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殺しの天才  作者: 迫田啓伸
83/134

7-11

 俺は下着のまま、ベッドにもぐりこむ。掛け布団が厚く、程よく重みもある。

 これから寒くなるのに野外で寝るなんて、常識では考えられないだろう。

 少なくとも、十年前の俺にはこんなこと考えられなかった。

 もう高山のことなんかどうでもよかった。

 動けずにいる高山の頭を撃ちぬくことはできるだろう。

 だが、俺はそこまでサディスティックな男じゃない。明日の朝には紐を解いてやろうかと思っている。

 心が安らぐ。

 暖かい。

 こんな気持ちは久しぶりだった。

 ラーメンもうまかった。

 新しい下着も不快感を和らげている。

 明日になれば、俺の服は全ての汚れを落としていることだろう。

 そして、明日の朝、俺は、何十日かぶりの朝飯を口にできる。

 もういいだろう。

 武装してやくざの事務所に殴りこむなんてやめにしないか。

 このまま過去を忘れてしまって、普通のホームレスとして暮らしてみたらどうだ。

 食うには困らないし、いつ死んだっていい。

 警察も俺のことがわからなかった。

 だとしたら、人知れず生きて、人知れず死んでも誰も文句はないだろう。

 もうよせ、S。

 過去なんか変わりはしないじゃないか。

 なかったことにしたって、そういう過去があったことは永久に残る。

 俺のなかで永久に。

 過去なんか変えられないんだから、仕方がないじゃないか。

 俺には今の生活があっている。誰も怖がることなんかない。誰からも強制や命令なんかされない。

 俺は、誰も傷つけられない。

 全ての呪詛から解き放たれようとしている。

 それなのにわざわざいやな記憶を穿り出そうとはしたくない。

 そうさ。

 俺は今まで何人殺してきたかわからない。

 だが、こんなこと繰り返してきたとしても何も変わらなかった。

 忘れたいことを、俺は全く忘れられなかった。

 しかし、覚えておきたいことは、俺の頭からすぐに消えてしまう。どうしてだろう。

 テストのときは前日まで必死で覚えていたことが、その時のなるとあいまいになっていたり、すっかり消失してしまっていたり。

 俺がもし本当に記憶力が良いというのなら、俺はもっといい大学に進み、普通に働いていたはずだ。

 同じことを失敗し続け、何回も同じ注意をされなくてすんだはずだ。

 結局、俺はこういう人間なんだ。

 こうだとはじめから決まっていたことなのかもしれない。決して逃げ切れなかったことかもしれない。

 だから、もういいだろう。

 もう誰も殺さない。

 もうやめる。

 殺しの天才『S』はもう姿を消す。

 どこか、誰にも見つけられないところで、ひっそりと生き、ひっそりと死のう。

 俺が殺してきた人たちには悪いが、俺はその罪を背負って生きる。

 死ぬまで、ののしられ続けてもかまわない。

 なんなら、幽霊になって俺の前に現れてくれてもいい。

 それで俺を呪い殺してくれるなら、俺は受け入れる。あなたたちの怒りを、全て受けよう。

 それで責任が取れるなら、軽いものだ。

 やってくれ。

 どうぞ存分に罵倒してくれ。

 俺は許されないことをした。それで罰せられるのは仕方がない。

 そう考えると楽になった。

 しかし、そうだからといってやすやすとは眠れなかった。

 体から力は抜けていく。そのままほっといたら俺の体は休める。

 だが、頭はそうではないらしい。

 逆にギンギンに冴えてしまった。こういうの、いやなんだよな。時間が長く感じるんだ。

 休んでいるのに、全く休めないからな。もう許してくれよ。

 あくびも出ない。

 今の俺にできることは目を閉じてじっとしていることだった。

 それしかしていないからだろうか。ますます俺の脳は冴え、身動きしないのが苦しい。

 俺は立ち上がり、キッチンに向かう。確か、ウイスキーのビンがあったはずだ。


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