7-11
俺は下着のまま、ベッドにもぐりこむ。掛け布団が厚く、程よく重みもある。
これから寒くなるのに野外で寝るなんて、常識では考えられないだろう。
少なくとも、十年前の俺にはこんなこと考えられなかった。
もう高山のことなんかどうでもよかった。
動けずにいる高山の頭を撃ちぬくことはできるだろう。
だが、俺はそこまでサディスティックな男じゃない。明日の朝には紐を解いてやろうかと思っている。
心が安らぐ。
暖かい。
こんな気持ちは久しぶりだった。
ラーメンもうまかった。
新しい下着も不快感を和らげている。
明日になれば、俺の服は全ての汚れを落としていることだろう。
そして、明日の朝、俺は、何十日かぶりの朝飯を口にできる。
もういいだろう。
武装してやくざの事務所に殴りこむなんてやめにしないか。
このまま過去を忘れてしまって、普通のホームレスとして暮らしてみたらどうだ。
食うには困らないし、いつ死んだっていい。
警察も俺のことがわからなかった。
だとしたら、人知れず生きて、人知れず死んでも誰も文句はないだろう。
もうよせ、S。
過去なんか変わりはしないじゃないか。
なかったことにしたって、そういう過去があったことは永久に残る。
俺のなかで永久に。
過去なんか変えられないんだから、仕方がないじゃないか。
俺には今の生活があっている。誰も怖がることなんかない。誰からも強制や命令なんかされない。
俺は、誰も傷つけられない。
全ての呪詛から解き放たれようとしている。
それなのにわざわざいやな記憶を穿り出そうとはしたくない。
そうさ。
俺は今まで何人殺してきたかわからない。
だが、こんなこと繰り返してきたとしても何も変わらなかった。
忘れたいことを、俺は全く忘れられなかった。
しかし、覚えておきたいことは、俺の頭からすぐに消えてしまう。どうしてだろう。
テストのときは前日まで必死で覚えていたことが、その時のなるとあいまいになっていたり、すっかり消失してしまっていたり。
俺がもし本当に記憶力が良いというのなら、俺はもっといい大学に進み、普通に働いていたはずだ。
同じことを失敗し続け、何回も同じ注意をされなくてすんだはずだ。
結局、俺はこういう人間なんだ。
こうだとはじめから決まっていたことなのかもしれない。決して逃げ切れなかったことかもしれない。
だから、もういいだろう。
もう誰も殺さない。
もうやめる。
殺しの天才『S』はもう姿を消す。
どこか、誰にも見つけられないところで、ひっそりと生き、ひっそりと死のう。
俺が殺してきた人たちには悪いが、俺はその罪を背負って生きる。
死ぬまで、ののしられ続けてもかまわない。
なんなら、幽霊になって俺の前に現れてくれてもいい。
それで俺を呪い殺してくれるなら、俺は受け入れる。あなたたちの怒りを、全て受けよう。
それで責任が取れるなら、軽いものだ。
やってくれ。
どうぞ存分に罵倒してくれ。
俺は許されないことをした。それで罰せられるのは仕方がない。
そう考えると楽になった。
しかし、そうだからといってやすやすとは眠れなかった。
体から力は抜けていく。そのままほっといたら俺の体は休める。
だが、頭はそうではないらしい。
逆にギンギンに冴えてしまった。こういうの、いやなんだよな。時間が長く感じるんだ。
休んでいるのに、全く休めないからな。もう許してくれよ。
あくびも出ない。
今の俺にできることは目を閉じてじっとしていることだった。
それしかしていないからだろうか。ますます俺の脳は冴え、身動きしないのが苦しい。
俺は立ち上がり、キッチンに向かう。確か、ウイスキーのビンがあったはずだ。




