4話
「ショートカットⅧ【折紙龍】
真っ白な龍が陣の中から飛び出す。
文字通りの折り紙の龍。分類としては媒体魔法。
自身で折った、折り紙に実態幻影を与えることで、さもそれが本当に存在しているかのように動かす《創造》《付与》《操作》《虚構》の四種の要素で編まれた魔法式は、折り紙の龍を本物へと変える。
ガァァァァァァァァァ
龍が吼える。蛇のような長く細い体躯をうねらせながら自身が定めた目標へと高速で迫る。
「おっかないわー…………ほな、こっちはこれやな」
龍が咆哮を上げ迫る中、その対象と定められた少女は全く緊張感の無い声を挙げながら、さらに呟く。
「起動式“火葬”」
指先で空間をなぞる、そこに描かれた文字は火の一文字。さらに少女が空間に浮き上がる文字をぴん、と指で弾くと、文字が龍へと飛んで行き、その身に張り付く。
そして――――――――
「“燃”えなはれ」
少女が呟いた瞬間、描かれた文字から灼熱の炎が噴出す。
それは少女へと迫る龍の全身を包み込むほどの巨大な炎。
けれど龍は咆哮を上げながら炎を突き破り、全身が燃えながらも少女へと喰らいつこうと迫り。
「“灰”になりや」
呟いた瞬間、龍の全身を包む炎が突如龍の体を侵し始め、その身を灰へと変えていく。
だが全身が焼け落ちながら最後の抵抗と龍がそのアギトを開き、少女を飲み込まんとし。
「“風”さんと一緒にとんでいき」
突如少女の方向から吹いた突風に吹き飛ばされ、そのまま全身が灰と代わり、その灰もまた風によって飛んでいく。
そんな龍の様子を見ながら、少女がふむ、と呟く。その表情はやや不満そうだった。
「やっぱ、工程が多いねんなあ」
「けど起点が違うってのはけっこう便利だと思うよ?」
手の持った扇の形をした導具を弄りながら呟いた言葉に、対戦相手だった自身…………藤間悠希が返した。
「せやかてなあ…………一つの魔法に三工程も使うてたら、埒があきまへんで」
「まあそう言う面もあるかもねえ、チョコの魔法はどっちかと言うと二人か三人向きだよね」
やっぱそうやねんなあ、と少女チョコ…………篠井知代子は嘆息する。
「こないなことなら、魔法式の根底から変えたほうがええんかもしれへんなあ」
「中三の今の時期から?」
「せやかて、ウチの今のやり方じゃ、上級じゃとてもやないけど勝てやしまへん」
「ああ…………制限の違い、かあ」
そんな悠希の言葉に、知代子が頷いた。
MAT…………マギアーツトーナメントでは初級、中級、上級、番外と四つの部があることは以前にも話した通りではあるが、それぞれの部ごとに、魔法に対する制限、と言うものが存在する。
使用する魔法の種、と言うより一度の魔法に対して使用できる最大魔力量の出力制限と言った感じだが、基本的に難易度の高い魔法ほど必要とする魔力が大きくなるので、実質的な魔法の制限となる。
魔法は基本的に、魔法要素と属性が多いほどに起動に必要とする魔力量が増え、さらに魔法を維持する難度も高くなるし、構成する式なども複雑になっていく。本当はそこに要素との相性や属性の位なども関係してくるのだが、大雑把に言うとそうなのだ。
実際、自身の場合も、本来なら使用できる魔法はもっと多いし、同じ式でも今よりも魔力を練った威力の高い魔法を使える。だがそれを使うとトーナメントのレギュレーションに違反するので使えないと言うのが現状。
ただそれが故に階梯が一つ上がると途端に成績が向上するもの、逆に下降するものがいる。
藤間悠希の親友、篠井知代子はその下降してしまうだろう一人だった。
篠井知代子の魔法は一言で言うならば、言葉と文字の魔法だ。
空間に文字を書く、それを起点として魔法を発現する。魔法は書かれた文字から連想するものであり、さらには連想ゲームのように発現した魔法からさらに次の魔法へと繋げることができる。
その際、起点となる文字が一緒に変化するのだが、まあ基本的には誰も気付きはしない。先ほども魔法を変えるたびに、変えた魔法に合わせた文字へと変化していたのだが、魔法の演出が派手すぎて普通は気付かない。
だがその派手な魔法は、その実、威力自体はそこまで高くは無いのだ。
その最大の理由が。
「やっぱ文字に篭めれる魔力の量が、ネックだよね」
