§第零話§旅立ち
「もう嫌だっ!!なんで毎日毎日勉強なんかしなくちゃいけないんだっ!!僕が特別?それが運命?僕のため?下らない下らない下らない、もういいよ・・・。僕の方が父さんや母さんなんかよりも圧倒的に強いんだっ!!それなのに産まれてから一度も家の敷地から出してもらえないし、家にある魔術書全部読破して覚えたのに、禁術って呼ばれてる魔法だって覚えて見せたのに・・・これ以上僕に何しろって言うんだよっ!!」
森の中にひっそりと建つ洋館の一室から一人の少年の怒鳴り声が鳴り響いていた。魔法、それは今から五十年程前に発見された遺跡から数万年の時を経て現代に蘇ったものでいったい何故蘇ったのかは今も専門の人間が調査している。ただ一つだけわかる事がある、それは五十年前の遺跡が発見された日から世界各地で似たような遺跡が突如として現われ、全ての人間が魔法と言う未知の力を使えるようになったと言う事だ。最初に遺跡を発見した者は次の日には宙に物体を浮かせられるようになり、遺跡から発見された物を分析し文字を解読し魔法の理論と言うものも見えてきた。ただそれは殆ど感覚的なものでまず普通の人間には理解はできない。世界ではそのような大多数の人間を一般人、通称ランク落ちと呼び。次にその感覚的なものを理解する事はできるが理解に多大な時間が掛かってしまう人間を準人、通称ランクCと呼び、あまり時間の掛からないものを賢人、通称ランクBと呼び、その上を天人、通称ランクA。そして一番上の人間を神人、通称ランクSと呼ぶこととなっていた。
発見されてから五十年で人間は魔法を身近なものとして考えられるようになっていた。だが魔法にも優劣はある、というよりも魔法の才能は先天的なものでその一つに魔力値の絶対量がある。これは子供から大人になるまでの間に決まってしまうものだが殆ど小さい頃に低かったものは伸びない、逆に小さい頃から高かったものは驚くほど伸びる。それにさっきも説明したが感覚的理解も才能の一つだ、魔術書の一部を例に挙げてみたいと思う。
『風と土の魔力を混ぜて草木を作り出し魔力を二〜三の入れ具合で左右に蔓を振るう』
さてここで質問だが皆さんは腕を動かす時に考えてやっていますか?というより腕に力を二入れて動かしてくださいと言われて分かりますか?大体は縦に振ってください、などといった大雑把なものでしょう?つまりそういうことです。動き全てに計算をして行うこれが魔法なのです。分かる人には分かるし分からない人には分からない、そういうものなのです。おっと少し説明が長くなりましたね、それでは物語に戻りたいと思います。
少年は怒っていた、彼は今年で十四歳普通ならば中学校に行き立派に青春を謳歌しているはずの年頃だが、彼は生まれてからたった一人の同年代にしかあった事がない。相手は異性で結婚を約束させられた相手いわゆる許婚だ。そもそも彼はこの家の唯一の跡取として箱入り娘ならぬ箱入り息子として育てられてきたのだがいい加減嫌になってきていた。しかし数日前まで彼はこんなに自分の現状を嘆いていたわけではなかった。
それは数日前の魔法の訓練が全て終わり時間を持て余しているときだった。父親の書斎に食べ物を探して潜り込んだ少年が書斎で見つけたものは魔法学校の案内だった。初めに引っ掛かったのは魔法学校と言うものだった。魔法と言うものは自分は熟知している自信があるので気にも止まらなかったが次の単語である学校と言う文字が妙に頭に引っ掛かった。
少年は自分の部屋に戻ると辞書で学校と言うものを調べ始めた、知りたいものは物の十数秒で見つかった。意味は一定の教育目的のもとで教師が生徒と呼ばれる教えを請うものに組織となって教育を行うと言うものだった。一定の教育目的とは多分魔法だろう、だが何故それを自身の親ではなく他人に教わろうとするのか全く分からなかった。少年は案内を見て自分と同じくらいの人達が楽しそうな笑顔を向けている写真を見つけた。純粋に羨ましいと思った、だから少年はその日の内に親に魔法学校に行きたいと言った。その言葉を聞いた瞬間二人の目の色が変わっていた、優しそうな二人の顔が見る見るうちに鬼のように激しくなっていく・・・少年も負けじと睨み返した。そこで初めての親子喧嘩が始まった。
