オネエ参上
思いついたら止まらなかったんです。
オネエ+スタイリスト+ハーフエルフ(!?)
というなんだかファンタジー上の合体事故。
同じような設定の作品があったらすいません…。
闇夜に紛れる衣装と顔を覆い隠す覆面の者共に囲まれ、少女は死を覚悟する。気掛かりなのは、隣に立つ侍女の事だ。巻き込んでしまった事に強い後悔を抱く。
「ごめんなさい…」
「姫様、そんな!」
言葉が詰まり、続かない侍女。少女とは幼少の頃よりの付き合いだ。先日、侍女から婚約と共に後継者となる妹を紹介されたばかりで、本来であれば祝福と共に幸せな未来が合ったはずなのだ。
だが、今や護衛の騎士達から引き離され、街道からも離れた所で二人、手練と思われる刺客達に囲まれている。まさに絶体絶命。
大国ではないが生産する資源の希少性から少なくない影響力を持つ国の姫であるが故に、周囲の様々な国や組織からの干渉は絶えなかった。国王もまだ成人して間もない少女…姫に対し、出来る限りの手をつくして保険をかけてはいたが、国の中へ殺意ある刺客を堂々と放つなぞ、ここまで大胆な手で命を狙って来るとは思ってもみなかった。
「…お命頂戴つかまつる」
余計な会話はせず、何のために狙うのかも語らず、刺客達は必殺の間合いと包囲を固め、姫と侍女へ襲いかかった。侍女は咄嗟に、姫を掻き抱く。地面が揺れ、肉を叩く鈍い音と共に冗談のように軽い折れる音が姫の耳に響いた。
姫は自分を守ってくれた侍女の身体に起こったであろう惨状に涙する。まだ自分には痛みが無いが、次で同じ事が自身の身に起こることは想像に難くない。
「姫様…」
「えっ?」
侍女の声に姫は驚く。
自分を抱き竦める力がまだあり、また、侍女の震えが伝わってくる。侍女も自分もまだ、生きているのだ。
「大丈夫かしら?」
優しい声がかかる。少々高めだが、男性の声だ。恐怖で瞑っていた目を開ければ、目の前には大きな背が見えた。
「ちょっと待っててね、不届き者にはご退場願うから」
華美ではないが仕立ての良い旅装束に身を包んだ男。街と街の中間で普通の旅人であれば埃で汚れていそうな所、その男の身なりは小奇麗だ。長髪ではないが短く切りそろえられた金髪は、妙にさらさらと美しい。
そんな人物が使い込まれた長杖を構えて周囲を睥睨する。刺客達は警戒を最大限に、目の前に現れた男と対峙する。
「何処の者か?」
「答える義理は無いわ」
刺客の問いを跳ね除け、男は踏みしめた大地を更に踏む。姫は気付いた。先ごろ揺れた大地は、目の前の男が飛び降りた余波なのだと。そして、刺客達の一部は、男の振るった長杖で薙ぎ払われ、地面に伏して呻いている。
「己が矮小な義侠心を恨め」
「ふん、可愛い子ちゃん相手に寄って集って嬲るような相手に、油断なんかしないわ」
そして音も無く背後から投げられたナイフをいともたやすく打ち払う。弾かれたナイフは事もあろうに、最初に打たれた資格の腕や足に突き刺さった。
「貴様!」
「あらごめんあそばせ。でもね、頭や身体でないだけ感謝なさい?」
そう答えるという事は、狙って打ち払ったという事。武人としての技量と威圧感が、他の何か得体の知れない気配と共に刺客達へ緊張を強いる。
背は高い。威圧感は本物。だが、それ以上に得体の知れない気配がする。
「この技量、その殺気…貴様、何者だ!」
ゆらりと長杖を構える男は、刺客のあらためての問に答えた。
「オネエ舐めんじゃないわよ!」
「「…は?」」
…この世界で全く定着していない「オネエ」なる言葉。刺客達のみならず、姫も呆気に取られた。
終わってみればほんの5合。5名程居たと思われる刺客は、男の一撃一撃で地面、あるいは岩、あるいは木々へ叩きつけられた。
「あ、ありがとうござ…」
感謝の言葉を述べようとするも、男は首を振り、刺客達に近づくと容赦なく手足を長杖で殴り折る。
「職業的にこういう連中ってのはしつこいの。だから、止めを刺さないなら身動き取れないようにしないとね」
悲鳴は上げないが苦悶に身を捩る連中の口の中には、刺客達の頭からひっぺがした頭巾を押し込む。侍女が血の気を退いて倒れ、姫は慌ててその身を支える。
「急ぎだからちょっと刺激的過ぎたわね。ごめんなさいな」
「い、いえ、助かりました旅の方」
施された<軽治癒>と思しき術式で内出血による死亡は免れた刺客達は木の上に括りつけられる。目立つ目印を立てておけば、捜索隊が見つけるだろうと男はからからと笑う。
