表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
外れた世界で哭女は。  作者: 三番茶屋
3/10

 Ⅰ邂逅相遇

 果たして、都会暮らしがいいのか田舎暮らしがいいのか、これまでにその題でどれほど議論されてきたのかはわからないけれど、田舎者のティーンエイジャーである僕のような人間からすれば、都会はひどく憧れる対象であり、また夢のような『何か』がたくさん詰まっているのだろうと空想上で思い描く土地であるということを、幼少期から都会で育った生粋の者が耳にしたのなら、きっと鼻で嘲笑われ一蹴されることだろう。

都会に暮らしているからこそ劣悪な環境が垣間見えるだろうし、田舎に暮らしているからこそ利便性に欠ける環境がちらりと覗かせるのだろうし――それこそ互いが互いのよい点を膨らませ、悪い点から目を背けているせいに違いない。

 僕にとっての都会とは、田舎者なら誰もが思い描くような絵空事でいっぱいの場所であるのと同時に、僕にとっての田舎とは、不便で暇を持て余し、遅く流れる時の中で自堕落に惰性で日常生活を送る場所だった。

だからという訳ではないけれど――田舎者だからという理由ではないけれど、学生の身である以上、毎日が同じことの繰り返しで、惰性だろうと何だろうと意思を持たない下等な小動物のように呼吸を続ける日々の連続に過ぎなかった。


 まるで、親に生かされている植物のようだと思った。

 まるで、人に飼われているペットのようだと思った。


 しかし、まさか自身をそんな風に認識しているわけではないが、それでも、稀に自分の存在理由とその価値を自問する時がある。

結局、その疑問を正しく解く答えなんて見つかるはずがないのだけれど、このままこうして何の変哲もない生活を続けたところで、見えるものも見えなくなるかもしれないということだけは理解していた。

 やってみなければわからない、それと同様、見ようとしなければ見えてこない――つまりはそういう理屈で、わざわざ大学入学を機に都会へ赴いたのだった。

しかし、勿論、だから何かが得られると確信しているわけでもない。

たかが地方から上京しただけで、何が見つかるというのだ――今まで固められてきた内側の地盤が揺らぐことはあったとしても、積み重ねてきた経験や知識がぶれることはあったとしても、それらが大きな音を立てて崩壊するなんてことは有り得ないだろう。

仮にそれが有り得たとするなら、それはきっと崩れたのではなく偽りを作り上げただけなのかもしれない。

もしくは、嘘を表面に厚く塗り固めただけだ。

いや、偽りを作り上げたのではなく、それは最初から正しくそうであっただけなのかもしれない。


 正しくそうであった――偽ったのは自分ではなく、世界なのかもしれない。 

 

 こんな世界が純粋な意味での『本物』だとするならば、それはもはや手の施しようがないくらいに狂っているだろう。

現実を直視できないほどに歪んで、だからこそ、どれが本物でどれが偽物かを区別することができないほどに歪曲して、これとそれとがまるで一体のように変形し変貌している――それを世界の進捗と言うのかはさて置いたとしても、そのスピードに追いつけない僕のような下等生物は一体どうすればいいのだろうか。

世界に置いてけぼりにされ、あまつさえ日常生活でも不便し、そしてこれから社会に出ても不条理と不合理に苛まされ、まかり通る理不尽を目の当たりにしなければならないのだろうか。

けれど、たとえそうであったとしても、世界を諦めるわけにはいかないのだろう。

諦めるということは、つまり、死ぬことと同義で、そんな外れた世界に負けて一体何が残るというのだ。

 そう、何も残らない。

 死人が残すものなど高が知れている。

 時間が立てば悲しみは思い出に変わり、さらに時を経れば思い出すこともなくなるのだろう。

 何も残らない。

 生きた証も、生きた意味も、死んだ証も、死んだ意味も――何も残らない。

 それならば尚更、世界にとって、その『死』が意味のあるとも思えない。


 そう考えれば、『死』とは一体何なのだろう。

 所詮、思い出は風化する――それじゃまるで、人間は最初から死ぬために生きているようなものだ。



「あれれー、もしかして目指すべき場所は同じ、てきな!?」


 くだらない考えに耽っているところを横から声をかけられた僕は、思考が停止した状態で視線をそっちに移した。

無事に目的地まで到着し、電車を降りた直後のことだった。

 疎らな人波が続々と降車する中、彼女は、

「我ら生まれし日、時は違えども、死すべき時は違わん――これ何だっけ、なんとかの誓いってやつだよね!」

「……実際、原文はそんなに簡略化されてないけどね」

 あの台詞はもう少し長かったような気がする。

 気がするが、それはともかく。

「で、何で君がここにいるんだ――遥ちゃん」

 遥ちゃんは照れ笑いで誤魔化すように、薄い唇から舌先をちらりと覗かせた。

 一時間前に、間違いなく降車していたはずなのだけれど、どうしてか僕の隣には遥ちゃんがいる。

別れ際に、ホームから車内の僕に向け大手を振る遥ちゃんを覚えているのだが、恐らく、あれから扉が閉まる瞬間に再び乗り込んだのだろう。

確かに思い返せば、電車が動き出す最後まで彼女の姿を追っていたわけではないのでわからないけれど(事前に購入した駅弁に早く手をつけたかったからだ)、まぁ、概ねそんな感じだろう。