「進お前の気持ちも分からなくはない、だがお前は我が十文字家の跡取、まだまだ勉強しなくてはいけない事が多いんだ」
父親は少年、十文字進を睨みながら言う。母親も隣で頷いている。
「父さん母さんお願いします、僕はこの家の魔法を全て覚えたしマナーだって覚えました。泥を塗るような事はないと思います」
進の真摯な姿勢と眼差しも両親には届かなかった。
「全て覚えただと?生を受けてたかだか十四年で?親を馬鹿にするのもいい加減にしなさい!!」
そう言って父親は少年に燃え盛る火炎の球体を放った。
「そんな中級魔法、効くはずがないでしょう」
少年が片腕を前に出すとそこから薄い水色の壁が出来た、球体と壁は拮抗し同時に砕け散った。
「お願いです父さん母さん貴方達を傷つけたくない」
頭に血が上った父親の方は全くの無視で攻撃を続行した、母親の方は少し涙ぐんでいた。
「行くなら私を倒していけっ!!」
「では、そうさせてもらいます。」
父親の方は魔力を右腕に溜め込むと殴るように正面に突き出した、拳から一軒家ほどの大きさの炎が拳の形となって襲っていた。少年はまだ魔法を放とうとしない、それどころか目を瞑っている。その様子に母親は思わず手で目を覆ってしまった。少年と炎の拳の距離が近くなっていく、十メートル、九メートル、八、七、六、五、四、三・・・。そしてついに一メートルを切ったところで少年は目を開け手を合わせる。一瞬辺りを光が包んだかと思うと次の瞬間には炎の拳は消えうずくまる父親の姿がそこには会った。
「僕の勝ちです」
そう言って少年は父親の傷を治し始めた。
そんな激闘から数日経っても全く変化は現れなかった。そして今にいたるというわけだった。
その時には、少年のストレスは限界地までに高まり普段あまり使わない口調となっていた。そしてその夜ついに少年は行動を起こした。
皆が寝静まった深夜静かに少年は荷物をまとめ窓から下りていた、風と土の合成魔法である草花の魔法の蔓で地面に降り今まさに家の庭にある巨大な門を出ようとした時だった。
「待ちなさい進」
その声は母親だった、何をしてくるのかと警戒していた少年だったが無用心に近づいてくる母親が持っているものを見て驚いた。
「これ、必要でしょ?しっかり持って行きなさい、父さんなら大丈夫、しっかり説得しておくから、電話ぐらい時々しなさいね」
そう言って渡されたのは魔法学校への入学書類と通帳だった。
「か、母さん・・・これ・・・。」
少年は涙を浮かべていた、母親はそんな少年の頭を撫でながら「身体に気を付けなさいね」と言っていた。
ふと少年は何を思ったのか入学書類の名前欄の自分の名前の名字を消し、新しく天野と名前を変えた。
「進・・・どうしたの?」
「母さん、十文字の名字はこの家に帰るまで捨てます、というかここに僕が絶対に帰って来るという意思表示として残していきたいと思います。絶対帰ってきます、それまで・・・さようなら」
そこまで言うと少年は門の外の森へと走っていった。
それから母親の背後から父親が現れる。
「進は・・・行ったのか」
「少し遅かったわね」
二人は互いに寄り合い並んだ。
「進の奴、私を超えていったよ。しかも禁術どころか書斎の奥に隠していた古代魔法まで覚えていたしな」
「あの子は、自由な子、何処へでもいけるようにって進って名付けたのにいつの間にか忘れていたわ・・・でも最後はやっぱり何処までも進んでいくのね・・・。」
悲しそうに少年の走っていった門の方向を見つめる母親の目は穏やかなものだった。
「「あの子に幸せな生活が待っていますように」」
二人で声を合わせてそう願った。