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殺しの天才  作者: 迫田啓伸
85/134

8-1

 俺は小倉駅の立ち食いそばで海老そばを食った。

 油物を食ったのは、久しぶりだ。

 それに、そばが熱く、額から流れ落ちてくる汗の対処に困った。

 一箸食うたびに汗をぬぐわなければならない。

 そうしないと汗が汁の中に入ってしまうから。

 やがて俺は重たい胃を押さえながら食っていた。

 俺の後の入ってきたサラリーマンたちはさっさと食って出て行った。

 以前なら俺も一杯ぐらい簡単に食えたはずなのに。

 食い終わったのは大体二十分後だ。

 立ち食いそばにかける時間じゃないよな。

 胃がもたれるな……。

 そういえば、俺は昔から食うのが遅かったな。

 給食なんて時間内に食うのが精一杯で、味なんか全くわからなかった。

 そのとき、俺はなぜ皆はこんなに早く食えるのかわからなかった。


 俺は風俗街の入り口に座り込み、食ったものを消化するのを待った。

 俺は全く食いすぎたとは思わなかった。

 だが、肉体のほうはそうではなかったらしい。

 腹が痛い。

 今までろくに食わなくても動くことができた。

 その代償がこんな形で来るとは……、俺はこれからろくな食事をしなくてもいいという事なのか。

 確かにそのほうが楽だ。

 一日を水だけで過ごしてきたのだから。

 風俗店は、さすがに閉まっていた。

 夜の商売だから、昼間は閉まっているのだろう。俺にとってはそのほうが良い。

 指名手配されている俺『S』が腹痛でうずくまっているところを逮捕されたとあっては、少々恥ずかしい。

『S、腹痛でうずくまっているところを逮捕される』

 どう考えてもまずいだろう。

 風俗店関係者らしき人たちが建物の中に入っていく。

 一見普通のサラリーマン風だ。中には私服のおじさんもいる。

 だが、なんとなくわかる。

 なんとなく、その人がまとっている空気とか雰囲気とかでわかる。彼らは一見普通の人たちと変わらない。

 ちゃんとしたスーツを着て、通勤電車に乗っていれば、世間一般でイメージされているサラリーマンとほとんど変わらないだろう。

 俺は眠くなった。


 風俗街の入り口。

 ほとんど誰も目に止めない一角で俺は眠っていた。

 ピンク色に塗られた派手な建物の隅、ほとんど俺に目もくれない連中が通り過ぎるだけの場所で俺は眠っていた。

 呼び込みはない。

 法律で規制されているんだっけか。

 とにかく、店の開店前ということでは、そこは不気味なほど静かだった。俺の地元と同じだ。

 それでも、お客として店に入っていく男連中はいるんだよな。

 どうでもいいや。

 俺は立ち上がると、歩き出した。


 昨日のことだ。やくざの事務所の場所は覚えている。

 殴りこみに行く、というような、そんな変な緊張感は全くなかった。

 エレベーターを降りると、事務所の前に一人のやくざがいた。ドアノブに手をかけていた。

 そいつは俺に気がついた。

 鋭い視線を向け、こっちに近づいてくる。

 あらっ、ばれたかな?

 そりゃそうだ。昨日のことだったんだから。

 俺はやれやれと肩をすくめ、そいつが近づくのを待った。

「おい」

 低く、ドスの聞いた声だ。

 やくざはスーツを着ていた。

 上着はダブルで、銀色の縦縞が入っているものだった。

 ネクタイは絹糸で竜の刺繍が入り、下のシャツも黄色だった。

 実に派手だった。もっといいデザインがあっただろうに、俺にはどうしてこんな組み合わせになるのかわからなかった。

 そのやくざだが、俺の胸倉をつかんできた。

 もっと頭のいいやくざなら、気の効いた台詞とかっこいい言い回しを用意しているのだろうが、ちょっとがっかりした。

「なに見てやがるんだ、こら」

 聞いたか?

 何見てやがるんだ、だってよ。

 俺はため息しか出てこなかった。

「なにがおかしい!」

 そう怒鳴り、俺の首を絞めあげてきた。

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