1話
なんかこう、魔法使った戦闘書きたくなって作ってみた。
振り上げた拳が女へと迫る。
がきん、と女の目前、何か見えない壁のようなものに拳は阻まれ。
「ショートカットⅥ【黒災渦】」
代わりに放たれた空間を侵食する黒い大渦が発生する。
舞台のもの全てを飲み込まんと吸引するあの渦は、その名とは違いどこかに繋がっているわけではない、ちゃんと異空間に貯蔵されているだけだということは分かっているが、それでも一度飲み込まれれば敗北は決定されたようなものだ、断じて飲まれるわけにはいかない。
一瞬早く後退していたため、十分な距離はある。だがあの吸引のせいで、足を離せば一息の見込まれることは想像に難くない。
これが…………これがあの女が何度目かになる俺との戦いのために編み出した切り札と言うことか。
それを理解する、理解し、肯定し、そして。
「ハルゥゥゥゥゥゥ!!」
真正面からぶち壊す!!!
だって俺にはこれしかない、最初からやることは一つしかないのだから。
俺に与えられた魔法は、俺が貫いてきた魔法は、昔から今に至るまで、そして未来へ至っても、これ一つしかないのだから。
「【壊牙】」
破壊、それが俺にたった一つ許された、否、これ以外にいらぬと神か運命にでも定められたたった一つの魔法。
《付与》と《奪取》、そして《虚構》。三つの要素が組み合わさった最強にして絶対の牙。
さらにそこに制約と誓約を付加した、何者をも貫く必殺の魔法。
拳が空間に突き刺さり、その空間ごとヤツの魔法を破壊し尽くす。
「イサアアアアアアァァァァァ!!!」
ヤツが叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。
ヤツだって理解しているはずだ、最初の邂逅で苦渋を舐めたのだから、理解したはずだ。
この拳はヤツのご自慢の魔法障壁をいとも容易く破壊する。貫き、打ち壊し、そして致命の一撃を与える。
走る、走る、走る。
魔力強化、魔力操作の基礎の基礎だが、俺の魔法はたった一つに集約されているため、この魔力による身体強化はほぼ命綱と呼んでも差し支えない。だからこそ、鍛えた、鍛えて、鍛えて、鍛えて。
故に俺は、目の前のこいつ以外に魔法を使ったことは無い。
そのレベルにまで俺の強化は鍛え上げられている。
故にその間は刹那。
一秒にも満たない、ほんの一瞬で十数メートルの距離を詰める。
だがその一瞬がこの女にとっては無限に等しいのを、俺は知っていた。
「ショートカット0【全式開放】
一体この戦いの始まりから…………否、始まる前からどれだけの量を蓄えていたのだろう。
戦いながら式を編み、陣を固定し、術を維持し続けることがどれだけ難しいか、この女は理解しているのだろうか。
俺は知っている、俺だけは知っている。
この女は、常人なら一つを五分ですら難しい魔法式の長時間維持を二時間、そして百以上と言う膨大な数、それを戦闘しながら維持し続けることが出来ることを。
魔法の貯蔵庫、この女が編み出した魔法式を留め置くだけの魔法は、はっきり言ってこの女以外には余りにも無意味な魔法だ。
だがこの女が使う時に限り、文字通りの必殺と化す。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」
叫び、放たれた莫大な魔法を迎え撃つ。
炎が、氷が、雷が、風が、光が、闇が、まるでRPGの魔法のような様々な色を持つ魔法を全て弾丸として編み撃ち出すあの女…………藤間悠希の固有魔技。
「魔弾瀑布」
決壊したダムから放たれた鉄砲水のように、文字通り、魔法の大波が舞台を覆う。
これに飲まれればば…………まあ結界により命までは失くさないだろうが、敗北は確実だろう。
そして俺にこれを防ぐ手立ては無い。いくら身体能力を強化しようと、いくら破壊の魔法を揮おうと。
舞台を飲み尽すほどの魔法の波を防ぎきるには至らない。
最早これまでか…………。
「なんて、そんな諦めが良ければ、ここまで来てねえよな」
呟きと共に、拳を固める。
前回負けて二勝三敗の引き分け。
ここで負ければ負け越し。
「認められるかよ!!!」
それだけは嫌だ、絶対に嫌だ。
認められない、俺は。
ここで負ければ俺は、もうこいつと対等ではなくなってしまう。
「オオオオオオォォォォォォォォ!!!」