この魔法は、魔力で文字を描き、文字に溜まった魔力に言葉で形を与えて発現させると言うどちらかと言うと相手の虚を突くことに向いた魔法であるのだが、文字を形作る魔力は少なすぎれば発現前にあっさり霧散するし、多すぎても文字と言う形を留めれず暴発してしまうのだ。だが文字を形作るのはこの魔法式の中に組み込まれた制約である、つまり絶対条件なのである。
魔法に何らかの条件をつける制約をつけることにより、消費魔力量と言うのは幾分か軽くなる。
例えるなら、懐中電灯。常時つけていて、いざと言う時に懐から出していたのでは電池の消耗は早い。だが普段はスイッチを切り、必要に応じて点灯、と言う形で使っていればその消耗は随分と減るだろう。
似て非なるものではあるが、これに近いことが魔法にも言える。発現までその魔力を消費させない、それが制約の利便性であり、不便なところでもある。
「中級まではこれでええんやけどなあ」
上級になり、出力の制限が一段階解除される、そうするとまだ初歩段階とは言えいわゆる“概念魔法”と呼ばれる物すら出てくるようになる。そうなれば現在のやり方が通じないのは自明の利だろう。
親友のことだけあって、何とかしてやりたいのは山々ではあるが、さてどうしたものだろうか。
藤間悠希は深く考える。今から通常の魔法使いタイプとして魔法を作り直すことは…………可能だ。少なくとも、上級のMATまでまだ8ヶ月以上ある、調整はギリギリになるが不可能ではない。
だがそれでは余りにも凡庸な魔法使いが一人生まれるだけだ。上級で勝ちあがっていけるだけの力を得られるとも思えない。
そもそも“言語と文字”の魔法は篠井知代子だけが持つ独自の感性が生み出した非情にユニークな魔法だ。親友として、そして一人の魔法使いとして藤間悠希はこれを失わせたくはない。
そして、そのための手が無いわけでもないことを、藤間悠希は知っている。
「……………………あ”あ”あ”あ”あ”」
深く、深く、絶望しそうなほどに深く嘆息した悠希に、知代子が驚いた表情をしているが。
「…………あいつに、聞いてみるしかないわね」
苦虫を噛み潰したような表情のまま、そう呟いた。
* * *
「はあ? 魔法の出力を上げる方法?」
かかってきた電話の内容に、思わず呆れた表情をしてしまう。
「お前、これ以上出力上げてどうすんだよ」
『違うわよ、私じゃなくて、私の友達の話』
ただでさえ、オーバーキル気味な魔法使っているのに、これ以上出力を上げようとか、俺を殺す気なのではないだろうか、と疑ってしまったが、どうやら勘違いだったらしい。
「えっと? それで、お前の友達が何だって?」
『だから、魔法の出力が上がらなくて困ってるのよ』
声を荒げながら魔法の特徴を説明していくハルに、思わず首を傾げる。
「それでなんで俺に聞くんだ、お前得意だろ、そう言うの」
『私が改良できるのは汎用魔法までよ、固有魔法なんてどうにかできるわけないでしょ』
「それを言ったら俺だってどうにもならねえよ」
汎用魔技と固有魔技の話は以前したと思うが、それと同じようなものに、汎用魔法と固有魔法と言うものがある。
ただこれは、魔技とは汎用と固有の意味合いが異なっている。
汎用魔法と言うのは、魔力と知識、そして術式さえあれば誰にだって使えるようなものを差す。勿論魔力量の関係でほぼ特定の人間にしか使えない、とかそう言うのは確かにあるが、理論的には先の三つを満たせば誰にでも使える魔法のことだ。
逆に固有魔法と言うのは、特定の体質、属性、性質を持った人間にしか使えない魔法のことである。
例えばの話、俺の持つ魔法【壊牙】は固有魔法に分類される。それは、この魔法が《破壊》と言う属性を持つ人間にしか使えないと言う絶対条件を持つからだ。
属性は割りと先天的な資質が物を言う。まあ後天的に芽生える可能性が無いわけではないが、普通に生きていてまず芽生えるようなものでもないのでここでは割愛するが、属性が無ければ魔法を使うことは出来ない。
属性とは、言うなれば魔力の性質である。故に素の魔力に《創造》の単一要素を使ってみると自分の属性と言うのはけっこう簡単に分かる。
昔のRPGだと属性と言うのは炎だとか氷だとか、水、風、雷、光、闇だとかそう言う自然現象ばかりだったが、現代で解明されている人間の持つ属性はおよそ千種類を超えると言われており、中には属性《機械》だとか属性《萌え》だとか、ちょっと頭のおかしいものまで混じっている…………いや、けっこう強いんだぞ? 属性《萌え》。