完全に治さないのは、無理をすれば位置は治った骨が再び折れるように仕向けた悪辣さか、はたまた上位の術式を知らないか、それは姫にはわからない。
男をよく見れば目鼻立ちは整い、細身ながらしなやかに鍛えられた筋肉が覆う。そして、その金髪は旅先でどうやって手入れしているのかキラキラでサラサラ、肌なんかきめ細やかであった。絵物語の英雄か騎士か、そんな居住まいだ。
ただ、なんというか動作が女性的な部分がある。ナヨナヨした感じではない。凛とした女性騎士、あるいは刺繍をする乙女、はたまた気品溢れる貴婦人。そういったものを彷彿させる優雅で細やかな動きだ。それと言葉遣いだ。
「お礼は今はいいわ。無事におうちに辿り着いたら、そうね…三食昼寝付きで一週間位は滞在させてね、観光したいの」
「ええ、それはもう」
俗物なんだかそうでもないんだか。一国の姫を助けた割には、名誉だとか金品だとかそういったものは望まず、滞在を希望するという。
「…うーん、今直ぐ発ってもいいけど二人共綺麗な顔と髪が台無しね、街道まで出れば迎えが来るだろうし、身を整えたら行きましょうか」
「は、はあ…」
「止事無き身分なら、騎士さん達にみっともない姿は晒したくないでしょう?」
「それは…まあ」
確かに姫も侍女も、慣れない森林の中で逃げ惑い、服もボロボロ、顔は泥だらけ、髪も枝葉が絡まったりと酷い有様ではある。
が、身を整えるも何もここは森の中。衣服は到底戻せないであろうし、顔は拭う程度が関の山だろう。
「任せて。私、魔法を使えるんだから」
確かにそれは魔法ではあった。だが、衣服へかけられた<修復>、顔と髪に身体の<洗浄>の術式、そこまではいい。生活魔法や旅魔法でもよく使われるものだからだ。だがその後に化粧をすると真剣な目で言われ「お、お願いします」と施された後、目の前に差し出された手鏡に映るそれを見て、姫は目を瞬かせた。
(この煌めく美少女は、誰?)
目鼻立ちは王族だけにそれなりだったが、それでも衣装に着られてる感が否めなかった姫。肌をなんだか傷めそうな化粧を最低限にしてきたが、その結果、野暮ったい感じで周囲に認知されてきた。
「これまで余計な化粧品を使ってなかったみたいでお肌が綺麗だったわ。だからちょっと私頑張っちゃった。羨ましいわティーンの瑞々しいお肌って」
どうやら、この鏡の中の美少女が、自分らしい。頬をつねりたくなったが、施された化粧を崩す可能性からしてそれを控えた。
「あの…これ、私ですか?」
「そうよ? この近辺ってあんまり良い化粧品や化粧術って無いみたいなのね、これは私が以前に覚えて、今も模索してる技術。どう、気に入った?」
気に入るも何も、本当に魔法のように自分の顔が変わってしまった。確かに部品は自分のものだったが、自身が夢見た配置というか黄金比というか、場所は変わっていないのに化粧が施された影響で印象が大きく変わっていたのだ。
「は、はい、とても…」
「指で強く触った位じゃ崩れないし落ちないけれど、私が組んだ<化粧落とし>ですぐ落とせるから心配しないでね」
そう言われて、恐る恐る自分の顔を触る。自身の知る化粧のベタベタ感は無い。それどころか、どこを触れてもプルプルでもっちもち。みずみずしい色の薄いルージュの引かれた唇を思わずぷにぷにと触ってしまう。そして、どこも色移りも崩れも無い。
「さて、お付の子もちょっとだけ…」
まだ目を覚まさない侍女。既に衣服は<修繕>の術式で直っており、身体全体も旅魔法により小奇麗になっている。顔は、いつもの印象は大人びた感じではあったが、簡素な化粧が一緒に洗浄されてしまい、年齢相応の素朴で可愛らしい素肌の状態だ。
「うん、悪くないわね。元のお化粧からして、こんな感じかしら…」
姫の目の前で、瞬く間に化粧が施されていく。最初は顔の印象がぼやけるような、輪郭が無くなるような錯覚。そこから全体の輪郭が強く現れ、頬、眉毛、目、唇と手が加えられていくと、そこには姫自身が目を見張る美人が居た。
「う、ううん…」
「大丈夫!? もう心配無いのよ、起きて…」
優しい声にはっとして、侍女はがばっと身を起こした。そして声のした方向に自分が仕える者が居ると目を向ける。
「ひ、姫様、ご無事…って、ど、どちらのお方でしょうか!? ひ、姫様は、姫様はいずこに!?」
