8-13
「どうした? S……」
俺は大利根の腕を払いのけて、足を彼の胸に踏み下ろした。
膝は高く上げ、体重を乗せて思い切り踏みおろした。大利根は悲鳴らしきものを上げた。
肺の空気が一気に押し出されて、そのときにのどが鳴ったといった感じの音だった。
「わらうな! ごらあああ!」
俺は両拳を頭上に掲げた。
視線は相変わらず大利根のにやけ面に向いていた。
俺は絶叫した。
そうしようと思ったわけじゃない。
気がついたら叫んでいた、のどがつぶれるぐらい、馬鹿みたいな大声を上げていた。
俺の両拳は大利根の顔を打っていた。
一瞬大利根の体は大きくのけぞり、跳ねた。
動く右腕で顔を覆い、身をよじる。
「貴様、よくも言ってくれたな。こんなになっても、まだ笑えるか?」
大利根は答えない。
だが、顔を俺に見せた。鼻血が出ている。
頬骨のあたりもはれている。だが、口端を吊り上げ、目を細めていた。
「なにが、おかしい!」
「お前の、かぉ……」
俺は大利根の顔を踏みつけ、さらに、両手で大利根の右腕を取り、手を開かせた。
「ふざけやがって!」
俺は人差し指に噛み付いた。
「いてててててっ!」
「どうだ、痛いかよ!」
「かっ、からかってみた、だけだぜ。ば~か……」
俺は人差し指をつかみ、折った。
大利根は絶叫した。
どうだ、痛いか、と言おうとした。俺は絶句した。
大利根は額に脂汗を流して笑顔を作っていた。
「何がおかしいっ!」
俺は答えを聞かぬまま、中指、薬指と折っていった。
大利根は歯を食いしばり、声をあげようとしない。それに、あいかわらずの表情のまま。
「何がおかしいんだ! わらうな! わらうなあ!」
「S、お前は、面白すぎるぜ」
かすれた声だった。目にはうっすらと涙も浮かんでいた。
「笑うなといったら、笑うな!俺の言うことがわからないのか!」
「は、はは、ははは、は」
「ふざけるな! この馬鹿が! 殺すぞ、こら!」
「くっ、うくく。へへ」
大利根は舌を出し、おどけるように左右に振る。
その動きがすばやい。
俺は完全に頭にきていた。
「笑うな、笑うなっといっているんだ! わからないのか! このわからずやが!」
今度は舌の裏側を見せた。
俺は大利根の右腕を床に叩きつけ、踏みつけた。
肘辺りを何回も踏みつけた。
大利根は舌を引っ込め、顔をゆがめる。やっと消えた。俺はほっとして足を止める。
少し間をおき、大利根が口をあけた。
「何だ、もう終わりか。Sって案外へたれなんだな」
俺は乱れた息を整えるのに一生懸命だった。そのときにこの言葉が耳に入った。
「なんだと!」
「あっ、図星刺されて、怒ってやんの。あははは」
俺の息はすぐに整った。
大利根の顔しか見えなくなっていた。
まだ組長がいることや、自分がここに来た目的まで、そのときはすでに忘却のかなたに消えていたのだった。
「わらうな!」
俺は馬乗りになり、胸倉をつかむ。
少し浮かせて、大利根の頭を床に落とす。
それを何回か繰り返す。
俺が激しく動いているからか、顔から落ちる血の量が多くなった気がする。
「なぜ、笑う! 笑うなといってるんだ! わからないのか!」