因みに、火だとか、水だとか、風だとか、氷だとかそう言う自然系の属性は割りと持っている人間が多い。理由としては簡単で、人間は火を使う生き物で、水を飲んで生きる存在で、空気を吸って活動するから。つまり属性とは世界との結びつきと言っても良い。
だいたい通常の人間の持つ属性が十六種から八種程度。多くて二十程度だろうか。
それはつまり、多くの人間が二十前後の魔法属性に加え要素を組み合わせた十万を越す魔法を使うことが出来ると言うことである。とは言っても、魔力量の関係で本当にそこまで多くの魔法は使えることは滅多にないのだが。さらに言えば、組み合わせ的に効果が出ない魔法、役に立たない魔法もあるので、実際の人間が使える魔法の数など多くて千ほどであろう。
まあそれでも十分過ぎるのだが。
翻ってあの女はおかしい。いや“色つき”に何を言っているのかと言われるかもしれないが。
適正属性三百八十五種。準適正まで含めれば五百を超える属性に適正を持っている怪物だ。
さらに生まれ持った総魔力量も桁違いに高く、生成魔力量に至っては魔力の売買だけで一生暮らしていけると言う程度の馬鹿げた量である。
今更だがあらゆる物質の代替エネルギーと為りうる魔力は金銭で売買できる、第三世代からすれば生きてるだけで導具に魔力が溜まっていくのだからお小遣いのようなものだ。実際金額的には大した値段ではない、人間なら誰しも持っているのだから値段も高が知れている。だがあの女ほど馬鹿げた魔力があれば毎日魔力を売っているだけでも一生左団扇だろう。
まあ色つきなんてそんなものである。何せあの女、紫だし。
と、まあ色つきについてはまたいずれ語るとして、話を進めるが。
俺の使える属性は《破壊》一つだけである。どうやら最初はいくつか属性があったらしいのだが、この《破壊》属性は他の属性を壊してしまうらしい、生まれた時にはすでに属性は《破壊》一つであった。
まあ別にそれを悔やんでいるわけでもない、他の魔法に憧れが無いわけでも無いが、それでも絶対に必要と言うわけでも無いから良いのだが。
だからこそ、俺が使える魔法はかなり限られている。特に《破壊》と相性の良い魔法要素なんて《虚構》以外ないと言うレベルなので、実質的に一つだけだと言っても良い。
だからこそ、俺に魔法についての質問なんて無意味すぎるのだ。
「俺の魔法は俺にしか使えない、そいつの魔法もそいつにしか使えない、固有魔法ってのはだから固有なんてついてるんだろ」
だがそんな俺の言葉に分かっているとハルが返す。
『こっちが頼んでるのは、単純な強化じゃないわよ…………圧縮とかその辺りの話よ』
そんなハルの言葉に、目をぱちくりとさせ。
「あー…………なるほど、分かった、そう言うことか」
この女、とんでもない解決策を思いつきやがったな。
「言っとくが、あれ滅茶苦茶危ないぞ? 分かってるのか?」
『だからアンタに頼んでるんじゃない、少し教えてやって欲しいのよ』
「うーん…………まあそう言うことならいいか。でもどうするんだ? 俺の地区とお前の地区、そこそこ離れてたと思うんだが」
『東魔館でも借りればいいじゃない、たしかちょうど中間点にあったでしょ』
東魔館…………正式には東京魔技競技館。一部非公式MATなども開催されたりすることもある一般開放もされているマギアーツの練習場だ。因みに公式のMAT初級、中級の部の関東地区の予選会場にも使われることもある。
まあ確かにあそこなら東京都に住んでいる魔技競技者なら誰でも知っている一回は行ったことのある場所だろうし、待ち合わせ場所としても悪くない。
「けどお前、大練習場貸切くらいしないとかなり危険じゃねえか?」
『何のために私が行くと思ってるのよ、アンタが本気で魔法使わない限りは結界張ってれば問題ないでしょ』
「そこまで考えてるならこっちとしても問題無い。んで。いつにする?」
『今度の日曜は?』
その提案に数秒考え、特に問題なしをして了承を伝える。
「それから、一人こっちからも連れて行っていいか?」
『いいわよ?』
「多分来年から顔合わせることになると思うから、お前にも一応紹介しときたくてな」
『アンタの友達?』
「ま、そう言うことだ」
その後少しだけ予定を詰めあいながら電話を切る。
「さて、あのアホも呼んでやるか」
呟きつつ、宗司の番号へと電話をかけた。