あまりに変わりすぎたのだろう。侍女は錯乱して姫の姿を探す。しかし、声はすれど姿はなく、目の前には直視すると目が眩みそうな高貴な美少女がいるだけ。
「私です! ちょっと身支度をしただけです!」
「ええっ!? た、確かに…ひ、姫様ぁ!?」
驚く侍女。そしてすぐ後、差し出された手鏡を見て、再び素っ頓狂な声で驚く侍女であった。
騎士隊の面々は焦っていた。継承権は低いといえ、国の各地への慰問として王族が直々に出張る重要な任務において、大失態を演じた。姫が行方不明になったのだ。
隣国を挟んで向こう、小国が犇めく地方で小競合いが発生している影響か、自国へ盗賊が流れてきている事は把握しており、より頻度を高めて捜索と捕縛を行っていたが、王族を襲撃する連中が居たばかりか、その裏で他の国が糸を引いているなどとは。
騎士隊長は、厳しい顔で目の前の老人を見据えている。目の前の老人が、盗賊の頭だ。
捕縛した盗賊の頭は、護衛の騎士団をおびき寄せる役を担ったという。いや、盗賊の頭というのは正確ではない。元は食い詰めた他国の村の村長とその村民達だ。
監視の薄い経路から騎士達の国へ入り、難民、あるいは帰化、または奴隷労役の覚悟で国境を越えようとした際、女子供と老人達を人質に取られ、今回の襲撃に加担したという。
「…それで、人質達はどこに?」
「わかりませぬ。ただ恐らく、もう、生きてはおりますまい」
成功した際の合流場所を騎士へ告げたが、それ以外は何も知らないと悲しげに首を振る元村長。他の元村民達も、嗚咽の中、自分の家族の名を呼ぶ。それ以上に、王族を害する手助けと、とんでもないことに加担したと嘆く。
成功したとて、その合流場所で待っているのは人質の死体と、自身の口封じの為の刺客か罠、それらだろうと元村長は気付いているのだろう。ただ、誰か一人でも、数日でも生き延びる事を願い、先に絶望と死しか無くとも従わざるを得なかったのだろう。
「沙汰は追って処すこととなる。覚悟は、しておいてくれ」
「はい…、申し訳、ございません」
この国ではない流浪の身でこれほどのことをしでかしたとなると極刑は免れないだろう。ましてや、もしも万が一にでも姫の身が害されたなら、一族郎党、村民その全てへ咎が至る可能性は高い。
隊長は砦の牢屋から出ると、隣に居る副長に問う。
「…副長、国境での動きは?」
「細かいところを洗いました。一週間ほど前から、境の妙な位置で集まってるという情報が。多分、人質とその監視かと。言うことを聞かせるため、所々で人質と逢わせていた可能性があります」
「ならますます時間は無い、か…捜索隊から報告は?」
「未だです。ただ、半日もすれば女性の移動速度から考えられる最大距離にそろそろ到達するでしょうから、伝書鷹からの報告待ちです」
「そうか。こちらは人質開放に部隊を編成する、時間が無い、急ぐぞ」
「…よろしいのですか?」
最悪の事態は、姫が消された上に人質も無事で済まず、相手の尻尾が全くつかめない事だ。姫と人質、これらの犠牲があった上でも、せめて暗躍する連中に一撃を食らわせられなければ、国へ申し訳が立たない。
ただそれでも隊長が責任を取らされる事は明白ではあるのだが、おくびにも出さない。
「せめて、尻尾を掴まねば、もしものときに打って出られん。…覚悟はしておけ」
「了解です」
「子供に女性にご老人、よくもまあこれだけひどい目に」
街道を目指していた筈が、山奥に。それだけならまだマシだったが、人が居ると向かった先に居たのは、刺客達の仲間と洞窟奥に閉じ込められた老人に女子供だ。
男は友好的ではない相手に非殺ながら容赦の無い攻撃を浴びせ、旋風のように薙ぎ払った。軽く汗が額に流れており、これがまた輝いて見えて美しい。
美しいのだが、なんだか女性っぽい。
その上で、制圧した連中の扱いは容赦無い。今回は、土石を術式で操作し、首から下を地面の下に固定した。場所はなんと簡易の便所近くだ。
怯える元人質達を宥め聞き取りを行っていた侍女が戻る。
「姫様、やはりあの刺客達の仲間のようです。閉じ込められていた方々は、我が方の騎士への囮をさせるための人質だったようで」
「…そうですか。とりあえず、不届き者達の物資で炊き出しの準備を。私は怪我をされている方々の治療に当たります」
「かしこまりました」
