2話
――――楽しい。
涙が出そうだった。
「次は…………殺す」
中指を立て、そんな物騒な台詞を吐きながら、目の前の少年が地に崩れ落ちる。
試合終了のアナウンスが流れると同時、全身から力が抜け、崩れ落ちた。
疲れは極限に達している。
――――楽しい。
これほどまでに汗をかいた試合など無かったし、これほどまでに苦戦したことも、追い詰められたのも初めてだった。
――――楽しい。
手慰みに始めて数年経つが。
――――ああ、楽しい。
これほどまでに素直に楽しいと思ったのは初めてかもしれない。
自身の視線の先で倒れる少年を見て、胸が高鳴る。
ああ、また…………また来年、彼と戦える。
終わったばかりなのに、次が待ち遠しいと、そんなこと思ったのは初めてだ。
今回はたまたま勝てた。彼も、自分も同じ。
勝負にすらならないと、最初から互いにタカを括っていた。
だが蓋を開けてみればどうだろうか…………だから、嬉しい。
自分の異常さを知ったのは魔法を初めて使った日からそれほど間を置かずして。
自身相手に一分持てば良いほう、最近では戦う前から投げ出す人までいて…………。
――――退屈していた。
彼らと自分が同列だと、自分でも思えなかった。
まして対戦相手からすれば、たまったものでは無いだろう。
だから、嬉しかった。
私だから分かる。彼も同じ。
有り得ざる異常な存在。
自分と同じ存在。そうだ、自分は独りではなかったのだ。
自分を独りにしない存在。初めて出来た対等な存在。
だから、彼は私のライバルなのだ。
今までも。
そして。
――――これからも。
* * *
藤間悠希。それが私の名前である。
自分で言うのもなんだが、それなりの有名人である。
いまや世界中が熱狂するMAT、その中学生以下を対象とした全中MATで過去六年で三度も優勝したことがある極めて将来有望な魔法使いである。
マギアーツ、通称魔技。
魔法が一般化した第二世代以降から少数が、そして魔法が大衆化した第三世代からは一気に広まったスポーツだ。
スポーツ、と言ってもかなり実戦的であり、柔道や空手などと言った類よりもさらに激しくぶつかり合うし、危険も多い。
現在では大分ルールも改定され、安全性は増してはいるが、年間数名程度の死傷者は世界中で毎年のように出ており、その危険性は否めない。
と言っても、人口二億と言われるこの競技である、その中の数名、と言えば相当に低い確率、それこそ宝くじに当たるより低い確率であることは間違いないが。
格闘技などと同じように試合中の事故死の危険性を孕むこの競技がどうしてこれほどまでに世界中で親しまれているかと言われれば、やはり魔法と言う要素が最大の原因なのだろう。
第一に魔法は見た目に派手なものが多い。
魔法と言うのはとかく以前までならば、CGやアニメーションの中でしかありえなかった、現実にはありえないような現象を引き起こす、それは傍から見ていれば、まるでファンタジーの世界であり、不可思議なものなのだ。魔法が一般化した現代であろうと、例えば私の切り札の魔法など、見た目にも派手だし、威力も高い。周りから見ればそれは盛り上がるだろう。
…………アイツ以外に使ったことなどないが。
第二に魔法は個人ごとに発展性と独自色がある。
魔法には魔法要素と呼ばれる六つの要素が必須であり、六つの要素を組み合わせ、そこに属性や資質を足していったものが個人の魔法となる。
さらに属性にも数多くのものがあり、ありていに言って、現実に存在するものから存在しないものまでその組み合わせはほぼ無限とも言って良い広がりがあり、故にその個人特有の魔法と言うものは必ずと言っていいほど存在する。
…………まあアイツの場合、特有の魔法しかないのだが、しかもたった一つ。
誰もがそれぞれの魔法、そして魔法の組み合わせを持ち、戦術を持つ。故に見てる側からすれば一体何が飛び出すのか分からないびっくり箱のようなものである。
そりゃあ見ている分には面白いだろう、楽しいだろう。
そして第三、魔技の存在だろう。