 しかし、それはそうとして、一体そんな手間を加えることに何の意味があるのだろうか。

いや、意味があるからこそそうしたのだろうし、意味を持たせるためにわざわざそんな行為に及んだことは間違いないだろうが。

 そのことをやんわり遥ちゃんに訊くと、

「実は遥ちゃん、追われてたり追われてなかったりっ!」

 えっへん、と細い腰に手を当て、鼻を伸ばした。

「追われてる……それは脳内で勝手に作り上げた架空の組織に、ってこと?」

「わたしは危ない妄想癖なんて持ってないよ!」

「いや、持ってるから……」

 『自殺行為』をお菓子やケーキ、甘い食べ物ばかりに例えて、しかも並列に同列に語っていたのはどこのどいつだ、とは突っ込まず、僕は溜息を吐きながら思い至る。

「そう言えば、電車内で遥ちゃんを探していた人がいたような気がするんだけれど、もしかして、あれのこと?」

「そうそれそれ! あの黒い女めー、あの女のせいでこんなに肩身の狭い思いを……ぐぐぬぬぬ。今度見つけたら、墨汁とあの女、どっちが黒いか試してやるっ」

「その前に、今度見つけた時は、きっと君が拘束されると思うよ」

 ん、と。

 僕は自分で言った言葉で、そう言えば、と思い出した。

 確か、遥ちゃんと別れた後、黒い女の人が話しかけてきて、遥ちゃんを探していて――何て言っていたっけ。


「…………」


 そう、あの黒女は遥ちゃんが殺人容疑で目下捜索中だと言っていた。

何がどんな経緯を経てそこに辿り着いたかは知らないけれど、彼女がそう断言したということは、つまり、警察機関に属している身なのだろう。

 しかし。

 遥ちゃんが殺人容疑、ねぇ。

 その真偽は定かではないけれど、いや、警察の人間がそう言っているのだから十中八九正しいのだろうけれど、どうしてだろう、どうしてか遥ちゃんにそんなことができるとは思えない。

女だから、とか何とか、そんな子供染みた理由ではないのだが、直感的にそう思える。

具体的に言えば、殺人を計る頭脳があったとしても、体格的にそれと見合っていないようだし――まぁ、今のご時世、子供でも人を殺すことが出来るのだから、そんな理由は合理的でないかもしれない。

 

「ん、どうしたの? そんなにわたしの顔が好み?」

「は?」

「いや、そんなのじっと見つめられるとさすがに恥ずかしいと言うか……緊張すると言うか……」

「…………」

「べ、別に、衛理くんのことが気になってるからとかじゃないんだけどね!」

「恥ずかしいとか緊張とか、それについてはとやかく突っ込まないとして――君はあれだ、大学に入学しても、演劇サークルには絶対入らない方がいいね」

「嘘がバレた!」


 兎に角、僕は遥ちゃんが殺人容疑をかけられているということを知らない風に装い、話を続ける。

 しかし、仮にもしそれが事実であるのなら、殺人犯と軽はずみな会話をするべきではないので、区切りのいいところで別れを告げることにしよう。

遥ちゃんには申し訳ない気がするが、そもそもそれが無実であれどうであれ、疑いをかけられている人物であることに変わりはないので、今日限りの関係だったということにしておこう。

そう言ってしまえば、何だか卑猥に聞こえるが、きっと明日になれば遥ちゃんのことは良い思い出になり、明後日になれば風化し、三日経てば思い出すことも難しくなるだろう。

僕も、そして遥ちゃんもまたその程度の関係性でいいと思っているだろう。

ここでお別れをすれば二度と会うことはないだろう――僕はそれでいいし、きっと彼女もまたそれでいいに違いない。

 けれど。

 けれど、僕の考え通りに事はそういかなかった。


「ところで、衛理くんはこれからどこに行くの?」

「引越しの荷物が届くまで時間があるから、大学見学でもしようかなって」

「大学見学?」

 遥ちゃんは愛らしい目で首を傾げる。

 その瞳に、僕は一瞬心を奪われる。

「四月になれば入学式だし、それまでに周辺の環境とか、大学までの行き方とか、外観とか確認しておこうかなってことだよ」

「あー、なるほどなるほど」

「そう言えば、遥ちゃんも今年から大学生だよね、どこの大学?」

 遥ちゃんはまるでそのことを忘れていたかのように、何か閃いた様子で両手を叩いた。

そんな軽快な音を鳴らして、答える。

「そうだったよ、わたし来月から大学生だよー、花の大学生っ! 周りはイケメンばっかりで、まさに両手に花っ! 花の女子大生の両手には花っ! でもそんなわたしは高嶺の花っ! なんちって、あはははっ」

「わかったから、どこの大学だよ……」

 遥ちゃんは緩みきった笑みを浮かべて、

「花ノ宮学院大学だよ!」

「……ん?」

 僕は思わず聞き返す。

 どうやら頭が回っていないらしい。

「は、な、の、み、や!」

「へ、へぇ……花の飲み屋ね、それってどこにある居酒屋なんだ? ともかく……お、お酒は二十歳になってから、だろ……?」

「花ノ宮学院大学だってば! 飲み屋じゃないよ! 何言ってるの!」

 どうやら飲み屋じゃなかったらしい。

 当たり前の話だが。

「ですよね」

「ですけど、何か不都合?」

「いや、とくに」

「衛理くんはどこに入学するんだっけ?」

「…………」

 僕は回答を拒絶する意味を込めて沈黙したが、首を長くする遥ちゃんの圧力に負け、渋々答える。


「花ノ宮学院大学……」

「わぁ、一緒だね! それなら見学も一緒に行こうよ!」


 そんな展開になることは最初からわかっていた。

 自ら撒いた地雷に、自ら足を突っ込んだ低知能の男がそこにいた。

 完全に僕のことだったけれど。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