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殺しの天才  作者: 迫田啓伸
97/134

8-13

「どうした? S……」

 俺は大利根の腕を払いのけて、足を彼の胸に踏み下ろした。

 膝は高く上げ、体重を乗せて思い切り踏みおろした。大利根は悲鳴らしきものを上げた。

 肺の空気が一気に押し出されて、そのときにのどが鳴ったといった感じの音だった。

「わらうな! ごらあああ!」

 俺は両拳を頭上に掲げた。

 視線は相変わらず大利根のにやけ面に向いていた。

 俺は絶叫した。

 そうしようと思ったわけじゃない。

 気がついたら叫んでいた、のどがつぶれるぐらい、馬鹿みたいな大声を上げていた。

 俺の両拳は大利根の顔を打っていた。

 一瞬大利根の体は大きくのけぞり、跳ねた。

 動く右腕で顔を覆い、身をよじる。

「貴様、よくも言ってくれたな。こんなになっても、まだ笑えるか?」

 大利根は答えない。

 

 だが、顔を俺に見せた。鼻血が出ている。

 頬骨のあたりもはれている。だが、口端を吊り上げ、目を細めていた。

「なにが、おかしい!」

「お前の、かぉ……」

 俺は大利根の顔を踏みつけ、さらに、両手で大利根の右腕を取り、手を開かせた。

「ふざけやがって!」

 俺は人差し指に噛み付いた。

「いてててててっ!」

「どうだ、痛いかよ!」

「かっ、からかってみた、だけだぜ。ば~か……」

 俺は人差し指をつかみ、折った。

 大利根は絶叫した。

 どうだ、痛いか、と言おうとした。俺は絶句した。

 大利根は額に脂汗を流して笑顔を作っていた。

「何がおかしいっ!」

 俺は答えを聞かぬまま、中指、薬指と折っていった。

 大利根は歯を食いしばり、声をあげようとしない。それに、あいかわらずの表情のまま。

「何がおかしいんだ! わらうな! わらうなあ!」

「S、お前は、面白すぎるぜ」

 かすれた声だった。目にはうっすらと涙も浮かんでいた。

「笑うなといったら、笑うな!俺の言うことがわからないのか!」

「は、はは、ははは、は」

「ふざけるな! この馬鹿が! 殺すぞ、こら!」

「くっ、うくく。へへ」

 大利根は舌を出し、おどけるように左右に振る。

 その動きがすばやい。

 俺は完全に頭にきていた。

「笑うな、笑うなっといっているんだ! わからないのか! このわからずやが!」

 今度は舌の裏側を見せた。

 俺は大利根の右腕を床に叩きつけ、踏みつけた。

 肘辺りを何回も踏みつけた。

 大利根は舌を引っ込め、顔をゆがめる。やっと消えた。俺はほっとして足を止める。

 少し間をおき、大利根が口をあけた。

「何だ、もう終わりか。Sって案外へたれなんだな」

 俺は乱れた息を整えるのに一生懸命だった。そのときにこの言葉が耳に入った。

「なんだと!」

「あっ、図星刺されて、怒ってやんの。あははは」

 俺の息はすぐに整った。

 大利根の顔しか見えなくなっていた。

 まだ組長がいることや、自分がここに来た目的まで、そのときはすでに忘却のかなたに消えていたのだった。

「わらうな!」

 俺は馬乗りになり、胸倉をつかむ。

 少し浮かせて、大利根の頭を床に落とす。

 それを何回か繰り返す。

 俺が激しく動いているからか、顔から落ちる血の量が多くなった気がする。

「なぜ、笑う! 笑うなといってるんだ! わからないのか!」

 

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