魔技…………マギアーツ。競技の名前にもなっているこれは、読んで字のごとく、魔法の技である。
現在でも色々と定義はあるのだが、有り体に言えば、魔法と技術の組み合わせのことである。
一つ例を出すなら、私の固有魔技【魔弾瀑布】。
あれは魔法を魔法式と言う発動直前の状態で留めたものを大量に貯蔵しておき【全式開放】の魔法によってそれらを一斉発動させる。
そしてさらに、そこで放たれる無秩序な魔弾の波に、一定の指向性を持たせるよう専用の魔法を作り組み合わせた私だけの固有技である。
そもそもが魔法の貯蔵すら並の人間には難しいのだが、それを可能とするのが私の技術。そしてその技術を後押しする魔法。それを任意のタイミングで開放する【全式開放】に、指向性を持たせるための誘導魔法。
それら技術を魔法全てを組み合わせ【魔弾瀑布】と言う一つの魔技として編み出されている。
と言うと、魔技と言うのは非常に難易度の高いように思えるが、別にそんなことはない。
固有魔技と言うのは固有、とつくだけあり、使っている当人にしかできないようなものが多いが、汎用魔技と言うのがちゃんとあり、それらは大体誰でも使えるような簡略な…………いわゆる魔法を使う上で覚えておくと便利なちょっとしたコツ、のようなものが多い。
アイツの使う魔法【壊牙】も破壊の魔法と汎用魔技の組み合わせである。
この場合使われているのは、魔法の収束、つまりどこか一箇所に魔法を収束することにより普通に魔法を放つより威力を高める、と言うか普通に魔法を放つと銃弾などと同じように威力が移動中に拡散していくので直接拳などにとどめることにより威力の拡散を抑え、一点に当てることにより威力を集中させる、と言うものである。
アイツはいつも拳にだけ纏わせるが、本来そこに縛りはない。
正直それはどうかと思った使い方だが、爆発の魔法を頭に付与し、頭突きされるとその箇所が爆発するなんておかしな使い方をしている人もいる。
まあ総評すると、魔技とは魔法を上手く使うための、魔法を生かすためのテクニックである。
その中でも特定個人にしか使えない、使わないような魔技を固有魔技と呼ぶ。
だいたいそう言ったものは、他にはないオリジナリティ、珍しさがあるため、普通の魔技よりも見てるほうは沸く。
と、まあ魔法と言う一点が、現代でマギアーツが盛んである最大の要因であり、国家を挙げてプロフェッショナルを育成している国もある、世界で最も熱い競技だと言える。
と、まあそれはさておき。
マギアーツは先も言った通り非常に盛んな競技であり、上を目指すならばある程度の資質は必要ではあるが、遊び程度ならば誰でもできる門戸の広い競技でもある、故に学校の部活などにも魔技部やマギアーツ部などが存在し、現に私も今の学校のマギアーツ部に所属している。
部活動には試合が付き物だが、マギアーツほど盛んな競技となると全国規模の大会が存在する。
それがMAT…………マギアーツトーナメント。
最低年齢は小学四年生、最大で大学生まで幅広く参加できる大会ではあるが、当たり前なことではあるが年齢である程度部門わけはされる。
小学生から中学生までが参加できる初級の部。高校生以上から参加できる上級の部。
そして私が参加している、初級の部の中でもある程度以上の成績を残した競技者だけが参加できる中級の部があり、それぞれの参加者を部の名に因んで、初級者、中級者、上級者と呼ぶ。
十八歳以上ならば誰でも参加できる番外の部がある。
ただ初級、中級、上級、番外と区分けされているが、複数の部門に出ることと言うのは残念ながらできない。
と言うか、年齢制限で区分けされているので、まず出場条件を満たすこと自体がほぼ不可能である。
出れるのなら私だってトーナメント総なめとかしてみたい。
と、まあそれはさておき、数日前に全中MAT…………全日本中級マギアーツトーナメントが終了した。今年で中学三年の私は来年からは上級の部に出ることとなる。
今まで戦ってきた小学生、中学生たちと違う、頭脳も体格も経験も図抜けた高校生との戦い、ではあるが、恐れは無い、むしろわくわくして楽しみで堪らないぐらいである。