そこまで主従のやりとりをした上で、なんだか居心地悪そうにしている男に向き直る。
「それにしても…」
「街道に出ようとしたらこれって…」
「ごめんなさい、方向音痴なのよ…」
侍女の呟きにぷうと頬を膨らませる男。美丈夫がする子供じみた動作に思わず苦笑する姫と侍女。多分、刺客達との場に居合わせたのも迷った挙句の偶然ではあったのだろう。そこに導いた自国の祀る神の意図も考えられる為、神の齎した幸運と目の前の男に感謝を心の中で捧げる。
「結果が良いなら、それに越した事はありません、それに…」
姫が見上げた空には、国の偵察天馬騎士が見えた。侍女が手元で、「姫健在、大事無し」と無事を知らせる専用の<発光>の術式を用いる。天馬騎士からは「無事を喜ぶ」と応答。すぐに引き返して行く。
「さあ、既に働かれた”魔法使い様”はご休憩を。迎えが来るまでの間、人質の方々の面倒は私達が見ます」
「ありがと。ふふ、やっぱり二人共イイ女ね」
「あらお褒め頂いて光栄ですわ、魔法使い様?」
男は旅魔法と生活魔法のいくつかを仕える程度で、魔法使いを名乗れる程では無い。それでも姫は彼を「魔法使い様」と呼んだ。
「美の魔法使い、というのは流石に仰々しいですか?」
「目指す所はそうだけど、今はちょっと名前負けね、遠慮しとくわ」
そういって口に手をあて、上品そうに男は笑った。
軍馬では走るに向かぬ森林の中、それでも急いで来たのであろう騎士の一団。枝葉に叩かれまみれ、酷い有様である。小隊を預かる青年騎士は愛馬から降りるなり、炊き出しの煙が上がる洞窟前に駆けつけた。
「姫様、イザベラ!?」
捜索隊の騎士達の中には悲観する者が大半を占めていた。それが一転、途中で襲撃者達の確保に始まり、偵察天馬から姫と侍女の無事を知らせる報告を受け、成果無く戻る途中であった青年騎士の一団は、最も近いからという理由でその場所へ確認に向かう。
イザベラ…侍女は青年騎士の婚約者だ。今回の襲撃事件で姫の身柄も大事ではあるが、愛しい婚約者も一緒となれば居ても立ってもいられない。
目の下に隈を作って憔悴しきっていた青年騎士。汚くは無いがボロ布同然の衣服を纏った人々が、現れた騎馬の一団に怯えた表情を向ける。恐らくは、報告にあった「人質」達だろう。青年騎士はぎこちなく笑みを浮かべると「そのままでいい」と告げ、炊き出しの煙の上がる方へ歩く。
「まあ! アルフォンス、酷い顔よ。急いで来てくれたのは嬉しいけれど、せめて顔を綺麗になさいな。姫様も私も無事よ、大丈夫」
遠くからそう言いつつ、侍女は手を休めず大鍋に薪をくべるべくしゃがみ込む。
よかった、無事だ、視界が急に涙にゆがむ。よろよろと声のする方に向かうと、何者かから濡れた手ぬぐいが差し出され。水で湿らされているそれで顔を拭き、侍女の前に立つ。
侍女は薪をくべ終えると汗を拭って青年騎士に振り返る。
「え…」
「どうしたの、アル?」
青年騎士の目の前に居る美人は誰だ? 確かに婚約者の声は彼女からする。だが、こんなに目鼻立ちはぱっちりしていただろうか、肌はモチモチだったろうか、唇はこんなに艶やかだったろうか。
「い、イザベラ…なのか? わ、私は魔法にかかってしまったのだろうか」
もしかしたら幻影魔法で誑かされたのでは無いか。そんな不安が青年騎士の顔に過る。侍女は苦笑する。確かにこれは、かの人が施した「魔法」なのだから。
「あー…お化粧よ、助けてくれた旅の方が得意なんですって。私も少し慣れたけれど、最初は鏡を見てびっくりしたのよ」
「ご苦労様、サー・アルフォンス。イザベラも私も大事無しです」
後ろから姫君の声。はっとして居住まいを正して向き直る青年騎士。
「姫様もご無事で何よ…り…!?」
目の前に現れたのは、動き易そうな衣服を纏った後光すら見えそうな美少女。仕えるべき姫君の声は確かに彼女から聞こえてくる。
「あの…姫様、です? それに、本当に、イザベラ?」
「面白いですね、本人も周囲もびっくりというのは」
「流石に可哀想ですよ姫様」
片言で震える声で指を指す。流石に不敬な動作だが、姫と侍女を交互に見て目を白黒させる青年騎士の動きが面白いのか、とがめたりしなかった。
因みに「魔法使い」のオネエは、男は愛でるまで。基本的に女性大好きです。気に入った女性を綺麗にすることが使命だと考えています。
※ルビ追加、一部誤字修正