………あん時の人やったんか」
「知り合いなのね、私は初めましてね。藤間悠希よ」
「あ、ていうか、まだ藤間なんだな」
ハルの自己紹介を聞いた宗司がふとそんなことを呟く。
「はい?」
「どうゆうこと?」
ハルと篠井が首を傾げ。
「だってもうすぐ神代になるんだろ?」
何の気無しに爆弾を落とした。
* * *
「……………………はえ?」
素っ頓狂な声を挙げて首を傾げたのは篠井。
「あ、あ…………あん…………」
ぱくぱくと口を開閉させながら絶句している藤間。
「もしかして、教えてなかったのか?」
勇樹の呟きに、藤間がこくり、と頷き。
「なんで教えてんのよ!!!」
「どうせ来年には知れることだろうが!!!」
突如キレた藤間に、勇樹が思わずと言った感じで言い返す。
「あんですってえ!」
「違うかよ!」
そして始まる絨毯爆撃みたいな魔法の連打とそれを拳で打ち払うと言う異常と異常。
「…………余計なこと言ったか?」
「あ…………あはは…………どないしよう」
困ったような笑みを浮かべる篠井に、ふむ、と一つ頷き。
「俺で良ければ教えるぞ? 圧縮だよな?」
「え…………あ…………ホンマ?」
構わないぞ、と自身の一言から始まったほぼ戦争のような体を為した両者の喧嘩から目を反らしつつ告げる。
二人の喧嘩は部屋の空間魔法がオーバーフローし、維持しきれなくなるおよそ三十分後まで続いた。