3 中浦ジュリアンの場合
俺はあてがわれた西洋の服を脱ぎ、パンツ一枚になった。
ヨーロッパに着くまではふんどしを巻いていたが、パンツをはいてからはこれじゃないとだめになった。
なにしろ着替えがものすごく早い。
忍者には重要なことだ。
磨きぬいた手裏剣とクナイを丁寧に身に着け、薄手の忍び装束をまとう。ヴァチカン本部は石造りの建物だ、装束は灰色のものを選んだ。
懐には火薬玉も仕込んでおく。
その上からいつものブラウスとズボンを着る。やはり少しかさばるがしょうがない。
キリスト教の本部に伊賀忍者の屍がさらされる・・・・悪くない。
俺はニヤリと笑った。
俺が漠然と考えていた未来はまったく予想もしないことだった。
そうだ、戦国大名の駒ではなく、正義の為に戦う勇者だったのだ。
悪くない・・。
今日の俺の仕事は、刀をふるうマンショをサポートしやつらの気を引くことだ。
一瞬でもいい、空蝉を使いできるだけ多くの悪魔たちをひきつける。
そうすればマンショの刀は容赦なくやつらの体を真っ二つにするだろう。
マルチノの動きは俺には見えない、単独で動き、法王の下に最初にたどり着くはずだ。
そのとき、扉の先の廊下に気配がした。
あいつに違いないので気づかないふりをした。
そいつは静かに入ってくると俺の背後からわき腹をこそぐった。
俺はゆっくり顔を後ろに向けて、にらみつけた。
「ジュリアン君よ、びっくりしたかね!?」
ミゲルは満面の笑みで俺の顔を見ている。
そう、馬鹿なミゲルだ。
俺はさらに無言でにらみつけた。
「何、ぼーっと突っ立ってるんだい?そんなことしてないでちょっとは勉強でもしたらどうかね。」ひゃーひゃひゃひゃ
「何しにきた。」
「聞いたよ、ぜんぜん読めないんだってねー・・・。ヨーロッパの文字。
先生が嘆いていたよ。」
ぷぷぷと笑いをこらえてやがる。
確かに俺は忍者として雇われたのであって、学生としてはまったくだめだ!!
正直言って、文字なんか見たくも無いし、歌なんか歌いたくも無い。
セミナリオでもなるべくいい成績を出すように殿には言われたが、
テストはごまかせても実技はまるっきしダメだった。
「ジュリアン~名前は麗しい響きなのに、あ~なんてもったいない。
完全に名前が号泣してるじゃないか。」
ミゲルはいまやゲラゲラ笑い始めた。
俺はなんだかむかっとして、ミゲルのわき腹を忍者特有のすさまじい速さでこそぐりはじめた。
「ダメよ、ダメダメーーーーーーーー」
ミゲルは笑っているのか泣いているのかわからない表情でわめいている。
本当にこいつは、こいつだけは何も知らない。
俺たちがどんなにすさまじい死闘をくりひろげながら、
海を渡ってきたか。
そしてなぜヴァリニャーノがこいつを連れてきたのか、理解できない。
だが、こいつを守ろうと俺たちは何故か必死だった。
こいつがあほなことをするたびに俺たちは少しだけ救われていたのかもしれない。
アホだから。
おまえはアホなまま、生きて日本に帰れ。
そして老衰で死ね。
なんかミゲルどうでもよくなってきましたよ。