と、まあ試合が終わって数日、決勝で負けた悔しさに、来年のための新しい魔法の構築をしながらそんなことを考えていた。
そんなある日、母さんが言う。今日は一緒に外食しようと。
珍しいこともある、と思った。いつもは母さんが自分で作る、ずっとその味で育ってきたためか、ひどく自分好みなその味に不満を持ったことも無く、結果的に外食などと言うのは無縁に育ってきた。
それはたまには友人たちと買い食いしたりもするが、それでも夕飯を外で食べたことなどこれまでほとんど無かったため、思わず目をぱちくりとさせてしまう。
まあそれでも母さんがそう言うのならまあいいか、くらいに思っていた。
ついた場所は高級そうなレストランだった。
うちは別に貧乏、と言うほどのものではない、記憶の中の父さんはまだ私が小さいころに死んだと聞かされたが良く覚えていない。ただ残された親子二人が暮らしていくには十分すぎる遺産が父さんがいたことを示していた。
とは言っても、それとて無駄遣いできるほどあるわけではない。何よりこの先何があるのか分からないのだ、と母さん自身貯蓄に勤しむ性格なせいで、うちでは贅沢と言う概念があまり無い。
だからそこに連れて行かれた時、ひどく違和感があった。
と、従業員に案内された予約されていた個室席とか言うやや狭い一室丸々貸しきった席に案内された時、ああ何かあるのだと気づいた。
何があるのかな、と思いつつ少し緊張した面持ちの母さんを見て、今は聞けないか、と思った。
元より母さんに無理させてまで聞きたいほど興味があるわけでもない。どうやら誰かと待ち合わせしているらしいが、まだ時間があるようだったので、だったら魔法式の続きでも作ろうか、と無意識に足元に手を伸ばし…………そこにあるはずの感触が無いことに気づく。
「…………あれ?」
思わず呟いた私の声に、母さんがこちらを見てどうかした? と尋ねる。
「ごめん、車に導具忘れてきちゃったみたい。取りに行って来ていい?」
早く帰ってきてね、と言う母さんの言葉に、はあい、と返事をして車へと戻る。
導具…………第三世代と呼ばれる私たちのような世代の人間が必ず持つようになった、魔力を貯めておく媒体。
実を言うと母さんはあまり魔力の生成量が多くない。別に母さんは魔法をそれほど使わないので良いのだが、それだけに魔力を燃料として動かす最近の車とは少し相性が悪い。簡単に言えば、長距離走行をすると、魔力が切れて車を動かせなくなるのだ。
その反動なのか、私は対称的に常人と比べてはるかに魔力生成量が多い。そのため通常の導具では貯蔵量がすぐに膨れ上がるので特別製の導具を使っているほどだ。
まあそれはさておき、普段はガソリンを使った旧式の乗用車を使っているのだが、今日は二人いるのだからと私の魔力を使って魔力燃料の車で来たので車の中に導具をセットしていたのだが、あまり
乗らないために、導具の回収を忘れていたのだ。
導具は割りと値が張る。安物でも十万単位だし、私の特別製は数百万程度はする。
と、言っても私はテスターと言うことで無料貸借しているので、実質的には0円なのだが、貸借しているだけに紛失したりすると怖い。
車に戻ると、中に導具がセットしっぱなしになっていて、良かったちゃんとあったか、と少し安堵する。
固有の魔力パターンを鍵の一つに設定してあるので、昔と違い、今の車は手ぶらでも開くことができる。
車から導具を回収すると、またレストランの中へと戻っていく。
「お待たせ、お母さん」
個室席のドアを開き、室内へと入ると、母さんと二人の男性がいた。
「えっと…………そちらの…………ふた……り…………」
否、片方は少年、と言うべきだろうか。
見知らぬ少年…………だったら良かったのだが。
幸か不幸か、私はソイツを知っていた。
そしてソイツも私を知っていた。
そして、次の瞬間。
「ハルゥゥゥゥゥゥ?!」
「イサァァァァァァ?!」
互いの絶叫が室内に響き渡る。
神代勇樹がそこにいた。