8-11
怒号と共に大利根は襲い掛かる。
刀を腰ダメに構え、突進してくる。
俺は刀を一回振り、迎え撃つ。怖くはなかった。春日井は真剣そのものだった。目の鋭さは全く変わっていない。
俺を殺そうと全力をかけているのがわかる。
刀同士でぶつかり合い、澄んだ金属音が響いた。
俺は吹き飛ばされ、壁にぶつかってしまった。
今、俺は怖いと感じている。銃を前にしても全く恐怖はなかったのに。
握力がなくなっていく。
刀が重い。
このまま殺されてしまってもいいか。
どうせ俺に待っているのは死刑判決だけ。でも、それが出るまで何年かかるんだろう。予測がつかない。
だとしたら、今ここで殺されても別に……。
刀が手から滑り落ちた。
奇声を上げ、大利根は迫る。
その時、奴は笑っているのが見えた。
そうだ。
なぜか俺はいつもこの笑いにおびえていた。
この笑いが現れないように、いつも一挙手一投足にまで気を配っていなければならなかったんだ。
どうして、俺は笑われていたんだ。
俺は、やはり『変』な人間なんだろうか。
そりゃ、俺の周りには俺のほかに吃音の奴なんていなかったからな。
時には普通に言葉を発することもできなかったほどだ。
ただ言葉を普通通り話すだけで、くすくす笑いが起こった。
他の人たちと同じように話そうとしているだけなのに、それができないで。
俺は横に避けた。
大利根の刀が壁に刺さる。
俺は拳を握り、大利根を殴った。大利根は鼻面を押さえ、よろけた。
俺の右側に大利根がいた。
俺は大利根の右手を両手でとり、体に巻き込むようにして、ねじった。
利根は仰向けに倒れた。俺は大利根の手首を両手で握ったまま、ねじる。
そのとき、肘を伸ばし間接部に膝を当てる。
「ぐぁっ」
ちょっと体重をかけただけで大利根は声をあげた。
大利根の右腕は逆方向にねじれていた。
そこで俺は腕を一瞬緩めてやり、勢いをつけながら全体重を右腕一本にかけた。俺の胸の中に抱えられるようになっていた。
その中で、べきっ、と音がした。
実に地味な音だった。
その代わり、大利根の悲鳴は大音響で俺の耳を貫き、驚いてしまった。
そのせいで手を離してしまった。
大利根はのた打ち回った。
右腕はもうだめそうだ。
組長は大利根の名を呼ぶ。
とても心配しているのがわかる。聞いているだけで、それはわかる。
それぐらいの感情がこめられ、叫び声も悲痛なもの。
やがて、大利根は動きを止めた。
床にうずくまっていたが、ゆっくりと立ち上がった。
立ち上がり、しばらくしてこちらに顔を見せる。
脂汗をかいていた。
だが、顔は笑っていた。
「やるじゃねえか」
右腕をだらりとたらし、左手で来いという仕草を見せた。
俺は動かなかった。
「どうした、来いよ。まだ終わっちゃいないぜ」
大利根はますます破顔した。
何がおかしいのだろう。
俺には全くわからなかった。ただ、その笑顔が不快だった。
俺は近づいた。
一歩、二歩と。
下手すればやられるかもしれない。
のども渇いたし、面倒くさくなった。それにしても、どうしてこいつはこんなになっても笑っていられるんだろう。
もしかしたら、何か変なものでも食べたのか? まさか。
それにしても、気に入らない。
あの人を馬鹿にしたように薄笑い。
ぜひとも鼻先を叩き潰し、笑顔を消してやりたい。
大利根は蹴りを繰り出した。
だが、俺は受け止め、右手で抱えた。
大利根は右足一本で立っている状態だ。俺は右腕で捕まえた足を放すことなく、大利根が体を支えているほうの足を蹴った。
「ぎゃあっ!」
大利根はバランスを崩し、膝を突いた。
それでも、俺は大利根の足を放さなかった。それどころか、その足を肩に担ぎ、両腕で関節部を締め上げる。
「いたいいたい、やめろ! やめろ! ぐあああ」
あいつらは、俺がやめろと言うのに、続けやがって……。
俺の正当な主張はことごとく「うるせえ」の一言で終わった。
その一言だけでなかったことにされてしまった。どいつもこいつも。俺を何だと思っているんだ!
だから、俺もやめない。
どうして俺は普通の人と同じようなことができなかった。
何が悪かったんだ。
期待しているのなら、それに沿うようにしたし、俺の希望よりも他の奴の希望ばかり通してきた。何が悪かった!
ああ、そうか。
俺は他人の気持ちを考えて動くことなんかなかったんだ。
悪く言えば『日和見的?』だったんだ。
他の奴の言い分なんか聞かず、暴力で傷つけても主張を通せばよかったんだ。
そして暴力は、俺自身を守るために必要だったんだ!
優しくしてやったから、俺はことごとく漬け込まれてしまったんだ!
「うっせー、ばか!」
肩に担いだ大利根の足は俺の締め付けによって関節を壊されてしまった。