咆哮する。叫びと共に走り出す。
目指すはあの女の下、一直線に。
愚直に、ただ真っ直ぐ、愚直に走り抜ける。
炎に焼かれようと、雷に打たれようと、氷に凍てつこうと、風に切り裂かれようと。
気合だけで耐える。少なくとも、この魔法は数が非常識なだけで、威力自体はむしろ初級魔法に近い。
故に二、三発もらったところで損害総計が許容を超えることは無い。
それを理解している、前回初めてこの魔法を喰らい、敗北し、理解した。
俺の必殺の破壊の魔法を打ち破るために、あの女は数の暴力を選んだ。
故に俺は、あの女の数の暴力を、再び必殺の一撃で打ち破り返す。
走り、走り、走り、そうして。
女の目の前にまで迫る。
「悪いな」
呟く。
【壊牙】
「俺の勝ちだ」
「私の負けね」
言葉が重なり。
そうして試合終了のブザーが鳴った。
* * *
魔法と言うものがこの世界に現れたのは随分昔のことだと言う。
元々の発見は、魔粒子と言う魔法の源となる元素の発見である。
発見者はこの元素を魔粒子と名づけた。
この新らしい粒子の研究は、やがて一つの成果へとたどり着く。
それが、魔法。
人類を理から解き放つ新たな理。
不可能を可能にし、零から一を生み出す、これまでの物理法則の全てを覆す究極の元素。
驚くことに、それは人間なら誰しもが保有していた。
超能力者、霊能力者の起源はここにあるのだということが解明され、やがて魔法は日常化した。
兵器化されなかったのは非情に単純である。
魔粒子を全くの無力化してしまう反物質が存在するからだ。
奇跡の反証と呼ばれるそれは、驚くことに魔粒子の動きを完全に阻害する類のものであり、しかもこれもまた人間ならほぼ誰しもが持っていることが分かった。
人類の誰しもが簡単に奇跡を起せなかった理由は魔粒子の作用をこの反物質を押さえ込むせいであり、超能力、霊能力と言った類の超常現象を引き起こす力を持った人たちは、このアンチエリクシルの保有量が他者よりも少なく、その分、魔粒子が強く働いた結果、と言えた。
さらに研究は進む。次なる研究は、魔法の実用化。
この段階へと進んだ研究は、人類から大いなる注目を集めた。
当然だ、魔法、それは誰しもが望んだ分かりやすいほどに明確な奇跡の形なのだから。
巨額の研究費も、けれどそれを上回る寄付金に支えられ、研究は着々と進む。
この研究所が研究結果の一切を全世界へと公開していたのも人気を集めた一因かもしれない。
そうして魔粒子の実用化から約十年。
人類は初の魔法の使用に成功する。
魔法は魔法要素と呼ばれる六つの要素によって成り立つ。
【創造】【変化】【付与】【奪取】【操作】【虚構】の六つからなるマギエレメントを組み合わせ、そこに明確な指向性、つまり属性を持たせることで初めて魔法は具現化する。
その辺りの話は置いておいて、実用化された魔法を使用ためにはある条件があった。
先の例を見れば分る通り、体内のアンチエリクシルの一時的、または永続的な減少である。
これは研究によって生み出されたある薬品によって解決することとなる。
奇跡を生み出す魔法の粉。まるで麻薬か何かのようではあるが、常用生は無く、副作用も無い。
ただ一つ、アンチエリクシルを減少させたことにより、バランスが崩れ、魔法が暴走する、と言う可能性を除いては。
だがこのことは事前の実験ですでに判明しており、発売された薬には、薬の効果を抑える別の薬もセットでついてきていた。
それでも暴走させる人間はいたが、その数は当初の研究者たちの予想よりもかなり少なかったのは言うまでも無い。
そうして薬を使って、体内のアンチエリクシルの減少を意図的に引き起こし、魔法を使用していた人たちを第一世代と呼ぶ。
第一世代の人間たちから生まれた子供は生まれつき、体内のアンチエリクシル量が格段に少なかった。
そのため生後間もなくから魔法を暴発させる赤子が後を立たず、一時期社会現象にまでなったこの問題は、長らく社会を混乱させた。
恐らく第一世代の人間たちが何度も薬を服用した結果、その効果が子供にまで受け継がれ、永続的なアンチエリクシルの減少を起しているのだろう、と言う仮説が立てられた。
その子供たちを第二世代と呼び、第二世代の人間は普段の生活で魔粒子の抑制を行う薬を飲む必要性に駆られた。
さらに時は進む、研究所はとある発見をした。
魔法は魔粒子によって引き起こされている。
それがその当時までの常識であったのだが、その中間があることが判明したのだ。
魔粒子は一端、別の何かに変換され、その変換された何かが魔法を引き起こしている。
この時変換された何かを、研究所では魔力と呼んだ。
第二世代で起きた問題は、続く第三世代にも引き継がれた。
だがこの魔力の発見により、第三世代には新しい処置が取られた。
体内の余剰な魔粒子を魔力へと変換し、貯蓄する装置、と言うものを研究所が発明したのだ。
《導具》と呼ばれたそれは、年々小型化していき、最終的に腕輪や耳飾り、指輪などの形に落ち着いた。
毎日のように生み出される余剰魔力は次第に溜まっていくが、魔法が日常となった現代では、その発散方法も数多くある。
例えば、車の燃料、だとか。
「そろそろだな」
自身の魔力を燃料とした車を走らせながら、父親がぽつりと呟く。
「何がそろそろなんだ?」
「目的地」
呟く父親が車を止め、視線を向けた先、そこにあったのは一件の高級レストランだった。
いつの時代の定番だよ、などと言う言葉を飲み込みながら、半眼で父親の後を付いて行く。
紹介したい人がいるんだ。
父親のそんな言葉、それで大体の察しがついてしまった自分は、もう幼少の頃とは違うのだろう、例えまだ十五歳の少年だとしても、それでも子供のままではいられない、なんて少し言いすぎだろうか。
すでに予約されていたらしいレストランの従業員に案内され、ついた先は部屋だった。
中はこじんまりとして、部屋の中央にテーブルと椅子が置いてある。いわゆるプライベート空間、と言うのを意識した個室席とか言うところらしい。
四人がけのテーブルには、すでに一人の女性が座っており、こちらを…………父親を見て、にこやかに笑う。
「お待たせしたかな、唯さん」
父親もまた笑いながら勝手知ったると言った様子で女性に話しかける。
「いえ、こちらも今の今ついたばかりですよ。それでそちらが…………」
呟きつつ、女性がこちらを…………俺のほうを見る。
「ああ、紹介させてもらいますね、息子の勇樹です」
ほら、紹介して。と視線で訴えてくる親父を半眼で見返しながら、視線を女性へと向け笑いながら告げる。
「どうも、神代勇樹です」
「どうも、藤間唯です、お父さんとは会社の同僚なの」
自身の言葉に微笑み返しながら、女性…………唯さんがそう言った。
「それで、だな…………」
互いの紹介が終わった後、父親が少し緊張した面持ちで告げる。
「父さん、唯さんと再婚しようかと思っている」
告げられた言葉に、ああやっぱり、と言う感想を抱く。
まあ何と言うか、ベタなシチュエーションのせいでだいたい察していたので、そこまでの驚きは無かった。
驚かない俺を見て、父親のほうが軽く驚いているくらいである。
そんな父親を無視し、唯さんを見る。
俺に見られ、緊張した面持ちの唯さん。
数秒じっと、無言で見つめ。
「いいんじゃないか?」
と、だけ返した。
「ほ、本当か?!」
「本当!?」
俺の言葉に、喜色の笑みで声を挙げた二人に、笑って告げる。
「いい人そうだし、もう母さんが死んでから長いしな…………親父がもう一度やり直したいって言うなら、別に止めはしねえよ」
受け入れる、と言うことはこの人が新しい母親と言うことではある。だが俺自身母親の顔など幼い頃に数度見ただけでほとんど覚えていないので、それほど抵抗は無い。
そんな俺の言葉に安堵を表情をした親父が、そうして呟く。
「そうか良かった…………後はそちらの娘さんだけだな」
「……………………は?」
親父の呟きに、思わず声が出るが、それに気付かなかった二人が会話を続ける。
「それで、娘さんは?」
「車に忘れ物をしたとかで、一度取りに行って…………あ、戻ってきたみたい」
娘さん?
いや、待て。
藤間唯?
気のせいだろうか、いや、そんな偶然あるはずが…………。
「お待たせ、お母さん」
がちゃり、と開かれたドアの音と共に、背後から聞こえた声に、心臓がどきりと跳ねる。
「えっと…………そちらの…………ふた……り…………」
振り返った瞬間、目の前の彼女と視線を合う。
大きく見開かれる互いの目。
そして、次の瞬間。
「ハルゥゥゥゥゥゥ?!」
「イサァァァァァァ?!」
互いの絶叫が室内に響き渡った。
魔法の名前は適当。中二病万歳。